「それじゃあハリー、ちょっと狭いけれど大人しくしているんだぞ」

「キュキュウ!」

 ハリーが元気よく返事をする。ハリーは現在キャリー用のケージの中にいた。

 今日は引っ越したあとの手続きの関係上、街の役所へやってきている。転入届やら免許証やカードの住所変更など、引っ越しをすると地味にやらなくてはいけないことが多くて大変だ。今日も異世界へ行きたかったのだが、やらなければならないことはちゃんとやっておかないとな。

 ハリーにはお留守番をしていてもらうつもりだったのだが、どうやら俺について来たかったようなので、前にペットショップで購入した小動物のキャリー用ケージに入ってもらいながら一緒に来ている。

 確かに俺もハリーと一緒で異世界の街や村なんかを見てみたい気持ちはある。まあ日本のような治安の良い場所じゃないと簡単には行けないだろうけれどな。

 ハリーが初めて車に乗った時はだいぶ驚いていた。ドローンの時にもだいぶ驚いていたけれど、それも当然と言えば当然か。

「あら、とっても可愛らしいですね」

「キュウ♪」

「すみません、ちょっとペットショップに寄ってきたあとでして……」

 役所の受付のお姉さんにも突っ込まれてしまった。さっきから道を通り過ぎる人たちにも結構見られている。やっぱりハリネズミをペットとして飼っている人は珍しみたいだ。

 とはいえヘビや危険なペットのように問題になったりはしないようでホッとした。受付のお姉さんもハリーを見て癒されているようでなによりである。



「よし、面倒な手続きはこれで終わりだな。いろいろと回ってから帰ろうか」

「キュ!」

 無事に諸々の手続きを終えた。

 せっかくハリーと一緒に街まで来たのだから、少しお店を回ってみるとしよう。うちからこの辺りの栄えているエリアまで車で結構かかるから。

「……街中だとあんまり話しかけられないから、もしも気になったのがあったら鳴き声で教えてくれ」

「キュウ」

 ケージに向かって小声で話しかける。この歳でペットのハリネズミに話しかけていると、さすがに怪しい人物に見られてしまう。

「うわあ~可愛い!」

「お母さん、あれってなあに?」

 特に子供たちは大人気だ。ハリネズミなんて動物園にでも行かないと見られないからな。



「キュ、キュウ! キュウキュウ!!」

「わかったから落ち着け。いろいろと買ってやるから」

 ハリーは大興奮状態だった。

 何でも揃っている大きなデパートへとやってきて、ハリーに興味がありそうなおもちゃ売り場や家電売り場を見て回ってきたが、今はそれ以上の興奮具合だな。

 ここはデパ地下の総菜売り場である。照りのあるローストビーフ、色とりどりの前菜、湯気を立てている小籠包のコーナーなど、ハリーが興奮する気持ちもわからなくない。

 俺も普段デパ地下で総菜を買うとしたら、どうしても値段を気にしてしまうからな。お金もあり、ハリーもいることだし、今日はいろいろと買っていくとしよう。



「キュウ、キュキュウ♪」

「ああ、どれもおいしいな。晩ご飯の分もあるからあんまりいっぱい食べ過ぎちゃだめだぞ」

 家に戻って来て、デパ地下で購入したたくさんの総菜をハリーと一緒に食べている。

 ハリーがあれもこれもという感じだったので、晩ご飯の分も含めていろんな種類の総菜をたくさん買ってきた。確かに別の世界からやってきた者にデパ地下は少し刺激が強すぎたもしれない。

 ローストビーフ、スモークサーモンのマリネ、ちらし寿司、豚まん、エビチリ、トンカツに唐揚げなど、たくさんの国の料理が所狭しと並んでいた。俺でさえ興奮してつい買いすぎてしまうくらいだったから、ハリーも楽しんでくれただろう。

「キュウ……」

「食べ過ぎたみたいだな。異世界へ行くのは少し休んでからにするか」

 真っ白で柔らかそうなお腹をパンパンにして寝っ転がっているハリー。たくさん満足してくれたようでなによりである。

 それにしてもハリーは好き嫌いとかまったくないみたいだ。やっぱり普通のハリネズミではないんだろうなあ。



「さて、今日は小屋の近くでのんびりとしよう」

「キュッ」

 昼休憩を挟んでから鏡を通って異世界へとやってきた。

 ネットでいろいろと頼んでいたものが届くまでは特にすることがないので、小屋の前にアウトドア用のテーブルと椅子を広げてのんびりすることにした。あの見えない壁もあることだし、小屋の付近で遊んでいるなら安全だろう。

 この湖のほとりでのんびりとしているだけでもブラック企業と投資ですり減っていた心が癒されていく。

「キュウ」

「おっ、ドローンか。いいぞ、ちょっと待っていてくれ」

 ハリーが持ってきていたドローンを指差す。きっと前のように飛ばしたドローンと追いかけっこがしたいのだろう。

 俺としてもドローンの操縦は結構面白いから楽しめるのである。



「キュッ……!」

「んっ、どうかしたか?」

 ドローンで一緒に遊んでいると、突然ハリーが何かに気付いた様子だ。

 草原の奥の方を見つめている。

「またゴブリンかクマもどきか? でもあの見えない壁を超えることはできないはずだけど……」

 ハリーが気付いた方向を見ると、遠くに何か動いている影があった。

 双眼鏡を取り出して見てみる。

「っ!? クマもどきと誰かが戦っている!」