二歳上の兄ちゃんは優秀だ。
 部長、学級委員、生徒会長とありとあらゆる役職を完璧にこなし、サッカー部でも最優秀選手に選ばれ、華々しい人生を謳歌している。
 当然両親は兄ちゃんを褒め称え、僕にも同レベルを求めた。
 僕は努力をした。
 部長、学級委員、生徒会長と肩書きだけは兄ちゃんと同じになれた。でも僕に不相応な肩書きは重石みたいに背中に乗りかかる。
 なんとか歩いていると前を行く影が僕という存在を消すのだ。
 なにをしても「お兄さんの方がしっかりしていた」「もっと楽しい行事を提案してくれていた」と言われ、僕は出来損ないと烙印を押されてしまう。
 辛くて逃げ出したい。
 それでも、僕は親からの期待に添えたい一心でどうにか踏ん張っていた。
 常に糸を引っ張られるような緊張感の中、唯一の癒しはとある男性アイドルだった。
 ショート動画でたまたま見かけただけの人だけど、目がつり上がってクールな容姿に一目惚れをしたのだ。
 ひっそりと待ち受けにし、辛いときに心の支えになってもらっていた。

 『あなた……男が好きなの?』

 母親の絶望した顔に同性を好きになってはいけないのだと知った。肩書きだけでなく、僕はこの想いを隠し通さなければならない責務をさらに背負う。

 『ううん。友だちが勝手に設定しただけ』
 『嫌なイタズラね』

 母は安心したように笑った。もう嘘を吐くことにはなれている。
 それからより一層気合いを入れた。
 お陰で兄ちゃんと同じ船城高校に進学しても、比べられることは少なくなっていた。
 「有馬兄弟は優秀だ」と教師陣から太鼓判を押されるほど信頼を集めている。
 でもどうしても兄ちゃんのようにスポーツはできない。部長という肩書きは死守できても、レギュラーの座は奪えなかった。
 両親は明らかに落胆していた。

 (もっとだ。もっと頑張れば母さんたちを喜ばせられる)

 家に帰ってはラケットを振り、毎日ランニングをした。努力は裏切らないということを信じて。
 だけどその想いを打ち砕く天才が現れた。
 細貝だ。
 彼のプレーを一度でも見たら誰もが魅了されるだろう。圧巻のストレートに弾丸のようなサーブ。長い腕から繰り出されるスマッシュはまるで流星のように輝いていた。

 (勝てない)

 細貝の試合を見て、僕は絶望感に打ちひしがれた。
 自分への劣等感が細貝への嫌悪に姿を変えるのに、そう時間がかからなかった。
 細貝を嫌っていれば、わずかな自尊心を保っていられる。
 だから細貝から「恋人になりたい」と立候補されたときは驚いた。まさか僕のことを好きだなんて微塵も考えつかなかったのだ。
 まっすぐにひたむきに向けられる偽りのない言葉は、僕の虚栄心ごと包み込んでくれる。そのやさしさにいつの間にか寄りかかっていた。
 細貝がいなくるかもしれない事実を受け入れられず、僕は波打ち際に打ち上げられた海藻のように干からびてしいる。
 ぼんやりしているといつの間にか授業は終わり、休み時間になっていた。慌てて振り返ると細貝が席を立つのが見える。僕はこっそりと後をつけた。
 球技祭から僕たちは話せていない。もう二日も経ってしまっている。
 ラインを送っても返事はこないので、ここはもう直接声をかけるしかない。
 鼻息荒く廊下に出ると細貝が隣のクラスの女子に声をかけられていた。確か学年で人気のある可愛らしい子だ。
 僕は咄嗟に教室に戻り、顔だけ覗かせて二人の様子を伺った。
 その子は長い髪をひと撫でしてから細貝を見つめている。

 「放課後、ちょっと話したいんだけどいい?」

 猫撫で声と上目遣いは計算されつくした可愛らしさがある。細貝に気があるのだろう。恋愛関係に鈍い僕ですらわかる。

 (断る……よな?)

 僕は固唾を呑んで見守っていると細貝は首の後ろに手を置いた。

 「スクールあるからすぐ帰らなきゃだけど、ちょっとなら」
 「ありがとう! じゃあ放課後、教室で待ってるね」

 女の子はうさぎのようにピョンと跳ねて自分の教室へと戻って行った。友人たちに報告しているのか拍手が廊下にまで響いている。
 「やったね」「一歩前進だ」という声まで聞こえてきた。
 それが聞こえていないのか、細貝はなにごともなかったように歩き出している。

 (嘘……もしかしてあの子と付き合うの?)

 さっと血の気が引いた。
 細貝が好きでいてくれている、と僕は胡座をかいたままふんぞり返っていた。
 好かれる努力をせず、細貝からの好意に甘えたままで、いい気になっている嫌な奴に成り下がっていたのだ。
 なんて傲慢な恋をしていたのだろう。
 奥歯を噛むと砂の味がした。





 放課後、僕は生徒会に顔を出し。来月行われる文化祭の予算会議に出席していた。
 全学年のクラス数と去年の予算を比べ、今年の予算を決めなければならない。
 生徒会室には各クラスの文化祭実行委員一人ずつと副会長、会計、書記がいてかなりの大所帯だ。僕は上座に座り、話を聞いているふりをしながら細貝のことばかり考えている。

 (いまごろ二人は話してるのかな)

 そわそわと窓の外を見た。当然ここから二人がいる教室が見えるはずもない。

 「……ということでいいですか? 生徒会長?」
 「あ、はい。いいと思います」
 「本当に? 一年三組がお化け屋敷をやるから予算あげて欲しいと要求してますけど」

 会計の子の言葉に僕は首を振った。

 「そ、それはだめです! 予算は各クラス決まった範囲におさめてください」
 「ちゃんと聞いててくださいよ」

 副会長の小言に僕は項垂れるしかなかった。
 ダメだ。ちゃんとしっかりしろとプリントに視線を落とす。
 だが、文字の羅列を見ているだけですぐ細貝の顔が浮かんでしまう。
 これほどまでに僕の心は細貝で埋め尽くされている。
 でも細貝は僕に背中を向けたまま歩き出してしまった。いまから追いかけて間に合うのだろうか。それとも手遅れなのだろうか。
 答えが見出だせないまま僕はもう一度窓に視線を向けた。





 どうにか予算会議が終わり、僕は部活に行くために昇降口に向かった。外靴に履き替えていると駐輪場に細貝の姿がある。
 幸いなことに一人だ。
 あの子と話が終わって帰ろうとしているのかもしれない。
 よし、と僕は気合いを入れて細貝の元に駆け寄った。

 「細貝」

 僕が声をかけるとラケットバッグが大袈裟なくらい揺れた。ゆっくりと振り返る細貝の顔は糸で引っ張ったように強張っている。

 「ちょっと話せない?」

 伺うように視線を向けると細貝の顎が梅干しのように皺が寄った。やはり声をかけない方がよかったかもしれない。

 (いやいや、まだ諦めるな)

 どうにか自分を奮い立たせる。

 「……ごめん、このあとラビット行かないと」
 「じゃあ駅までの道でいいからさ」
 「有馬は部活行くんだろ?」
 「少しくらい遅れたって平気だよ」

 どうしても話したくて、惨めたらしく食い下がると細貝は観念したのか頷いてくれた。
 僕は自分の自転車にまたがり、細貝が前を走り駅まで向かった。
 この道を一緒に帰るのは久しぶりだ。初めてのときは自転車を押しながら帰ったっけ。
 ここの街路樹を通ったとき、細貝は僕のことがどれだけ好きか教えてくれたんだよな。
 見慣れた通学路が細貝との思い出に書き換えられていく。どれも楽しいものばかりで、現実との差に気持ちが沈んでしまう。

 (どうしよう、なにを言えばいいのだろう)

 せっかく時間を貰えたのに自転車に乗っていると会話がし辛い。駅までの道は広い歩道とは言え、並走するのも憚れる。
 でもここで言わなきゃ後悔する。

 「細貝」

 名前を呼ぶと顔をこちらに向けてくれた。聞こえているようだ。
 なら腹をくくるしかない。

 「僕、細貝のこと……」
 「お〜有馬たちじゃん!」

 コンビニの前を通ったとき佐山と堺の二人がコンビニで買い食いをしていたらしい。僕たちを見つけて手を振って寄ってくる。
 僕が自転車を止めると先に走っていた細貝も止めてくれた。
 佐山が大きな目を丸くさせた。

 「有馬と細貝と一緒なの久しぶりじゃん。恋人ネタ復活?」

 そんなのあったな、と堺も同調した。やっぱりあれはネタだと思われていたのだろう。
 ずきりと胸が鈍く痛む。

 (この二人は悪気がない。きっと学校のみんなも思ってる)

 それを野放しにしていたのは僕自身だ。周りからすごいと褒められたくて、自分の気持ちをおざなりにしてきた。

 (これで認めたらいままでと変わらない)

 僕はハンドルを強く握った。

 「いや、復活してないよ」

 細貝が僕より先に口を開いた。前を見ると細貝は苦笑いを浮かべている。

 「そもそもあれはネタだし」
 「やっぱそうだよな〜最初はよく一緒にいるなって思ってたし、細貝からノロケも聞いてたけど最近全然ないしな」
 「そうそう」

 佐山の言葉に細貝は笑顔で答えている。それが嘘なのか本音なのかわからない。
 細貝と語り合ってきた日々が霧のように消えていく。
 呆然としていると「そうだよな」と細貝が僕に念を押した。黒い瞳には切実さが孕んでいる。
 うんと頷くとちょっとだけ寂しそうに目尻を下げたような気がした。僕の願望が混じっていたのかもしれない。

 「じゃあマキちゃんと付き合うっていうのはまじ?」

 恋人がいないが、人の噂話には人一倍敏感な堺が割り込んでくる。
 細貝はうーんと首を傾げた。

 「そういうんじゃないよ。ただの友だち」
 「またまた〜三組じゃ噂になってるぞ。細貝とマキちゃんが付き合ってるって」

 マキちゃんというは細貝と放課後の約束をしてきた子だろう。
 こうやって噂にのぼるくらい周知の事実なのだ。

 (そういえば細貝はゲイってわけじゃないんだよな)

 僕のことを初恋だと言い、明言を避けていた。つまりバイなのだろうか。それともやっぱり僕とのことはネタだったのだろうか。
 細貝からくれた言葉が僕の傷ついた心を治してくれた。でもそれは嘘だったのだ。ぼろぼろと剥がれ落ち、懐かしい痛みが胸を刺す。
 あまりに痛くて泣いてしまいそうだ。
 涙が滲みそうになり、僕は乱暴に目元を拭った。

 「部活に顔出さなくちゃいけないから学校戻るね」
 「おう、またな」

 佐山と堺の二人は手を振ってくれたが細貝はじっと僕を見つめたままだ。でもそれ以上顔を見ていられなくて、急いで自転車の向きを変えた。
 ペダルに力をいれる。ぐんと思いっきり前に進んだ。涙が後ろに流れていく。勢いを殺さず、またペダルを漕ぐとあとはどんどんスピードが上がる。
 細貝から逃げるように僕はペダルに力を込めた。





 文化祭が始まった。
 僕たちのクラスは焼きそば屋さんで、揃いの黒いクラスTシャツの上に赤の法被を着て祭りをイメージしている。教室には祭囃子や盆踊りの曲を流して提灯やうちわなども飾り、雰囲気もばっちりだ。
 教室を真ん中で半分に分け、廊下側は受付とイートインスペース、窓側は調理場にしており、お互いが見えないよう暗幕で仕切られている。
 開場してすぐ席は埋まり、店には長蛇の列ができていた。
 学校の備品や有志で持って来てくれたホットプレート六台をフル稼働させてもなかなか行列が捌けない。香ばしい匂いがいい宣伝効果を生んでいるようで、客足は上々だ。
 僕は出来立ての焼きそばをこぼさないようにプラスチックのタッパーに入れ、輪ゴムで綴じた。

 「はい、焼きそば三つできたよ」
 「あんがと。行ってくる」

 売り子のモトはタッパーを持ってカウンターに戻った。愛想のいい彼は「ありあっとしたー!」と居酒屋みたいな声がけをして、客から笑いを取っている。
 これだけ盛況するなら、飲み物も売っておけばもう少し利益がでたかも。今更思いついた提案にわずかに心がひしゃがれる。
 戻ってきたモトは時計を見上げた。

 「有馬、もうすぐ休憩だろ? 昼飯付き合えよ」
 「いいよ。でも三十分後には生徒会に顔を出さなくちゃ」
 「相変わらず忙しそうにしてんな」
 「そんなことないよ。ただの見回りだし」

 二日間行われる文化祭はかなり人の出入りが激しい。校内の生徒だけでなく、生徒の家族、地域の人たちや他校の人が一斉に押し寄せてくる。
 先生たちも見回ってくれているが、それでも手が足りないので生徒会も手伝っているのだ。
 ホットプレートから顔をあげると調理場の隅の休憩スペースで細貝が休んでいた。
 本来、細貝は受付担当だったのだが、彼が立つだけで人が押し寄せてしまうので隠れてもらっている。
 想像以上の人気ぶりだ。
 僕の視線に気づいたのか細貝と目が合った。だが自然な動作で僕はホットプレートに視線を戻す。
 悲しいことに、こんなことに慣れてしまった。
 しばらく焼きそばを作っていると調理係である堺が教室に飛び込んできた。家庭科室の冷蔵庫に置いてある食材を取りに行ってもらっていたが、堺の手はなにも持っていない。

 「やばいっ! 食材が足りない!!」
 「嘘!? かなりの量買ってたよね?」
 「予定より売れ行きよくて明日の分も使ってたんだけど、それもなくなりそうで」

 堺の大声に調理場に緊張感が走る。
 そこまで焼きそばが人気になるとは想定外だ。
 これは僕のミスだ。
 文化祭実行委員である佐山にはもう少し食材を買った方がいいと提案されていた。でも家庭科室の冷蔵庫は他クラスも使うので、そう多くは占領できない。
 だから少な目に発注したのが裏目に出てしまった。
 時刻は午後の一時を過ぎ。閉幕あと二時間は持ちこたえなくてはならない。
 それに明日の分がないなら、どこかのタイミングで買い出しに行く必要もある。
 騒ぎを聞きつけた佐山がイートインスペースから飛んできた。

 「食材足りないってま?」
 「そうみたい。買いに行かないと」
 「じゃあ有馬行ってきてよ」
 「……え?」

 佐山はじっと僕を見下ろしている。一体なにを言われているのか理解できなくて、僕はゆっくりと瞬きをした。

 「俺は増やした方がいいって提案したのに、あの量でいいって言ったのは有馬だろ。それにいま彼女来てるから抜けられない」

 どうやら佐山は店番そっちのけで彼女と話していたらしい。だから僕に調理係を変わって欲しいと当日言い出したのか。

 「僕も生徒会の見回りがあるから無理だよ」
 「いいじゃん。クラスメイトが困ってるんだよ。学級委員で生徒会長が助けるのは当たり前だろ?」

 佐山の鼻につくような言い方にさっと血の気が引いた。いまさらながら僕に不相応の肩書きに重量が増す。
 しかもクラスメイトたちは佐山の肩を持つらしく、行ってあげなよ、という空気を敏感に感じ取った。
 端々に感じる鋭利な空気感は僕への低い評価だ。
 食材の発注ミスやイートインスペースを占領されることを想定していなかったこと。今日までの準備の間にした数々の小さいミスを思い出し、僕は奥歯を噛んだ。

 (きっと兄ちゃんならうまくまとめられる)

 目の上のたんこぶであり、僕の評価を著しく下げる存在。どんなに頑張っても、僕は完璧に役割をまっとうできるほど器用な人間ではない。
 それでも抗い続けてきた心が擦り切れて先細りになっている。疲れた。もう全部投げ出したい。僕だって好きでやってるわけじゃない。
 なんで汗を流しながらずっと焼きそばを作っているのだろう。
 僕は文化祭が始まってからというもの、ずっとホットプレートしか見ていない。
 でもこれが僕自身、望んだ結果なのだ。

 「おまえの仕事だろ」

 低く唸るような声に顔を上げると細貝が佐山を睨みつけていた。逆毛を立て、威嚇していて猛獣のような殺気を孕んでいる。
 だが殺気に気づかないのか佐山は飄々と笑った。

 「いいじゃん。こういうのを協力って言うんだから」
 「どこが協力だ。おまえさっきからなにもやってないだろ。おまえの彼女、食べ終わったのに居座って他の客の邪魔なんだよ」
 「……なんだと?」

 細貝の言葉に佐山は目つきを鋭くさせた。
 二人の険悪な空気が教室に充満し、暗幕の仕切りから野次馬が顔を出している。

 (このままじゃマズイ)

 もし問題を起こしたら僕たちのクラスはここで店を終わらせられる。それだけは避けたい。
 ここでの打開策は一つだけだ。

 「わかった、僕が買って来るよ。それでこの件はおしまいにしよう」
 「ほら、有馬もそう言ってるじゃん」
 「佐山が行け」

 細貝は頑なとして譲らない。お互い一歩も引く気配がなく、ピンと張り詰めた空気で息苦しくなる。
 どうしたらいいんだろう。
 焦ってばかりで思考が滑る。なにかいい案はないかと、教室に視線を巡らせると暗幕を潜ってくる人物に目を瞠った。

 「はいはい。なに揉めてるのかな?」

 突然現れた人物にみんな息を飲んだ。
 濃いグレーのテーラードジャケットにシルクニットのレイヤードを合わせた僕の兄ちゃんーー悠希だ。

 「……ゆうキング」

 誰かがこぼすと波紋のように興奮が広がっていった。

 「本物だ!」
 「ゆうキングがご帰還なさったぞ!」
 「そんな大袈裟だな」

 兄ちゃんは照れくさそうに後ろ髪を掻いた。その仕草すら別格のオーラを放っている。頭に王冠がついているようにクラスメイトの眼差しが羨望に変わった。

 「さてさて可愛い後輩ちゃんたちはなにを揉めてるのかな?」

 兄ちゃんがモトから説明を聞いて、大きくうんと頷いた。

 「それは佐山くんが買いに行くべきだよ」
 「……でも」
 「彼女と一緒にさ。制服デートって貴重だろ? いまのうちに楽しんでおいでよ」
 「はい!」

 兄ちゃんに諭された佐山は彼女を連れてさっさと教室を出ていった。素早い手のひら返しである。
 圧倒されていると兄ちゃんは細貝に視線を向けた。

 「きみは言い方がキツイな。でも言ってることは正しいよ。もう少し言葉に気をつけた方がいい」

 細貝は片眉を跳ねさせてじっと兄ちゃんを見下ろした。まさか知らないのだろうか。いや、あんな有名人を知らない人は僕たちの学年ではいないだろう。
 兄ちゃんは僕が一年生のときに生徒会長を務め、学校行事をまるっと変えたいわば革命児だ。
 球技祭も兄ちゃんが生徒会長になるまでなかった。あんな豪華な景品を用意できるのも、兄ちゃんがその人脈作りと予算作りのノウハウを残しておいてくれたからだ。
 そして文化祭がここまで盛り上がるのも兄ちゃんが厳しい規律があった制度をすべて変え、近隣住民にも協力してもらい、学生が主体に動けるようにしたのだ。
 様々な行事を生徒たちが楽しめるように先生や地域の人たちと交渉し、切り開いたのが兄ちゃんだ。
 そのおかげで兄ちゃんは歴代の生徒会長の中で抜群の人気を誇り「ゆうキング」と呼ばれている。
 それは卒業したいまでも生きる伝説として語り継がれていた。

 (やっぱり敵わないな)

 兄ちゃんと同じことをしても結局は向こうの方が一枚も二枚も上手なのだ。
 神格化されたカリスマ性とずば抜けたコミュニケーション能力で王座に君臨している兄ちゃんは、キングのあだ名に相応しい。
 そんな兄ちゃんを持つ僕は平凡そのものだ。自己嫌悪が顔を出し、奥歯を噛んだ。

 「相変わらず悠聖はのんびりしてるな」

 兄ちゃんがにやっと笑った。僕を小馬鹿にする態度はいつものことだ。
 だが、クラスメイトに見られているなかそれをされるとキツイ。僕にだって立場がある。
 兄ちゃんが僕を下に見れば見るほどクラスメイトたちも真似をして、僕を見下す。
 敬ってもらいたいわけじゃないけど、ただでさえ自尊心がない僕を雑巾しぼりのように苦しめないで欲しい。
 でも僕はいつものように作り笑いを浮かべるしかないのだ。

 「さすが兄ちゃんだね」
 「このくらいのトラブルを対処できなくてどうする。今年の生徒は可哀想だな」

 暗に僕の力がないと嘲笑っているのだろう。
 どんなに装備を整えてもレベルに見合ってなければラスボスを倒せないように、僕は肩書きだけの薄っぺらい人間なのだ。

 「有馬は立派ですよ」
 「は?」
 「有馬が頑張っているところを見もしないで、ほんの一部分だけですべてを知ったような口をきかないでください」

 細貝の低い声に兄ちゃんは笑顔を張りつけている。笑っているのに室内の温度が急激に下がったような気がした。
 僕はたまらず細貝の方に顔を向けた。
 細貝は細めた双眸を兄ちゃんに向けたまま逸らそうともしない。
 だが兄ちゃんも負けじと細貝を睨みつけている。

 「常人が努力するのは当たり前だよ。そうじゃなきゃ勝てっこない」
 「勝つことがそんなに大事ですか?」
 「きみも勝負の世界に身を置いてるならわかるだろ? 勝利だけに意味がある」
 「俺はそう思いません」

 細貝は一度唇を湿らせた。

 「有馬は俺が後輩とトラブルになっても見捨てないで、一緒に謝ってくれました。実行委員の代わりに段取りをしてくれたから、こうして焼きそば屋は繁盛してるんです」
 「そんなの当たり前だよ」
 「当たり前じゃない」

 細貝は一度、言葉を区切った。

 「有馬はどんな功績も自慢しない。それが彼にとっての普通なんです。相手の気持ちに寄り添って行動できるのは、誰でもできることじゃない。それは有馬の美点です」

 兄ちゃんはむっと唇を閉ざした。

 「有馬がなにもやっていないと評価するのは撤回してください」

 細貝が僕をそんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。
 僕の努力なんて、誰にも気づいてもらえないと思っていた。どれだけ頑張っても先を走る兄ちゃんの影に僕という存在は消されてしまうから。
 真っ黒に染まった日々が細貝という絵の具によってカラフルに変わる。
 一度息を吐いてから僕は兄ちゃんと向き合った。

 「心配してくれてありがとう。僕は僕のやり方で生徒会長として頑張るよ」

 兄ちゃんに意見したのは初めてだ。震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。
 兄ちゃんはつまらなそうに下唇を尖らせている。

 「ま、俺は卒業した身だしな。もう関係ねぇし」
 「そんなことない。球技祭も文化祭も兄ちゃんが礎を作ってくれたから、こんなに盛り上がってる。最後まで楽しんでよ」
 「一丁前に偉そうだな」

 兄ちゃんは僕の鼻をつまんでから、教室を出て行った。
 静まり返った教室に祭囃子のBGMが虚しく流れている。
 僕は「よし」と声を張り上げた。

 「焼きそば完売させるぞー!」
 「おー!!」

 モトが乗ってくれるとクラスメイトもこぶしを上げてくれた。なぜか野次馬たちまで同じことをしている。
 「みんなでなにやってるの」「俺たち客なのに」と笑いが広がる。
 僕は細貝を見つめた。
 目が合うと久しぶりの笑顔が見られて、胸がきゅうと苦しくなる。僕は堪えきれずに細貝に飛びついた。

 「ありがとう、細貝。大好き!」
 「え、えぇ!?」

 きゃーという絶叫が響き、騒ぎを聞きつけた担任が教室に飛び込んでくるまで、僕は細貝に抱きついていた。





 文化祭の初日が無事に終わり、僕たちは明日の準備をして早々に帰宅した。食材は佐山と彼女がちゃんと買ってきてくれたので明日は大丈夫そうだ。
 僕と細貝は自転車を押しながら駅へと歩いている。同じ学校の人や来校してくれた人たちが、どんどん僕たちを追い抜いていく。
 時には振り返ってヒソヒソと話されることもあったけど、僕はもう気にならなかった。
 隣を歩く細貝は夜空を見上げたままぼんやりとしている。

 「俺は夢を見ているのか」
 「現実だよ。ほっぺたつねる?」
 「ちょっと待って。もう少し夢を堪能したい」
 「だから現実だってば!」

 細貝は心ここにあらずといった感じでずっとふわふわとしていた。地面から三センチほど浮いているのかもしれない。
 なにを言っても右から左に流れてしまうようで、さっきからまともな会話すらできていないのだ。

 「……もしかして迷惑だった、とか?」
 「まさか、全然。嬉しくて思考が追いつかないだけで。てかなんでそう思うの?」
 「マキちゃんさんと付き合ってるって」
 「俺が付き合ってるのは有馬だけ。てかなにその呼び方」
 「だって苗字知らないし。いきなり「ちゃん」付けは馴れ馴れしいだろ」
 「そういうところ有馬らしいな」

 細貝はくすぐったそうに笑うので揶揄われているのだろう。僕は両頬を膨らませると指先でつつかれた。

 「マキちゃんさんと最近話してたのは、コンテストについて訊かれてただけ」
 「でもうちは堺でしょ?」

 明日の後夜祭にミスコン、ミスターコンが開催され、各クラス一名ずつ代表を出す。
 僕たちのクラスは本人の強い希望で堺が出ることになっている。もちろんネタ枠だ。出し物が祭りをイメージしていたので、ひょっとこの恰好をすると堺は張り切っている。
 確かマキちゃんさんはラブコン委員だった気がする。最初の文化祭実行委員の顔合わせのときに顔を見た。
 じゃあどうしてミスターコンに出ない細貝とマキちゃんさんが話していたのだろう。
 僕の疑問に答えるように細貝が口を開く。

 「ラブコンあるでしょ? それに有馬と出ないかって訊かれてさ」
 「え、僕!?」

 ラブコンとはカップルが出場するコンテストだ。一年以上付き合っている熟年カップルか、目立ちたがりやのカップルが出ることが多い。
 例年通りなら一学年に三組ほどエントリーしている。
 確か今年の二年生は、去年もエントリーしていた熟年カップルと目立ちたがり屋の佐山たちが出る予定のはずだ。
 それがどうして僕と細貝に白羽の矢が立ったのだろう。

 「マキちゃんさんは俺たちのこと応援したいんだって」
 「それはネタ枠として?」

 笑われても堂々としていられる自信はない。それなら出たくないという僕の空気を察してくれたのか、細貝は首を振った。

 「本気の本気みたい。ネタには絶対しないって約束してくれたよ」
 「そう」
 「有馬はどうしたい?」
 「僕?」
 「有馬が嫌なら出ない。俺は有馬が嫌がるようなことはもうしないって決めてる」
 「細貝は一度も僕が嫌がることはしてないよ?」
 「あったじゃん」
 「あったっけ?」
 「うん」

 思い当たる節がなく笑い飛ばそうとしたが、細貝の顔は深刻そうだ。
 マキちゃんさんとのことは誤解だとわかったいま、僕の心の靄は晴れている。
 細貝は自白する犯人のように重たい唇を開いた。

 「有馬の部屋で……俺、手だそうとした。だから別れたいって思われても仕方がないなって」
 「やっぱ球技祭のモトとの会話聞いてたの?」
 「うん」

 夏休み明けの学力テストのために細貝が僕の部屋に来たことがあった。確かにあのとき触れられそうになってドキドキしたけれど、別に嫌な思いはしていない。

 「嫌じゃなかったよ」
 「え、それってどういう意味? 俺の都合のいい方に捉えていいの?」
 「僕がさっき言ったこと忘れちゃった?」

 クラスメイトやお客さんがいるなかで僕は細貝に抱きついて「好きだ」と叫んだのだ。
 あれをなかったことにされたら困る。

 「嘘……? 本当に? 期間限定の恋人だから言ったんじゃなくて?」
 「違うよ。ちゃんと細貝が好き」
 「うわっ……まじか。やっぱりこれは夢?」
 「現実だってば!」

 さっきと同じ会話をしている。それほど細貝にとって真実味がないのかもしれない。
 確かにいままでの僕の言動は酷いものだった。細貝のことを嫌いだとか、別れたいと言ったことがある。

 (でも、いまは違う)

 僕は自転車を脇に停めて、細貝のシャツを掴んだ。ちょうど近くには公園があるのでそこまで引っ張る。
 夜の公園には人の気配がなく、街灯とベンチと小さなブランコが息を潜めていた。
 呆気に取られている細貝を見上げる。

 「何度だって言うよ。細貝が好きなんだ。僕のことどう思ってる?」
 「そんなの最初から好きに決まってるじゃん!」

 腕が伸びてきて僕は細貝の胸に飛び込んだ。逞しい胸板に包まれてほっと息を吐く。
 馴染みのある柑橘系の香りが、張っていた糸を解いてくれる。
 いまは生徒会長でもクラス委員でも部長でもない。
 ただの有馬悠聖で、細貝の恋人だ。
 肩の荷が下りて身体が軽くなる。細貝の腰に強く腕を回すと背中に回された腕にも同じくらい力が入った。

 「よかった。細貝に嫌われたのかと思った」
 「そんなわけないじゃん。俺は中学からずっと有馬が好きで、同じ高校を受験したんだから」
 「……どういうこと?」

 細貝と僕は中学が違う。有名人だったので僕は細貝の名前を知っていたけど、細貝が僕を知っているなんてあり得ない。弱小中学の部長なんてごまんといる。

 「引かない?」
 「質問してんのは僕なんだけど!」
 「わかった、ちゃんと話すよ」

 僕がシャツを掴んで揺さぶると、細貝は観念したように両手を上げた。
 近くにあるベンチに並んで座り、細貝は少し考えてから口を開いた。

 「中学最後の県大会の試合中、ガットが切れちゃってさ。予備のラケットも忘れて、部員ともうまくいってなかったから借りられる雰囲気じゃなかったし。棄権するしかないかなって思ってたとき、隣で試合してた子が貸してくれた」

 覚えのある話に僕はじっと細貝の横顔をみつめた。虚空を眺めていた視線が僕と合う。
 バチっと電流が流れたような気がした。

 「嘘……あれ、細貝だったの?」
 「やっぱ覚えてなかったか」
 「細貝の名前は知ってたけど顔までは……」
 「ま、普通そうだよな」

 細貝は擽ったそうに笑った。
 中学三年の僕は特に余裕がなかった。受験に、部長としての最後の大会や学校行事の引継ぎなど、あの時期は毎日どこかしらに駆け回っていた。

 「その試合に勝って、ラケットを返そうと思ったのに有馬は「最後まで使っていいよ。応援してるから」って俺に言ってくれてさ。そんなの恋に落ちるに決まってるじゃん」

 あのとき、ラケットを貸した子がすごく上手かったことは覚えている。同じラケットを使っているはずなのに僕が打つときとは全然違う音がして、ラケットが別人のように思えたのだ。
 弘法筆を選ばずとはよく言ったものだと感心していた。

 「優勝したら「おめでとう」って笑ってくれたよな。同じ学校の奴らにすら言われなかったから、めちゃくちゃ染みた。ラビットじゃ勝つのが当たり前で、優勝なんて普通って考えだし」
 「たったそんなことで? 誰でも言うでしょ?」
 「それは有馬がやさしい人間だからだよ」

 くしゃっと笑うと細貝は背凭れに肘を乗せて、夜空を見上げた。

 「テニスがちょっとできるからって中学の部活じゃいつもやっかまれてた。これでも前は練習に出て部員に教えてたんだよ。そしたら「一年のくせに調子のんな」って上級生に呼び出されるし、出なかったら「サボってんじゃねぇよ」って怒られるし。じゃあどうすりゃいいんだよって感じでさ」
 「だから高校では部活に入らなかったんだね」

 そんな辛い過去があったら部活という狭い檻に嫌悪感を持つのは仕方がない。

 「でもさ、有馬がいてくれたから部活も悪くないって思えた」
 「僕じゃ力になれなかったよ」
 「そんなことねぇ。一年との間に入ってくれたし。有馬がいなかったら無理だったよ」
 「……そんな褒められると照れる」
 「大いに照れてくれ。いま口説いてるから」
 「バカ!」

 ポカっとやさしく頭を叩くふりをすると細貝は大袈裟に痛がった。

 「大会で僕を知って、同じ高校を受験したの?」
 「そうだよ。勉強なんてめちゃくちゃ苦手だけど予備校通って必死こいてやった。つかなんで県で一番頭のいい公立校選ぶんだよ」
 「兄ちゃんと同じ学校行かなきゃいけなくて」
 「は~そんな理由かよ。こっちは睡眠時間を削って英単語頭に刷り込ませたわ」
 「てかなんで僕が船城に行くって知ってたんだよ」
 「それは有馬のユニホームから中学を調べて、偶然同じ予備校の奴がいたからそいつに賄賂を渡しまくって、有馬の情報を手に入れてた」
 「賄賂って怪しい響きだな」
 「ただのお菓子とか本だよ。さて、そいつの名前は誰だと思う?」
 「急にクイズ形式?」
 「有馬も知ってる奴だよ」
 「その子って男?」
 「そ。ちなみにいまも同じ学校」
 「……え、もしかして」

 僕は眼鏡をかけた人物を思い浮かべた。いつも僕と細貝のことを気にかけてくれていた、モトだ。
 正解に辿り着いた僕に細貝は三日月のように唇の端を上げた。

 「大正解。俺たちのキューピッドだよ。やさしくしてやって」
 「嘘。モト、全然そんなこと言ってなかった」
 「俺が絶対言うなって念押してたからな」

 モトは僕がどれだけ細貝への不満を漏らしても一言も悪口を言わなかった。やけに細貝の肩を持つので不思議だったけど、最初からすべてを知っていたなら辻褄が合う。

 (そっか。中学から知ってたからなんだ)

 水面下でいろんなことが起きていたと知って、キャパオーバーしそう。
 小さく零す細貝は不安そうに瞳を揺らしている。
 細貝の行動は一歩間違えばストーカーだろう。いや、完全に粘着ストーカーだ。
 僕の進学先まで調べるなんて物凄い執念である。それほど僕を想っていてくれたなんて、これっぽっちも気づかなかった。

 「じゃあ入学してすぐ言えばよかったじゃん」
 「ほら、黒岩えみりの真似するのに必死だったから。クールぶってたら有馬から声かけてくれるかなって」
 「……莫迦じゃん」
 「それな。だから有馬が「恋人欲しい」なんて言い出したから焦った。あのときのクラスの女子の顔見た? みんな獲物を狩る顔だったよ」
 「オーバーだな」
 「有馬は鈍感すぎるよ」

 あんな嘘だらけの僕の発言に細貝は慌ててくれたのか。言ってよかった。

 「全部聞いて引いた?」
 「引かない……けどビックリしてる」
 「だから言いたくなかったんだよ」

 僕は顔を上げた。夜の帳が降りてきて、木々の隙間からぽつぽつと星が見える。
 一番星とは程遠い光量だけど、僕にはどれも眩しく映った。きっと細貝と見る世界はこんな風に美しいのだろう。

 「ラブコン出る」
 「いいの?」
 「うん。細貝とちゃんと付き合ってるってみんなに言いたい」
 「わかった。俺も周りに牽制しときたいしな」
 「なにそれ」

 ふふっと笑うと細貝の大きな手が僕の頬に添えられた。街灯の乏しい灯りでも一番星みたいに輝く瞳が僕だけを映している。
 瞳は雄弁だ。言葉よりもずっとたくさん僕への好きが込められている。きっと僕の瞳も細貝への気持ちが溢れているだろう。

 「キスしたい。いい?」
 「……うん」

 ゆっくりと目を瞑ると細貝の吐息が頬に触れた。温かくて湿っぽい。高鳴る心臓が痛くてそっと胸を押さえた。
 唇に柔らかい感触がして、すぐに離れる。火傷したみたいに唇がじんじんした。
 額同士をこつんとぶつけ、細貝が深く息を吐いている。

 「あ~有馬が可愛すぎて心臓もたない」
 「細貝がカッコ良すぎて心臓もたない」
 「やめて。いま自制してるからこれ以上煽らないで」
 「なにそれ」

 クスクス笑うと細貝が咎めるように目を細めた。

 「あんま調子乗ると襲うぞ」
 「いいよ」
 「だからそういうこと言うなって~!」
 「ごめん、細貝が可愛くてつい」
 「やべぇ可愛すぎる。襲うな、俺。抑えろ」
 「細貝がブツブツ言ってる」
 「……楽しんでるだろ」
 「バレた?」
 「そういうところが可愛い! 大好き!」

 ぎゅっと抱きしめられ、僕は細貝の背中に腕を回した。首筋に吐息が触れて、その熱っぽさに僕の体温も上がってしまう。

 (確かにこれ以上はマズいかも)

 ここは外で、いまは帰り道である。あまり遅くなると家族に心配をかけてしまう。
 昨日までの僕ならすぐ帰ろうと言えただろう。
 でもいまは、この熱を一秒でも長く堪能していたい。

 (あとちょっとだけ)

 細貝の肩口に額を当てて、お互いの心臓と音を聞いていた。