第8話
祭りの日から二ヶ月程が経った。
一応俺と松木は引退したのだが、どうしても勉強ばかりだとストレスが溜まってしまうのでたまについ部室に寄ってしまうとこもあった。
次期部長の宮本を中心に、文化祭に向けて後輩たちが楽しく練習しているのを見ると、とても羨ましく感じてしまう。
その日も、放課後の受験対策講習を終えて三階の窓から外を見ると、校舎裏の空き地で練習している後輩達がいた。
「お、やってんね」
俺がぼんやり見ていると、松木が隣にやってきて、一緒に後輩達を眺めだした。
「まあまあ上達してきてんじゃね?特に篠崎がさ」
「うん、そうだね」
俺は、相変わらずへっぴり腰で技を練習している篠崎を眺めながら少し笑った。
あの祭りの日に篠崎にキスされた後も、何事もなかったかのようにお互い接している。
それでいいのだ、と篠崎が言ったから。
そのまま引退して、あまり接点がなくなっても、校舎内ですれ違う場合篠崎は嬉しそうに手を振ったり話しかけてくる。
そんな、ごく普通の先輩後輩として接している。
正直、もう少し何かあると思っていた、なんて言えば期待しているみたいだろうか。
しばらく見ていると、ふと篠崎がこちらを見た。そして俺達が見ているのに気づくと、思いっきり笑顔で手を降ってきた。俺も手を振り返す。
「相変わらず、篠崎は羽崎一筋だな。俺のことは全然眼中ねえじゃん」
松木は苦笑いを浮かべている。
「一筋って……別に俺だけに手を振ったわけじゃないでしょ」
「いーや、あれはどう見てもお前しか見てねえだろ」
「被害妄想だよ」
「被害とかじゃねえよ。あ、そういやあ羽崎、お前篠崎とはどこまでいったの?チューくらいした?」
「は、はぁっ!?」
突然松木にぶっこまれて、俺はむせてしまった。
「な、何!?チューって!?」
「え?何も無いの?あ、あれか?受験が終わるまでお付き合いはしないでおこう、みたいな?」
「何?何が!?」
「え?だってお前、篠崎に告られたんじゃねえの?」
俺は言葉が出なくなって、真っ赤になった。
「いや、告られ……は……したけど……え?つーか何で知ってんの」
「いやいや、篠崎お前の事大好きじゃん。皆知ってるぜ。あの祭りの後篠崎すげえキラキラした顔してたからてっきり」
そう言って松木は少し呆れた顔を向ける。
「何?もしかして今すげぇ宙ぶらりんっつーか、微妙なとこなの?」
「べ、別に宙ぶらりんとかそういうのじゃ……」
「はあ、羽崎焦らしプレイするタイプかよ」
「何だよそれ!」
「篠崎もチキンだよなぁ。どうせ『好きだけど付き合ってほしいとは言いません、ただ好きでいさせてください』みてえな殊勝なふりしたんだろーよ」
だ、だいたい合ってる……。
俺はつい顔をそらしてしまった。
そんな俺を、松木はニヤリと笑って見ると、突然グイッと俺の顔を両手で掴んだ。
「何すんだよ」
「お前、瞼のあたりにゴミついてんぞ」
そう言って、顔を近づけた。俺は慌てて松木の顔をグイッと突き放す。
「何だよ近づくなよキモいな」
「はは」
松木は軽く笑うと、「じゃ、俺は帰る」と言って教室を出ていった。
何だあいつ。
つーか、篠崎が俺のことを好きだって皆知ってるってどういうことだよ。そりゃ懐き具合は皆知ってて茶化されたりはしてたけど……。
俺は小さくため息をついた。ふと気づくと教室にはもう誰もいない。自分も帰ろうと荷物をまとめた、その時だった。廊下をドタバタと走る音と、先生らしい声で「こら、走るな!」という怒声が聞こえてきた。
そして
「羽崎先輩!!」
真っ赤な顔をした篠崎が、息を切らしながら教室に入ってきた。
「あ、篠崎。何どうした……」
「どういう事ですか!!」
篠崎は俺に近づき、肩を強くつかんできた。
「何だよ。え?どういう事って……」
「俺は羽崎先輩が困ると思って我慢しました。でも、他の人に取られれるのは我慢ならないです!」
「は?他の人?取られる?」
篠崎は興奮したままだ。俺には一切状況が分からない。
「松木先輩とはいつからですか!?ずっと前からだったとか言われたら俺もう立ち直れな……」
「待って篠崎!マジで俺今全然お前の言ってることわかんないんだけど!」
俺が叫ぶように言うと、篠崎が口をとがらせて言った。
「だって……羽崎先輩さっき松木先輩とキスしてた……」
「はぁ!?」
俺は思わず大声をあげる。
「は?松木と?まさか、んなわけないじゃん!」
「だってさっき見たんですもん……松木先輩、俺に見せつけるみたいにちらっとこっち見ながら……」
「あー」
松木め、さっき顔近づけたのはそれだったか。俺は大きくため息をつくと、ハッキリと言った。
「俺は松木とキスなんかしてない。つーか多分さっきのはからかわれただけだ。松木は友達だよ。キスするとか考えられない」
「……松木先輩とはキスしたくないんですか?」
「そりゃ、そういう関係じゃないし。友達とキスするのは何か嫌だろ」
「前に、俺とキスするのは嫌じゃないって言った」
篠崎はそう言って、俺をジッと見つめてきた。
「何で松木先輩は嫌で、俺はいいんですか?」
「……えっ?それは……その……」
確かに、別に篠崎とは嫌じゃない。嫌じゃないと言うかむしろ……。
篠崎は、俺の返事を待たずに、突然しゃがみ込み、そのままキスをしてきた。
前、初めてしてきた一瞬のキスでなく、長いキスだった。
「すみません、やっぱ俺、羽崎先輩と付き合いたい。俺のことが嫌いじゃなきゃいいって言ったけど、羽崎先輩がもし他の人と……って考えたら頭に血が昇っちゃう」
篠崎は、キスを終えると泣きそうな声で言った。
「だめですか?俺はやっぱ、ただのいい後輩ですか?お付き合いはだめですか?キスはいいのに……」
「わー、もう!女々しい!」
つい、俺は大声を出してしまった。
「何なんだよ!あんな風に色々助けてくれたり、懐いてくれたり、急にチューしたり!!そんな風にするくせに何でそんな大事なとこ弱気になるんだよ!!」
いいながら思った。
分かっている。篠崎はどこか自己肯定力が低いのだ。ずっと期待されて失望されてが多かったから。でも!
「お前はカッコイイし!一生懸命だし!優しいし!俺は結構流されやすいし!!ガっと強気で言えば、多分俺オッケーしちゃうのに!!」
なんて他責思考な言い分だ、と自己嫌悪に陥るが仕方がない。だって俺はそういう奴なんだから。
俺が言うと、篠崎はぽかんとした顔になった。
「そう、なんですか?」
俺はムスッとしながら顔をそらす。
「本当?本当ですか?」
篠崎は俺の顔を無理やりみる。
「だからそれが女々しいって……」
「すみません……」
篠崎は謝ると、俺に向かって言った。
「羽崎名津さん、俺とお付き合いしてください」
「無理」
「何で!話が違う!」
泣きそうな篠崎の顔に、俺は背伸びしてキスをした。
「今は!無理。……だから、受験終わったら付き合ってくれ」
俺の言葉に、篠崎は満面の笑みになる。
いい顔だな、と俺は思った。
「羽崎先輩、俺も先輩の受験が終わったらしたいことがあるんです」
「何」
俺はドキドキしながら聞く。篠崎はニッコリと笑って言った。
「また俺と両手大回転、シンクロしてください」
ああ、そりゃ
「もちろん喜んで」
いくらでもお前とパフォーマンスをしよう。
祭りの日から二ヶ月程が経った。
一応俺と松木は引退したのだが、どうしても勉強ばかりだとストレスが溜まってしまうのでたまについ部室に寄ってしまうとこもあった。
次期部長の宮本を中心に、文化祭に向けて後輩たちが楽しく練習しているのを見ると、とても羨ましく感じてしまう。
その日も、放課後の受験対策講習を終えて三階の窓から外を見ると、校舎裏の空き地で練習している後輩達がいた。
「お、やってんね」
俺がぼんやり見ていると、松木が隣にやってきて、一緒に後輩達を眺めだした。
「まあまあ上達してきてんじゃね?特に篠崎がさ」
「うん、そうだね」
俺は、相変わらずへっぴり腰で技を練習している篠崎を眺めながら少し笑った。
あの祭りの日に篠崎にキスされた後も、何事もなかったかのようにお互い接している。
それでいいのだ、と篠崎が言ったから。
そのまま引退して、あまり接点がなくなっても、校舎内ですれ違う場合篠崎は嬉しそうに手を振ったり話しかけてくる。
そんな、ごく普通の先輩後輩として接している。
正直、もう少し何かあると思っていた、なんて言えば期待しているみたいだろうか。
しばらく見ていると、ふと篠崎がこちらを見た。そして俺達が見ているのに気づくと、思いっきり笑顔で手を降ってきた。俺も手を振り返す。
「相変わらず、篠崎は羽崎一筋だな。俺のことは全然眼中ねえじゃん」
松木は苦笑いを浮かべている。
「一筋って……別に俺だけに手を振ったわけじゃないでしょ」
「いーや、あれはどう見てもお前しか見てねえだろ」
「被害妄想だよ」
「被害とかじゃねえよ。あ、そういやあ羽崎、お前篠崎とはどこまでいったの?チューくらいした?」
「は、はぁっ!?」
突然松木にぶっこまれて、俺はむせてしまった。
「な、何!?チューって!?」
「え?何も無いの?あ、あれか?受験が終わるまでお付き合いはしないでおこう、みたいな?」
「何?何が!?」
「え?だってお前、篠崎に告られたんじゃねえの?」
俺は言葉が出なくなって、真っ赤になった。
「いや、告られ……は……したけど……え?つーか何で知ってんの」
「いやいや、篠崎お前の事大好きじゃん。皆知ってるぜ。あの祭りの後篠崎すげえキラキラした顔してたからてっきり」
そう言って松木は少し呆れた顔を向ける。
「何?もしかして今すげぇ宙ぶらりんっつーか、微妙なとこなの?」
「べ、別に宙ぶらりんとかそういうのじゃ……」
「はあ、羽崎焦らしプレイするタイプかよ」
「何だよそれ!」
「篠崎もチキンだよなぁ。どうせ『好きだけど付き合ってほしいとは言いません、ただ好きでいさせてください』みてえな殊勝なふりしたんだろーよ」
だ、だいたい合ってる……。
俺はつい顔をそらしてしまった。
そんな俺を、松木はニヤリと笑って見ると、突然グイッと俺の顔を両手で掴んだ。
「何すんだよ」
「お前、瞼のあたりにゴミついてんぞ」
そう言って、顔を近づけた。俺は慌てて松木の顔をグイッと突き放す。
「何だよ近づくなよキモいな」
「はは」
松木は軽く笑うと、「じゃ、俺は帰る」と言って教室を出ていった。
何だあいつ。
つーか、篠崎が俺のことを好きだって皆知ってるってどういうことだよ。そりゃ懐き具合は皆知ってて茶化されたりはしてたけど……。
俺は小さくため息をついた。ふと気づくと教室にはもう誰もいない。自分も帰ろうと荷物をまとめた、その時だった。廊下をドタバタと走る音と、先生らしい声で「こら、走るな!」という怒声が聞こえてきた。
そして
「羽崎先輩!!」
真っ赤な顔をした篠崎が、息を切らしながら教室に入ってきた。
「あ、篠崎。何どうした……」
「どういう事ですか!!」
篠崎は俺に近づき、肩を強くつかんできた。
「何だよ。え?どういう事って……」
「俺は羽崎先輩が困ると思って我慢しました。でも、他の人に取られれるのは我慢ならないです!」
「は?他の人?取られる?」
篠崎は興奮したままだ。俺には一切状況が分からない。
「松木先輩とはいつからですか!?ずっと前からだったとか言われたら俺もう立ち直れな……」
「待って篠崎!マジで俺今全然お前の言ってることわかんないんだけど!」
俺が叫ぶように言うと、篠崎が口をとがらせて言った。
「だって……羽崎先輩さっき松木先輩とキスしてた……」
「はぁ!?」
俺は思わず大声をあげる。
「は?松木と?まさか、んなわけないじゃん!」
「だってさっき見たんですもん……松木先輩、俺に見せつけるみたいにちらっとこっち見ながら……」
「あー」
松木め、さっき顔近づけたのはそれだったか。俺は大きくため息をつくと、ハッキリと言った。
「俺は松木とキスなんかしてない。つーか多分さっきのはからかわれただけだ。松木は友達だよ。キスするとか考えられない」
「……松木先輩とはキスしたくないんですか?」
「そりゃ、そういう関係じゃないし。友達とキスするのは何か嫌だろ」
「前に、俺とキスするのは嫌じゃないって言った」
篠崎はそう言って、俺をジッと見つめてきた。
「何で松木先輩は嫌で、俺はいいんですか?」
「……えっ?それは……その……」
確かに、別に篠崎とは嫌じゃない。嫌じゃないと言うかむしろ……。
篠崎は、俺の返事を待たずに、突然しゃがみ込み、そのままキスをしてきた。
前、初めてしてきた一瞬のキスでなく、長いキスだった。
「すみません、やっぱ俺、羽崎先輩と付き合いたい。俺のことが嫌いじゃなきゃいいって言ったけど、羽崎先輩がもし他の人と……って考えたら頭に血が昇っちゃう」
篠崎は、キスを終えると泣きそうな声で言った。
「だめですか?俺はやっぱ、ただのいい後輩ですか?お付き合いはだめですか?キスはいいのに……」
「わー、もう!女々しい!」
つい、俺は大声を出してしまった。
「何なんだよ!あんな風に色々助けてくれたり、懐いてくれたり、急にチューしたり!!そんな風にするくせに何でそんな大事なとこ弱気になるんだよ!!」
いいながら思った。
分かっている。篠崎はどこか自己肯定力が低いのだ。ずっと期待されて失望されてが多かったから。でも!
「お前はカッコイイし!一生懸命だし!優しいし!俺は結構流されやすいし!!ガっと強気で言えば、多分俺オッケーしちゃうのに!!」
なんて他責思考な言い分だ、と自己嫌悪に陥るが仕方がない。だって俺はそういう奴なんだから。
俺が言うと、篠崎はぽかんとした顔になった。
「そう、なんですか?」
俺はムスッとしながら顔をそらす。
「本当?本当ですか?」
篠崎は俺の顔を無理やりみる。
「だからそれが女々しいって……」
「すみません……」
篠崎は謝ると、俺に向かって言った。
「羽崎名津さん、俺とお付き合いしてください」
「無理」
「何で!話が違う!」
泣きそうな篠崎の顔に、俺は背伸びしてキスをした。
「今は!無理。……だから、受験終わったら付き合ってくれ」
俺の言葉に、篠崎は満面の笑みになる。
いい顔だな、と俺は思った。
「羽崎先輩、俺も先輩の受験が終わったらしたいことがあるんです」
「何」
俺はドキドキしながら聞く。篠崎はニッコリと笑って言った。
「また俺と両手大回転、シンクロしてください」
ああ、そりゃ
「もちろん喜んで」
いくらでもお前とパフォーマンスをしよう。
