第6話

 ご機嫌なBGMと共に、溝場がディアボロを回しながらステージに上がる。
 軽くトスを一回、二回、そしてピルエットをして拍手をもらう。
 そこで一旦パフォーマンスを止めてマイクを持った。
 「はじめまして!清跳高校大道芸部です!本日は皆様に凄い技を披露しちゃおうと思っています!ちなみにさっきの道具はディアボロといって、コマの一種です。すごいでしょ。皆さんの拍手も最高でしたよ!技が決まったらさっきみたいに盛大な拍手をお願いします!」
 ワァーっと子供達を中心に拍手が巻き起こる。
 「では、先ずは大道芸の十八番、ジャグリングを披露したいと思います!どうぞ~」
 溝場が引っ込んで、牧原が登場だ。大きなリングでのジャグリング。安定のパフォーマンスである。
 途中で宮本が追加のリングを持って出てくる。そして、練習した二人でのリングのパッシングだ。
 数多くのリングが2人の間を舞う様はやはり映えていて、大きな拍手が巻き起こった。
 そしてそのまま今度は宮本がソロでボールのジャグリングだ。細かな技を多く繰り出していく。観客席を見ると、お手玉世代のおばあちゃん達が、「若いのにお手玉上手ね」と感心していた。
 「次の次、宮本が終わって溝場のパフォーマンスが終わったら次だぞ、篠崎」
 俺は篠崎の肩に手を置いた。
 またガチガチに固まっていて、笑顔がなくなっている。
 「笑顔!」
 篠崎に言うが、まだ顔が固いままだ。さてどうしよう。
 「篠崎くん、超緊張しちゃってるね」
 パフォーマンスを終えてスッキリした顔の牧原が心配そうに声をかけてきた。
 「羽崎先輩、これは荒療治しかないですよ」
 「荒療治って……どうやって」
 俺が困惑していると、牧原は俺にあることを囁いた。
 え?それが荒療治になるの?
 「いいから早く!」
 「あ、ああ」
 俺は篠崎に近づく。そして
 「篠崎」
 と声をかけてから、篠崎を前から思いっきり抱き締めてみた。
 ヒュッと篠崎の息を呑む声が耳元した。
 抱きしめたままポンポン、と篠崎の背中を叩く。
 篠崎は黙ったままだ。
 あれ、やっぱ駄目だったんじゃない?
 俺は不安になって、そっと篠崎の身体を離した。そして恐る恐る篠崎の表情を確認する。
 すると、先ほどまで真青だったが顔色は真っ赤になっていて、表情はまだ緊張しているようだったが、ほんの少しだけ笑顔になっていた。
 良かった。
 ステージでは宮本が終わり、溝場が再度ディアボロのパフォーマンスをしに出ていった。
 ワッとまた歓声が上がる。
 俺は篠崎に向き合った。
 「篠崎のこと、頼りにしてるからな」
 「頼り?」
 篠崎はぽかんとした顔をしている。なんだその腑抜け顔は。
 「思ってるより、俺はお前を信用してるんだぞ。そりゃ不器用で運動音痴だけど、でも一生懸命練習してたのし。絶対できると思ってる。期待してる」
 「分かっています」
 篠崎は言った。思いがけない言葉だった。篠崎は続けた。
 「羽崎先輩はずっと俺に期待してくれました。俺が運動音痴なのがわかっても、ふざけるな、なんて言わないで、ずっと一生懸命教えてくれました。動画もいっぱいくれました」
 「そりゃ」
 わかるから。覚えるのは遅いけど、確実に上手にはなっているし、シガーボックスの傷みも早かった。頑張っているのは明らかだった。
 「俺嬉しかった。いつも勝手に期待されて、がっかりされてたから。だから」
 篠崎はジッと俺を見つめてきた。
 「大好きな羽崎先輩に頼りにしてもらう分、頑張ります」
 パチパチと拍手が沸く。溝場のパフォーマンスが終わったようだ。
 俺は篠崎の大きな背中を押す。
 篠崎は小走りでステージに出ていった。

 篠崎の出来る技は基本技だけである。
 片手捻り、中抜き、持ち替え、足の下。
 ゆっくり、丁寧にやる。
 そこまで難しい技では無いのだが、篠崎が少し危なっかしいのが功を奏して、難しい技に見えるのか、一つの技が決まるたびにパラパラと拍手が起きていた。ミスはない。少し固いけど笑顔も見せている。
 そしてラスト大技、両手大回転。膝を低く曲げて勢いをつける。呼吸を一瞬だけ止めて両手を手を素早く動かしてクロス。
 失敗するはずがない。篠崎は俺の技を完璧にコピーしてるんだから。
 カチン、と気持ちのいい音がして技が決まる。
 ワッと拍手が響く。
 篠崎は嬉しそうだった。
 そして俺もステージに上がる。
 今度はさっき篠崎のやった技を二人でシンクロするのだ。
 片手捻り、中抜き、持ち替え、足の下。
 篠崎のペースに合わせる。篠崎も俺の呼吸に合わせてくる。
 うまい。上手くなったじゃん。
 ちゃんとカッコイイ。やっぱ期待通りだ。
 最後は二人で両手大回転だ。
 これに関しては合わせようしなくてもいい。だってこの瞬間は、本当にシンクロしてるんだから。
 カチン、と同時にシガーボックスの音が響く。
 大成功だ。
 さっきよりも大きな拍手が響いた。
 「先輩!」
 ステージ袖に引っ込むやいなや、篠崎がデカい身体でじゃれつくようにくっついてきた。
 「楽しかったです!」
 「良かった良かった。……つーか重いから!!」
 俺は篠崎を引き剥がす。
 「俺まだ出番あるんだからなっ!」
 「すみません。俺終わってスッキリしちゃって」
 急にシュンとする篠崎。俺は小さく笑って、背のびをして篠崎の頭をポンと撫でてやった。
 「よくやったな。期待通り、お前カッコよかったぞ」
 頭を撫でられて、篠崎はニコリと笑った。

 篠崎と俺のシンクロパフォーマンスのあとは、松木によるパフォーマンスだ。
 何でもそつなくできる松木は、デビルスティックという二本の棒で真ん中のセンタースティックを浮かせるパフォーマンスをして観客を沸かせていた。観客から借りた傘でやってみせるのもヤツの十八番である。
 「さて、とうとうラストです。次は、不安定な足場の上でパフォーマンスをしてみせましょう!成功したら大きな拍手をお願いします!」
 溝場のMCで、俺はローラーボーラーを持ってステージに上がる。
 「こんにちは。本日はたのしんでいただけたでしょうか!これが最後のパフォーマンスになります。成功するように皆祈っててねー」
 俺はそう言うと、ローラーボーラーの筒の方をステージの床に置く。そしてその上に板を乗せて、ジャンプするようにその上に乗った。
 グラグラする板の上で俺はバランスを取る。
 それだけでパラパラと拍手が起きた。
 ステージ横から松木が出てきて、クラブを三つ投げてくるのでそれをキャッチして、そのままジャグリングを始める。
 ワァ、すごーい、と声が聞こえて調子にのる。
 もう少し高く、と思ってクラブを高く上げた、その時だった。
 季節外れの強風が吹いた。
 クラブが煽られて少しズレた。あ、キャッチ失敗すると、腕を少し伸ばした瞬間、グラリと目の前が揺れた。
 バランスを崩したのだ。
 ヤバい。
 これ、ステージから落ちるぞ。
 焦っているはずなのに妙に冷静に状況を整理してしまう。
 ステージはそこまで高くはないが、落ちたら怪我は必至だ。
 さっきの町内会長の言葉が蘇る。
 怪我しちゃ駄目だ。観客をドン引きさせちゃだめだ。なにより、巻き込まれて怪我しちゃう人もいるかもしれない。
 どうにか、絶対落ちちゃいけない!!
 そうは思っていても、身体は自然に倒れてステージの切れ目に向かってしまう。
 危ない!という声が観客席から響く。
 だめだ、ああもう。