第3話

 あれから何度か篠崎に動画を送ってやった。
 動画作戦は功を奏しているようだが、やはり何度も見る必要があるのでタイパはあまり良くないらしい。こりゃ身体をとにかく動かしたほうがいいかも、という結論に達した。

 そんな練習の日々を過ごしているとある日授業中、ふと校庭を見ると、一年生が体育でサッカーをしているのが見えた。
 一際デカくて、そして一際ボールに一切ついていけていない男子を見つけた。勿論篠崎だ。
 走り方の姿勢が悪く、足が遅いので全然ボールについていけていない。たまーにやってくるパスも全く受けることができないでいる。
 流石だな、と俺はある意味感心した。
 でももしかして、おれが走っているところを動画で撮ってやれば見本にして今よりマシになるんだろうか、と考えたりもする。
 「ま、余計なお世話だよな」
 と一人つぶやく。

 授業中が終わってタブレットを片付けていると、同級生の女子に話しかけられた。
 「ねえ、羽崎くんって来週の商店街のお祭り出るんだよね?大道芸で」
 「うんそうだよ。見に来てねー」
 俺はニコニコと笑ってみせた。
 「でもメインは一年生だよ。俺はサブに回る予定」
 「一年生って男女二人だっけ?男子はあの背の高い運動音痴の残念イケメンだよね?」
 篠崎、残念イケメン呼ばれてるよ。無駄に背が高く目立つせいで、他学年にまで運動音痴なのがバレている。先日やった球技大会のせいかもしれない。
 「あはは、でも大道芸はなかなか魅せれるぜ。楽しみにしてよ」
 「うん、楽しみにしてるね。そう言えば、羽崎くんのお兄さんもお祭り見に来るの?」
 女子の言葉に、俺は思わず顔をしかめた。あー、そうか。話しかけてきたのはこれがメインか。
 「さあ、どうだろ忙しいからね」
 「でも、たまに羽崎くんの公演の時に見に来てるみたいじゃん?仲いいよね」
 「まあね」
 そう軽く言うと、俺は、わざと音を立てて立ち上がる。
 「ごめん、すっげー今俺うんこ我慢してんだ。ちょっとトイレ行ってくる」
 そう言うと、女子は少し引き気味に、「ああ、うん行ってらっしゃい」と引き下がっえくれた。
 不自然だっただろうか。でもまあ仕方がない。
 俺が教室から出ようとすると、すれ違いざまにさっきの話を聞いていたらしい松木に軽く頭を叩かれた。
 「女子にうんことか言うんじゃねえよ。もっとうまい誤魔化し方しろよ」
 うるせえな、と口の中で呟いていて、俺はトイレへ向かった。


 その日、部活に行くと、部員たちが皆で動画を見たり音楽を流したりしていた。
 遊んでいるのではない。
 来週の商店街での祭りでの公演に向けて、構成を考えているのだ。
 一応俺と松木は三年生で受験も控えているので、これを最後のイベントにして引退をするつもりだ。
 「どう?決まりそう?」
 俺が近づくと、宮本と牧原の女子コンビがニヤリと笑った。
 「はい。牧原さんは何でも出来るんですけど、今回はジャグリングをさせてみようかと。ボールもリングもどっちも結構出来るんで、あと、私とパッシングもしようかって話してるんですよ」
 「あー、いいじゃん。何個までリング増やせるかな」
 「とりあえずさっき3個づつ持っていけたんです。あとは数を増やしてみてもいいけど、なんか技とかしてもいいかなーって」
 「あーでも難しい小技増やすよりも、単にリングの数増やした方が盛り上がるんだよねぇ」
 「わかります。ディアボロで難しいノット技やるよりも、単純なハイトスの方が盛り上がるみたいなやつですよね」
 俺が女子達と盛り上がっている一方で、溝場と篠崎の男子コンビは暗い顔をしていた。主に篠崎が。
 「そっちはどう?」
 「すみません……俺が不甲斐ないばっかりに」
 篠崎がデカい背を小さく縮めている。まあ想定の範囲内だ。
 溝場が苦笑いしながら言った。
 「篠崎の技数が少なくて持ち時間全然埋まらないんすよ。三分も持たない。せいぜい一分くらいです」
 「一分かぁ」
 俺は腕組みをして考える。
 篠崎は、完成度が低い技ならいくらかあるが、結局パフォーマンスに使えるレベルになっている技数は増えてはいないという悲しい現実があった。
 「まあ篠崎は大技が一つあるし、最悪一つ見せて引っ込めてもいいのかな」
 溝場はそう言ったけど、俺的にはもう少し篠崎に出番は与えたい。大道芸をやる魅力はやっぱり人前でのパフォーマンスだ。もらう拍手、歓声だ。篠崎にもその時間を少しでも長く感じてもらいたい。
 「篠崎は、何か希望とかある?どうしたいとか……いや、その自分の実力とか一旦無視して、単にやりたい事」
 俺がたずねると、篠崎はモジモジしたあと、女子コンビをちらりと見て言った。
 「俺も、コンビ技してみたい……です」
 「コンビ技……」
 それを聞いて、俺はハタと思いついた。
 「それだ!」
 「え」
 「シンクロ、やろうか」
 俺はニヤリと笑った。溝場も俺の考えに気づいたようで、ニヤリと笑い返す。
 「二人で並んで同じ技をタイミング良く同じようにやるやつね」
 「まずは一人で。篠崎の出来る技でいい。最後は必ず両手大回転でしめる。で、次に同じ技を二人でシンクロでやるんだ」
 俺の説明に、篠崎は目をパチクリさせている。
 「そうすりゃあ一分くらいしか持ちネタが無くても倍できる。な?早速やってみようぜ。篠崎、誰とやる?」
 そうたずねると、篠崎はジッと俺のほうを見てきた。その後、申し訳なさそうに溝場の方も見る。
 溝場は吹き出しながら言った。
 「気を使うなよ篠崎。お前はそりゃ羽崎先輩とやりたいんだろ?別にお前に振られたからってショックなんか全く受けないって」
 「す、すみません、そういうつもりじゃ……」
 「つーか、俺両手大回転の精度低いしさ」
 そう言うと、溝場は肩をすくめて俺に目配せした。
 「というわけで、羽崎先輩が一緒にやればいいと思います。ほら、両手大回転だって、羽崎先輩の動きをコピーして覚えたって言うし。何より篠崎、羽崎先輩の事大好きだし」
 「大好きって」
 俺は苦笑いした。まあ確かにかなり懐かれている自覚はある。
 篠崎の方はというと、恥ずかしそうに俺に向き合ってきた。
 「その……そうなんです。俺羽崎先輩の事大好きなので……お付き合い頂けたら……」
 「篠崎くん、愛の告白みたいになってるよ」
 牧原がツッコむが、篠崎はそれを無視している。入部した時と同じ、真面目な顔なので、俺はそれを茶化すことができなかった。
 「うん、頑張ろうね」
 俺はそう言って篠崎の肩を叩いた。篠崎はとても嬉しそうな顔になった。

 さて、というわけで試しに一度篠崎とシンクロをしてみる。
 篠崎の出来る技はほぼ基本技なので合わせるのは難しくはない。大技の両手大回転もほぼ同じようにできたはず、だった。
 「うーん、なんかちょっと合ってねえな」
 俺と篠崎の演技をジッと見ていた松木が首をかしげる。
 「え、そう?」
 「動画見てみろよ」
 俺は松木のスマホから動画を見てみた。
 成る程成る程。見てすぐに分かった。
 「あー。屈伸の深さとか、腕の振りとか力の入れ方が違うんだ」
 シガーボックスは膝の屈伸の勢いで箱を投げてたり移動させたりする道具だ。
 その、屈伸の深さが違う。
 多少慣れている俺と、基本技すらへっぴり腰でまだ力が入ってしまう篠崎では、その屈伸が合っていなく、技自体が一緒でもどこかバラバラの印象になるのだ。
 しかし両手大回転に関しては、屈伸は勿論、力の動かし方や、なんなら俺のクセまで完璧に動き同じになっている。動画を何度も何度も見たというのは伊達ではないらしい。
 「すみません、なんか……」
 「これは、どっちも練習が必要だな」
 松木はバッサリと指摘した。篠崎も小さくなっている。そんな篠崎に、俺は励ますように言った。
 「一応タイミングは俺が篠崎に合わせるから。篠崎は、もう少し自信を持ってやってみな?へっぴり腰は辞めて、背筋を伸ばして」
 「は、はいっ」
 「あと、笑顔とか作ってみなよ。さっきの動画の顔、固くなりすぎ。パフォーマンスに大切なのは笑顔だぞ」
 「は、はいっ」
 篠崎はコクコクと頷いた。
 「篠崎くん」
 ふと、牧原が篠崎の近くに寄ってきて、耳元に口を寄せた。そしてわざとらしくこちらに聞こえるような音量の声で囁いてみせた。
 「笑顔でパフォーマンスできたら、きっと羽崎先輩メロメロになるよ。あんた見た目だけはいいんだから」
 「……本当?そう思う?」
 なんじゃそりゃ。俺は苦笑いしながらも、牧原に同意してみせた。
 「ま、確かに。俺もだけも、観客もメロメロにするように頑張ってよ」
 「わかりました!」
 本当に分かってるかな。


 その日、帰ると家のリビングに兄貴がいた。
 珍しい。いつもは夜中に帰ってくるのに。
 「名津、お疲れ様。学校はどう?」
 滑らかな口調と優しい笑顔。久々にみてもやっぱり兄貴の魅力はすごいと思う。
 俺の兄貴、晴琉(はる)は、地方議員である親父の秘書をしている。数年前に親父に同行しているところを写真にとられ、どこかのSNSで「イケメン秘書発見」とバズったこともある。それでも奢ること無く真面目に仕事をこなす姿は、単純に感心している。
 「別に、普通だよ。兄貴こそ、今議会中でしょ。忙しいんじゃないの」
 「たまに早く帰らないと、ブラック企業だって言われるから帰れって親父に言われてさ」
 「ふうん、議員秘書っていうのも大変だね」
 俺はそっけなく言って自分の部屋に行こうとする。
 「待って、名津」
 「何」
 俺は面倒くさい声で反応した。
 「名津、来週の商店街の祭りで大道芸するんだよね」
 「そうだけど」
 「俺も行くから。親父のかわりに町内会長に挨拶する」
 「ふうん、大変だね」
 「名津、お前も挨拶に同行しろ」
 「は」
 俺はついしかめっ面になった。兄貴はそんな俺に動じることなく続けた。
 「だから当日その金髪、黒く染めておいてね」
 「ちょっと待てよ」
 勝手に話が進むので、俺は慌てた。
 「いや、俺、部長だから出演者代表として主催には挨拶行くよ?でも兄貴の言う挨拶ってそういうのとは違うやつだよな?あと、髪染めなきゃ駄目っていうのもよくわかんないんだけど」
 「去年の騒動を忘れたの?」
 「……いや。別に騒動ってほどの事じゃ……」
 「騒動だよ。自覚して」
 兄貴は相変わらず優しい笑顔のままだ。
 「とにかく、ちゃんとしてね?親父の足を引っ張るような真似はしないでね」
 それだけ言うと、あとは用事がないと言わんばかりに新聞に手を伸ばした。
 俺は唇を噛み締めて、部屋に向かうしか無かった。