第1話
「なあ、こっちに背の高い一年生が来なかったか?」
息を切らしてやって来たのは、バレー部員だ。ちょうど今は入学式終わりの新入生への部活への勧誘会が行われている最中である。どうやらどうしても勧誘したい体系の奴がいたようだ。
俺は、肩をすくめて答えた。
「さあ?見てないけど。そういやああっちで別の運動部がはしゃいだ声上げてたから、そっち行ったんじゃね?」
「そうか、サンキュ!」
バレー部員はそう言うと、さっさと向こうの方へ走って行ってしまった。
「……さーて。もう大丈夫。行ったよ」
俺は花壇の隅に話しかける。そこから、俺の大きなリュックと、花壇近くのビニールシートで身を隠していた、新入生が顔をのぞかせた。
新入生はムクリと立ち上がり、俺に向かって丁寧に頭下げた。
「ありがとうございました。助かりました。勧誘が思った以上に怖くて……」
泣きそうな顔をしているその新入生は、確かに相当背が高かった。
「まあそんだけ背が高かったら勧誘されそうだよね。何センチあるの」
「190くらいです」
「マジか。俺と20センチ以上違うじゃん」
俺は170無いくらいの身長で、背が低い事をコンプレックスだと思った事は無い。でもさすがにそのガタイは少し羨ましい。
「そりゃバレー部員欲しがるわー」
俺がそう言って笑うと、新入生は険しい顔つきをした。
「背が高いだけです。運動神経とか全然で。なのに勝手に期待して勝手にがっかりされるので」
あー、そう言うことね。俺は不貞腐れてしまった新入生に苦笑いを浮かべる。背が高い人にも色々あるわけね。
「ま、じゃああとはバレー部に見つからないように気をつけて帰ってね」
俺がそう言って立ち去ろうとすると、新入生は慌てて俺の腕を掴んだ。
「な、何?」
「あの、俺、さっきのバレー部の他にもバスケ部とか柔道部からも逃げてて」
「はあ。モテモテな事で」
「あの、すみませんが、もう少し隠れてから帰りたいんですが、どこか身を隠せるとこありませんか」
「はあ」
俺は面倒くさいな、と思ったけどすぐにいいことを思いついた。
「じゃ、うちの部室来る?」
「え……部室……」
一気に警戒心マックスな新入生に、なんだか面白くなってしまいながら俺は言った。
「大丈夫、別に勧誘はしないから。あと、一応文化部の部類」
「一応……」
「嫌なら別にいいけど」
「い、嫌とかじゃないです!行きます!」
慌てたように新入生は俺の腕を更に掴んでくる。ちょっと痛い。
「えっと、君、名前は?」
「篠崎蒼生です」
「そっか。篠崎ね。俺は三年、羽崎名津。よろしく」
そう言って、俺はさっき篠崎を隠していた大きなリュックから、ボールを取り出した。使いすぎて柔らかくなったビーンバック。それを三つ、空に思いっきり投げて次々キャッチした。
ポカンとする篠崎に、俺はニヤリと笑いかけた。
「大道芸部部長をやってます」
大道芸部の部室は、本校舎のすぐ近くの別館にある。
俺はそのドアを思いっきり開けた。なかには部員が二名、大道芸の道具をいじっていた。
「おーい、新人連れてきたぞ!」
俺が言うと、二人はワッと盛り上がった。
「えーまじっすか!」
「さすが羽崎先輩、手が早いっすね」
俺の言葉と、口々に盛り上がる二人の部員に、篠崎は話が違うとアワアワしだした。
「冗談だよ。心配すんなって」
「え、冗談なんすか」
部員の一人で二年生の男子、溝場がガッカリとした声を上げる。
「なあんだ。せっかく部のイケメン度上がると思ったのに」
もう一人の二年生の女子、宮本もガッカリの顔をした。
「おい、イケメンなら俺がいるじゃん」
「部長はイケメンだけどチャラいんですよ」
宮本は俺の金髪とピアスを指差す。そんな事言われても、せっかく自由な校風の学校を選んだんだから自由にしたいじゃないか。俺は宮本を無視しながら、篠崎に言った。
「ま、とりあえずここで時間までゆっくりしていきなよ。暇ならなんか好きな道具使ってみてもいいよ」
「好きな道具……?」
「あー、ほら」
俺はそう言って、リュックから色々取り出してやった。
「これがビーンバック、お手玉みたいなやつな。これはシガーボックス、三つの箱を色々飛ばしたり移動させたりするんだ。で、これはディアボロ。コマの一種で、紐で飛ばしたりすりやつ」
「先輩先輩、新人くんぽかんとしてます」
溝場の注意に篠崎を見ると、確かにぽかんとしたままこちらを見ていた。
「悪い、つい。つーか説明されても分かんねえよな。実戦してやる」
そう言って、俺はシガーボックス、ティッシュ箱くらいの大きさの三つセットの箱を持ち上げた。
そして、演技を始める。
まずは手に持った箱の一つを半回転、そして持ち替え、真ん中の箱と端の箱を入れ替え、一つ箱をジャグリングのように飛ばしてキャッチ。
トン、トン、トン、と音を響かせる。素早く、そしてわざと身体を大きく素早く動かして迫力をだしてみせた。箱を飛ばして自分がピルエットをしてキャッチ、最後は大技・両端の箱をを腕をクロスさせて交換する両手大回転、そしてドヤ顔で篠崎にお辞儀をして終わらせた。
「どう?」
俺が聞くと、篠崎はなぜか顔を真っ赤にさせていた。
そして一言、「カッコイイ」と言ってくれた。
へへ、やっぱこの瞬間が最高に嬉しい。
「だろ?」
「本当、本当にかっこよかったです!」
興奮した面持ちで篠崎は再度言った。
お?もしかして、意外に好感触?入部もあり得るか?
「やってみる?」
「えっ」
俺がシガーボックスを差し出すと、篠崎はブンブンと首を振った。
「だ、駄目です。俺、すげえ運動音痴で……」
「関係ないよ」
俺は即答する。
「そりゃ、運動神経いい奴ならできるようになるのも早いだろうけど。でも全然問題ないよ。宮本なんかクラスで一番足遅いけど、ジャグリングやらせりゃうちの部員の右に出る者はないぜ」
「足遅い事暴露しなくて良くないですか」
宮本は口をとがらせる。
「まあ。私はおばあちゃんからお手玉仕込まれてたからだけど」
「とにかく!」
俺は篠崎の腕を掴む。背が高いだけでなく、結構がっしりしているようだ。
「無理に、とは言わなけど。ちょっとでも興味持ったならやってみなよ。これやったら入部な、とか言わないからさ」
「あー……」
篠崎は恐る恐るシガーボックスを一つ掴む。あー、背が高い奴はやっぱ映えていいなぁ。
篠崎はシガーボックスを持て余すようにつかみながら俺に言った。
「あの……その前に、羽崎先輩がさっきやったヤツ、もう一回見せてもらってもいいですか?」
「何を?」
「さっきの、最後の、両端の箱取って腕クルって回すやつ。かっこよかったんで動画撮りたいんです」
「あー、両手大回転な。俺の得意技。いいぜ」
俺は愛想よく頷いて、篠崎の手からシガーボックスを受け取った。
その時だ。
「見学希望者、連れてきたぜ!」
部屋の入り口からどでかい声がした。同じ三年生の松木だ。
後ろに男子学生を二人引き連れていた。
「あ、ようこそ大道芸部へ!ささ、どうぞどうぞ」
俺はすぐにニコニコとその二人の男子学生に近づいた。
「あのー、なんか大道芸やればモテるって聞いて来たんですけど」
「まあ、それは正直人それぞれ。でも俺が大道芸始めたきっかけも似たようなものだし、良いと思うよ、そういう動機」
俺はそう言って男子学生達を部屋の真ん中へ誘い込んだ。
「よかったら何か触ってみる?それか何かパフォーマンス見てみる?」
「あ、何か見てみたいっす」
元気に答える男子学生。よっしゃ、と頷いで、俺は溝場に声をかけた。
「溝場、何か見せてやれよ。クラブ持ってきてる?」
「はーい」
溝場がいそいそと道具を取り、準備をはじめる。俺は男子学生達を椅子に案内した。
ふと、篠崎の姿が見えない事に気づいた。
あれ?帰ったか?と一瞬思ったが、すぐに部屋の隅で小さく体育座りをしているのを見つけた。でかい図体をできるだけ小さく見せて隠れようとしているようだ。
「篠崎?何してんの?よかったらお前も近くで見なよ」
声をかけると、篠崎は小さく首をふる。
「あれ?篠崎?篠崎じゃん」
男子学生の一人が声を上げた。途端にビクッと篠崎が身体を震わせ、そして小さく「どうも」と手を上げた。
「何?知り合い?」
「あー、うん。俺の同じ中学で、一時期同じ部活だったんだ。バスケ部」
男子学生はそう言って、思い出し笑いをするように口の先でニヤつきながらもう一人の連れに説明する。
「コイツ、背が高いからって勧誘されたみたいたんだけどさ、びっくりするくらい運動神経悪いんだよ。もうさ、足は遅いしドリブルはへっぴり腰だし、シュート打てばなぜか跳ね返って頭に当たるし、もう見てるこっちは毎日爆笑だったわ」
男子学生の言葉に、篠崎はアハハ、と笑って見せていた。明らかに無理やりの笑いだ。眉を下げ、口の端はヒクヒクとビクついている。
「でもさ、さすがに何回もだから顧問とか激怒してさ。ふざけるなら来なくていい、って言ったら本当に次の日から来なくなったんだよな。あの強メンタル、羨ましかったよなー」
「いや、強メンタルとかじゃ……」
篠崎は顔を引きつらせながら小さく抵抗してみせた。
なんとなく淀んできた空気に、溝場・宮本も顔を見合わせてちょっと困った顔をしている。
なんだか俺は無償にモヤモヤしてきた。
「あ、篠崎もこの部活入るの?やー、絶対面白くなるじゃん。またあのへっぴり腰見れるんじゃ……」
「ちょっとストップー」
俺は男子学生の言葉を無理やり止めた。
「あー、悪いけど君たち、うちの部向いてないかなー」
「は?」
俺の言葉に、男子学生達はキョトンとする。
俺は笑顔を見せながら言った。
「うちはね、ボランティアで小学生に大道芸を教えに行ったり、老人ホームにお邪魔してお手玉対決したり、そういう活動も多いんだ。だから、君たちみたいに、『明らかに嫌がっている人を馬鹿にする』ような空気の読めない子がいると困るんだよねー」
「は?」
男子学生がイラついた顔になった。
「え?篠崎が嫌がってる?ちょっと考えすぎじゃないですか。いつも一緒に笑ってたんですよ。なあ篠崎」
「……え、あの……」
篠崎は急に振られてしどろもどろになっているようだ。
肯定すんなよ、頼むから。俺は思った。
篠崎はニヘラ、と笑った。
ああ、駄目だなコイツ、絶対肯定する。俺はそう思ってがっかりした。
しかし。
「嫌だったよ」
俺は思わず篠崎を見た。篠崎はしっかりとその男子学生をじっと見ている。
「嫌だった。何度も苦手だっていうのに無理やり入部させられて。真面目に一生懸命やってるのに笑われて、ふざけるなって怒鳴られて。部活に行かなかったんじゃない。行けなくなったんだ」
キッパリとした言葉。
男子学生は、鼻白んだ顔になって、「あっそ」と短く言った。
「そりゃ悪かったな」
「……いや、その。俺もあの頃ちゃんといえなかったから……」
せっかくさっきまでキッパリとしてかっこよかったのにまた小さくなっている。
男子学生は小さくため息をつくと、俺のほうを見ていった。
「すんません、じゃあ俺達は帰ります。篠崎、悪かったよ」
「ううん……」
悪い奴ではないんだろうな、と俺は少しだけ反省した。でもあの空気感を持ってこられるのは嫌だ。俺だって聖人じゃない。
男子学生たちが立ち去ってしまってから、バチン、と松木に頭をチョップで叩かれた。
「いってえな!」
「俺がせっかくとっ捕まえてきた入部希望者逃がしやがって!こう、もっとうまい言い方あっただろ!」
「だ、だって!あーいうイジりのノリ嫌なんだもん!」
「もん、じゃねえよ!今年新入部員が一人も入らねえと廃部だぞ」
松木が俺の頭を再度チョップする。
「痛えっ!手加減しろよ」
「してるわこれでも!」
「あ、あの!!」
小競り合いをしている俺たちに割って入るかのように、篠崎が声を上げた。
「あ、ありがとうございました」
「……何が」
俺はそっけなく返した。なんだか急に恥ずかしくなってきたのだ。
「あの、羽崎先輩が言ってくれたから、正直な気持ちを言えました。だからその……」
篠崎が高い位置から見下ろすように俺を見て、キッパリと言った。
「ここ、入部、させてくれませんか」
「え」
俺は思わず聞き返した。だから?にゅうぶ?入部?
「本当か?」
「あ、あ、あの、うまく出来ないかもしれないですけど」
「ぜーんぜんいいよ。あれ、でももしかして今の廃部とか聞いて責任感じて言ってくれてる……?」
「俺のせい?いや、今のはよくあるじゃれ合いみたいなもんだから気にすんなよ」
俺と松木が心配そうに言うと、篠崎はブンブンと首を振った。
「ち、違います!その……羽崎先輩が」
「俺が?」
「か、かっこよかったから!」
「かっこいい?」
かっこいい、なんて真正面から男子に言われんのは初めてだ。いや、男に言われてもなー、と茶化すことも出来たけど、篠崎はすごい真面目な顔だ。とても茶化せる感じではない。
受け止めなきゃ、と無意識に思った。
俺は篠崎を見あげながら言った。
「サンキュ。じゃ、よろしく」
「はい」
篠崎は嬉しそうに笑った。
いい笑顔じゃん。パフォーマンスに映えるぜ、と俺は思った。
「なあ、こっちに背の高い一年生が来なかったか?」
息を切らしてやって来たのは、バレー部員だ。ちょうど今は入学式終わりの新入生への部活への勧誘会が行われている最中である。どうやらどうしても勧誘したい体系の奴がいたようだ。
俺は、肩をすくめて答えた。
「さあ?見てないけど。そういやああっちで別の運動部がはしゃいだ声上げてたから、そっち行ったんじゃね?」
「そうか、サンキュ!」
バレー部員はそう言うと、さっさと向こうの方へ走って行ってしまった。
「……さーて。もう大丈夫。行ったよ」
俺は花壇の隅に話しかける。そこから、俺の大きなリュックと、花壇近くのビニールシートで身を隠していた、新入生が顔をのぞかせた。
新入生はムクリと立ち上がり、俺に向かって丁寧に頭下げた。
「ありがとうございました。助かりました。勧誘が思った以上に怖くて……」
泣きそうな顔をしているその新入生は、確かに相当背が高かった。
「まあそんだけ背が高かったら勧誘されそうだよね。何センチあるの」
「190くらいです」
「マジか。俺と20センチ以上違うじゃん」
俺は170無いくらいの身長で、背が低い事をコンプレックスだと思った事は無い。でもさすがにそのガタイは少し羨ましい。
「そりゃバレー部員欲しがるわー」
俺がそう言って笑うと、新入生は険しい顔つきをした。
「背が高いだけです。運動神経とか全然で。なのに勝手に期待して勝手にがっかりされるので」
あー、そう言うことね。俺は不貞腐れてしまった新入生に苦笑いを浮かべる。背が高い人にも色々あるわけね。
「ま、じゃああとはバレー部に見つからないように気をつけて帰ってね」
俺がそう言って立ち去ろうとすると、新入生は慌てて俺の腕を掴んだ。
「な、何?」
「あの、俺、さっきのバレー部の他にもバスケ部とか柔道部からも逃げてて」
「はあ。モテモテな事で」
「あの、すみませんが、もう少し隠れてから帰りたいんですが、どこか身を隠せるとこありませんか」
「はあ」
俺は面倒くさいな、と思ったけどすぐにいいことを思いついた。
「じゃ、うちの部室来る?」
「え……部室……」
一気に警戒心マックスな新入生に、なんだか面白くなってしまいながら俺は言った。
「大丈夫、別に勧誘はしないから。あと、一応文化部の部類」
「一応……」
「嫌なら別にいいけど」
「い、嫌とかじゃないです!行きます!」
慌てたように新入生は俺の腕を更に掴んでくる。ちょっと痛い。
「えっと、君、名前は?」
「篠崎蒼生です」
「そっか。篠崎ね。俺は三年、羽崎名津。よろしく」
そう言って、俺はさっき篠崎を隠していた大きなリュックから、ボールを取り出した。使いすぎて柔らかくなったビーンバック。それを三つ、空に思いっきり投げて次々キャッチした。
ポカンとする篠崎に、俺はニヤリと笑いかけた。
「大道芸部部長をやってます」
大道芸部の部室は、本校舎のすぐ近くの別館にある。
俺はそのドアを思いっきり開けた。なかには部員が二名、大道芸の道具をいじっていた。
「おーい、新人連れてきたぞ!」
俺が言うと、二人はワッと盛り上がった。
「えーまじっすか!」
「さすが羽崎先輩、手が早いっすね」
俺の言葉と、口々に盛り上がる二人の部員に、篠崎は話が違うとアワアワしだした。
「冗談だよ。心配すんなって」
「え、冗談なんすか」
部員の一人で二年生の男子、溝場がガッカリとした声を上げる。
「なあんだ。せっかく部のイケメン度上がると思ったのに」
もう一人の二年生の女子、宮本もガッカリの顔をした。
「おい、イケメンなら俺がいるじゃん」
「部長はイケメンだけどチャラいんですよ」
宮本は俺の金髪とピアスを指差す。そんな事言われても、せっかく自由な校風の学校を選んだんだから自由にしたいじゃないか。俺は宮本を無視しながら、篠崎に言った。
「ま、とりあえずここで時間までゆっくりしていきなよ。暇ならなんか好きな道具使ってみてもいいよ」
「好きな道具……?」
「あー、ほら」
俺はそう言って、リュックから色々取り出してやった。
「これがビーンバック、お手玉みたいなやつな。これはシガーボックス、三つの箱を色々飛ばしたり移動させたりするんだ。で、これはディアボロ。コマの一種で、紐で飛ばしたりすりやつ」
「先輩先輩、新人くんぽかんとしてます」
溝場の注意に篠崎を見ると、確かにぽかんとしたままこちらを見ていた。
「悪い、つい。つーか説明されても分かんねえよな。実戦してやる」
そう言って、俺はシガーボックス、ティッシュ箱くらいの大きさの三つセットの箱を持ち上げた。
そして、演技を始める。
まずは手に持った箱の一つを半回転、そして持ち替え、真ん中の箱と端の箱を入れ替え、一つ箱をジャグリングのように飛ばしてキャッチ。
トン、トン、トン、と音を響かせる。素早く、そしてわざと身体を大きく素早く動かして迫力をだしてみせた。箱を飛ばして自分がピルエットをしてキャッチ、最後は大技・両端の箱をを腕をクロスさせて交換する両手大回転、そしてドヤ顔で篠崎にお辞儀をして終わらせた。
「どう?」
俺が聞くと、篠崎はなぜか顔を真っ赤にさせていた。
そして一言、「カッコイイ」と言ってくれた。
へへ、やっぱこの瞬間が最高に嬉しい。
「だろ?」
「本当、本当にかっこよかったです!」
興奮した面持ちで篠崎は再度言った。
お?もしかして、意外に好感触?入部もあり得るか?
「やってみる?」
「えっ」
俺がシガーボックスを差し出すと、篠崎はブンブンと首を振った。
「だ、駄目です。俺、すげえ運動音痴で……」
「関係ないよ」
俺は即答する。
「そりゃ、運動神経いい奴ならできるようになるのも早いだろうけど。でも全然問題ないよ。宮本なんかクラスで一番足遅いけど、ジャグリングやらせりゃうちの部員の右に出る者はないぜ」
「足遅い事暴露しなくて良くないですか」
宮本は口をとがらせる。
「まあ。私はおばあちゃんからお手玉仕込まれてたからだけど」
「とにかく!」
俺は篠崎の腕を掴む。背が高いだけでなく、結構がっしりしているようだ。
「無理に、とは言わなけど。ちょっとでも興味持ったならやってみなよ。これやったら入部な、とか言わないからさ」
「あー……」
篠崎は恐る恐るシガーボックスを一つ掴む。あー、背が高い奴はやっぱ映えていいなぁ。
篠崎はシガーボックスを持て余すようにつかみながら俺に言った。
「あの……その前に、羽崎先輩がさっきやったヤツ、もう一回見せてもらってもいいですか?」
「何を?」
「さっきの、最後の、両端の箱取って腕クルって回すやつ。かっこよかったんで動画撮りたいんです」
「あー、両手大回転な。俺の得意技。いいぜ」
俺は愛想よく頷いて、篠崎の手からシガーボックスを受け取った。
その時だ。
「見学希望者、連れてきたぜ!」
部屋の入り口からどでかい声がした。同じ三年生の松木だ。
後ろに男子学生を二人引き連れていた。
「あ、ようこそ大道芸部へ!ささ、どうぞどうぞ」
俺はすぐにニコニコとその二人の男子学生に近づいた。
「あのー、なんか大道芸やればモテるって聞いて来たんですけど」
「まあ、それは正直人それぞれ。でも俺が大道芸始めたきっかけも似たようなものだし、良いと思うよ、そういう動機」
俺はそう言って男子学生達を部屋の真ん中へ誘い込んだ。
「よかったら何か触ってみる?それか何かパフォーマンス見てみる?」
「あ、何か見てみたいっす」
元気に答える男子学生。よっしゃ、と頷いで、俺は溝場に声をかけた。
「溝場、何か見せてやれよ。クラブ持ってきてる?」
「はーい」
溝場がいそいそと道具を取り、準備をはじめる。俺は男子学生達を椅子に案内した。
ふと、篠崎の姿が見えない事に気づいた。
あれ?帰ったか?と一瞬思ったが、すぐに部屋の隅で小さく体育座りをしているのを見つけた。でかい図体をできるだけ小さく見せて隠れようとしているようだ。
「篠崎?何してんの?よかったらお前も近くで見なよ」
声をかけると、篠崎は小さく首をふる。
「あれ?篠崎?篠崎じゃん」
男子学生の一人が声を上げた。途端にビクッと篠崎が身体を震わせ、そして小さく「どうも」と手を上げた。
「何?知り合い?」
「あー、うん。俺の同じ中学で、一時期同じ部活だったんだ。バスケ部」
男子学生はそう言って、思い出し笑いをするように口の先でニヤつきながらもう一人の連れに説明する。
「コイツ、背が高いからって勧誘されたみたいたんだけどさ、びっくりするくらい運動神経悪いんだよ。もうさ、足は遅いしドリブルはへっぴり腰だし、シュート打てばなぜか跳ね返って頭に当たるし、もう見てるこっちは毎日爆笑だったわ」
男子学生の言葉に、篠崎はアハハ、と笑って見せていた。明らかに無理やりの笑いだ。眉を下げ、口の端はヒクヒクとビクついている。
「でもさ、さすがに何回もだから顧問とか激怒してさ。ふざけるなら来なくていい、って言ったら本当に次の日から来なくなったんだよな。あの強メンタル、羨ましかったよなー」
「いや、強メンタルとかじゃ……」
篠崎は顔を引きつらせながら小さく抵抗してみせた。
なんとなく淀んできた空気に、溝場・宮本も顔を見合わせてちょっと困った顔をしている。
なんだか俺は無償にモヤモヤしてきた。
「あ、篠崎もこの部活入るの?やー、絶対面白くなるじゃん。またあのへっぴり腰見れるんじゃ……」
「ちょっとストップー」
俺は男子学生の言葉を無理やり止めた。
「あー、悪いけど君たち、うちの部向いてないかなー」
「は?」
俺の言葉に、男子学生達はキョトンとする。
俺は笑顔を見せながら言った。
「うちはね、ボランティアで小学生に大道芸を教えに行ったり、老人ホームにお邪魔してお手玉対決したり、そういう活動も多いんだ。だから、君たちみたいに、『明らかに嫌がっている人を馬鹿にする』ような空気の読めない子がいると困るんだよねー」
「は?」
男子学生がイラついた顔になった。
「え?篠崎が嫌がってる?ちょっと考えすぎじゃないですか。いつも一緒に笑ってたんですよ。なあ篠崎」
「……え、あの……」
篠崎は急に振られてしどろもどろになっているようだ。
肯定すんなよ、頼むから。俺は思った。
篠崎はニヘラ、と笑った。
ああ、駄目だなコイツ、絶対肯定する。俺はそう思ってがっかりした。
しかし。
「嫌だったよ」
俺は思わず篠崎を見た。篠崎はしっかりとその男子学生をじっと見ている。
「嫌だった。何度も苦手だっていうのに無理やり入部させられて。真面目に一生懸命やってるのに笑われて、ふざけるなって怒鳴られて。部活に行かなかったんじゃない。行けなくなったんだ」
キッパリとした言葉。
男子学生は、鼻白んだ顔になって、「あっそ」と短く言った。
「そりゃ悪かったな」
「……いや、その。俺もあの頃ちゃんといえなかったから……」
せっかくさっきまでキッパリとしてかっこよかったのにまた小さくなっている。
男子学生は小さくため息をつくと、俺のほうを見ていった。
「すんません、じゃあ俺達は帰ります。篠崎、悪かったよ」
「ううん……」
悪い奴ではないんだろうな、と俺は少しだけ反省した。でもあの空気感を持ってこられるのは嫌だ。俺だって聖人じゃない。
男子学生たちが立ち去ってしまってから、バチン、と松木に頭をチョップで叩かれた。
「いってえな!」
「俺がせっかくとっ捕まえてきた入部希望者逃がしやがって!こう、もっとうまい言い方あっただろ!」
「だ、だって!あーいうイジりのノリ嫌なんだもん!」
「もん、じゃねえよ!今年新入部員が一人も入らねえと廃部だぞ」
松木が俺の頭を再度チョップする。
「痛えっ!手加減しろよ」
「してるわこれでも!」
「あ、あの!!」
小競り合いをしている俺たちに割って入るかのように、篠崎が声を上げた。
「あ、ありがとうございました」
「……何が」
俺はそっけなく返した。なんだか急に恥ずかしくなってきたのだ。
「あの、羽崎先輩が言ってくれたから、正直な気持ちを言えました。だからその……」
篠崎が高い位置から見下ろすように俺を見て、キッパリと言った。
「ここ、入部、させてくれませんか」
「え」
俺は思わず聞き返した。だから?にゅうぶ?入部?
「本当か?」
「あ、あ、あの、うまく出来ないかもしれないですけど」
「ぜーんぜんいいよ。あれ、でももしかして今の廃部とか聞いて責任感じて言ってくれてる……?」
「俺のせい?いや、今のはよくあるじゃれ合いみたいなもんだから気にすんなよ」
俺と松木が心配そうに言うと、篠崎はブンブンと首を振った。
「ち、違います!その……羽崎先輩が」
「俺が?」
「か、かっこよかったから!」
「かっこいい?」
かっこいい、なんて真正面から男子に言われんのは初めてだ。いや、男に言われてもなー、と茶化すことも出来たけど、篠崎はすごい真面目な顔だ。とても茶化せる感じではない。
受け止めなきゃ、と無意識に思った。
俺は篠崎を見あげながら言った。
「サンキュ。じゃ、よろしく」
「はい」
篠崎は嬉しそうに笑った。
いい笑顔じゃん。パフォーマンスに映えるぜ、と俺は思った。
