初恋はガトーより甘く



【6話】

 文化祭が終わった翌週の日曜日、睦月は誠也の家に遊びに行くことになった。
 正確に言えば誠也の兄の真也の家なので一度は断ったのだが、「兄ちゃん出かけるし、いいって言ってる」と言われて断る理由がなくなってしまった。
 それに、誠也の家でゲームをやろうという誘いは魅力的だった。
 睦月は今まであまりゲームに触れてこなかった。小学生になると同時に母が仕事に復帰したので、目の届かないところでゲームをさせたくないと言って買ってもらえなかった。ないならないで他に遊び方はあるので、そこまで欲しいとも思わなかったのだ。
 昼過ぎ、誠也の家の最寄駅に着くと誠也が迎えにきてくれていた。
「睦月さ、宿題終わった?」
「なんとか終わった。誠也は?」
「俺、数学のチャートまだ残ってる」
「終わってないのにゲームしてていいの?」
「いいって、息抜きも必要だろ。ってかあと数ページだから絶対今日中に終わるし」
 そんな話をしながら歩いているうちに誠也の家に着く。
 誠也と兄の住む家は1DKで、キッチンには木製のシンプルなテーブルと椅子が2脚あり、その奥に和室があった。和室にはテレビと小さな机が置いてある。
「そういえば、俺たちほとんどゲームしなかったよな」
「うちはゲーム買ってもらえなかったしね。誠也のとこは?」
「ゲーム禁止。だから、にいちゃんひとり暮らし初めてすぐに買ったって。今でも休みにふたりでやることあるよ」
 誠也が出してくれた炭酸水を飲みながら始めたのは、プレイヤーがハンターになって様々なモンスターを狩猟するゲームだ。
「なあ、どれだけ自分に似せれるかやってみようぜ」
 初期設定では操作するキャラクターの性別や髪や目の色まで自由に変えられる。ふたりは各々設定をいじってキャラクターを作ると、狩りの場所へ行く。
「睦月の似すぎじゃね? 目とかそっくりじゃん」
「誠也のはちょっと髪型が違うね。って、なんで炭酸水って名前なの」
「目の前にあったから」
「そこは自分の名前じゃないんだ」
 『むつき』と『たんさんすい』の名前を頭の上に表示されたキャラクターが、オープンフィールドの草原を歩く。
 睦月と誠也はキノコや薬草や敵の落とした部位パーツを拾い集めたり、アイテムを生成したりしながら、ゲームに没頭していく。違うフィールドを選択するたび、登場するモンスターは徐々に強くなっていく。鳥のような恐竜の最終ボスを探し、ふたりで協力して倒した時は思わず、「やった!」と声を上げた。
 「あー、今のマジで強かったぁ」
 誠也がそう言って寄りかかってきたので、睦月は寄りかかり返してみる。全力で体重をかけていたら、誠也が不意に体を引いたので、睦月は誠也の膝の上に倒れてしまう。
「わ、ごめん」
「いーよ」
 頭を撫でられて、睦月は体を起こすタイミングを見失う。
「目、疲れたね」
 睦月はずっと画面に集中していたせいでショボショボする目をこする。
「このまま膝枕レンタルしてやろっか」
「いいよ、お兄さん帰ってきて見られたら恥ずかしいし」
「俺は別にかまわねえけど」
 そのときちょうど、玄関から鍵を開ける音が聞こえて、睦月は慌てて体を起こした。
「おかえり、早かったじゃん」
「いや、 さっきLINEしたけど。見てないな」
 兄の真也の声は、誠也の声と少し似ている。
「ゲームしてる時に見ねえって」
「あの、すいませんお邪魔してます」
「いえいえ。睦月くん、久しぶりだね」
 誠也の兄の真也とは、母と誠也の家に遊びに行った時に何度か顔を合わせたことがあった。そのとき真也は中学生だったので、背格好はそれほど変わっていないが、記憶にあるよりずっと大人になっている。
「あれ、炭酸水なかったっけ」
 うっすら汗を浮かべた真也が、冷蔵庫を覗きながら誠也に訊ねる。
「さっき飲んだけど、全部なくなってた?」
「ないって。誠、コンビニ行って買ってきてくれよ」
「えー」
「出したら補充する。ルールだろ」
「わかったわかった。睦月、ちょっと行ってくるわ」
 と言って、誠也は財布をポケットにねじ込んで行ってしまう。
 兄の真也とふたりきりになると途端に気まずい気がして、誠也に着いて行こうかと腰を上げかけたところ、
「睦月くん、これ食べない?」
 と真也が焼き菓子を出してくれた。
 いただきます、と言って睦月は真也のいるキッチンのテーブルの向かいに座った。
「その焼き菓子、誠のバイト先のなんだ」
「そうなんですか。製菓のバイトしてるっていうのは聞いてたんですが、ここで働いてたんですね」
 焼き菓子のパッケージは、商店街に昔からある洋菓子屋のものだ。睦月も何度か食べたことがある。
「睦月くん、昔遊んでる時に誠也にお菓子をくれたんだってね。うちは母と僕が甘いものが苦手だから、ほとんど家に置いてあることがなかったんだ。だから誠也にとっては初めてって言っていいくらいめずらしいお菓子で、すごく喜んでたのを今でも覚えてるよ」
「そんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかったです」
「あいつ結構ハマると熱中するタイプだからさ、家でもよく作ってたよ。初めて食べたやつより美味しいのを作れるようになって食べてもらいたいって息巻いてたけど、うーん、その反応だとやっぱりあいつ肝心なこと何にも話してないんだな。それじゃ睦月くんも困るよね」
 
ーーそれってつまり、誠也が製菓のアルバイトをしているのは、ぼくのため、に?


「えっと、ぼく、誠也を迎えに行ってきます!」
 睦月はマンションを飛び出した。
 誠也が好きなものの理由に自分が関わっていたのが嬉しかった。そして、睦月が昔、マドレーヌをあげたことを一途に覚えていてくれたことも。
 それだけじゃない。睦月に傘をさしてくれたこと、夏祭りをふたりで見て回ったこと、初めてふたりで出かけたこと。誠也との思い出が込み上げてきて、すべて混じり合ってひとつの言葉になる。

 ーー誠也が、好き。

 睦月ははっきりと、そう思った。そして、それを言葉にしてきちんと伝えたいとも。

 道に出てあたりを見まわすと、ちょうどコンビニの袋をぶら下げてちょっと気だるそうに歩いてくる誠也が目に入った。
 睦月は駆け寄って、誠也の首に飛びつく。顔を見たら、言おうと思っていたことを言えなくなりそうだった。
「睦月っ? 何? どうした?」
「遅くなってごめんね。僕も誠也のことが好き、です」
「よかったぁ」
 誠也が犬歯を見せて笑う。
「ほんと好きになってくれなかったらどうしようかと思ったわ。戻ってきた意味なくなるしさ」
「あのさ、もしかしてこっちの高校に戻ってきたのって、俺……のため?」
「気づいてなかったのか!? 俺、睦月狙いで戻ってきたのかってまわりからさんざん茶化されたぞ」
 マジかー、といって誠也がゲラゲラと笑う。
「家の都合か何かだと思ってた……」
「家の都合じゃなくて俺の都合。ま、兄ちゃんが一緒に住めばいいって口添えしてくれたから、わりとあっさりOKしてもらえたけどさ」
 睦月は誠也の首の後ろにまわした腕に力を込める。
「戻ってきてくれてありがとう」
「ほんとにな。もう、離さんから」
 誠也の腕が、睦月の背中にまわった。

 あの、誠也が風邪を引くことになった雨の日をふと思い出す。
 雨がやんでから、睦月は公園に誠也を探しに行ったのだった。もしかしたら、誠也も同じように考えて雨がやんでから来てくれるかもしれない。ちょっとだけ、そんな偶然の出会いを期待していた。
 でも、公園にはも誰もいなくて、水たまりにはすっかり晴れた空とすべり台が映っていた。
 再開してからもずいぶんすれ違った。いや、すれ違ったのは初めだけで、睦月が目をむけられていなかったのだと気づく。
 誠也は昔と同じようにずっと待ってくれていたのだ。
「あのさ、ちゃんとつきあってるって思っていい、よな?」
「……うん」
「学校の奴らにつきあってるって聞かれたら、友達って言ってもいいからな」
「でも、嘘つくのはなんだかいやだなあ」
「それくらいの嘘ならいいじゃん。俺と睦月だけわかってたらいいよ」
 誠也の家への帰り道、誰もいないのを確かめてから、睦月はドキドキしながら誠也の手を握った。誠也はぎゅっと握り返してくれる。
 もう離さない、と言うかのように。