【4話】
梅雨明けが宣言される前から続いていた真夏日は、梅雨明けとともにさらに気温が上がって猛暑日になった。
登校するだけで汗だくになる暑さにやられながらも睦月はなんとか期末考査を終えた。
長い夏休みがやってきた。
運動部は酷暑のせいで外での練習の中止を余儀なくされ、吹奏楽部は音楽室の空調が壊れたため視聴覚室を使っている。
美術室に外から届く音はなく、とても静かだった。少し離れたところで油絵を描いている先輩たちが、キャンバスの上に筆を走らせる音が睦月にも聞こえてくる。
睦月は絵の前面にある夕焼けに染まった住宅街に色を置いていく。
夏休みの美術部は、秋の文化祭に展示する絵や、コンテストに出す油絵を描いたり、基礎の描画力をつけるために美術室の石工像を片っ端からデッサンしたりする。3年生は文化祭の作品展で引退となるので、自然と力が入っているようだった。
今日は2年の小川が休みだった。昼休みになると、3年生の先輩女子たちは集まって、どのバンドが好きだとか、あの漫画が良かったなどと話をしはじめる。
美術部では、上の学年の人から教えてもらったり、共同で作品を作るということがない。絵を描くとき、基本的にはひとりだ。なので、ある程度仲良くなるが一緒に食事をしたり行動したりといったところまで踏み込まない。
そういう距離感は楽だが、ちょっと気まずい時もある。
さすがに先輩女子の輪の中に入れそうにない。睦月は気を遣って声をかけられる前に「昼食べてきます」と言って美術室を出た。
夏休みの間、食堂で食事は提供されない。電気と冷房はついているが、調理のおばさんたちが手際よく働く厨房は電気が落ちていた。
だから睦月は校門を出た向かいにあるコンビニでパンを買ってきて食堂で食べた。たまたま食堂に居合わせた運動部のクラスメイトと少し会話をしてから、残りの昼休みを過ごすために図書館に向かう。
図書館に入った自習兼読書スペースで、睦月は見慣れた頭を見つけた。
「誠くん?」
声を顰めて話しかけると、宿題をしていた誠也が頭を上げた。
「よお」
「学校にいるとは思わなかった。バイトしてると思ってた」
「今日休みなんだよ。週5で、土曜にシフト入ってるから、平日はどっか休みになるだろ。暇だし涼しいし」
と言いつつ、誠也はいたずらっぽく笑う。
「っていうのは口実で、学校にいたらワンチャン睦月に会えんじゃないかなって思って来てみた」
ラッキーだったわ、と誠也が言う。
睦月は誠也が左手に置いていた本に目を留める。
「筆記体の練習?」
「そ、睦月は中学で習った?」
「習ってない、たぶん。やった記憶ないし」
「書ける方が便利なんだよ。ケーキに乗っけるプレートとか、たいてい筆記体だし」
睦月は誕生日ケーキに乗っているチョコレートのプレートに、誠也がチョコペンで「Happy Birthday」と書くところをおも言うかべた。
「あ、そうだ誠くん」
話していたら、昼休憩から戻ってきた司書から図書室では静かにと言いたげに視線で咎められた。
「何だった?」
と誠也が声を潜めて訊いてくる。
「いや、やっぱりいいや」
話を切り上げて、睦月は美術室に戻ることにする。
「何時に終わる?」
「5時くらいかなぁ」
「一緒に帰ろうぜ。待ってる」
8月第1週の土曜日。例年通り、睦月は中学からの仲のいい男女のグループで夏祭りにやってきた。
露店が立ち並ぶ大通りの近くにある公園に場所をとり、2、3人ずつ別れて露店で食べ物を買いに行くことになった。睦月は朝美に誘われたので、一緒に並露店のならぶ大通りへ向かう。
「睦月何食べたい? あ、あのアイス美味しそう」
「ほんとだ、おいしそう」
睦月は会話をあわせてはいたが、誠也は今頃どうしているかなと考えた。
ふと、朝美に手を引かれて大通りをそれてこ道に入った。
「どうしたの?」
「ねえ、私が睦月のこと好きだって言いったらどうする?」
何食べたい? と同じように訊かれ、睦月は一瞬理解が遅れた。
「え、もしかして、好きな人ができたって言ってたの……」
「そうだよ、睦月のこと」
睦月は信じられなかった。朝美は軽音楽部に入ったから、てっきりそこで好きな先輩でもできたのだろうと思っていた。だが、考えてみれば朝美の口からはっきりと誰が好きだということは聞いていない。
睦月はどう答えたらいいか迷ってようやく、
「朝美とは、なんでも相談できる友達でいたい」
と答えた。
「やっぱりね。なんとなくそうなる気がした。断る役押しつけちゃってごめんね」
朝美が無理に笑って瞬き、涙を堪えているのがわかった。朝美は今日、浴衣を着ているのに、お気に入りだと言っていたピンクのアイシャドウをしていなかった。泣くつもりで来たのだろうか、と思うと胸が痛んで、睦月は朝美から顔を逸らした。
「ちょっと、なんで睦月が泣くの」
「……泣いてないよ」
「もう声が泣いてるじゃない」
そう言われると、鼻の奥がつんと痛くなる。
「ねえ、なんでこんな時に言うの」
「こんな時じゃないと言えないじゃん、睦月とふたりになることなんて学校じゃほとんどないんだし」
そう言われて、睦月は最近、つねに誠也と一緒にいることに気づく。
「睦月が好きなのって、信濃でしょ」
しばらくして、朝美がぽつりと言った。睦月は初め口を閉ざしていたが、朝美の視線に促されてとうとう口を開いた。
「そう……だと思う。でも、ちゃんと好きだって思えるようになってから返事したいんだ」
「やっぱり、! 信濃に告白されたんだ!」
自ら墓穴を掘ってしまって、睦月は、あっと口を手で塞ぐが後の祭りだ。
「絶対、誰にも言わないでね。朝美にしか言ってないから」
「わかってる。ね、私ね、睦月が信濃といて楽しそうにしてるの、いいなって思ったの。睦月があんなの楽しそうにしてるの見たことなかったから」
「誠也は、幼稚園のころからの友達だから」
「睦月はそうかもしれないけど、私には信濃と一緒にいる時の睦月はなんか違うように見えるよ。うーん、女子といる時の睦月って、ニコニコしてるけど感情の起伏があまりない気がするの。でも、信濃には感情の振れ幅が大きい感じ。あー、ごめん、言ってて悲しくなってきた」
睦月は朝美にそう言われたことがショックだった。
自分でそうやって顔を使い分けているつもりは微塵もなかった。誰にでも同じように接していたつもりだった。
「睦月はね、ただ自分の気持ちを認めたらいいのよ。男どうしとか昔からの友達とか、そんなの全部無視して、今信濃のことをどう思ってるか考えたらいいと思う」
「……うん」
「信濃とつきあうことになったら、教えてね」
「……わかったよ」
「じゃ、あたしなんか買って先に戻ってるね!」
朝美が夕立の後の太陽のように笑って走っていく。
睦月は洟をすすって朝美の背中を見つめる。
公園に戻るのは気まずくて、派手ないろの露店の並ぶ道を歩いた。ヨーヨーを弾く子ども。出し物の和太鼓か何かを終えて美味しそうにビールを飲む男性たち。色違いのチュロスを手に持っている女の子たち。みんな楽しそうに笑っていて、目を腫らしているのは睦月くらいだ。
ーー誠くんに会いたいな。
やっぱり、誠也に一緒に祭りに行こうと言えばよかった。
バイトが忙しいかどうかなんて、訊いてみなければわからない。
みんなで一緒にまわらなくても、ふたりでまわればいい。
図書館で、誠也を誘いかけてやめたことを睦月は少し後悔していた。
そのとき、突然後ろから右肩を叩かれた。睦月は朝美が戻ってきたのかと思って、振り向く。
「待って、何でいるの……」
「何でって、バイトから帰る途中だけど。ってかどうしたん、その目」
立っていたのは、誠也だった。
睦月は今あったことをすべて誠也に話したかった。だが、誠也にとっては面白い話題ではないだろう。そう思うとなかなか口にできず、睦月は口を開きかけては言葉を飲みこむ。
「わかった、俺に会いたすぎて泣いてたんだな」
誠也は何があったか聞かず、睦月の髪の毛をわざとぐしゃぐしゃにするように撫でる。気を遣ってくれたことが嬉しい。
「ーー誠くんに会いたかった」
誠也がきょとんと目を見開く。
「マジで? 嬉しいんだけど」
誠也が満面の笑みを浮かべるので、睦月もつられて笑う。
「なあ、祭もう見てまわった?」
「ううん、中学のグループで来てたんだけど、ちょっと戻りにくくて」
「ふーん、じゃ、そっちにLINEして。俺、人混みだるいから帰ろうと思ってたけど、なんか食って行こうぜ。睦月何食べたい?」
「はしまき」
「何それ、聞いたことないぞ」
「昔おばあちゃんちの近くの祭の露店で食べたの。お好み焼き薄くして割り箸に巻いた感じのやつ。ソースの匂いがしたから、美味しかったの思い出した」
「ばあちゃんちどこ?」
「京都だよ」
誠也がスマートフォンではしまきを検索している。
「マジか、西日本の屋台の定番って書いてある。こんなの俺見たことないぞ」
「そうなの? じゃあここでは売ってないかもね」
「いや、こんだけでかい祭だし一店くらいあるかもな? 片っ端から探してみようぜ」
けっきょく、端から端まで歩いてもはしまきはなかったが、肉屋が店先で売っていた串焼きが美味しかった。
人混みの中を歩いていると汗をかいたので、かき氷も買った。睦月はレモン、誠也は抹茶を選ぶ。
遅くなると駅がごった返して電車に乗れなくなるので、ふたりはかき氷を食べながら、駅に向かって歩く。
「睦月はさ、がりがりのかき氷とふわふわかきの氷、どっち好き?」
「え、違いってある?」
と睦月は笑う。
「あるある。これは氷ががりがりしてるだろ。ふわふわかき氷は、皿に入って店で出てくるやつ。食ったことないけど」
「ぼくもそれ食べたことないから、がりがりかき氷かな」
「祭りのかき氷って言ったらこれだよなあ」
改札に入る前にかき氷のカップを捨て、ホームで電車を待った。ちょうど発車したばかりなのだろう、ホームには電車もなければ、待っている人もまばらだでしんとしている。まだ祭りの喧騒が耳の奥に残っているような気がした。
「あのさ、来週の火曜と日曜バイト休みなんだけど、睦月も空いてたらどっか行かねえ?」
静寂を破ったのはそんな誠也の誘いだった。
「うん! 日曜のほうがいいかな」
「おっけー」
そしてやってきた日曜の朝、睦月は何を着て行くか迷いに迷っていた。
デートというわけでもないが、誠也はデートのつもりで誘ってくれたのだろうか? 間違っても半袖半パンというわけにもいかない。とはいえ、興味の大半を絵を描くことに注いでいた睦月は、遊びに出かけるような服を持っていない。いや、正確に言えば、服はあるのだ。ただ、誰かと遊びに行くとなっても、そこまで服に気を遣ったことがなかっただけでーー。
「いっそ制服で行きたい……」
しかし日曜だ。学校に用事があったとか、着て行きたかった服を汚してしまったとかいう言い訳をするには、苦しすぎる。
けっきょく、黒のジーンズに白シャツという無難にもほどがある服装に落ち着いた。いや、落ち着いたと思うことにした。
「あら睦月、デート?」
化粧台の前でマニキュアを塗っていた母が、階段を降りてきた睦月を見るなりふふっと笑う。
「なんでだよ、違うって。誠くんと遊びに行くんだよ」
「なんだ、けっきょく仲良しなんじゃない。めずらしく長ズボン履いてるからデートかと思ったわ。にしても睦月さ、あんたが服より絵の方が好きなのはわかってるけど、眉くらい整えてみたらどう? せっかく可愛い顔してるんだからもったいないわよ」
そういえば、入学式の日に垢抜けて見えた誠也は、髪と眉の印象が違ったように思う。
「……どうやるの」
母に言われるがまま、睦月は鏡を見ながら眉を少し整え、眉下にまばらに生えている毛を抜いてみた。たしかに眉が整うだけで顔立ちが少しキリッとして見える。
「あ、そうだ。お昼いらないから」
「はいはい、誠くんによろしくね」
待ち合わせの10時に駅に行くと、すでに誠也が待っていた。
柱の前でスマートフォンに目を落とす誠也は、男の睦月から見ても格好良かった。睦月は声をかける前にじっと誠也を見る。紺の薄手のジャケットに白のタンクトップ、きちんとした感じのストレートでくるぶし丈の黒のパンツ。髪の毛は学校で会う時よりもラフにくせづけている。
誠也の立ち姿が周りの目を引いているのは明らかで、通り過ぎた女子高生たちが、誠也を何度か振り返って見ては、ひそひそと話している。
「誠くん」
「お、来た。あれ、なんか今日印象違うな?」
誠也にまじまじと顔を見つめられ、睦月は恥ずかしくなる。
「どこに行こう?」
「時間あるし、遠出しようぜ」
睦月たちはやってきた急行に乗った。
運よくふたりがけの席が空いたので、そこに座る。これまでベンチでだって隣り合って座ることがあったのに、ふたりがけと決められた席に、ふたりでそろって座るとなるといちいちドキドキする。
誠也は香水をつけているのだろう、甘くて少しスパイシー香りが、誠也が座るときにふわっと香った。
「誠くんさ」
「な、前から思ってたんだけど、誠也って呼んでくれねえ」
「どうしたの、急に」
「俺、睦月って呼ぶしさ。誠くんって言われるとオトモダチって感じがする」
「わかった、でも間違えたらごめん」
睦月は心の中で、誠也、と何度か繰り返す。。
「せ、誠也はさ、服どこで買ってるの?」
「あー、東京いる時に買ったやつだからな。なんて店だっけ。たぶんそんな高くないとこ」
誠也がおもむろにジャケットを脱いで、襟の後ろのタグに書いてあるロゴをスマートフォンで検索する。
誠也の二の腕はしっかりと筋肉がついていて、手も骨ばっていて男らしい。睦月は思わずじっと見てしまう。
「あー、こっちにも店舗あるわ。駅から近くだし行ってみる?」
「うん」
電車が着いたらまずはその服屋に行くことになった。睦月が思っていたよりトレンドを重視した感じの店だ。BGMと控えめのライトに臆して、ひとりならまず足を向けないだろうが、「ほら」と誠也にせっつかれて睦月は店内に入った。
「睦月細いからなあ。トップスはゆるい服のほうが似合いそう。あと薄い色な。濃い色だとよけい痩せて見えるい。睦月、ジャケット持ってる?」
「持ってない……」
「じゃあ一着持っててもいいかもな。これとか」
次々と服を持たされ、「試着してみ」と背中を押される。
睦月は試着室のカーテンを引き、少しためらったあと、着ていたTシャツを脱いでトップスを羽織る。
「睦月ー、着た?」
「着たよ」
「じゃあ見せて」
じゃっと音を立てて試着室のカーテンを誠也が開ける。男どうしだ、上半身が裸でも見られたところでどうとも思わない。
だが、着慣れない服を着ているのを見られるのはなんだかとても恥ずかしかった。
「似合ってるかな」
「いーじゃん、あと髪ちょっといじったらもっといい」
それから、ジャケットを羽織ったり違うトップスを着たりして、その度に誠也に見せた。そして初めに着たトップスが一番しっくり来たので、睦月は白のトップスを買うことにした。
「俺さ、実は同じ服持ってる」
レジでお金を払い終え、店員が服を包んでくれている間、犬歯を見せて、ニカっと誠也が笑う。
「え、おそろいってこと」
「俺のは黒だけどな」
「先に言ってよ」
「先に言ったら、睦月は遠慮して買わなかっただろ」
確かに、おそろいだねと言って笑って購入する自分より、同じ服が重なってきまずくなることを避ける自分の方が想像できる。
「俺はおそろいでも全然いいけどな。てか、そんなこと気にしてたら自分で服作るしかなくなるぞ」
「まあ、確かに」
男の服は選択肢が意外に少ないのだ。そもそもレディースに比べて、売っている店が圧倒的に少ない。だから、たまに私服で誰かに会うと同じだったり色違いだったりすることはままある。今まで気にならなかったのは、誰かひとりの男の子とこうして出歩くことがなかったからだ。
ーーでも、またこうしてふたりで出かけるとして、色違いだったら……。
やっぱりちょっと恥ずかしい、と睦月は思う。
服を見たあとは早めに昼を食べることにした。行きたいところあるんだけど、と誠也が言うので、睦月は誠也についていくことにした。
駅から10分ほど歩き、大きな通りから細道に入り込んだところにカフェがあった。道路に面した壁は全面ガラス張りで、打ちっぱなしのコンクリートの無機質な内壁とは対照的に、机や壁には色とりどりの花が飾られている。
ちょうど昼時で、店先には列ができていた。睦月たちは4組めに並んだが、ちょうど退店する客が続き、ほどなくテーブルに案内された。待っているところが日向だったので、誠也も睦月も出された水を飲み干し、一息つく。
「ここ、バイト先で焼き菓子が美味しいって教えてもらって、一回来てみたかったんだよな。男ひとりだとなかなか入りづらいから、睦月道連れにしてよかったわ」
メニューを見ると、サラダやオムレツやキッシュなどを少しずつ盛り合わせたデリプレートが人気で、ちらっと見まわすと周りの女子の大半がこのプレートを頼んでいた。スパイスカレーもメニューにあり、男ひとりで来ている客もいるにはいるが、やはり内装のためか、圧倒的に女性客が多い。
「あ、ほらこれ、前言ってたふわふわかき氷じゃん。天然水に砂糖を入れて凍らせることでふわふわの食感に仕上げましただって。へえ、砂糖入れたら食感変わるのか」
「じゃあぼくこのかき氷にしようかな。誠也は?」
「俺は最初から焼き菓子セットって決めてた。初志貫徹」
カレーとスイーツの注文を済ませると、店員がメニューを下げてしまったので、待っている間に眺めながら喋ることもできない。スマートフォンを出すのも気が引けて、手持ち無沙汰になってしまう。
「こういうところ来るの初めてだから、なんだか緊張する」
「俺も」
「誠也も? なんだか慣れてる感じがする」
「そんなことねえって、めっちゃドキドキしてるし」
誠也はまた水を飲んで、外に目を向ける。睦月も同じように外を見る。
日傘をさして並んでいる友人と思しきふたりの女子が、1本の日傘に一緒に入っている。彼女たちも、もしかしたら同性で付き合っているのかもしれない。でも、友人でも恋人でも睦月はなんとも思わない。
そんなふうに、誠也とこうして恋人として一緒にいたとしても、案外周りの人は見ていないのかもしれない。
運ばれてきたスパイスカレーはあっさりしていならがも、スパイスが効いていた。お腹が空いていたのもあって、あっという間に食べ終えてしまう。空になった皿を下げた店員が、すぐにスイーツも運んできてくれた。
「あ、確かにこの前のかき氷と違ってふわふわだ。すごい!」
睦月の頼んだかき氷は期間限定の白桃味だ。ムースのように軽い、泡を含んだ薄ピンク色の白桃シロップがかかっていて、みずみずしい白桃も何切れか乗っている。
誠也が頼んだ季節の焼き菓子プレートは、マドレーヌ、いちじくのケーキ、巨峰のジェラートが綺麗に盛りつけられている。
「このマドレーヌ美味しい。食ってみ」
誠也が半分差し出してくれたので、睦月もかき氷の皿を差し出して交換した。
「ちょっとレモンの味がする? 美味しいね」
「ふたりだとどっちも少しずつ味わえていいよな」
スイーツを味わいながらふと、睦月は口を開いた。
「誠也ってけっこう甘いもの好きだよね。あ、悪い意味じゃゃないよ。あんまり家の人は甘いもの食べないって言ってたから」
「そりゃ、家で滅多に食べられないから、たまに食べられたのは特別おいしく感じるし、好きになるだろ」
誠也はそう言って、なぜか窓の外に視線を逸らす。
カフェを出たあとはたまたま通りがかったゲームセンターに立ち寄った。簡単そうなUFOキャッチャーにふたりで挑戦して、何度目かでぬいぐるみを撮ることができた。それはあるゲームの登場キャラクターで、服を着た猫のような姿で、丸い目をしている。
「そういえば、この新作のゲーム11月に出るんだって。発売されたら一緒にやろうぜ」
「うん。誠也、ゲーム持ってたんだね」
「にいちゃんのだけど、一緒にやったり借りたりしてる」
帰りの電車に乗り込んで30分ほどで最寄駅に着く。
服を買って、ご飯を食べて、ゲームセンターで遊んで、なんだかデートみたいだな、と睦月が思っていると、
「また行こうな」
なんて誠也に笑顔で言われて、睦月はとっさにどう返事していいかわからない。
それでも、確かじゃなくても次の約束がふたりの間にあるのが嬉しくて、睦月はこくりと頷いた。
誠也と一緒にいると、やっぱり楽しい。
