今朝はばあさんに遭遇することなく(遭遇すると荷物を持たされて目的の場所まで同行しなければならない)無事に学校に着いた。
登校して教室に入る。室内には音無の姿はなく、少し安心して席に着いた。音無はどうして俺の遅刻理由を知っていたんだろう。見られていたのなら音無も遅刻してしまうはずだ。でも音無は遅刻していない。誰かから聞いたのだろうか。見聞きされたとしても悪いことをしていないので堂々としていればいいんだけど。なんだか少し警戒してしまう。
「今朝は遅刻しなかったんだね」
突然、背後から聞こえた声にびくっと身体が震えた。バッと振り向くと、音無がにこやかに柔らかい笑顔を浮かべて「おはよう」と挨拶をしてきた。
「お、おぉ……」
びっくりしすぎてどもってしまった。音無はふふっと小さく笑って、自分の席へ戻っていった。
(びびったー! なんなんだよあいつ!? 気配なかったぞ! 忍者かよ!)
どくどくと脈打つ胸に手を当ててそうっと音無を観察する。窓際の自分の席に座った途端、どこからか女子が2人やってきて音無に話しかけていた。
(なんかいつも女子が寄ってくるけどうっとおしくねぇのか? 俺だったら付きまとうなってキレてるわ)
様子をみていると、女子の話を聞きながらにこやかに笑って相槌を打っている。
『女子は話を聞いてほしい生き物だ』と、いつだったか母さんが言っていた。じっと話を聞くだけなんて俺には無理だ。なにかしらその話に口を出してしまいそうだから。でも音無は違う。自分からはあまり口を開かず、聞き役に徹しているようだった。
いつも穏やかで笑顔で話を聞いてくれる、顔面もスタイルもいい。モテる要素しかない。女子にとっては理想の相手。あいつにとってはどうなんだろう。
顔は笑っているけど、貼り付けたような笑顔にみえるのは俺だけだろうか。少し、違和感を感じる。
じっと見ていたせいで音無と目が合った。ひらひらと手を振られたので、戸惑いながらも軽く手を上げて応えた。
昼休み、真中と一緒に食堂で昼飯を食った。初めての食堂は、とても賑やかで人で溢れかえっていた。俺はきつねうどん、真中はからあげ定食を注文し、10分足らずでたいらげてしまった(俺に至っては5分)。トイレに行くという真中、俺は先に教室に戻ることにした。
「あの、瀬川くん!」
廊下を歩いていると声をかけられた。振り向くと、昨日の高架下で絡まれていた丸メガネがいた。急ぎの用事なのか、肩で息をしている。
「なに?」
「えっと……昨日はありがとうございました」
挙動不審に視線をさ迷わせたかと思えば、ガバっと勢いよく頭を下げる。突然のことに驚いていると、丸メガネがおずおずと顔を上げた。恥ずかしいのか、ほんのりと顔が赤い。
「昨日?」
「昨日、僕が他校の生徒に絡まれてる時、助けてくれたでしょ?」
「いや、俺はなにもしてないけど」
助けに行こうとはしたけど、俺が駆けつけた時にはもう解決していた。丸メガネに絡んでいた他校の金髪ピアス野郎は逃走し、警官が丸メガネの傍にいた。きっと誰か他の奴が警官を呼んでくれたのだろう。
「人違いじゃね?」
「でも、僕と目が合ったよね? 瀬川くんが行ってしまった後、すぐに警察の人が来てくれたんだ。だから、瀬川くんが警察の人を呼んできてくれたんだと思って」
「悪いけど、警官を呼んだのは俺じゃない」
トイレから戻ってきた真中が「なんの話?」と首を傾げているので、「人違いだった」と伝えて教室に入った。
今朝も、ばあさんに遭遇することなく学校に着いた。このところずっとばあさんには遭遇していない。出かける時間帯を変えたのか、体調でも悪いのか。おかげで俺は遅刻せずに済んでるからべつにいいんだけど。
「今日も下野くん休みかな?」
自分の席に着くと、音無が話しかけてきた。いつもにこやかな笑顔を浮かべているのに、今日は表情が曇って、アンニュイな雰囲気を醸し出している。下野のことが心配なのだろう。イケメンは笑ってなくても絵になるんだなとどうでもいいことを思いながら、下野の席に視線を移す。
昼休みに俺に話しかけてきた日の翌日から、下野は3日間欠席している。担任は家庭の事情だと言っていた。
「心配だね」
「下野と仲いいの?」
「うん、ちょっとね」
「ちょっとってなんだよ」
「ちょっとだけ仲良しってことだよ」
「それ仲いいって言えねぇだろ」
音無とつまらない雑談をしているうちに下野が教室に入ってきた。
「あ、下野くん来た」
登校してきた下野の元へ行く音無。なぜか俺も促されて音無についていく。
「下野くん、おはよう。ずっと休んでたけど大丈夫?」
音無が話しかけると、下野はゆっくりと顔を上げた。目が少し腫れて目元が赤く、疲れた顔をしている。
「大丈夫かよ、顔やべーぞ」
すかさず音無が脇腹に肘鉄をお見舞いしてきた。地味に痛い。
「ははは、瀬川くんに言われたくないよね~」
「はぁ? それどういう意味だよ。俺の顔がやばいってことか?」
「やばいやばい、ちょーやばい。いろんな意味で」
「おまえ、ちょっと顔がいいからって調子のってんじゃねぇぞ」
「あはは、血管浮いてるよ。ガチでやばいよね~」
音無とバカっぽいやりとりをしていると下野がクスクスと笑い始めた。
「二人ともいつの間に仲良くなったの?」
「ついさっき」
「仲良くなってねぇし」
「漫才みたい」
下野が笑ってくれて、俺と音無は顔を見合わせて安堵した。それからすぐに担任が入ってきて、俺たちは慌てて自分の席に戻った。担任は下野に「大丈夫か? 大変だったな」と声をかけていた。
昼休み、真中と購買に行きパン争奪戦に勝利して意気揚々と教室に戻る。途中、下野をみかけた。ふらふらとした足取りで階段を上っていく。朝からずっと、ひどい顔をしている。
「なぁ、あいつなんで休んでたか知ってる?」
「下野? 確か、おばあちゃんが亡くなったって担任が話してたけど」
「……ちょっと行ってくる」
「え? どこに?」
「先に食ってろ」
下野を追いかけて階段を上っていく。四階(最上階)に着いたのに、下野はまだ階段を上り続けている。様子をうかがっていると、重いドアがバタンッと閉まった音が聞こえた。どうやら屋上に出て行ったらしい。嫌な予感がする。慌てて階段を上り、屋上に続くドアを開けた。見渡すと色褪せたベンチが二つだけ置いてあり、その一つに下野が座っていた。
「瀬川くん? どうしたの?」
俺をみて不思議そうな顔をしている。膝の上には弁当箱がのっていた。包みを広げたところで、ちょうど今から食うらしい。下野の様子をみて安心してため息がもれた。
「あ、いや、邪魔したな」
「あの、よかったら一緒に食べない?」
「……おー」
断る理由が思いつかなくて、空いているベンチに腰かけた。一応、真中に屋上にいるとラインしておいたけど、奴はここまで上がってこないだろう(面倒くさがり)。
「ここ、昼休みだけ解放されてるんだけど、みんな知らないのか誰も来ないんだよね」
「いつもここで食ってんの?」
「たまに。外で食べると気持ちいいから」
メロンパンの袋を開けると甘い匂いがふんわりと漂ってきた。
「瀬川くんと音無くんが仲良くなっててびっくりしたよ」
「べつに仲良くねぇよ。あいつが勝手に話しかけてくるだけ」
「そっか。僕の時もーー絡まれて警察の人から話聞かれてる時に、ふらっと現れて声をかけてくれたんだ」
「おまえのこと、すげー心配してた」
「優しいよね、あとでお礼言わなくちゃ」
メロンパンをたいらげた後、カレーパンの袋を開けようとして手が止まる。
「……ばあちゃん、亡くしたって聞いたけど」
弁当を食う下野の手も止まり、箸を置いた。
「……っ、毎朝神社にお参りするのがおばあちゃんの日課だったんだ。学校にいくついでに僕も付き添ってたんだけど、高校に入ってから登校時間が早くなって、付き添えなくなって……そしたら、体調崩してあっという間に……」
下を向いてグスグスと鼻をすする下野。
「元々、心臓が悪くて歩くのも辛かったはずなのに……頑固なんだよね、あっくんが元気で過ごせるようにお参りしないとって、ずっと僕のこと気にかけてくれてて」
「あっくん?」
「あ、僕、篤人っていうんだ。だから、あっくんって呼ばれてて」
「……おまえのばあさんって、もしかして、紫の髪の……?」
「え、そうだけど。なんで知ってるの?」
「あ、いや、どっかでみかけたかもって思って」
『あっくんと同じ制服だね~あの子は学校で元気にしてる?』と、穏やかに話していたのを覚えている。やたら、『あっくん、あっくん』と言って、孫の話ばかりしていた。俺が遅刻した理由は、通りすがりのばあさんに荷物持ちと神社までの付き添いを頼まれたからだ。しかも3日連続で。
「この辺りをよく散歩していたから、瀬川くんともすれ違ってるかもしれないね」
「そうだな……孫想いの優しいばあさんだったんだろうな」
うっと声をつまらせて肩を震わせ、拳をぎゅっと握った。
俺はまだ近しい人を亡くしたことがないから想像することしかできないけれど。もし父さんや母さんが死んだらと思うと、考えただけで胸が痛くて息苦しくなる。
「僕がちゃんと付き添ってあげてれば、おばあちゃんはもっと長生きできたかもしれない……僕のせいでおばあちゃんは……」
「バカか、おまえのせいじゃねぇよ。ばあさんだってそんな風に思ってないだろ」
今、下野は絶望のどん底にいる。友達でもなんでもない俺が、できることなんてなにもないだろうけど。とりあえず、下野の隣に座って、震えている小さな背中をそっと撫でた。泣きはらした目から、次々に涙があふれて止まらない。その涙を受け止めて、悲しみを共有すれば、こいつの辛さも半分になればいいのに。人間の感情はそんな単純なものではないらしい。
5時間目、2週間後に控えたオリエンテーション合宿の概要説明が行われ、グループを決めたら各自解散という流れになった。四~五人のグループを作らなければいけないのだけど、俺はこのクラスで友達と呼べるのは真中しかいない。
「どうする? 一緒になりたい奴とかいる?」
「真中は?」
「俺はべつに。誰でもいいかな」
「じゃあ、声かけてくる」
「おっ!? いるんだ!? 一緒になりたい奴」
一番前の席で下を向いている丸メガネーーじゃなくて、下野の机をコンコン叩いた。ばっと顔を上げた下野は、昼休みに泣きすぎたせいで今朝よりひどい顔をしている。
「相変わらず、やべー顔してんぞ」
「瀬川くんに言われたくないよね~」
どこからともなく現れた音無が、にこにこと笑って今朝と同じセリフを吐いていた。
「なんだよ、下野は俺と一緒のグループになるんだから、おまえは引っ込んでろ」
「奇遇だなぁ~。俺も下野くんを誘おうと思ってたんだよね~」
「残念だったな。俺の方が早かった」
「早い者勝ちってルールじゃないでしょ。下野くんに意見を聞かないと」
俺と音無、二人からの圧力にたじたじになる下野。
「えっと、僕は……」
ごくりと唾を飲み込んで下野の次の言葉を待つ。
「二人と一緒のグループになりたいな」
「りょーかい。俺と瀬川と、音無と下野ね」
いつの間にか背後にいた真中が、用紙にメンバーの名前を記入し、さっさと担任に提出してしまった。
「おーし、瀬川帰るぞ~」
「え、いや、ちょっとーー」
「じゃあな、おつかれー」
真中の早業にあっけにとられた顔をして反射的に手を振る下野と音無。俺は真中に引きずられるようにして教室を後にした。
(どんだけ早く帰りたいんだ、この男)
グループ内カースト1位は真中かもしれない……
登校して教室に入る。室内には音無の姿はなく、少し安心して席に着いた。音無はどうして俺の遅刻理由を知っていたんだろう。見られていたのなら音無も遅刻してしまうはずだ。でも音無は遅刻していない。誰かから聞いたのだろうか。見聞きされたとしても悪いことをしていないので堂々としていればいいんだけど。なんだか少し警戒してしまう。
「今朝は遅刻しなかったんだね」
突然、背後から聞こえた声にびくっと身体が震えた。バッと振り向くと、音無がにこやかに柔らかい笑顔を浮かべて「おはよう」と挨拶をしてきた。
「お、おぉ……」
びっくりしすぎてどもってしまった。音無はふふっと小さく笑って、自分の席へ戻っていった。
(びびったー! なんなんだよあいつ!? 気配なかったぞ! 忍者かよ!)
どくどくと脈打つ胸に手を当ててそうっと音無を観察する。窓際の自分の席に座った途端、どこからか女子が2人やってきて音無に話しかけていた。
(なんかいつも女子が寄ってくるけどうっとおしくねぇのか? 俺だったら付きまとうなってキレてるわ)
様子をみていると、女子の話を聞きながらにこやかに笑って相槌を打っている。
『女子は話を聞いてほしい生き物だ』と、いつだったか母さんが言っていた。じっと話を聞くだけなんて俺には無理だ。なにかしらその話に口を出してしまいそうだから。でも音無は違う。自分からはあまり口を開かず、聞き役に徹しているようだった。
いつも穏やかで笑顔で話を聞いてくれる、顔面もスタイルもいい。モテる要素しかない。女子にとっては理想の相手。あいつにとってはどうなんだろう。
顔は笑っているけど、貼り付けたような笑顔にみえるのは俺だけだろうか。少し、違和感を感じる。
じっと見ていたせいで音無と目が合った。ひらひらと手を振られたので、戸惑いながらも軽く手を上げて応えた。
昼休み、真中と一緒に食堂で昼飯を食った。初めての食堂は、とても賑やかで人で溢れかえっていた。俺はきつねうどん、真中はからあげ定食を注文し、10分足らずでたいらげてしまった(俺に至っては5分)。トイレに行くという真中、俺は先に教室に戻ることにした。
「あの、瀬川くん!」
廊下を歩いていると声をかけられた。振り向くと、昨日の高架下で絡まれていた丸メガネがいた。急ぎの用事なのか、肩で息をしている。
「なに?」
「えっと……昨日はありがとうございました」
挙動不審に視線をさ迷わせたかと思えば、ガバっと勢いよく頭を下げる。突然のことに驚いていると、丸メガネがおずおずと顔を上げた。恥ずかしいのか、ほんのりと顔が赤い。
「昨日?」
「昨日、僕が他校の生徒に絡まれてる時、助けてくれたでしょ?」
「いや、俺はなにもしてないけど」
助けに行こうとはしたけど、俺が駆けつけた時にはもう解決していた。丸メガネに絡んでいた他校の金髪ピアス野郎は逃走し、警官が丸メガネの傍にいた。きっと誰か他の奴が警官を呼んでくれたのだろう。
「人違いじゃね?」
「でも、僕と目が合ったよね? 瀬川くんが行ってしまった後、すぐに警察の人が来てくれたんだ。だから、瀬川くんが警察の人を呼んできてくれたんだと思って」
「悪いけど、警官を呼んだのは俺じゃない」
トイレから戻ってきた真中が「なんの話?」と首を傾げているので、「人違いだった」と伝えて教室に入った。
今朝も、ばあさんに遭遇することなく学校に着いた。このところずっとばあさんには遭遇していない。出かける時間帯を変えたのか、体調でも悪いのか。おかげで俺は遅刻せずに済んでるからべつにいいんだけど。
「今日も下野くん休みかな?」
自分の席に着くと、音無が話しかけてきた。いつもにこやかな笑顔を浮かべているのに、今日は表情が曇って、アンニュイな雰囲気を醸し出している。下野のことが心配なのだろう。イケメンは笑ってなくても絵になるんだなとどうでもいいことを思いながら、下野の席に視線を移す。
昼休みに俺に話しかけてきた日の翌日から、下野は3日間欠席している。担任は家庭の事情だと言っていた。
「心配だね」
「下野と仲いいの?」
「うん、ちょっとね」
「ちょっとってなんだよ」
「ちょっとだけ仲良しってことだよ」
「それ仲いいって言えねぇだろ」
音無とつまらない雑談をしているうちに下野が教室に入ってきた。
「あ、下野くん来た」
登校してきた下野の元へ行く音無。なぜか俺も促されて音無についていく。
「下野くん、おはよう。ずっと休んでたけど大丈夫?」
音無が話しかけると、下野はゆっくりと顔を上げた。目が少し腫れて目元が赤く、疲れた顔をしている。
「大丈夫かよ、顔やべーぞ」
すかさず音無が脇腹に肘鉄をお見舞いしてきた。地味に痛い。
「ははは、瀬川くんに言われたくないよね~」
「はぁ? それどういう意味だよ。俺の顔がやばいってことか?」
「やばいやばい、ちょーやばい。いろんな意味で」
「おまえ、ちょっと顔がいいからって調子のってんじゃねぇぞ」
「あはは、血管浮いてるよ。ガチでやばいよね~」
音無とバカっぽいやりとりをしていると下野がクスクスと笑い始めた。
「二人ともいつの間に仲良くなったの?」
「ついさっき」
「仲良くなってねぇし」
「漫才みたい」
下野が笑ってくれて、俺と音無は顔を見合わせて安堵した。それからすぐに担任が入ってきて、俺たちは慌てて自分の席に戻った。担任は下野に「大丈夫か? 大変だったな」と声をかけていた。
昼休み、真中と購買に行きパン争奪戦に勝利して意気揚々と教室に戻る。途中、下野をみかけた。ふらふらとした足取りで階段を上っていく。朝からずっと、ひどい顔をしている。
「なぁ、あいつなんで休んでたか知ってる?」
「下野? 確か、おばあちゃんが亡くなったって担任が話してたけど」
「……ちょっと行ってくる」
「え? どこに?」
「先に食ってろ」
下野を追いかけて階段を上っていく。四階(最上階)に着いたのに、下野はまだ階段を上り続けている。様子をうかがっていると、重いドアがバタンッと閉まった音が聞こえた。どうやら屋上に出て行ったらしい。嫌な予感がする。慌てて階段を上り、屋上に続くドアを開けた。見渡すと色褪せたベンチが二つだけ置いてあり、その一つに下野が座っていた。
「瀬川くん? どうしたの?」
俺をみて不思議そうな顔をしている。膝の上には弁当箱がのっていた。包みを広げたところで、ちょうど今から食うらしい。下野の様子をみて安心してため息がもれた。
「あ、いや、邪魔したな」
「あの、よかったら一緒に食べない?」
「……おー」
断る理由が思いつかなくて、空いているベンチに腰かけた。一応、真中に屋上にいるとラインしておいたけど、奴はここまで上がってこないだろう(面倒くさがり)。
「ここ、昼休みだけ解放されてるんだけど、みんな知らないのか誰も来ないんだよね」
「いつもここで食ってんの?」
「たまに。外で食べると気持ちいいから」
メロンパンの袋を開けると甘い匂いがふんわりと漂ってきた。
「瀬川くんと音無くんが仲良くなっててびっくりしたよ」
「べつに仲良くねぇよ。あいつが勝手に話しかけてくるだけ」
「そっか。僕の時もーー絡まれて警察の人から話聞かれてる時に、ふらっと現れて声をかけてくれたんだ」
「おまえのこと、すげー心配してた」
「優しいよね、あとでお礼言わなくちゃ」
メロンパンをたいらげた後、カレーパンの袋を開けようとして手が止まる。
「……ばあちゃん、亡くしたって聞いたけど」
弁当を食う下野の手も止まり、箸を置いた。
「……っ、毎朝神社にお参りするのがおばあちゃんの日課だったんだ。学校にいくついでに僕も付き添ってたんだけど、高校に入ってから登校時間が早くなって、付き添えなくなって……そしたら、体調崩してあっという間に……」
下を向いてグスグスと鼻をすする下野。
「元々、心臓が悪くて歩くのも辛かったはずなのに……頑固なんだよね、あっくんが元気で過ごせるようにお参りしないとって、ずっと僕のこと気にかけてくれてて」
「あっくん?」
「あ、僕、篤人っていうんだ。だから、あっくんって呼ばれてて」
「……おまえのばあさんって、もしかして、紫の髪の……?」
「え、そうだけど。なんで知ってるの?」
「あ、いや、どっかでみかけたかもって思って」
『あっくんと同じ制服だね~あの子は学校で元気にしてる?』と、穏やかに話していたのを覚えている。やたら、『あっくん、あっくん』と言って、孫の話ばかりしていた。俺が遅刻した理由は、通りすがりのばあさんに荷物持ちと神社までの付き添いを頼まれたからだ。しかも3日連続で。
「この辺りをよく散歩していたから、瀬川くんともすれ違ってるかもしれないね」
「そうだな……孫想いの優しいばあさんだったんだろうな」
うっと声をつまらせて肩を震わせ、拳をぎゅっと握った。
俺はまだ近しい人を亡くしたことがないから想像することしかできないけれど。もし父さんや母さんが死んだらと思うと、考えただけで胸が痛くて息苦しくなる。
「僕がちゃんと付き添ってあげてれば、おばあちゃんはもっと長生きできたかもしれない……僕のせいでおばあちゃんは……」
「バカか、おまえのせいじゃねぇよ。ばあさんだってそんな風に思ってないだろ」
今、下野は絶望のどん底にいる。友達でもなんでもない俺が、できることなんてなにもないだろうけど。とりあえず、下野の隣に座って、震えている小さな背中をそっと撫でた。泣きはらした目から、次々に涙があふれて止まらない。その涙を受け止めて、悲しみを共有すれば、こいつの辛さも半分になればいいのに。人間の感情はそんな単純なものではないらしい。
5時間目、2週間後に控えたオリエンテーション合宿の概要説明が行われ、グループを決めたら各自解散という流れになった。四~五人のグループを作らなければいけないのだけど、俺はこのクラスで友達と呼べるのは真中しかいない。
「どうする? 一緒になりたい奴とかいる?」
「真中は?」
「俺はべつに。誰でもいいかな」
「じゃあ、声かけてくる」
「おっ!? いるんだ!? 一緒になりたい奴」
一番前の席で下を向いている丸メガネーーじゃなくて、下野の机をコンコン叩いた。ばっと顔を上げた下野は、昼休みに泣きすぎたせいで今朝よりひどい顔をしている。
「相変わらず、やべー顔してんぞ」
「瀬川くんに言われたくないよね~」
どこからともなく現れた音無が、にこにこと笑って今朝と同じセリフを吐いていた。
「なんだよ、下野は俺と一緒のグループになるんだから、おまえは引っ込んでろ」
「奇遇だなぁ~。俺も下野くんを誘おうと思ってたんだよね~」
「残念だったな。俺の方が早かった」
「早い者勝ちってルールじゃないでしょ。下野くんに意見を聞かないと」
俺と音無、二人からの圧力にたじたじになる下野。
「えっと、僕は……」
ごくりと唾を飲み込んで下野の次の言葉を待つ。
「二人と一緒のグループになりたいな」
「りょーかい。俺と瀬川と、音無と下野ね」
いつの間にか背後にいた真中が、用紙にメンバーの名前を記入し、さっさと担任に提出してしまった。
「おーし、瀬川帰るぞ~」
「え、いや、ちょっとーー」
「じゃあな、おつかれー」
真中の早業にあっけにとられた顔をして反射的に手を振る下野と音無。俺は真中に引きずられるようにして教室を後にした。
(どんだけ早く帰りたいんだ、この男)
グループ内カースト1位は真中かもしれない……



