解説     近藤宗近


伊藤ほのかという名前をセンセーショナルなニュースで耳にされた読者も多いことと思う。著者の伊藤ほのかさんは奇妙な事件に巻き込まれ命を落とした。
私はその事件の一端に触れた。伊藤さんの鎮魂の思いも込めこの解説を書きたいと思う。

表題作である『伊藤家のメモリアル』はノベマ!第61回キャラクター短編小説コンテスト『〇〇 × モキュメンタリーホラー』の最優秀賞受賞作である。
私はこの賞の審査員として著者の作品と出会った。一読してこの小説を世に出すことが私の使命であり作家になったのもその使命を果たすためだったのではないかと思った。それほど強烈な第一印象だった。最優秀賞に選んだのは当然の仕儀だった。

その後のことだが伊藤ほのかさんとノベマ!運営局との間に奇妙な事件が起きた。ノベマ!運営事務局に伊藤さんから暗号メールが送られてくるようになったのだ。
暗号を解くと「たすけて」「のろわれてる」などの文章が浮かび上がった。ノベマ!運営事務局ではいたずらではないかと判断し放置していた。

しかしこの作品はキャラクター短編小説コンテスト『〇〇 × モキュメンタリーホラー』受賞作を集めた短編集に収録されることとなった。再び伊藤ほのかさんと連絡を取る必要が出来た。
ところが運営事務局が連絡を取ろうにも伊藤ほのかさんの住所もメールアドレスも存在しない架空のものだった。ここにも奇妙な点が見られた。
伊藤ほのかさんには最優秀賞受賞の記念品が贈られていた。送付された記念品は宛所不明で戻ってくるようなことはなかった。確かに届いたはず。それなのに住所は存在しないものだった。

有効な連絡手段は暗号メールが送られてきたスマホのアドレスだけである。運よく伊藤ほのかさんとのメールのやり取りは順調に進み短編集の刊行が決まった。
同時に著者の新作『彼の地へ』(同社で刊行予定)を受領した編集者はある違和感を覚えたという。
新作は伊藤ほのかさんの作品ではないのではないかと。

ここから佐倉しのぶ事件が発展する。
佐倉しのぶ受刑者の名前をご存じの読者も多かろう。一人の女性を監禁し二人の女性を殺害した事件の犯人である。簡単に事件について触れよう。

とある小説投稿サイトで出会った四人の女性。佐倉しのぶと伊藤ほのかの他に二名が意気投合して会見した。その折りに佐倉しのぶが三人の女性を監禁。三人の女性は小説で賞を獲ったという共通点があった。
佐倉しのぶの犯行目的は三人のうち誰かの名前を騙り自作を世に出すことだった。
三人を監禁し受賞時に担当した編集者に連絡を取らせる。編集者の気を引き作品を書籍化するよう要求させる。そしてゴーストライターとして作品を発表する。
そのために佐倉しのぶは人を殺した。

切っ掛けは伊藤ほのかさんが最優秀賞受賞の連絡に対して提出した個人情報に書き間違えがあったことだった。佐倉しのぶは偶然にも当社で庶務業務にあたっていた。
伊藤ほのかさんに贈られた記念品は宛所不明で戻ってきていた。それを見つけたのは郵便業務に従事していた佐倉しのぶ。佐倉は記念品を伊藤ほのかさんに直接手渡すという名目で会合を開いたと話していると広く報道された。

伊藤ほのかさんは素晴らしい筆力の持ち主である。そうであるがために佐倉しのぶに目を付けられ監禁までされることになってしまった。
この処女作『伊藤家のメモリアル』には著者の人生がかかっていると言っても過言ではない。まさに命がけで生まれた一冊なのだ。

読者諸氏にはどうか心してお読みいただきたい。読後に佐倉しのぶと同じ思いを抱かないことだけを祈っている。