件名 危急です毛利真琴です


近藤先生

物騒な件名で申し訳ありません。私の手違いでこんな件名にしております。
社用アドレスからメールいたしましたが、それ以前に申し上げるべきでしたのにご連絡が遅れました。
こちらをお読みいただいてから社用メールにご返信いただければと取り急ぎお送りいたします。

伊藤ほのかさんは元気そうでした。
新作は控えめに言っても、とても素晴らしいです。
ですが暗号メールについては、はぐらかされました。
伊藤さんが送ったとは言いませんでしたし、知らないとも言いませんでした。
私もなあなあで流すしかありませんでしたが、違和感は残るばかりです。
その件についてこちらの私用メールでご相談したく、どうぞお願いいたします。

面談中、伊藤さんはテーブルにスマホを置いたままでした。おそらく録音していたと思います。
それについて言及するのがなぜかはばかられる空気で、そこには触れず話を続けてしまいました。
伊藤さんは二十三歳、現在は転職活動中で無職。大学在学中からキャバクラで働いていたそうです。
ビジネスメールは送ったことがなかったためネットで勉強した。
存在しない郵便番号と住所は書き間違いで、郵便局員と顔見知り(キャバクラの常連)だったため無事手元に届いた。
とのことでした。
正しい住所を尋ねましたが、転職と同時に賃貸マンションを引き払い、
現在は友人宅に居候しているため教えられないと強く言われました。

話の筋は通っているようにも思うのですが、伊藤さんの喋り方がどこか不自然で、
こちらが質問すると数秒の間が空いてから答えていました。
まるで同時通訳で話しているときのような間です。
答えを待っていると、伊藤さんは私から目をそらして宙を見ていて、考えをまとめているのかとも思いましたが「はい」「いいえ」で答えられるときでも不思議な間はあり、リズミカルな会話はできませんでした。
身に危険が迫っているといった不穏な感じではなかったですが、表情は終始、硬かったように思います。

次回からの連絡も伊藤さんのスマホのメールアドレスで行うことになりました。
存在しないメールアドレスは引っ越しの際にプロバイダ契約を解除したせいで使えないとのことで。
今後は直接会うことはせずメールだけのやりとりにしてほしいと念を押されました。
できるだけお会いして打ち合わせたいと伝えましたが、忙しくなるため考慮してほしいと言われ、
zoomなども提案してみましたが、人と顔を合わせるのが苦手だと。
接客業をしていたというのに不思議な言い訳をされ疑問ですが、初対面で強く押すこともできず。
私の対人スキルの不甲斐なさを露呈してお恥ずかしいのですが、そういった感じでした。

ほとんど役に立つ情報を得ることができませんでしたが、とにかく伊藤さんの無事は確認できました。
それだけでも安心です。

これからも伊藤さんと頻繁にやり取りをすることになると思います。
もしご迷惑でなければ、近藤先生にも伊藤さんと連絡した内容をこちらの私用アドレスでお伝えしたいと思うのですが、
いかがでしょうか。

毛利真琴