「私がいつも君の傍にいるよ」
「いつでも、どこにいても」
見慣れたはずの顔。太陽のように輝く笑みと、誰もが羨む端正な容貌。だがその光景に、不気味な違和感が滲んでいた。——そうだ。彼の頭は黒く狭い箱に挟まれていたのだ。首から下は消え、残された笑顔だけが異様にこちらを見つめていた。
長い悪夢から跳ね起き、荒く呼吸を繰り返す。額を伝う冷汗を袖で拭い、制服に袖を通す。机の上には茶褐色の箱。存在しない埃を払うように指先で撫で、躊躇なく鞄へと押し込んだ。
眠りに戻るつもりは毛頭なかった。
――新学期。いつもと変わらぬざわめき。
「俊介じゃん、君の隣に座っていいか?」
耳障りな声が響いた。即座に「ダメだ」と拒絶の言葉を吐いた瞬間には、すでに奴の笑顔が目の前にあった。
何度も繰り返された光景。中学の頃から、学期初めの席替えになるたび、同じ言葉を投げかけ、僕の答えを待つことなく勝手に腰を下ろす。
成績優秀、運動万能、何より容姿端麗。誰もが彼に惹かれる。だが、恋人でもない僕に執拗にまとわりつく理由など、ひとつもわからない。まるで世紀の謎だ。
あの存在と親しくなったことは、間違いなく不幸の始まりだった。
中二の頃、必死に想いを募らせたあの子も、最後には奴に告白してしまった。
すべてわかっていたはずだ。彼女と偶然を装って出会おうとすれば、いつも奴が僕の横に立っていた。あの子の瞳が向かうのは、常に奴の隣だった。
眩い光の中で、僕はただ影に押しやられていった。
注目を奪われ、想いを奪われ、人生そのものを乱されていった。
奴さえいなければ。奴が消えれば、僕はきっと、安らぎに満ちた世界を手にできる。
……もう、耐えられない。
「俊介」
記憶の淵から引き戻したのは、同級生の颯人の声だった。
「そういえば、おかしくない? 真樹、どこ行ったんやろ。もう何日も見てへん。事故にでも遭ったんかな。君ら親友やろ? まさか、少しも会いたくならんの?」
笑っているはずの口元が、どこか歪んで見えた。声は水の底から響くように濁り、僕の四肢は硬直していく。冷たい。鞄の中で、あの箱を握り締めた手が氷のように冷えていた。あの忌まわしい夢が再び、四方から押し寄せる。
怖れに突き動かされ、机を離れ、ただ外へと逃げ出した。
「どうしたん? 大丈夫か?」
追いかけてくる颯人の声に、妙な笑いが混じっていた。
「お前、真樹が嫌いなんやろ……。俺が彼を殺したら、楽になるやん。お前をどれだけ好きでも、花子を利用してまで手に入れるなんて、あいつには許されんことやろ」
呟きながら、颯人は机の上に残された箱へと手を伸ばし、容赦なく蓋を開けた。
「……飛行機の模型?」
その顔に、ほんの一瞬、虚を突かれたような色が浮かんだ。
「そういえば、あの日もあいつ、誰かと飛行機の話で夢中になってたっけ……」
そして、声を潜めるように笑った。
「結局……お前も、あいつを好きだったんやな」
--------------終わり------------
