蜘蛛忍 夜の部は
のぼりが「おいしいお酒あります」に更新され、
入口の両側にかがり火をイメージしたライトアップでお客様を迎える。
レトロな店構えのせいもあり、夜の部の方が俄然雰囲気がある。
夜の部はお酒がメインとなるため、駐車場に車はなく、
自転車が数台整列して停められていた。
由紀は正面の自転車が停まっているエリアを避けてワゴンRを停めた。
縦格子の引き戸を開けて店内に入ると、3つあるテーブル席のうち2つが埋まっていて、
酔っ払いがお酒を呑みながらガヤガヤと談笑していた。


 いらっしゃいませ!カウンター席どうぞ!


店主に促され、由紀は2日前の昼間と同じ席に座った。


 また来てくれて嬉しいよ!ありがとう!
 面接はどうだった?


「あかんあかん!とりあえず生ビールちょうだい!」


 ありがとうございます!生一、いや二丁!!


素早い動きの店員がグラスに注がれた生ビールを持ってきた。


「お待たせいたしました。生ビールです。」


 じゃあ乾杯しよう!
 再会に乾杯!!


2人はカウンター越しにカチン!とグラスを重ねた。



グラスの生ビールを一気に飲み干すと
「あ~!やっぱり最初の一杯は生にかぎるわ!おかわり!」
と言うなり、由紀は


「なあ、おじさん!ちょっと聞いてさ!
 実はな、今回こっちへ来たんは就活もあるんやけど
 別の目的もあってな、
 うちのおかん、うちが3歳の時に死んでもうて、
 あんまり憶えてへんのやけど…。

 おかんとツーショットの写真があってな、
 それは私の宝物で、ずっと大事に持ってたん。
 成人式の日もおかんに晴れ姿見せたりたくて、
 フォトフレーム持ってったんやけど、
 うっかり落としてしまってん…
 そしたらな、中から手紙が出て来たんさ。
 その手紙がこれなんやけど…。」

由紀は手帳に大切そうに挟んであった封筒から折りたたまれた便箋を取り出し、丁寧に開くと店主に手渡した。

店主はビールのグラスを置くと、おしぼりで手を拭いた後、手紙を受け取り目を通す。




大好きな由紀へ


元気にしていますか?
お母さんは身体が弱くて、由紀の成長をずっと見守ってあげることが出来ないかもしれません。
お父さんが居ないことでも寂しい思いをさせてしまっていたのに…本当にごめんね。


由紀が大きくなってお父さんのことを知りたくなった時に、
手掛かりになればと思い、この手紙を書いています。


あなたのお父さんは服部由人といいます。
由紀の「由」はお父さんの名前から一字もらいました。
あなたのお父さんはとっても素敵な人で、
お母さんが大学生の頃大好きだった人です。
面白くて、思いやりがあって、みんなの人気者でした。
お父さんは東京の人だから、由紀が大きくなって、関東に行くことがあったら、
もしかしたら会えるかもしれないけど、由紀の事を知らされていないお父さんは、
きっとびっくりすると思います。その時は笑って許してあげてね!


お母さんが大好きだった人がもう一人。
服部武人といって、由紀の腹違いのお兄さんです。
お母さんは、武人君との約束が守れなかったことを、
謝りたかったんだけど、連絡がつかず、謝ることができませんでした。
もし会うことが出来たら、伝えてください。
「応援行けなくてごめんなさい」と


東京の福生市に、お母さんがおばあちゃんとアルバイトをしていた
「雲人」と「BAR CLOUDMAN」という2枚看板のお店がありました。
電話をかけても繋がらず、手紙を書いても戻ってきてしまうので、
お店はなくなってると思いますが、福生では人気のお店だったので
横田基地の近くの飲み屋さんに行けば、もしかしたら、
何か手がかりになる情報を知ってる人がいるかもしれません。


お父さんも武人君もとっても優しくて思いやりがある人なので、
由紀が会いに行けば、きっと力になってくれるはずです。


もしお父さんや武人君に会うことができたら、
こう伝えてください。


「早紀は、二人に出会えて幸せでした!
ありがとう!今日もいい日だ。Goodmorning!」


おかあさんより



PS.おばあちゃんには内緒ね♡