「雲人」でアルバイトをしていた早紀に憧れていた武人は、
空手の試合の前日、カウンター席で早紀と一緒にハヤシライスを食べた後、
試合の応援に来てくれとお願いし、早紀は「必ず応援に行く」と言ってくれた。
2人でお店を出た時「雲人」の看板は
「BAR CLOUD-MAN」のネオンサインに変わっていて、
「じゃあ、また明日ね!」と早紀と武人はお互いに手を振り、
お店から反対方向に向かって分かれて帰路についた。
21年前の9月のことだった。
武人は試合で優勝することが出来たら、
早紀に告白しようと心に決めていた。
試合への緊張と相まって、なかなか寝付けず、
眠りに就いたのは深夜になってしまっていた。
試合当日の明け方、救急車のサイレンとヘリコプターの轟音で目が覚め、
騒がしい朝だなという印象だったが、
横田基地の米軍がまた何かやっているのかと特に気に留めることはなく、
逆に寝坊しなくて済んだことに安堵していた。
今日の俺は運がいい!今日は行ける!と無駄に前向きな気持ちで会場へと向かった。
福生市民総合体育大会
空手道の会場であった中央体育館は市内の空手道場や部活動のカラテマン達が
純白の空手着を身にまとい、思い思いの場所でウォーミングアップをしていた。
体育館は選手たちの熱気に包まれていた。
天心館少年部のエース・武人は観覧席をキョロキョロと何度も見上げ
落ち着きのない様子で、そわそわしていた。
その様子に気づいた師範が、
「武人どうした?緊張してるのか?」
いえ…
「集中出来てないぞ!何かあったのか?」
いえ、別に…
「集中しないとケガするぞ!」
師範の心配をよそに、武人の眼はまた観覧席に早紀の姿を探していた。
会場に早紀の姿が見当たらない。
自分が優勝する姿をどうしても早紀に見てもらいたくて、
応援に来てもらうよう勇気を出して誘ったのに、
試合会場に早紀の姿はない。
なんで早紀姉はいないんだ!?
もうすぐ試合が始まってしまう!
必ず応援に行くって言ってくれたのに…
焦る武人をよそに
選手集合のアナウンスが流れる。
きっと何か事情があって遅れてるんだ。
早紀姉が到着するまで負けるわけにはいかない!
気持ちを切り替えた武人はいつも以上に集中し、
トーナメントに臨み、勝ち進んでいった。
連勝を重ね、気が付けば決勝まで上り詰めていた。
準決勝の後は試合間のインターバルを考慮して、
少し長めの休憩時間があったのだが、
武人にとっては、却ってそれが災いした。
集中の糸が切れ、早紀の姿が見えないことに意識が行ってしまった。
結局、最後まで早紀を見付られなかったことに落胆した武人は、
集中を欠くこととなり、闘志を失った武人は決勝戦で無残なストレート負けを喫してしまう。
試合で優勝したら、早紀に告白しようと心に決めていたのだが、
肝心要の早紀が会場にいないのでは、モチベーションの維持が難しいところ。
何とか決勝戦までこぎつけたものの、最後まで気持ちを維持することができず、
失恋と挫折を同時に味わった武人は、意気消沈し、それ以来空手もやめてしまった。
思春期の武人にとってはショックがあまりにも大きく、気持ちの整理が付かないまま、
来てくれなかった早紀の事を逆恨みし、忘れることにして心の奥底に仕舞い込んだ。
帰宅後、父から聞いた話では、
早紀は試合当日の明け方、自宅で倒れ、大聖病院に救急搬送された後、
ドクターヘリで大阪大学医学部付属病院に緊急搬送されたとのこと。
早紀の祖父が大阪大学の偉い人で、孫の非常事態に尽力したという話らしい。
母親の美紀も娘に帯同する形で急遽大阪に行くことになり、
必然的にBAR CLOUD-MANは辞めることとなる。
それ以来疎遠になってしまったことで、
早紀がその後どうなったのかを知ることはなかった。
空手の試合の前日、カウンター席で早紀と一緒にハヤシライスを食べた後、
試合の応援に来てくれとお願いし、早紀は「必ず応援に行く」と言ってくれた。
2人でお店を出た時「雲人」の看板は
「BAR CLOUD-MAN」のネオンサインに変わっていて、
「じゃあ、また明日ね!」と早紀と武人はお互いに手を振り、
お店から反対方向に向かって分かれて帰路についた。
21年前の9月のことだった。
武人は試合で優勝することが出来たら、
早紀に告白しようと心に決めていた。
試合への緊張と相まって、なかなか寝付けず、
眠りに就いたのは深夜になってしまっていた。
試合当日の明け方、救急車のサイレンとヘリコプターの轟音で目が覚め、
騒がしい朝だなという印象だったが、
横田基地の米軍がまた何かやっているのかと特に気に留めることはなく、
逆に寝坊しなくて済んだことに安堵していた。
今日の俺は運がいい!今日は行ける!と無駄に前向きな気持ちで会場へと向かった。
福生市民総合体育大会
空手道の会場であった中央体育館は市内の空手道場や部活動のカラテマン達が
純白の空手着を身にまとい、思い思いの場所でウォーミングアップをしていた。
体育館は選手たちの熱気に包まれていた。
天心館少年部のエース・武人は観覧席をキョロキョロと何度も見上げ
落ち着きのない様子で、そわそわしていた。
その様子に気づいた師範が、
「武人どうした?緊張してるのか?」
いえ…
「集中出来てないぞ!何かあったのか?」
いえ、別に…
「集中しないとケガするぞ!」
師範の心配をよそに、武人の眼はまた観覧席に早紀の姿を探していた。
会場に早紀の姿が見当たらない。
自分が優勝する姿をどうしても早紀に見てもらいたくて、
応援に来てもらうよう勇気を出して誘ったのに、
試合会場に早紀の姿はない。
なんで早紀姉はいないんだ!?
もうすぐ試合が始まってしまう!
必ず応援に行くって言ってくれたのに…
焦る武人をよそに
選手集合のアナウンスが流れる。
きっと何か事情があって遅れてるんだ。
早紀姉が到着するまで負けるわけにはいかない!
気持ちを切り替えた武人はいつも以上に集中し、
トーナメントに臨み、勝ち進んでいった。
連勝を重ね、気が付けば決勝まで上り詰めていた。
準決勝の後は試合間のインターバルを考慮して、
少し長めの休憩時間があったのだが、
武人にとっては、却ってそれが災いした。
集中の糸が切れ、早紀の姿が見えないことに意識が行ってしまった。
結局、最後まで早紀を見付られなかったことに落胆した武人は、
集中を欠くこととなり、闘志を失った武人は決勝戦で無残なストレート負けを喫してしまう。
試合で優勝したら、早紀に告白しようと心に決めていたのだが、
肝心要の早紀が会場にいないのでは、モチベーションの維持が難しいところ。
何とか決勝戦までこぎつけたものの、最後まで気持ちを維持することができず、
失恋と挫折を同時に味わった武人は、意気消沈し、それ以来空手もやめてしまった。
思春期の武人にとってはショックがあまりにも大きく、気持ちの整理が付かないまま、
来てくれなかった早紀の事を逆恨みし、忘れることにして心の奥底に仕舞い込んだ。
帰宅後、父から聞いた話では、
早紀は試合当日の明け方、自宅で倒れ、大聖病院に救急搬送された後、
ドクターヘリで大阪大学医学部付属病院に緊急搬送されたとのこと。
早紀の祖父が大阪大学の偉い人で、孫の非常事態に尽力したという話らしい。
母親の美紀も娘に帯同する形で急遽大阪に行くことになり、
必然的にBAR CLOUD-MANは辞めることとなる。
それ以来疎遠になってしまったことで、
早紀がその後どうなったのかを知ることはなかった。



