半年くらいした、ある土曜日の昼下がり「雲人」に寄った武人は
いたずらで父を驚かそうと裏の勝手口にまわり、
そ~っと中の様子を覗うと
!!!
乳房を露わにしたキレイな女の人が、
テーブルに手をついた姿勢で
苦しげな溜息を漏らしていた!


ドクン!!!速くなる鼓動…
もしかして見てはいけない…!?
今中に入ってはいけない…!?
直観的にそう思った武人は、
音がしないように慎重に勝手口の扉を閉め、
いたずらを中止して、忍び足で撤退した。


空手の稽古の後再び「雲人」に寄ると
昼間偶然裸を目撃してしまった、キレイな女の人がお店で働いていた。


「早紀ちゃんと武人は初めましてだったよな?」と言うと
早紀に息子の武人を紹介した。


 た、武人です…
赤面した武人は照れくさそうに挨拶するのがやっとで、
早紀を直視することが出来なかった。


「早紀です。
 上智大学の3年生。
 好きな食べ物はハヤシライスです(笑)」
と愛嬌のいい笑顔で自己紹介した。
早紀のことが頭から離れなくなった武人は
毎週土曜日は必ず「雲人」に寄るようになった。


1年程かけてようやく少しずつ会話が出来るようになった2人は
一緒にいるのが自然な姉弟のようになっていた。

後から食べ始めたのに先に食べ終わった武人は、
意を決して、早紀に尋ねた。


 早紀姉、明日用事ある?


「日曜日だからとくに何もないけど、なんで?」と返す早紀に


 明日、朝から空手の試合なんだけど、応援に来てくんない!?
とハヤシライスを食べている早紀を横から眺めながら、問いかける。
口に入れたハヤシライスをきちんと飲み込んでから、
武人の瞳を覗き込んだ早紀は
「ん~!?どうしようかな!?」


もったいぶって


少し焦らしてから


優しく微笑んで、
「いいよ、応援行ってあげる!」と応えた。


すると、不安げだった武人の表情が一気にはじけて、
満面の笑顔に変わった。そして、


 俺、絶対に優勝して見せるから必ず来てね!


と拳を突き出した。


「必ず応援に行くから、かっこいいとこ見せてね!」


と早紀も拳を突き出して
2人はグータッチをした。


 まかせとけって!


武人の表情は自信に満ちていて、
8つ年上の早紀から見ても頼もしい男を感じさせる輝きを放っていた。


しかし、試合前日のこのやり取りが
2人で過ごした最後の想い出となるとは、この時誰も予想していなかった。
2人が店を出た時、看板はBAR CLOUDMANのネオンサインに変わっていた。