うちの学校は体育祭よりも先に文化祭がある。できるだけ親にも参加してほしいということで土日の二日間だ。案を出し合い、クラスでひとつのものを作り上げる。俺たちのクラスは——女装喫茶をすることになった。ネーミングから男が女装することは予想がつく。そして女の子たちの目当ては紛れもなく麗の女装姿だろう。

「——え、麗は女装しないだと?!なんでだよ!」

 昼休み、いつものように過ごしていると衝撃的なことを聞かされた。女装喫茶なのに女装しないってなに?じゃあお前はなにやんの?まさか裏方?

「メイド服にする生地にも予算があってちょうど一枚足りないらしいよ」
「じゃあ俺のメイド服やるよ」
「いらない。俺は茉央のメイド姿見たいし、やってね」
「お前だけだよ、俺のメイド姿に期待してんのは」
「俺以外が期待してたら許さないよ」

 だって俺の茉央だし、と独占欲をむき出しにしてくる。それがいつの間にか心地いいものになっている自分がいて、完全に絆されかけているな、と実感する。

「で、俺の役割はというと」



 クラスを超えて周りが見守る中、それは行われていた。

「美園くんの執事姿やばすぎて倒れるかと思った」
「かっこいいとかの言葉じゃ片づけらんないよ」
「やばいやばいやばい」
「さすがに死人出る」

 麗の執事姿お披露目会。

 コスプレを趣味としているクラスの女子の提案で麗は執事をすることになった。生地代もかからず、レンタル費用もいらない。そしてなにより目の保養になる。男でも思わずうっとりしてしまうほどだ。威力は絶大。まじで死人が出てもおかしくないレベル。

「麗くんにぜーんぶ持ってかれちゃうね」

 スカートをふわふわさせながらプク、と頬を膨らますめぐ。いやいや、めぐの可愛さと麗のかっこよさで成り立ってんだよこの女装喫茶。野郎の女装姿に誰が興味あんだよ。お金を出したいと思うか?俺は嫌だね。

 窓から風が流れ込む。軽い生地のせいでふわっと大きくめくれあがりそうになったところで背後から押さえ込まれる。

「…、麗」
「女の子なんだから気をつけないと」
「男だわ!!」
「ははは。かわいいね、茉央。独り占めしたい」
「っ、ばか」
「照れてるのもそそられるなぁ」
「も〜〜あっちいけ!」

 ぐいぐい背中を押して、衣装係に預ける。本人は嫌がってたけど衣装の手直しは必須だ。

「麗くんの独占欲すごいね、見てるこっちが甘ったるくて胸焼けしちゃうよ」
「……そういうのじゃないよ」
「茉央ちんってまさかだとは思うけど、麗くんの気持ちに気づいてないわけないよね?」
「え……いや、その、気づいて、る」
「だよねだよね、よかった。鈍感な馬鹿じゃなくて」
「馬鹿は余計じゃねーか?」
「まだ付き合わないの?てかもう付き合ってるとか?」
「付き合うとかはぜんぜん、でもまっすぐな麗の気持ちに応えたいって気持ちはある。今は向き合い方を模索中というか、そんな感じ」
「そうなんだね。ふたりならうまくいくよ」

 うまくいくといいね、じゃなくて、うまくいくと断言してくれためぐの言葉に心が温かくなった。

 ていうかめぐはいつのまに麗の気持ちに気づいてたんだよ。すごいなあいつ。



 諸々の準備期間を経て、いざ文化祭当日。俺たちのクラスは人人人で溢れかえり、急遽時間指定のチケットを配ることになった。理由は——麗だ。あいつが無双している。女装喫茶じゃない。もはや麗の喫茶だ。どこで習得したのか執事の振る舞いも完璧で、まさにファンタジーから出てきたかのよう。俺たちメイドの役目はないに等しい。むしろこの姿は罰ゲーム。早く着替えたい。

「メイドさーん、注文いいですか?」

 大学生ぐらいの女性二人組に声をかけられ、注文をとる。確認をし、立ち去ろうとしたときに引き止められた。

「どうかしましたか?」
「きみ、男の子だよね。めっちゃかわいくない?」
「え、かわいい?俺が、ですか?」
「そう、きみが。女の子に負けてない!」
「あ、ありがとうございます」

 なんだろう。嬉しいけど麗に言われるより胸がドキドキする感じはないな。

 その流れでなぜか写真を撮ることになり、一つの画面に三人がおさまった瞬間、腕が引っ張られ、誰かの胸にダイブする。この匂いとこの抱きしめ方は——

「お嬢様、申し訳ございません。当店は写真撮影が禁止となっております。ご理解のほどよろしくお願いいたします」
「えっ、そうなの?」
「俺が決めた——まじで誰にも見せたくない」
「っ」
「それでは失礼いたします」
「あっ、失礼します!」

 頭を下げて持ち場に戻る。麗も何事もなかった顔して仕事に戻っていった。疲れる。ほんとに疲れる。