「一年生のときから、美園(みその)くんのことが好きでした。もしよければ私とお付き合いしてくれませんか?」

 ソメイヨシノが咲き乱れる四月、家庭科室の掃除をしていた俺、日吉茉央(ひよしまお)は幼なじみの告白現場を目撃した。それは風通しを良くするためにカーテンと窓を開けた直後のことだった。

「ごめんね、俺、茉央のことが好きなんだよね」

 ?!? ガタッ

 え、今なんて?

 物音を立てたことにより、二人の視線が同時に俺のほうに向けられた。片方からは驚きと悔しさが滲みでる視線、もう片方は俺を見つけてうれしさが隠しきれないという視線。だって口元はゆるみ、目尻にしわができているから。視線の温度差に風邪ひきそう。

「え、えっと、美園くんの言う〝日吉くんが好き〟って友達として、だよね?」

 念のために聞くけど、と前置きした女の子の瞳はゆらゆらと泳ぎ、明らかに動揺していた。そりゃそうだ。好きな相手に勇気を持って告白したはずなのに、その相手の好きな人を望んでもいないのに聞かされたのだから。しかも相手が男の俺っていうね。俺だって今すぐにでもコイツに色々と問い詰めたい。でも今はそんなことよりもこの地獄みたいな空気から逃れたいのが一番で——なんてぐるぐる脳内で考えていたら窓の外からグイッと腕を掴まれてしまい、強い力が肩にのしかかった。

「ううん、友達としてじゃなくて、恋愛としてだよ」
「お、おい、お前ちょっと暴走しすぎだって!!」
「え、なんで?事実を述べたまでだけど?」
「いや、だから、その告白を断るにしても、もうちょっと言い方ってもんが、」

 頬がむにゅ、と挟まれくちびるがタコのように飛び出る。

「断る理由にしたわけじゃないよ。茉央のことが好きなのは俺の本当の気持ちだから。でもそっか、別に今言わなくてもよかったのか。じゃあ、」

〝あとでじっくりわからせればいい?〟

 俺にしか聞こえないように耳元にくちびるを寄せてこそっとささやく麗。テノールが鼓膜を揺らす。不本意だが、心地よさに耐えきれず体を捩れば、してやったりな表情をした麗と目が合い、たまらず視線をそらした。その先に胸の前で手をぎゅっと握り、潤んだ瞳で俺たちを見つめる女の子の姿があった。謝らないと。……謝る?いや、誤解を解くが正しいか。俺が発言してまた変な方向に話がいかなきゃいいけど。

「あの、」
「美園くんの気持ちはよくわかったよ。教えてくれてありがとう。私、目の前の二人を見て、なにか別の世界に目覚めた気がする」

 被せるように女の子が口を開く。

 てか別の世界って?

「恋愛って自由だもんね。必ずしも男女でする必要ないもんね」
「え、えーっと、」
「私、二人のこと応援する!!ファン第一号でいさせて!!お幸せに!!」

 颯爽と去っていた女の子の背中に手をふる麗。なんでお前は平然としてられんだよ。仮にも振った側だぞ。しかもわけわからん理由で。女の子が去ったあとも俺から離れようとしない麗の体をグッと押す。

「なんで?」
「なんでって掃除中!」
「掃除終わったらそっち行ってもいい?」
「来るな」
「待ってるね」
「……」

 なんなんだ一体。


 掃除が終わり、教室を出たところで壁にもたれている麗が視界に入る。

「……まじで待ってるし」
「待ってるって言ったじゃん」
「そうだけどさ」

 なんの変哲もない白い壁だというのにコイツが立つと途端に映えてしまうのは持ち前のルックスとアンニュイな雰囲気からだろう。麗は正真正銘モテる。幾多の芸能事務所からのスカウト、貰ったバレンタインチョコは数知れず。告白された回数は多すぎて数えきれない。そんな爆イケ男が俺を好き…?冗談もほどほどにしろ。

「なあ、麗。さっきの話だけどさ」
「さっきの話って?」
「お前が、その、俺のこと、好きってやつ」
「うん、好きだよ」
「っ」

 麗がじりじりと近づいてくる。壁に追いやられた俺は完全に逃げ場を失ってしまった。背、高ぇな。中学入るまでは俺の方が高かったのに、みるみるうちに抜かされて今では俺を見下ろすまでになった。ただのイケメンじゃなくて高身長もプラスされたら非の打ち所がない。

「ち、近い」
「そう?こんなのいつもと変わんないよ」

 いつも、なら変に意識なんてしない。でも今日は、違う。俺は告られた側で今まで感じたことのない胸のざわめきや今後の立ち振る舞いに悩んでいる。それなのにこいつは涼しい顔を崩さない。むしろこの場を楽しんでいるように見える。なんかむかつく。

「好きなヤツを前にして平然としてられるもんなんだな」
 こんなふうに煽ってしまうぐらいには。

 麗の腕を振り解き歩みを進めようと一歩出したところで阻止されてしまう。そしてそのまま体が半回転し、麗の腕の中にすっぽりとおさまってしまった。俺は今、麗に抱きしめられている。

「平然としてる方がかっこいいの」

 大胆な行動と声色がまるで真逆だ。もぞもぞと顔をあげる。麗の顔がほんのり赤く色づいている。

「……照れてんの?」
「そりゃ好きな人を抱きしめてるんだから」

 照れてる割には好きな人とかは平気で口にしちゃうんだな。

「茉央こそなんか反応ふつうじゃない?どきどきとかしないの?」
「お前の照れてる顔見たら俺のどきどきとかどっか飛んでったわ」
「はは、なにそれ。茉央らしいね」

 そう言ってへらりと笑った麗は顔を寄せてきた。

「ち、ちょっと待て、それは違う、かも」

 きれいな顔には申し訳ないが手でブロックさせてもらう。手のひらすれすれのところで怪訝な表情をした麗がひょっこりこちらを見ている。

「なんで?」
「なんでもくそもないだろ、お前、今、キスしようとしたよな?」
「うん、我慢できなくて」
「キスはさすがに違うと思う」
「そうなの?」
「そうだろ」
「そうか」
「おう」

 じゃあ、と言ってから、チュ、と短いリップ音が鳴るまでに約一秒。麗は俺の手のひらにキスをした。真ん中あたりがじんわりと熱を帯びる感覚。なんだこれ。

「口じゃないからいいよね」
「…お、おん」

 いいのか?それでいいのか?

 嬉しそうな麗を横目に自問自答する俺だった。