sideリリー



突然だが、私が代わりを務めるレイラ・アルトワ様には婚約者がいる。

この国の王家とも並ぶ力を持つと言われている三大貴族の一つ、シャロン公爵家の長男、ウィリアム・シャロン様だ。
ウィリアム様の歳は、私やレイラ様と同じ12歳で、2人は6歳の頃から交流があり、つい2年前、10歳の時に婚約したらしい。

そんなレイラ様の幼馴染ともいえる存在、ウィリアム様に私は今日、初めて会いに行く。

アルトワ伯爵家に来て、早2ヶ月。
徐々にレイラ様としての生活にも慣れてきた私を見て、伯爵様は言った。

「そろそろ婚約者であるウィリアム様にもお会いできる頃合いだろう」と。

ウィリアム様が私やアルトワ伯爵家の事情をどれだけ知っているのかは知らない。
けれど、レイラ様ではない、レイラ様に瓜二つの私を初めて見るのだ。
あまりいい反応は得られないだろう。
最悪、最初の頃のセオドアのように拒絶反応を見せるかもしれない。

アルトワ伯爵家にとって、シャロン公爵家との婚約はとても重要なものだと、ここ1週間何度も何度もセオドアから聞かされてきた。
シャロン公爵家のウィリアム様はその王子様のような美しい容姿と、何をやらせても完璧な器量、さらには性格の良さからこの国中の誰もが婚約したいと願うお方。
そんなお方とレイラ様が婚約関係にあるのはレイラ様自身がウィリアム様に、またシャロン公爵家に気に入られ、認められているからだった。

私の対応のせいで婚約が破棄されたとなると、とんでもない大損害だ。その大損害をきっかけに男爵家が見放される可能性だってあるし、もちろん私が追い出される可能性だってある。

そうならない為にも気を引き締めなくてはならない。



「ダメだ。そのドレスは姉さんには似合わない。この白いものにしろ」



メイドたちに囲まれている私にセオドアが冷めた表情で一枚のドレスを突き出す。
セオドアの手にある白いドレスは今私が着ているものとは違い、とても質素で地味なものだった。

ここはレイラ様の部屋。
私は今、レイラ様の部屋でメイドたちの手を借りて、ウィリアム様に会いに行く為の身支度をしていた。
そしてそこに何故か突然セオドアが現れた。

今私が着ているドレスは、つい先ほどメイドに薦めてもらい、着替えたばかりの淡い水色のドレスだ。
シンプルながらも所々にあしらわれているレースがとても上品で、華のあるデザインのドレスなのだが、セオドアが持っているドレスは少し毛色が違った。

シンプルな部分は同じなのだが、あのドレスはシンプルを通り越して地味な印象のものなのだ。
洗練された美しさがあるといえばそうなのだが、やはり地味であるという印象の方が勝つ。
ホンモノのレイラ様が着れば、美しさの相乗効果で素晴らしいものになりそうだが、実際に着るのは私なので、おそらくあまりいい結果は得られない気がした。
それこそ見窄(らしく)なるのではないだろうか。

そもそも私が今着ているドレスの方が、肖像画のレイラ様が着ているドレスと系統がよく似ていた。
つまり私が今着ているドレスこそが、レイラ様らしいものなのだ。
それなのに印象の少し違うもの、しかも必ず私が見窄らしくなって恥をかきそうなものを選ぶとは。

ここ1ヶ月、セオドアからの嫌味は相変わらずだったが、嫌がらせはめっきりなくなっていた。
けれど、こういった方面でセオドアは私に嫌がらせを続ける気のようだ。

そしてここ1ヶ月で大きく変わったことはまだある。
それは私とセオドアの関係だ。
レイラ様の部屋でセオドアと本音で言い合って以来、セオドアは私がレイラ様の代わりであること許した。

それからレイラ様の代わりを務めるのなら、レイラ様として自分に関わるようにと言い、急にセオドアのことを呼び捨てに、喋り方も砕けた口調にするようにと言ってきたのだ。
最初こそ、違和感しかなく、戸惑ったが、1ヶ月もセオドアにそうするように何度も何度も言われ続ければ、さすがに慣れた。



「…何でセオドアがここにいるの」



突然この部屋にやってきて、おかしなことを言うセオドアを文字通りおかしなものでも見る目ような目で見つめる。
するとセオドアはそんな私を私と同じような目で見た。



「弟なんだから姉さんの身支度に口を出すのは当然だろ?髪飾りはこれにして」

「…」



いつの間にか白いドレスをメイドに渡していたセオドアが、今度はパールの髪飾りをこちらに突き出す。
それを受け取らず、何も言えないままじっと見つめていると、私の横にいたメイドが「かしこまりました」と受け取っていた。

すごくすっごくおかしい気がする。
弟だからといって、ここまで口出しするものなのか?

しかもこんな口出しなんて日常茶飯事なのだ。
服装のことだけではなく、食の好みなど私に関することなら何でもセオドアは口出ししてくる。
それも姉さんはこうだ、といつもいつも私の隣で。

けれどどんなにおかしいと思っても、貴族ではこれが普通らしく、没落寸前の男爵家の娘の私は何も言えなかった。



「姉さんの髪はまとめるな。ゆるく巻いて、それからハーフアップに。で、そこにこのパールの髪飾りを着けて…。あとメイクは…」



気がつけばセオドアは私の周りにいたメイドたちと私の身支度について真剣に話し始めていた。
ご本人である私を置いてけぼりにして。

…やっぱりおかしくない?貴族の姉弟ってこんなことまで口を出すものなの?貴族の価値観がわからないんだが。

その後、私はセオドアの指示の元、メイドたちの手を借りながら、身支度を済ませたのであった。
そして完成したのが、全身セオドアプロデュースの私だ。