そして予想通り、あの日を境に私の学院での受難の日々が始まった。
まずあんなにも尊敬され、憧れの的だった私は学院中の生徒から冷たい視線を向けられる嫌悪の対象となった。
そこにいないもののように扱われたり、陰口を囁かれることは日常茶飯事で。
さらにそれが加速し、私に面と向かって暴言を吐いたり、私の教科書やノートなどに手を出し、ボロボロにしたり、隠したりするなど、直接私に害をなす生徒まで現れた。
『あれはレイラ様のニセモノだ』
『あれにホンモノのレイラ様はいじめられて怯えている』
『あれのせいでホンモノのレイラ様は学院にも社交界にも戻れない』
そうあることないを口にする生徒たちの声を何度聞いてきたことか。
噂の出所はもちろんあのイザベラ様なのだろう。
しかし、日に日に風当たりが強くなる生徒たちとは違い、ウィリアム様とセオドアだけは何も変わらなかった。
もうすでに私がレイラ様ではないと知っており、私に嫌がらせをしても、どうにもならないとよくわかっている2人だからこそ、変わらなかったのだろう。
ただ2人は本当に以前と何も変わらなかった。
私が嫌がらせを受ける現場を見ても、何事もないように私に接してくるのだ。
助けようとする素振りさえも一切見せない。
それでも、彼らが変わらず傍にいる間は、生徒たちも遠慮しているのか、あまり積極的に私に嫌がらせをしてこようとしないので、結果として、間接的に彼らに守られている形となっていた。
皆、ウィリアム様とセオドアの前では、粗相を起こしたくないらしい。
それがほんの少し私の心を軽くさせた。
彼らさえ傍にいれば、嫌がらせを受けることもない。彼らはここでの安全地帯のようなものなのだ。
あの2人が私の安全地帯になるとは、何とも皮肉なものだが。
だが、変わらない彼らに助けて欲しいとは微塵も思わなかった。
何故なら生徒たちの気持ちも、イザベラ様の気持ちもわかるからだ。
あることないこと言われていることについてはもちろん腹が立つが、それでもレイラ様の居場所を奪っていることについては紛れもない事実だった。
なので、私はやはり何も言えず、ただただ生徒たちの怒りの感情を静かに受け止めるしかなかった。
受難の日々が続いたある日のこと。
ウィリアム様とセオドアに挟まれて、学院内廊下を移動していると、イザベラ様を先頭にしたご令嬢の集団と鉢合わせた。
「ウィリアム様、セオドア様、ご機嫌よう」
こちらの行手を阻むように立ち、美しい所作でイザベラ様がウィリアム様とセオドアだけに挨拶をする。
それからこちらを一瞥して、ウィリアム様たちに気遣うような視線を向けた。
「失礼ながらお伺いしますが、何故お二人はそのようなニセモノとご一緒にいらっしゃるのですか?お二人が一番無念でしょうに…」
イザベラ様の言葉に、イザベラ様の後ろに控えていたご令嬢たちが、「お可哀想に」「お二人にとってレイラ様は大切なお方のに」と、口々に同情の声を漏らしている。
だが、ウィリアム様とセオドアはそんな彼女たちをおかしなものでも見るような目で見た。
「ニセモノ?」
まず、そう不思議そうに口を開いたのはウィリアム様だ。
「彼女は一体何のニセモノなのかな?仮に彼女がニセモノだったとしても、そんなこと俺には関係ないよ。彼女だからこそ俺は彼女の傍にいるんだ」
誰もが憧れる王子様のような完璧な笑みを浮かべるウィリアム様だが、その黄金の瞳はどこか冷たい。
「珍しく意見が合いますね、ウィリアム様。僕も同じ考えです。ですからそんな無駄なことで僕たちに話しかけないでください」
そんなウィリアム様の言葉にセオドアも冷たい表情のまま頷き、イザベラ様たちを睨んだ。
2人が直接私を助けることはない。
だが、こうして私から離れることもないようだ。
イザベラ様と対峙する2人を見て、私はそう思った。
全く本当に意味のわからない2人だ。
彼らの大切な愛するレイラ様の居場所を奪い続ける私に彼らが学院の生徒たちのように態度を変えないのは、やはりもうこの6年でそんな私に慣れてしまったからなのだろうか。
ウィリアム様とセオドアの様子を見て、イザベラ様は「大変失礼いたしました」と悔しそうに頭を下げ、そのままこちらを睨みつけると、そそくさとその場から立ち去った。
きっとイザベラ様はウィリアム様とセオドアを私から離し、私を孤立させたかったのだろう。
だが、どうやらそれは失敗に終わったようだ。
離れていくイザベラ様たちの背中を何となく見つめていると、突然、ウィリアム様が私に優しく微笑んできた。
「どうして欲しい?レイラ」
6年前からよく見てきたこちらを試すように見つめる意地の悪い黄金の瞳にため息が出そうになる。
ウィリアム様のことを優しい王子様だと思っている全てのご令嬢たちに、目を覚ませ、と言ってやりたくなる。
嫌がらせを受けている人にこんな視線を向け、あんなことを言うとは、ウィリアム様は本当に性格が悪すぎる。
サイコパスだ。
「助けてやってもいいよ」
ウィリアム様の全てに嫌気が差していると、今度はセオドアが冷たくそう言って私を見た。
セオドアにしては珍しく私に優しくて、自分の耳を疑う。
『姉さんはもっとしっかりしている。情けない姿を人様に見せるな』と、言ってきそうなものなのに、一体どうしたのか。
頭でも打ったのか。
「いいよ、別に。みんなが怒るのは当然だからね」
おかしな2人に私はそう言って笑うと、また廊下を歩き出した。
怒りの感情はきっとずっとは続かない。
今のように何もせず、ただただ受け止め続ければ、いつか少しずつその怒りは収まり、嫌がらせもなくなることはなくとも、落ち着きはするだろう。
かつてのセオドアのように。
だから私はその日が来るまで全てを甘んじて受け入れる。
それがレイラ様のニセモノである私の最後の役割だ。

