スープに毒を盛られた日を境に使用人が私とは口を聞かなくなった。
私の担当をしていた仲の良かった使用人たちは全てレイラ様の担当となり、新しく私の担当になった使用人たちは何故か私に冷たかった。
だが、冷たいだけで仕事を放棄しているわけではなかった。
私が使っているレイラ様の部屋の掃除ももちろんきちんとしてくれるし、私の身支度等も手伝ってくれる。
しかし、その全てが必要最低限であり、仲の良かった使用人たちのように私への気遣いからくるその先のことは何一つなかった。
何故、こんなにも急に冷たくなってしまったのか。
やはり6年前のように嫌がらせが始まってしまったのか。
そんなことを思いながらも、アルトワ伯爵邸内の階段を1人で登っていると、それは突然聞こえてきた。
「ホンモノのレイラ様はあのお方なのに!どうしてニセモノがレイラ様として生きているの!?」
廊下から聞こえてきた若そうなメイドの悔しそうな声に、思わず私はその場で足を止める。
ニセモノって多分私のことだよね?
どうしても話の内容が気になり、私はバレないようにそっとその声のする方へと歩みを進めた。
そして廊下で何やら不満げに話をしているメイドたちの姿を見つけた。
「ホンモノのあのお方のことを思うと胸が痛いわよねぇ。本来なら学院に通っていたのもあのお方なのよ?それなのに1日中ここに閉じ込められて、ニセモノが学院に通っているんだもの」
「図々しいにもほどがあるわ。さっさとあのお方の場所を返すべきよ」
「それなのにあのお方は常に笑顔でいらっしゃるからこっちももう苦しくて…」
何故下っ端であるメイドたちがホンモノのレイラ様の存在を知っているのだろうか。
彼女たちの話に聞き耳を立て、私はそんなことを思った。
今ここにホンモノのレイラ様が帰ってきているということは、要らぬ混乱を招く為、伏せられているはずだ。
あの日、ホンモノのレイラ様を見た使用人たちは全員口止めをされており、その事実を知る者はいない…のだが。
レイラ様の正体を隠すために作られた存在
、双子の片割れであるアイリス様が実はホンモノのレイラ様だったと、あんな下っ端の彼女たちでさえ知っているとは。
これはかなりいろいろなところまでこの事実が広まっていそうだ。
どこから漏れてしまったのか全く検討がつかないが、彼女たちの会話を聞き、私はあることの真相に辿り着いた。
使用人たちが急に冷たくなったのも、毒を盛られてしまったのも、全てこの事実が広まってしまい、使用人たちの反感を買ってしまったから起きたことなのではないか、と。
私は彼女たちにバレないように、そっとその場から離れ、また階段を登り始めた。
どうか、事実が広まってしまっても、使用人たちからほんのり嫌われているかも、くらいで落ち着きますように。
6年前のように激しい嫌がらせが起きませんように。
*****
…そう思っていたのに。
現実はそう甘くなかった。
使用人たちの冷たい態度は日に日に悪化していき、ついにはアルトワ夫妻やセオドアにバレない程度の小さな嫌がらせまで始まってしまったのだ。
まずは私を担当する使用人たちが全く仕事をしなくなった。
部屋の掃除もしなければ、私の身支度の手伝いもしない。私の部屋に一切誰も現れなくなったのだ。
それどころか、私のいない間にクローゼット部屋に入り、よくいろいろなものをどこかへ運んでいた。
何故、そんなことを私が知っているのかというと、使用人たちが私に隠れてこっそりそのことを話していたからだ。
『ニセモノのところにあるドレスやアクセサリーは本来ならあのお方のもの。少しずつでも取り返しておかないと』
そう話している使用人たちの声を聞いた時、私はただただ納得した。
別に私はレイラ様のものを奪ってやろうなどと思っていない。
私のところにあるもの全てがレイラ様のものだという考えも理解できるし、直接言ってもらえば、協力だってしたい。
だが、そういうわけにもいかないのが現状なのだろう。
どんなにレイラ様の席を奪い続ける私が憎くても、今現在はその私がレイラ様なので、誰も面と向かって私に逆らうことができなかった。
そんなことをアルトワが許すはずがないから。
なかなか居心地が悪かったが、私はただ耐えるしかなかった。
使用人たちはレイラ様のことがとても大切で、そんなレイラ様のことが不憫で不憫で仕方ないのだ。
だからこその行動だとわかっていたので、私は何も言えなかった。
ーーーそんな日々が続いたある日のこと。
学院にウィリアム様とセオドアと共に着き、馬車から降りると、何故かジロジロと不躾な視線を周りの生徒たちから向けられた。
今までとは明らかに違う視線に私は思わず困惑してしまう。
一体完璧なレイラ様に何を思ってそんな視線を向けているのか。
「ちょっとよろしいかしら」
嫌な視線に疑問を抱いていると、赤いふわふわの髪が特徴的な伯爵家のご令嬢、イザベラ・ノーム様が私にツンとした表情で話しかけてきた。
イザベラ様とは同じ学年だが、あまり話したことはない。何故、突然話しかけられたのか正直わからず、私はさらに困惑した。
「どうされましたか?イザベラ様」
あまり内面を表に出さないように冷静を装って、にこやかにイザベラ様に私は尋ねる。
すると、イザベラ様はスッと瞳を細め、鋭い視線を私に向けた。
「…ここではちょっと難しいお話でして。2人で話したいのだけれどいいかしら?」
「…え」
イザベラ様からの突然の提案にますます意味がわからなくなる。
このような空気の中で私だけを呼び出すとは何かありそうだ。
どうしたものかと、少し考えていると、私の右隣にいたウィリアム様が口を開いた。
「行っておいで、レイラ」
優しく微笑むウィリアム様だが、一体何を考えているのかさっぱりわからない。
そんなウィリアム様に続く形でセオドアも「早く行け」と言ってきた。
「…わかりました」
私は2人に背中を押される形で渋々イザベラ様と共に行くことを決めた。
そして何かありそうだとは思っていたが、悪い意味でその何かがあってしまった。
「アナタ、レイラ様のニセモノなのよね?」
イザベラ様に連れてこられたのは人気のない中庭だった。
そこでイザベラ様は私を嫌なものでも見るような目で見た。
さらにイザベラ様の言葉を合図にイザベラ様の友人のご令嬢たちが複数この場に現れた。
全員が全員、私を憎しみの対象でも見るかのような目で見ている。
「私はね、レイラ様…いえ、レイラの親友でしたのよ?けれど、レイラが行方不明になった6年前、私たちの関係はガラリと変わってしまった。行方不明になったレイラは記憶を失い、私たちは疎遠になってしまったの。私はレイラの負担にはなりたくなかった。だからいつかレイラが私という親友を思い出すその日まで、私はレイラを待ち続けたわ。その結果がこれだなんて」
初めこそ悲しみに暮れていたイザベラ様のオレンジ色の瞳に徐々に怒りの色が現れる。
「つい3日ほど前に私は本当のことを知ったわ。最初は信じられなかったけれど、確かにアナタは6年前の私の知っているレイラとは似ているようでどこか違っていた。違う人物だったのだとわかれば、ずっと感じていた違和感がなんだったのかもわかったわ。アナタがニセモノだったから感じていた違和感だったのよ」
そこまで言うとイザベラ様は手に持っていた扇子をビシッとこちらに向けて、力強く私を睨んだ。
「アナタがレイラの場所に居座り続けるからレイラが本来の場所に帰れないのよ!私の親友レイラを返しなさいよ!このニセモノ!」
イザベラ様に叫ばれて、私は何故先ほど周りにいた生徒たちに不躾な視線を向けられていたのかわかった。
生徒たちもきっとイザベラ様のように私がニセモノであると知ってしまったのだ。
正直、「はい、私はニセモノです。ホンモノのレイラ様にここを返します」とすぐにでもイザベラ様に言ってあげたい。
だが、アルトワの方針としては、要らぬ混乱を招かないよう、学院にレイラ様として通い続けるのは、今のところ残念ながら私なのだ。
まだ噂がどこまで広まり、どこまで信じられているのかわからない以上、迂闊に種明かしをする訳にはいかない。
「…そう。ごめんなさい。私、6年前の記憶が事故のせいで曖昧でして。大切な親友を失ってイザベラ様はさぞ悲しい思いをしたのでしょうね」
なので私はここはしらを切ることにした。
本当に哀れそうに瞳を細めて、イザベラ様を見つめる私にイザベラ様は目を吊り上げる。
「…~っ!ア、アナタがその気ならこちらにも考えがあるわ!」
そしてそれだけ叫ぶと「行くわよ!」と友人のご令嬢たちに声をかけ、この場から離れていった。
災難だったが、きっとこれは災難の始まりなのだろう。
ただでさえ、アルトワも居心地が悪いのに、ここも居心地が悪くなるのかと思うととてもとても気が重くなった。

