何をやらせても完璧で王子様のようなウィリアム様と、こちらも何をやらせても完璧で女神様のようなレイラ様。
あまりにも完璧で美しい2人は常に学院…いや、国中で注目されており、完璧な未来の公爵夫妻として、知れ渡っていた。
そして誰もが知る完璧な未来の公爵夫妻の仲は大変良く、一切の隙がなかった。
…もちろんウィリアム様と私が意図的にそう見えるようにしているだけだが。
対外的に大変仲の良い私たちはいつもある程度身分の高い、選ばれた者だけが使えるカフェテリアで共に昼食を食べるようにしている。
そこにはもちろんセオドアもいるのだが、今日は用事があるようで、どうしても一緒に昼食は食べられないようだった。
『用事が済んだら絶対に行くから。絶対に』と、どこか悔しそうに言っていたセオドアの姿を思い出し、首を傾げる。
セオドアは一体何が悔しくてあんな顔をしていたのだろうか?
ここにはいないセオドアに少しだけ思いを馳せながらも、私は目の前にある美味しそうなスープに口をつけた。
口に含んだ瞬間、野菜とお肉の深い味わいが口いっぱいに広がる。
上品な味わいの中にブラックペッパーも効いており、かなり好きな味だ。
「…ん。美味しい」
なかなか好きな味に自然と頬が緩む。
そんな私の一瞬の変化を見逃さず、ウィリアム様は優しく微笑んだ。
「それ好きだった?」
「…え、あ、はい」
あまりにも愛おしそうに私を見るウィリアム様に思わずドギマギしてしまう。
完璧な婚約者を演じる為とはいえ、こんなにも甘い瞳までできてしまうとは、さすがウィリアム様だ。
何だか気恥ずかしくなり、ウィリアム様からスープの入った器へと視線を落としていると、「うちのシェフにも覚えさせるね、このレシピ」と言うウィリアム様の声が聞こえてきた。
ウィリアム様は誰がどう見ても完璧な婚約者だ。
婚約相手であるレイラ様をよく見て、気に入ったものや好きなものをすぐに覚え、彼女の為に次へと繋げる。
きっとシャロンの肩書きがなくても、ウィリアム様は誰からも望まれる存在だろう。
「ねぇ、レイラ」
そんなことを思っていると、突然、ウィリアム様が真剣な声でレイラ様の…いや、ここでは私の名前を呼んだ。
「結婚しようか、俺たち」
「…へ」
まさかの言葉に視線をまたスープの器からウィリアム様へ向ける。
するとこちらを真剣に見つめるウィリアム様と目が合った。
い、今、ウィリアム様は何て言った?
とんでもないことを言わなかった?
訳がわからず、とりあえず落ち着く為に、もう一度スプーンにスープをすくって口に入れる。
…うん。美味しい。
『結婚しようか、俺たち』
それからまた先ほどウィリアム様が言ったであろう言葉を思い返した。
…あれ?やっぱりウィリアム様、私にとんでもないことを言ったよね?
「け、結婚しようと言いましたか?私に?」
今、まさにウィリアム様から言われた言葉があまりにも信じられなくて、眉間にしわを寄せる。
「き、聞き間違いですよね?け、決闘しようか、とかでしたよね?」
「ふふ、決闘?違うよ、結婚だよ、結婚」
「…へ、あ、えぇ?」
ウィリアム様の言葉に狼狽えていると、ウィリアム様はそんな私におかしそうに微笑み、私の言葉を丁寧に訂正してくれた。
そのおかげで私はさらに狼狽えた。
「な、何でそうなるんですか。本気で〝私〟と結婚する気なんですか?」
ウィリアム様の言葉の意図が全くわからない。
そもそも結婚しようとプロポーズしている相手は誰なのだろうか。
私、リリーへのものなのだろうか。
それともレイラ様へのものなのだろうか。
後者なら周りへ向けたパフォーマンスとして捉えるが、私たちの会話を全て正確に聞き取れる距離に今、人はいない。やる意味のないパフォーマンスだ。
そして前者なら本当に意味のわからない話だ。
これから男爵家の娘に戻る予定の何も持たない完璧ではない者に、あの何もかも完璧でなければならないシャロンのウィリアム様がプロポーズなど、あってはならないことだし、どう考えてもおかしな話だ。
「おかしな質問をするんだね。俺たちは婚約しているんだよ?結婚も当然するよ?」
ずっとウィリアム様のせいで挙動のおかしい私をウィリアム様がおかしなものでも見るような目で見る。
いやいやいやいや。その視線を向けたいのは私の方である。
「…いいえ、違います」
なので、私はウィリアム様にしか聞こえないように意識して小さな声でウィリアム様の言葉を否定した。
「アナタが婚約している相手はレイラ・アルトワ様であって、私ではありません。アナタが結婚に望む相手は完璧なご令嬢、レイラ様でしょう?」
目の前にいるおかしなことを言うウィリアム様にきちんと現状を伝える。
きっとウィリアム様もそこはわかっているはずなので、「そうだよ。君と結婚したいと言っている訳ではないよ」と、少しだけ哀れそうに笑って頷いてくれるはずだ。
…そう思っていたのに。
「違うよ?俺が婚約しているのはリリー、君だよ」
「…え」
ウィリアム様は私の言葉をきっぱり笑顔で否定した。
わ、私?
本当に私なの?
「助けてあげるって言ったでしょ?君はもう男爵家のリリーに戻るんだよね?だったらその男爵家の何も持たないリリーと結婚してあげる。そうすれば、例えアルトワのレイラじゃなくなっても、君に新たな価値ができる。未来の公爵夫人というね」
未だに状況をうまく飲み込めていない私に、ゆっくりと丁寧に何が言いたいのか説明をするウィリアム様に、私はますます首を傾げる。
ウィリアム様の言いたいことはわかった。
以前私を〝助けてあげる〟と言ったウィリアム様だが、助けるとはこういうことだったのだ。
だが、それは疑問しかない提案だった。
ウィリアム様はレイラ様のことがとても大切なはずだ。
毎日毎日レイラ様に会うためだけにわざわざアルトワにまでやってきて、レイラ様と仲睦まじく会話されている姿を見れば、それは明白だった。
レイラ様が現れる前までは、気まぐれにしかアルトワに来ず、基本私をシャロンに向かわせていたというのに。
さらにレイラ様はこの国の誰もが認める完璧なご令嬢で、シャロン公爵家やウィリアム様が求める婚約者としても申し分ないお方。
条件を満たした大切な人とこそ、結婚したいだろうに、どうして私を助ける為にウィリアム様は私と結婚してくれると言ったのだろうか。
この表向きだけは完璧なサイコパス野郎はそんなにも高尚なお方だっただろうか。
「君にとって悪い話じゃないでしょう?よく考えていい返事を聞かせてね、リリー」
ふわりと微笑むウィリアム様に私は怪訝な顔をせずにはいられなかった。

