sideリリー



すごく奇妙な状況だ。

この6年ですっかり慣れてしまったアルトワ伯爵邸内にある広すぎる食堂で、アルトワ一家全員と朝食を食べながら、私はそんなことを思っていた。



「レイラ、そういえばこの間話していた研究はどうなったの?」



5人で使うには大きく長すぎるテーブルの向こう側で、奥方様がいつものようにふわりと笑い、私のことを〝レイラ〟と呼ぶ。



「順調だよ。来週中には面白い結果を教えられるんじゃないかな」



なので、私はリリーとしてではなく、レイラ様として奥方様に笑顔で応えた。

そんな私に奥方様は、


「あら、そうなの。それは楽しみねぇ」


と、目を輝かせ、こちらに期待の眼差しを向けた。
それから今度はそのままの流れで、私の左隣にいるセオドアのさらに左隣にいるレイラ様に視線を移した。



「アイリスもまた今度一緒にレイラの学院での研究の成果を見せてもらいましょう?新しい花の色を作っているんですって」

「まあ、そうなの?とっても興味深い研究ね。ぜひ、一緒に見たいわ、お母様」



奥方様に〝レイラ〟ではなく、〝アイリス〟と呼ばれたのはホンモノのレイラ様だ。
だが、レイラ様は特に気にする様子もなく、いつも通り微笑んでいた。

全く同じ星空のように濃い青色の瞳を細めて微笑み合う2人は、本当によく似た母と娘だ。
醸し出す雰囲気も、言葉の選び方も、何よりも顔までも、2人に対して同じ血を感じる瞬間がここ数日でよくあった。



「レイラの学院での研究はいつも興味深いんだ。きっとアイリスも気に入るものがたくさんあるだろう」



そんなよく似た美しい母と娘の会話に入ってきたのは、一番奥の席でこちらを優しげに見つめていた、これまた美しい伯爵様だった。


ーーーやはりすごく奇妙な状況だ。

アルトワ夫妻やレイラ様との会話に必要な場面で入りながらも、私はずっとそんなことを思っていた。

ホンモノであるレイラ様が〝アイリス〟と呼ばれ、ニセモノである私が〝レイラ〟と呼ばれる。
しかもそれが当たり前であるように全てが進められている。

一体、何故このような奇妙な状況が出来上がってしまったのか。
それは今だけ、レイラ様がホンモノのレイラ様であることを隠す為だった。

私とレイラ様は6年前こそ、瓜二つだったが、今ではかなり違う見た目をしている。
そんな私たちがある日突然入れ替われば、間違いなく同一人物には見られないだろう。
結果大きな混乱を招き、しなくてもいい苦労や辛い思いをする可能性があるとなり、今レイラ様と私を入れ替えるべきではないとアルトワ伯爵家は判断したのだ。

それではいつ私とレイラ様を入れ替えるのがベストなのか。
アルトワ伯爵家の人間のみで話し合い、考えた結果、それは私が学院を卒業するタイミングだ、という結論に至った。

学院卒業後、留学でも療養でも何でも理由をつけて、私と入れ替わったレイラ様はここから離れたフリをし、社交界から姿を消す。
そして私を知る者の記憶が朧げになった数年後、表舞台に戻り、今度こそ本当にレイラ・アルトワとして生きるのだ。
数年もめっきり姿を見せなければ、例え私とレイラ様の姿が異なっていたとしても、こんなものだったかもしれない、とみんな思い、大きな混乱は避けられるはずだ。

現在、レイラ様もレイラ様の代わりである私も18歳で、学院では最高学年。
学院生活も残り、半年ほどだ。
このあと半年だけ、私はレイラ様の代わりをしなければならなかった。

すぐにでもリリーに戻れると思っていたので、この計画が決定した時、かなりガッカリしたが、アルトワ伯爵家には恩があるので、私は素直にこの計画を受け入れた。
そしてレイラ様もまた、私と同様に嫌な顔一つせず、この計画に頷いていた。

この計画をスムーズに進める為にも、ホンモノのレイラ様の存在は、世間にはまだ伏せていなければならない。
なので、レイラ様が帰ってきたあの日、現場にいた、または噂話を聞いた使用人たちは、ホンモノのレイラ様について口外することを固く禁じられ、私とレイラ様を双子として扱うように命令されていた。

ちなみにレイラ様の今限定の名前、〝アイリス〟は記憶を失っていたレイラ様がお世話になっていた村人たちに名付けられた名前らしい。



「家族5人揃って食事ができるのはやはりいいな、セイラ」

「ふふ、そうね」



何事もないように幸せそうに笑い合っているアルトワ夫妻の姿を見て、私は表向きはにこやかに、だが、心の中ではそんな夫妻に苦笑いを浮かべていた。

この夫妻は6年前からずっと本当に優しく人格者なのだが、やはりしっかりぶっ飛んでいる。
12歳の私をレイラ様と瓜二つだからという理由でレイラ様の代わりにするような夫妻なのだ。格が違う。



「アイリス姉さん、子どもの頃行った海、覚えてる?あそこで姉さんがみんなに魚を食べさせるって釣りを始めてさ」

「ええ、もちろんよ。たくさん釣れて楽しかったことも覚えているわ」

「そうそう。あの時の姉さん、本当にすごかったよね。最初は上手くいかなかったけど、すぐコツを掴んでどんどん釣ってて。楽しかったし、美味しかったなぁ」

「ふふ。釣れるたびに大喜びするセオドア、とっても可愛かったわ」



私の左隣で繰り広げられているのは、いつもの大変仲睦まじいセオドアとレイラ様の会話だ。
何度見ても幻かな?と思うほど愛らしいキラキラ笑顔で、レイラ様に話しかけるセオドアと、そんなセオドアを愛おしげに見つめるレイラ様もやはりよく似ていた。
2人ともとても美しく、まさしく美形姉弟だ。

レイラ様とセオドア、机を挟んで奥方様に、机の奥には伯爵様。
4人からとても血の繋がりを感じる。私の目に映る人物、全員とんでもない美形だ。



「懐かしいわねぇ。アイリスは何をやらせてもすぐ上達するからいつも驚かされたものだわ」



セオドアとレイラ様の会話に懐かしそうに微笑みながら奥方様が入る。



「そうだな、セイラ。海での思い出といえば、レイラが船を一から作りたいと言い出したこともあったな」



それから伯爵様も同じく懐かしそうに会話の中に入っていた。



「…」



そんなホンモノの家族団欒に一応入っている空気を作りながらも、私は黙々と朝食を口に運び続ける。

やはりここの誰とも血の繋がりのない、唯一の部外者なので、疎外感を感じる。
だが、それは普通に仕方のないことなので、特に気にはならないのが、正直な私の感想だった。