今日の帰りは、ウィリアム様が公爵家の馬車で、アルトワ伯爵邸まで送ってくれると言った。
なので、私はウィリアム様のことを待ち合わせ場所である、学院内の噴水の前でずっと待っていた。
…そうもうずっとだ。

季節は夏休みが終わったばかりの夏。
正直、夏の日差しの中で、ずっと日陰のない場所に立ち続けることは辛い。
額からはじわじわと汗が出ており、暑さが私を襲う。

…遅すぎる。

チラリと噴水から見える大きな時計に視線を向けると、時刻は16時半を指していた。

ここでの待ち合わせ時間は16時だ。
もちろん約束の5分前にはここへ来ていたので、もう30分以上もここでウィリアム様を待っていたことになる。

またいつもの嫌がらせか。

ここまで全く現れる気配のないウィリアム様に私は今自分が置かれている状況を何となく察した。

ウィリアム様と私の関係は出会った頃に比べて随分穏やかなものへと変わった。
だがしかし、穏やかなものへと変わっただけで、根本は何も変わっていない。
6年前のようにウィリアム様が私に直接手を出すような嫌がらせをしてくることはなくなったが、こうして時折約束をすっぽかすなどの地味な嫌がらせは続いていた。

本当に最悪だ。あのエセ王子様め。

文句しかないし、苦手意識もあるが、それでも私は、心の底からウィリアム様を嫌いになることができなかった。
何故なら、ウィリアム様のシャロン公爵家での立場を意図せず6年前のあの日に知ってしまったからだ。
あのエセ王子様にもそれなりのあんな感じになってしまった事情があるのだ。

…だからって私に何してもいいわけじゃないけど。



「はぁ」



私は約束の相手であるウィリアム様を見つける為にため息を吐き、噴水の前を後にした。




*****



校舎内を1人で歩きながらも、ウィリアム様の姿を探す。
ウィリアム様と帰らないにしても、一緒に帰る約束をしていたことは事実なので、一言言ってから帰らなければならない。
ここでもウィリアム様との身分の差を感じて嫌になる。

…本当は約束をすっぽかすやつに一言だって言わずにさっさと帰りたいのに。

教室、図書室、生徒たちが集まる多目的室など、ウィリアム様が居そうな場所は全て探した。
それでもウィリアム様の姿はどこにもない。

残るウィリアム様が居そうで、探していない場所といえば、学院の屋上にあるガラスドームの空中庭園だけだ。

あそこには鍵がないと基本入れない。
さらにその鍵は職員室で受け取れるのだが、ほんの一握りの選ばれた生徒のみしか受け取ることのできないものだ。

もちろん王家と同等の力を持つシャロンのウィリアム様なら難なく受け取れるもので、私もそのシャロン家の婚約者として、それを受け取る資格が一応あった。

鍵を受け取りにまずは職員室に行かなければ。

そう考えた私は職員室へと向かうことにした。
したのだが。



「おい」



私は後ろから誰かに冷たく呼び止められ、その場で足を止めた。
この聞き覚えしかない冷たい声は…。



「…セオドア」



声の方へと視線を向けると、そこには私に冷たく声をかけてきた人物、セオドアがいた。



「今にも死にそうな顔でどうしたんだよ?」

「…まぁ、いろいろあってね」



怪訝そうに私を見るセオドアに私は力なく笑う。

今起きている出来事をセオドアに全て説明する気はない。面倒だからだ。




「…」



そんな私に思うところがあるのか、セオドアは難しそうな顔で私を睨んできた。
それから少し黙った後、口を開いた。



「何があったのか知らないけど休んだ方がいい。今にも倒れそうな顔色だ」



何と珍しいのだろうか。
あのセオドアが冷たい表情のままとはいえ、私のことを心配する素振りを見せるとは。
予想外のセオドアからの心配に思わずぽかーんと口が開いてしまう。
だが、しかしそう思えたのもほんの一瞬だけだった。



「そもそもお前はもう18だろう?自己管理もできず、ふらふらしているとは情けない。アルトワのご令嬢が聞いて呆れる」

「…あーはいはい」



やっぱりいつもの冷たくて口うるさいセオドアに私は苦笑いを浮かべる。
あのセオドアが私の心配なんてするはずがないのだ。
心配の先には必ずアルトワ家が、レイラ様がいる。



「帰りたいけど帰れないんだよ。ウィリアム様と一緒に帰る約束をしていたから一言言ってからじゃないと」



嫌味を言ってきたセオドアに私は仕方なく事情を説明する。
すると、それを聞いたセオドアは何かを考えるように黙ってしまった。
そして数秒して「僕も一緒に探す」と言ってきた。



「いやいいよ。ウィリアム様がどこにいるのか大体見当はついているし。1人で大丈夫だから」

「うるさい。僕に逆らうな。ウィリアム様を見つけ次第、お前は僕と一緒にさっさとアルトワに帰るんだよ」

「…えぇ」



断る私を睨むセオドアに何も言えなくなる。
…知らないうちにセオドアと一緒に帰ることになっているんだけど。



「お前のようなノロマ放っておけないだろ?お前はあくまで完璧な姉さんの代わりなんだ。人の前では常に完璧であれよ。今みたいに隙を見せるな」



相変わらず冷たい表情で私に呆れたように小言を言うセオドアに私は思った。

先ほど一瞬だけ見せたセオドアが私を心配する素振りは幻だったのだ、と。