「シロ~~取ってこ~~い」

 アレシアが棒きれを投げると、シロがキャンキャンと追いかける。
 俺たちは朝練を終えて、しばしのまったりタイムを満喫していた。

 「バルド先生、頼んでいたものが出来上がったようです。ワタクシ午前中に取りにいきますね」

 ミレーネが、ポストから取って来たであろう手紙の一通を俺に渡す。

 「おお、ついに完成か。悪いなミレーネ。お願いするよ」
 「フフ、良かったですね。あの子も喜ぶでしょう」

 キャンキャン

 「あ、シロ! こら!」

 「キャッ! シロちゃん~やん♡」

 シロが、王城から出勤してきたリエナの大きな膨らみにダイブする。
 貴族の集まるパーティーに出席しなければならず、昨日は仕事を上がるとすぐに王城へ戻ったのだ。

 アレシアがリエナから引きはがそうとするも、必死に抵抗するシロ。

 シロのやつ……相変わらず羨まし……じゃない破廉恥な犬だ。

 「みなさん、おはようございま~す」

 シロの突撃ではだけかけた胸元をタユンポヨンさせながら、挨拶するリエナ。

 その胸元を整えてあげるミレーネ。いやこちらもポヨンしてらっしゃる。

 「むぅうう……ズルい」

 その2人のポヨンを見て、キャルが不服そうに唸った。

 「キャルちゃんは成長期だから~まだまだ伸びしろあるからね~」
 「キャルはリエナより年上なの! お姉さんなの!」

 キャルが自身の胸元をバーンと張る。

 たしかにリエナやミレーネの巨峰に比べれば、かなりなだらかな丘だ。
 その丘にきらりと光る一筋のチェーンが。

 「キャルちゃんのネックレス……アレシアやミレーネと同じものですね。綺麗……」
 「ふっふ~~バルに貰ったの。キャルの宝物なの!」

 俺が昔渡したやつだ。
 そこまで高いものじゃないが、3人とも未だにつけている。

 「いいなぁ……」

 ポツリとリエナの口がひらく。

 「みなさん、家族みたいで羨ましいです」

 リエナはこの国の第一王女だ。将来的には他国へ嫁ぐか、国政を担うか。いずれにせよこの宿屋にいるのは一時的なこと。彼女もそれがわかっているから、そんな言葉が出たのだろう。


 ―――でもそんなことは関係ない。


 「何言ってるんだ。リエナ、君だって俺の、いや俺たちの大事な家族だよ」

 そう言うと、リエナはすこし間をおいて静かに頷き、笑みを浮かべた。

 「はい! そうですよね! セラもシロもね……ふふ」
 「ああ、そうだ」

 先の事がどうなるかなんてわからん。
 でもここは……彼女がいつでも帰って来れる場所なんだ。

 なんだか少し湿っぽくなったので、誤魔化すようにキャンキャン飛び跳ねるシロの頭を撫でてやる。

 ―――ガブっ!

 また噛まれた……この犬、俺をカミカミする骨かなんかと勘違いしているんじゃなかろうか。

 「ご主人様、シロはたぶんお腹が空いているんデス」

 セラがフライパンを両手に玄関から現れる。
 朝食の準備ができた旨を伝えに来たのだろう。

 「そ、そうなのか? シロ? そういうことだったのか。すぐに魔導石に【闘気】を入れてやる」

 なんだお腹が空いていたのか。俺だけ噛まれすぎだと思ってたんだよな。

 キャンキャン!

 俺が手を伸ばすと嬉しそうに周りを飛び跳ねるシロ。はは、かわいい奴め。

 ―――ガブっ!

 やっぱり噛むんかい!

 その後、シロとプチ格闘してなんとか魔導石を補充することに成功した。

 まあ、こんなことも含めてスローライフだなぁ。
 案外悪くないと感じながら、俺は朝食のテーブルにつくのであった。



 ◇◇◇



 「キャルちゃん、今日はアレシアとポーター業務ですね」

 受付カウンターでキャルの荷物運びを見ながら、リエナが話しかけてきた。

 「そうだな、取り合えず一通りの業務を体験してもらうよ」

 その中から、彼女に合う業務を主体にやってくれればいい。

 浮遊魔法で荷物をフワフワ浮かせて運ぶキャル。

 「キャルちゃんって凄いですね。色んな魔法使えるんだ」
 「ああ、小さい頃から頑張ってたからな、キャルは」
 「大魔導士ですもんね。なんかキャルちゃん見てるとそんな風には全く見えないけど」

 キャルは最年少で大魔導士の称号を得た。
 リエナの言う通り、初見の人はその容姿からは想像できないだろう。

 「と、ところでバルドさま……そのキャルちゃんって男性が苦手なんですよね」

 聞きにくそうな顔をするリエナ。
 まあ、デリケートな話だからな。リエナもどこまで踏み込んでいいのか分からず、探り探りなのだろう。

 「ああ、キャルは幼少の頃にとてもつらい事があってな。それ以来、男に触られると拒絶反応が出てしまうんだ」
 「そうなんですね……キャルちゃん……」

 すこしぼやかして言ったが。キャルは俺の宿屋に来る前は、性被害を受けていた。
 元々孤児だったキャルをメイドして招き入れた貴族の屋敷。
 ここの主人がいびつな性癖を持っていた。
 毎日続く、地獄のような日々……
 それが彼女のトラウマになってしまっている。

 「でも、バルドさまも男性ですよね」
 「ああ、なぜかキャルは俺だけは大丈夫なんだ。長く宿屋で一緒にいたからかな。とはいえ当初は近寄らせてもくれなかったが」

 「ふふ、キャルちゃんバルドさまのこと大好きですからね。よくクンクン匂いかいでるし」

 「お、おう……そうだな」

 あれはなんなんだろうか? オッサンはやはり臭っているのだろうか?
 白ティーシャツはこまめに変えてるんだけどなぁ。
 変な臭いに病みつきになっているとかだとしたら、ヤバイぞ。

 「と、とにかく触られなければメテオは発動しない。リエナもそれとなく見てやってくれると助かる」
 「ええ、バルドさま、もちろんです! 頼ってくれてうれしいです」

 嬉しいですか……普通ならこんな面倒なこと、関わりたくもないだろうに。

 追放された時はどうなるかと途方に暮れたけど……

 俺は本当に周りの人に恵まれているな。

 「あ、ミレーネが買い物から帰って来たようですね」

 リエナが、玄関から入って来るミレーネに手を振る。

 「戻りました。リエナ、申し訳ないけど荷物運ぶの手伝ってくれるかしら」
 「ええ、もちろんよ」

 リエナと共に奥に行くミレーネが、俺に小さく囁く。

 「フフ、見たところ業務も落ち着いているようですし……バルド先生」 

 「ああ、ありがとうミレーネ」



 ◇◇◇



 荷物を整理し終えたリエナとミレーネが出てくると。

 「あれ? どうしたのみんな?」

 従業員が勢ぞろいしている風景に、リエナはキョトンとする。


 「「「「お誕生日おめでとう!」」」」


 「え? バルドさま、これ? えぇ!?」

 まだ完全に状況が呑み込めないリエナに、アレシア、ミレーネ、キャルが次々と彼女のプレゼントを渡していく。

 そして、セラが奥から特大ケーキを持ってくる。ろうそくは17本だ。

 「わぁああ……ありがとうみんな」

 感情が追い付いてきたのか、目頭を真っ赤にしてリエナが微笑んだ。

 昨日リエナが出席したパーティーとは、彼女の誕生パーティーなのだろう。
 王城では王女だが、宿屋では俺の大事な従業員だ。

 だから従業員としてのお祝いをしたかった。

 俺は笑顔でケーキのろうそくを吹き消したリエナに、小さな箱を差し出した。

 「リエナ、これは俺からのお祝いだ」

 「ば、バルドさま……これ……」

 リエナは俺の渡した小さな箱から出てきたネックレスを見て、言葉を詰まらせた。

 「気に入るかどうかはわからんが、受け取ってくれ」

 これは俺が3人の弟子に贈ったのと同じものだ。

 鎖の中央には小さな石が、七色の光を放っている。俺が子供の頃にいた村の村長から貰った石を削ったものだ。
 滅茶苦茶硬いので、凄く時間がかかる。
 村長も「この里といえどこいつを削れるものはおらんじゃろう」とか言ってたような気がする。
 だから、凄く時間がかかる。【闘気】を凝縮したナイフで少しずつ削る。1か月ぐらい前から準備したからな。

 最後の加工は宝石店に頼んだ。今日に間に合って良かったよ。

 俯いてフルフルと震えるリエナ。

 あ? もしや微妙だったか……? 
 リエナの様子から、同じものが欲しんじゃないかと思ったんだが。

 まあオッサンなんかから貴金属を貰ってもなぁ。てのはわかる。

 すると顔を上げたとたんに、飛びついてきた。バイ~ンと。

 「わ~~ん、やっぱりバルドさま大好き~~」

 どうやら喜んでくれたらしい。

 寒いことしたのかと、オッサンちょっと焦ったじゃないか。

 たわわな膨らみをムギュムギュと押し付けてくるリエナ。
 これはむしろオッサンへのご褒美なのでは? と邪な感情が出る場面だが、それも彼女の満面の笑みで吹き飛ばされた。

 「む、むう……まあ今日はしょうがないな!」
 「ウフフ、あらあら良かったですねリエナ」
 「リエナもキャルたちとお揃いなの~~」
 「今日だけは、ご主人様の独占を許可しマス」
 「キャンキャン(?)」

 いつもは抱き着きに厳しいみんなも、今日は怒らない。

 こういうの……いいな。

 隣国が攻めてきたり、魔物が大量に湧いたりして色々あったけど。
 いや~いいな。やっとスローライフぽくなってきた!

 「まあ! 王女さまに抱き着かれて随分とご満悦ですわね」

 そうそう、こんな美少女王女に抱き着かれるなんて、オッサン人生で二度と無いだろうからな。
 そりゃあもう大満足だ……って、この声!?

 あの人? なわけないよな。

 いつものブルブルはきてない。
 ポケットから通信石を出して見るが、なんの反応もない。

 通信石がブルブルしていないのに、声が聞こえる??
 いや……まさか。

 恐る恐る、後ろを振り向くと―――


 ――――――本物来てんじゃん!!


 フリダニアの王女、マリーシアさまだ。

 「なぜ私にはそのような贈り物がありませんの! 私が納得いくまで、じっくりとお話ししましょうか!」


 俺のスローライフ……どこいった。