「ふぅ~~~~~」
 「お加減はこのぐらいでいいですか? バルド先生」
 「ああ……最高だよ……ミレーネ」

 魔物大量発生《スタンピード》の翌日。
 俺の背中を絶妙の力加減で優しく揉んでくれる聖女さま。

 なぜオッサンが、こんな超絶美人聖女にマッサージしてもらっているのかって?

 それは、オッサンの壁を最大出力で飛ばしたからである。
 【闘気】を最大まで濃縮して一気に放出したので、例の時間差激痛が俺の全身を襲った。

 いまだかつてない激痛に、思わず「アキャ!」って叫んでしまうぐらいだ。
 かなり恥ずかしい思いをした。

 今朝になって痛みは落ち着いたが、全身の筋肉がピキピキに張ってしまった。どうしようかと思っていたら、ミレーネがマッサージしてあげますよと、女神のごとく微笑んでくれたのだ。

 しかしこれ天国だな。

 程よく揺さぶられて……

 なんかおれの尻もブルブルしているような気がする。

 ブルブルブル……

 うおっ! 通信石の着信バイブじゃないか!

 『バルド様~~~~~ご機嫌よう~~~♡♡♡』

 フリダニアのマリーシア王女殿下の元気な声が聞こえてくる。
 昨日の悲壮感漂う声とは全然違う。

 「マリーシアさま……元気になられたようで良かった」
 「フフ、そのようですね」

 『もちろんですわ~~バルド様♡。ミレーネの【結界】にフリダニアは救われましたわ。本当に感謝致しますわ~~』

 ミレーネとマリーシアさまが楽しそうに会話をはじめる。
 この2人は本当に仲が良いな。

 俺はしばらくの間、最高のマッサージを受けつつ2人の会話を聞いていた。

 2人の会話がひと段落したら、俺はマリーシアさまとの通信が切れたあとのことを伝える。
 ミレーネが、ナトルはおろかフリダニア全域まで【結界】を発動せんと奮闘したことだ。

 本当に凄い子だ。この子の頑張りが、みんなを魔物から守ったんだから。

 あと、おれも少しばかり助太刀したことを伝えた。

 『やっぱり~~あの壁~~バルド様の匂いがしましたもの~~♡ わたくしまた助けられましたわ♡』

 マリーシアさまのテンションが急にあがる。
 なんか語尾にやたら♡ついてるけど。

 というか臭いだと! まさか……

 「うむ、あたしも先生の匂いがした!」
 「セラもご主人様の匂いを感知シマシタ」

 アレシアとセラまで……

 がっくしと項垂れる俺。やっぱ臭ってるんじゃないの? オッサンの白ティーシャツ……

 くっ……毎日洗濯じゃダメなのか。
 これは午前午後で着替えた方がいいのか。

 「あらあら、ではワタクシも匂ってみようかしら」
 「ええ~~私も~~バルド様~~」
 『ズルいですわ! わたくしも匂いたいですわ!』
 「じゃあ、わしも~~」

 俺の背中越しに女子たちが臭い臭いと騒ぎ始めた。ミレーネとリエナも……そしてマリーシアさままで。 それに……んん!?

 なんか知らない人、混ざっていない!?

 じょりじょりと背中が痛い。

 なんだ? 悪乗りした客か?

 俺が振り向くと、見たことのある髭が視界にガッツリ入ってくる。


 ―――って王様じゃないか!


 「ふむ、わしじゃ」

 わしじゃ、じゃねぇええよ!
 この人なんで勝手に来ちゃうの? 暇なの? 国の仕事しろよ。

 「今回の魔物大量発生《スタンピード》はすでに収束にしたぞ。各地で大きな損害は確認されておらん。これもミレーネ殿、そなたの【結界】のおかげじゃ。国を代表して礼を言う。そしてアレシア殿にセラ殿、そなたらの奮闘ぶりは娘のリエナや騎士たちから聞いておる。本当に感謝しておる」

 ミレーネとみんなに礼を言う王様。

 ミレーネが、立ち上がり王様にうやうやしく一礼した。
 ああ、本当に良くやったなミレーネ。みんなもよく頑張った。
 俺は、とんでもない弟子や従業員に恵まれているのだと実感する。

 「してバルドよ、お主本当に王城の式典には来んのか?」

 王様の言う式典とは、今回の魔物大量発生《スタンピード》騒ぎの功労者たちを集めた授賞式のことだ。

 「ええ、わたしは行きませんよ」

 行くのは功績のあったミレーネ達でじゅんぶんだ。
 何度も言ってることだが、俺はこの宿屋でこじんまりとスローライフを楽しみたいだけなんだ。

 オッサンが行ってどうするんだ。前回みたいにさんざん待たされたあとに、さいごにネタにされるかもしれん。もう騙されんからな。

 『まあ、バルド様は相変わらずですわね』

 通信石から、事のやり取りを聞いていたマリーシアさまが、呆れた声を漏らす。
 だって、ネタにされるのはもう嫌だ。この王様は本当にやるからな。

 「ふむ、フリダニアのマリーシア王女じゃな」
 『はい、マテウス王、ご無沙汰しておりますわ』

 そして王族同士の会話がはじまった。

 いいんだけど、そういう話は王城とかでやって欲しい。
 ここ、ただのオッサンの宿屋なんすけど……

 といったオッサンの願いが聞き入れられるわけもなく、なんかトップ会談が進んでいく。

 『フリダニアも損害は被りましたが、最悪の事態は避けられました』
 「ふむ、それは良かったですのう。しかしゲナス王子はこの非常事態にどこにおるのかな? 王代理として最もその手腕を発揮せねばならん時じゃが」

 『兄は……行方がわかりません……』

 マリーシアさまの話によると、ゲナス王子は南端の砦に逃げたらしいが、砦は跡形もなく崩壊していたらしい。
 そこには、巨大な魔物の死骸があるだけで、ゲナス王子の遺体は見つかっていないとのことだ。

 巨大な魔物……

 恐らくは、今回の魔物大量発生《スタンピード》の発生元である魔物だろう。

 神話級の強力なドラゴンだったらしい。
 そんなん目の前に出たら、オッサン何もできないぞ……恐ろしい。

 「ふむ、そうであるか。では現状マリーシア王女が国を取り仕切っておるのですな?」
 『ええ、そうですわ』

 マリーシアさまがフリダニアの王代理なのか。
 俺には気さくに声をかけてくれるが、今も凄まじいプレッシャーがのしかかっているのだろうな……彼女には。

 まったく、カワイイ妹にどれだけ迷惑かけてるんだ、あの王子は。

 『さあ、暗い話はこのぐらいにして。バルド様のことをお話しませんこと』
 「おお! そうじゃったバルドのことを話しておる最中だったわい。すまんのバルド」

 いや……オッサンの話とかする必要ないでしょ……もっと国の事を話し合ってくれ。

 が、王様はなんとしても俺に褒美を与えたいらしく。
 また、マリーシアさまも同じくで。

 『このご恩は一生忘れませんわ~~なにかお礼をすべきなのですが、お恥ずかしいことに今のフリダニアには金品も乏しく……差し出せるものとしたら、わたくしぐらいしか、キャッ♡ 言っちゃった♡』

 みたいな意味不明な会話が始まってしまった。
 こういう感じのやつは返しが難しいんだよな。マリーシアさまのご機嫌は天気のように変わりやすい。

 「え~と、ナトルの王様にも言いましたけど。わたしに褒美は不要です。ミレーネ達を労ってあげてください」

 こんな感じでいいか?

 『―――なぜですのっ! そこは普通にもらうところですわ! わたくしのこといりませんの!!』

 返答を間違えたようだ。
 語尾の♡は一切無くなった……

 「しょうがないのう~~ほれ」

 王様がやれやれとため息をつきながら、何かを差し出してきた。

 ―――鍵? 
 ―――なにこれ?

 「我が王城の宝物庫の鍵じゃ」


 はい??


 「バルドよ、宝物庫に入って良いぞ。好きなの持っていくがいい」

 なに言ってんの? 

 どういうこと!?