「姫様! 各地の防衛ラインより限界の急報多数! 魔物の数は依然増加中!」 
 「わかりました。各地の兵は順次第2防衛ラインまで後退させなさい。周辺住民の避難は引き続き続行ですわ」

 ダメですわ。わたくしの親衛騎士団だけでは兵力が足りませんわ。
 にしても、ここまで魔物が発生するものなのでしょうか? 異常すぎる気がしますわ。

 「姫様……これはもしや極大魔物大量発生《メガスタンピード》かもしれません」
 「ねんですって! そんなこと……」

 極大魔物大量発生《メガスタンピード》なんて……もう50年以上発生していないはず。子供の頃に聞く昔話のような出来事ですわ。

 ―――なぜですの?

 バルド様もいない……ミレーネもいない……王国主力軍もいない……お兄さまは逃げてしまった……

 ―――なぜ今ですの?

 そんな絶望に近い問答を自分の中で繰り広げている最中にも、次々と騎士たちから悲報が届いてくる。


 つい先ほどバルド様を頼るような通信をしてしまいましたわ。
 あまりにも身勝手な言動だったと思いますわ。

 だって、国として追放しておきながら今更助けてくれですって? 
 なんの道理もない呆れたお願いですわ。

 ―――でも


 ―――それでもバルド様に連絡してしまいました……


 あの方なら……なんとかしてくれかも。
 だってバルド様はわたくしの……



 ◇◇◇



 あれはわたくしが10歳の頃ですわ。

 当時のわたくしは、けっこうやんちゃでしたわ。侍女を振り切って城の中を好き勝手に探検するのが好きで、俗にいうお転婆姫だったのかもしれません。

 その日も、1人で宝物庫から勝手に持ち出した魔道具をいじくり回して、楽しく遊んでいましたわ。

 でも魔道具が起動してしまい……

 閉じ込められてしまいましたの。
 その魔道具は囚人を収監する時に使うものだったのです。

 周囲を厚いブロックで囲まれてしまったわたくし。
 上も下もまわりも……無機質な壁に閉じ込めれて……どうしたらいいのか分からなくなってしまいましたわ。

 瞳から涙が溢れそうになった時―――

 うしろからモグモグと何かを食べる音が聞こえますの。

 ―――なに! 魔物!?

 違いました。


 オジサマでしたわ……


 うしろの壁に背をつけてあぐらをかいていました。
 「やあ」と言いながら、そのオジサマは持ってる包紙をゴソゴソします。

 ―――何をする気ですの!

 わたくしが思いっきり警戒していると……

 アンパンという庶民の食べ物を差し出してきました。

 ……なんですの? このオジサマ。

 お父様に呼ばれたから来たとか言ってますが、怪しすぎます。
 なんでも王都で有名店のアンパンを並んで買ったらしく満面の笑みです。そんなこと聞いてませんわ。もう訳が分かりませんわ。
 巻き込んでしまったのは申し訳ないですが―――ちょっと距離を取ります。

 わたくしは自分のほっぺをぺチンと叩きました。
 このオジサマを頼っては危ないですわ。

 ―――自分でやった以上は自分で責任を取りますわ! 王族としてそのような場面がいつかは来るでしょう。その時のためにも!

 わたくしも少しは魔法が使えます。やってやりますわ。

 まずは火魔法を、次に氷魔法を壁に放ちますわ。

 そして土魔法で石の弾丸をぶつけましたわ。

 王族家庭教師から習いましたの。温度差で金属は脆くなると。


 ―――ダメでしたわ……


 傷ひとつ、ついていませんの!

 そういえば、この魔道具アダマンプリズンとかいう名前だったような……

 ちょ、アダマンですって!
 この世で一番硬い物質ではありませんの!?

 ふたたび瞳の奥から涙が溢れそうになってきますわ。

 ああん~大声で泣き出したいですわ……ムグッ!?

 ―――なんですのこれ! オジサマがアンパンを無理やり突っ込んで……

 この無礼者! と叫ぼうと……!?

 なにこれ! 美味しいですわ! ムグ!


 なんですのこれ! アンパン凄いですわ! ムグ!


 「お嬢ちゃん、とりあえず食べときなさい……あとは俺がやる」

 やるって? オジサマは何をするのでしょう?
 わたくしは頂いたアンパンをモグモグしながらオジサマをじっと見つめます。

 オジサマはなにやら大きく深呼吸し始めましたわ! オーバアクションがすぎますわ!

 そして剣を抜き放ち……


 「―――せいっ!」


 せいっ!て言いましたわ! 
 せいっ!てなんですの?


 そして信じられない事が起こりましたわ!

 アダマンの壁がパッカリと真っ二つに割れて、ズズーンという音ともに崩れていきます。


 凄いですわ! このオジサマ何者なんですの!?


 「お嬢ちゃんが火と氷で金属を脆くしてくれたから斬れたんだよ。じゃなきゃオッサンがそんなアダマンなんちゃらなんて斬れるわけないだろう」

 ええぇえ……それ関係してますの?
 わたくしの魔法は、あってもなくてもどっちでも良かったような気がしますけど……

 でも……

 「よく頑張った、お嬢ちゃんが諦めなかったから脱出できたんだ。偉いぞ」

 オジサマが褒めてくれましたわ!
 なんだかカッコイイから細かいことはいいですわ!!

 そのオジサマはわたくしの手をギュッと握ってニッコリ微笑みました。

 その後、心配していたであろう人たちが一斉に飛び込んできましたわ。
 でもそのオジサマはいつのまにか、どこかに消えてしまいました。わたくしの手にほのかなオジサマの匂いを残して。

 それから数年の月日がたって……もう二度と会えないのかと諦めかけていました。
 そもそもオジサマはわたくしのことなど覚えていないでしょうし。
 ある日お父様に呼ばれて、3人の少女たちを紹介されましたわ。そう三神です。

 わたくしと大して変わらぬ年齢の子たちが、国を代表する力を持っているなんて……驚きましたわ。

 でも、わたくしが本当に驚いたのは―――

 若き三神たちの後ろで、モグモグしているオジサンがいるではないですか。

 ―――またアンパン食べてますわ!

 わたくしのヒーローに会えましたわ!



 ◇◇◇



 「姫様、ここは危険です! はやく脱出路へ! そとに早馬車を待機させております」

 騎士の声がわたくしの脳内に響く。
 一気に現実に引き戻されましたわ。わたくしったら何を悠長に思い出になど浸っていたのでしょう。

 ―――あの方から何を学んだのですか!

 脱出準備をする者たちにわたくしの意思をはっきりと伝えますわ。

 「何を言っているのですか! わたくしが逃げるなどありえませんわ!」

 王国に迫る魔物たち。わたくしが先頭に立たないと、誰が立つと言うのですか!


 ―――諦めませんわ!!


 「姫様! 上空に大型飛行魔物! あれは! ギガワイバーン!?」

 「みな落ち着きなさい! 魔法部隊は遠距攻撃開始! 大型対空クロスボウの発射準備です!」

 「姫様! 魔法攻撃効果なし! こちらに接近してきます!」

 「対空大型クロスボウ、一斉に発射なさい!」

 対魔物用の大型矢が一斉に魔物めがけて飛んでいきます。

 「姫様! 効果なし! すべて鱗に弾かれています!」

 「くっ……」

 ―――ここで終わるわけにはいきません!

 火魔法と氷魔法を同時に放ちます。

 わたくしだってあれから少しは成長していますわ。魔法も同時使用が出来るようになりました。

 でも……

 キュエェエエエエエ―――

 大きな魔物は、そんなわたくしの努力などすべて粉砕して、禍々しい奇声と共に突っ込んできますわ。

 やはりダメなのでしょうか……


 ―――せめて、もう一度バルド様に……お会いしたかった……


 ―――!?

 あんな大きな魔物が突撃してきたのに……わたくし生きてますわ?

 あれは!?

 先程の突っ込んできた魔物が、はるか上空に吹き飛んでいきます!

 なぜか他の魔物たちも上空に吹き上がっていきます!
 後方から魔物の大群が上空をポンポン弾かれながら飛ばされてきます!

 「ひ、姫さまぁああ! ま、ま、魔物の大群が!! 上空に!?」
 「な、なんだぁ! なんか壁みたいなものに吹きとばされていくぞ! これは……【結界】か? まるで魔物の花火だ!」
 「姫様ぁあ! 各地で魔物が吹き飛んで、脅威は去ったとの報告が!」

 王城を大きな壁が通り過ぎていきました。
 大群の魔物たちを弾きながら。


 ―――この匂い……


 忘れませんわ。


 ああ……やっぱり助けてくれた。


 ふふ、相変わらずの無茶苦茶なヒーロー様ですわ。