俺たちは出陣の朝を迎えた。

 「セラ、大変だがあとは頼んだぞ」
 「ハイ、ご主人様不在の間はセラの命を懸けて24時間職務に専念シマス」
 「ええぇ……そこまではやらなくていいよ。ちゃんと休憩は取ってね。きつくなったら臨時休業していいからね」

 完全にワンオペ状態だからな。いくら優秀な魔導人形だからって、24時間フル稼働の無茶苦茶させてたら辞めてしまうだろう。
 それに多めに【闘気】を注入したとはいえ、いつかはセラのエネルギーも切れる。

 セラとガッシリ握手をして、俺たちは宿屋を出た。
 とんでもない力で握られた……「アキャ!」って情けない声出ちゃったよオッサン。う~ん【闘気】注入しすぎたか。



 ◇◇◇



 防衛ラインに到着した俺とリエナは、アレシアと別れた。
 アレシアはナトル正規軍の先鋒を率いる。いわば今回の戦における要である。

 「先生、またのちほど!」

 流れるような銀髪をなびかせて、颯爽と歩く後ろ姿。
 うむ、弟子へのひいき目があるにっせよカッコイイ。昨日とは違い、アレシアの瞳に活力が溢れていた。これなら大丈夫だろう。

 「さてと、俺たちは……」

 「バルド将軍! 全員揃いましたであります!」

 フリダニアから来たヌケテルが、ビシッと俺に敬礼で出迎えてくれた。

 ヌケテルは先日王様に猛獣のごとき眼光を浴びせられてから、子犬のようになってしまった。もう口調すら変わってしまっている。

 リエナから聞いた話によるとかつて5年前の帝国との戦で、殺眼の魔獣と呼ばれていたそうだ。
 なにそれ、怖すぎるよ。

 俺の前にはフリダニア王国軍100名が整列していた。
 ……顔に覇気が無いな。整列自体もダレっとしている。
 「どうせ俺たちは捨て駒だ」「追放されたようなもんだ」とボヤいている奴もいる始末だ。

 「総員注目! 俺たちは遊撃隊として出陣する! 状況に応じてナトル本体の援護、敵部隊への奇襲、陽動を行う!」

 当面の目標は、敵本体への側面および後方攻撃である。といってもこの少数部隊だ。まともに攻撃したら即反撃を受けて壊滅なので、どちらかというと注意を引いてなるべく多くの敵戦力を割くという事になる。間接的にナトル軍本体を援護するわけだ。

 「よし、まずは……」
 「おお、バルド将軍、出陣でありますね!」

 「違う! まずはアンパンを食べるぞ!」
 「あ、アンパンでありますか?」
 「そうだ! 俺たち遊撃隊はひとたび行動を開始しすれば、常に動き続けることになる。いつ飯にありつけるかもわからない。よっていまのうちに補給しておく!」

 「な、なるほどであります! してなぜゆえにアンパンでありますか!」
 「ふふ、ヌケテル。あの木箱をよく見てみろ」

 俺は運び込んだ木箱を指さした。

 「おお? あれはフリダニア王家の紋章ではないですか!」

 「そうだ、フリダニア王国第一王女マリーシア王女殿下からの差し入れだ! 俺たち遊撃隊のために特別に送ってくださったのだ!」

 「なんと! お、王女殿下が!?」
 「あの絶世の美女マリーシアさまが! 我々のために! これはもう女神様って呼んでいいのでは!」
 「これは凄い! 期待されているんだ! 俺たちは捨て駒ではなかったんだ!」

 ダレっとしていた兵たちが、我先にと目を輝かせてアンパンに飛びつく。
 みんなウマウマの笑顔だ。さすがマリーシア王女殿下のアンパンだな。俺宛にたくさん送ってくれたのだが、ここはみんなで食べろという意味だろう。これで兵たちの気合は十分だ。

 「こ、これはバルド将軍!? マリーシア王女殿下の♡マークの付いた手紙が入っておりますです!」

 「――――――!?」

 俺は速攻でヌケテルから手紙をむしり取った。
 うわ! マジかよ! 
 もしかしてマリーシア様、こんな手紙を全部の木箱に入れてるの!? 間違えすぎるにも程があるぞ!

 俺は各木箱から素早く物を回収した。
 マリーシア様~~勘弁してほしい、頼むから送る前に中身を確認してくれ。どっかの王族か貴族に送る予定なんだろうけど。

 焦って物を回収する俺をクスリと笑いながら、リエナも手伝ってくれた。
 いや、これどうするか? 本人に返してあげた方が良いのだろうか?

 それとなくリエナに相談すると。そんなことしたら、マリーシア様に二度と口をきいてもらえなくなりますよ。
 とリエナに珍しく睨まれた。たしかに、このラブレター間違えて入ってましたよ。なんて言われたら恥ずかしすぎるよな。

 「ふふ、バルドさま。出陣まえにアンパン食べる部隊なんて聞いたことないですよ」
 「まあいいじゃないか。それに戦闘前に糖分取るのも大事だぞ」

 さて、アンパンも食べたし、いよいよ出陣か。
 リエナも流石にドレス姿ではない。ズボンにブーツと動きやすい服装である。キュッとしまったウエストから上はシャツの上に厚めのベストを羽織っている。鎧よりは動きやすさを重視したそうだ。

 「しかし、結局リエナはついてきてしまったなぁ」
 「ふふ、国の一大事にお城にいても意味はありませんからね」

 ちなみにリエナは回復魔法や補助魔法が使用できるので、隊のサポーターとして動いてもらう予定だ。

 「まったく……君は一度言いだすと、国王陛下の言うことすら聞きそうにないな」
 「ふふ~だって私、お父様の大事なお姫さまですから」

 リエナの行動力にはいつも驚かされるが、嫌いではない。ちょっとぶっ飛びすぎている気はするけど。


 俺たちは行軍を開始した。

 俺たちの当面の目標は敵の後方かく乱である。ということは敵本体の後方もしくは側面に回らなければならない。

 「バルドさま……なんだかさっきから同じ風景が見えますね」
 「ああ、リエナ……俺もそう思っていたところだ」

 俺はいったん隊の行軍を停止させて、地図を広げて現在地を確認する。

 「今ここにいるから、この丘をこえて森を抜けて……」
 「バルドさま、今いる場所はここなんじゃ?」
 「いやいや、だってあの丘が見えるんだからここは、ここで」

 もしかして、俺もリエナも方向音痴なのか? これ迷子っぽくないか。

 マズいな、とにかく目標である敵部隊に接近しなければ陽動もクソもない。
 そうだった、職業軍人のヌケテルがいるじゃないか!

 「自分も良くわかりませんです! ここフリダニアじゃないですし! はじめて来た場所ですし!」

 この人なに言ってるの? 
 軍人さんでしょ? なんで近所の地理感覚なんだよ。

 ヤバイ、だれもまともに地図を見れる奴がいない……

 「バルド将軍! 数名を斥候部隊として先に行かせるのが良いかと! 彼らは地図も見れますです!」
 「う、うむ。そうしよう」

 そういうことは早く言ってくれ。
 やっぱり素人のオッサンに指揮なんか取らせちゃダメだろ。

 などと恥ずかしい思いをしていると、早速先行させた斥候部隊より伝令が駆けつけてくる。

 「バルド将軍! 前方に敵影多数!」

 ええ? 敵本体ってこんな近いところにいたっけ?

 ん? なんか黒い人形がいっぱいいるぞ。なにあれ?