シュート決めたら付き合って!!



夏休みが終わり、二学期が始まった。
この時期といったらやはり、文化祭だろう。
俺たちが通う学校も、その時期を迎えていた。
はっきり言って、俺はこういう行事が得意ではない。
楽しい行事の裏に、ケンカや対立が起こりやすいからだ。
巻き込まれないように注意しながら、やっと文化祭当日を迎えたのだ。
俺のクラスは教室で迷路、という至って普通の出し物だ。
当番も1人1時間もないくらいなので、みんな好きに回るようだ。
仲川は部活の出し物で忙しく、他に目ぼしい友達もいないので、俺は1人屋上に来ていた。
騒がしい校内とは違って、静かで落ち着いた雰囲気だ。
当番の時間までここで時間を潰そうと、日陰に入って座り、目を閉じた時。
ガチャ、と屋上のドアが開いた。


「夏弥先輩!」


俺の名前を呼んだのは、言うまでもなく。


「コタ?なんでここに」
「仲川先輩にさっき会って、夏弥先輩どこにいるか聞いたら屋上行けって」


どうやら仲川がコタに俺の居場所を教えたらしい。
グイッと腕を掴まれて引かれ、立ち上がる。


「先輩暇ですか?一緒に回りましょ」
「まあ、いいけど……」
「やった」


コタはニッと笑うと、俺の手を引いて屋上を出た。
2人で校舎の中を歩いていると、周りの人がチラチラとこちらを見ているのに気づいた。
目線の先は俺ではなく、隣にいるコタだ。
まあ背も高いし、顔もそれなりに整ってるから注目されるのは当然かもしれない、とふと見上げると、前よりも首が痛くなることに気づいた。


「コタ、背伸びた?」
「あー、4月から3cmくらい伸びました。今184です」
「なっ……」


たった半年の伸び率に絶句する。俺は中3の時から伸びてないというのに。俺が今164cmということは、コタと20cmも差があるのか。
無性に腹が立って、コタを小突いた。


「いたいいたい」


コタは笑いながら軽く俺をあしらう。
あっ、と何かを思いついたように声をあげた。


「先輩、知ってます?今旧校舎でやってる生徒会企画」
「なにそれ」


うちの学校の生徒会は権力が大きいようで、文化祭の時などは生徒会主導の大企画があったりする。
今回は旧校舎全体が生徒会専用の場所らしい。


「お化け屋敷らしいですよ。しかも結構本格的」
「ふ、ふーん。そうなんだ」


今は使われなくなった旧校舎となったら俺が想像している以上に本格的だろう。


「一緒に行きましょ」
「えっ」


思わず声をあげる。俺は何を隠そう、お化け屋敷が大の苦手だ。テレビでやっている怖い話を集めた番組も観れないくらいには、妖怪やお化けの類いが無理なのだ。
しかも年季の入った旧校舎でやるとなったらなおさら怖い。だれなんだこんな企画立てたやつ。


「もしかして先輩苦手ですか?」
「い、いや?別に?そんなんじゃないけど」


全くもって嘘だ。先輩としてのプライドが邪魔をして思わず口走ってしまった。


「じゃあ行きましょ」
「お、おぉ……」


2秒前に言ったことを既に後悔しながら、コタと一緒に旧校舎に向かう。
どうにかしてこの話を逸せないだろうか。
そう思い立って口を開く。


「そ、そういえば逢坂は?一緒に回らなくていいの?」
「あれ言ってませんでしたっけ。逢坂は生徒会の役員ですよ」
「マジかよ……」


逸そうと思ったのに戻ってきてしまった。
なんで生徒会なんだよ逢坂。と筋違いにも心の中で愚痴っていると、いつの間にか旧校舎に着いていた。


「うわ、結構ガチですね」


コタがそういうのも無理はない。旧校舎の周りには木が生い茂っていて、日光を遮っているためか少し薄暗く、じめっとしている。


「あれ、胡太郎と夏弥先輩だ。来てくれたんですね」


俺のコタが旧校舎の様子に圧倒されていると、どこからかニコニコした逢坂がやってきた。
そのままの流れで入り口まで案内される。


「これが懐中電灯と地図です。進路は地図にあるのでそれ通りに進んでください。あと……」


と逢坂が一度話すのをやめた。
じっと俺たちを見た後、ニッと笑う。


「一度入ったら、途中で出れないので気をつけてください」


その言葉に俺は身震いをする。
逢坂は確実に怖がらせにきてる。まさか俺が怖がっているのがバレているのだろうか。


「夏弥先輩、大丈夫ですか?」


隣にいたコタが俺の顔を覗き込んでくる。
後輩2人に囲まれているなかで、やっぱり怖いから無理、なんて言えるわけがなかった。


「べっ、別に大丈夫だから。ほら、さっさと行くぞ」


コタから懐中電灯を奪い取って、入り口に入る。
コタが隣に来たのを確認しながら歩き出す。
校舎の中は暗く、懐中電灯で照らして進むのがやっとだ。


「まず1階の教室行って、階段で2階行って探索した後、3階まで行って、また階段で1階まで降りてくる、って感じみたいですね」


コタが地図を見ながら言う。
そんなに長いのは聞いてない。と、怖気付いて少しコタに近寄った。
1番初めの教室に入る。禍々しいお札が大量に貼られていたり、赤い手形が至る所にある。
ぎゅっと懐中電灯を握りながら、順路に従って歩いていくと。


「ヴァァァァァァァ」
「うゎぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


突然掃除用具入れから幽霊のようなものが飛び出してきて、思わず共鳴するように叫んだ。


「やだやだやだやだ!」


そう言いながら、コタの腕を強引に掴んで走る。
幽霊役の人も教室から出たら追ってこないようだった。
バクバクと速い心臓の鼓動をおさめようと深呼吸する。


「あのー……先輩?」
「な、なに?」
「腕、痛いんですけど…」
「あ、あぁ、ごめん。びっくりして……」


コタの腕を無意識にずっと掴んでいた。
手を離そうとするが、カタカタと震えて思うように動かせない。
それを見かねたのか、コタは優しく俺の手を掴んで、ぎゅっと握った。


「こっちにしましょ」


そうニコッと笑い、俺を引き寄せた。
いつもは、近い、と言うところだけど今はこれくらいがちょうどよかった。


「おれから離れないでくださいね」


その言葉に、素直に頷いた。もうこれ以上謎の先輩としてのプライドを保っておくのは難しかった。
お化け屋敷だというのに、コタは余裕そうな笑みを浮かべている。


「先進みましょうか」


コタは俺の手を引いて歩き出す。俺はコタの半歩後ろを震えながら歩いた。
次は2階の理科室だ。俺が小学校の頃から嫌いな部屋。
骨の人体模型や筋肉の人体模型、動物のホルマリン漬けなどが俺には不気味に感じられて怖いのだ。


「な、なぁコタ」


理科室に入る前に、コタと繋いだままの手をクイと引っ張った。


「どうしたんですか?」
「えっと……絶対、俺から手、離さないでほしくて……あと」
「あと?」


これを言うのはプライドを完全に捨てることと一緒だが、背に腹はかえられない。
意を決して口を開いた。


「……もうちょっと、近づいていい?」


おそるおそるコタを見つめると、暗闇であまりよく見えないが、ポカンとした顔がかろうじて見えた。
その顔はみるみると赤くなっていく。


「い、いいですよ……」


完全に顔を手で覆ってしまった。先輩の不甲斐なさに呆れてしまったのだろうか。少しの申し訳なさと共に、もう一歩コタに近づいた。ほとんどコタを盾にしているような感じだが気にしない。そんなの気にしてられない。


「じゃあ、開けますね」


そうコタが教室のドアを開けた瞬間。


ガタン!


「うわぁぁぁぁぁ!」


上から何かが落ちてきた。よく見ると顔だけの模型だった。
俺は驚いた衝撃で腰を抜かして座り込む。


「もうやだぁ……」


プライドもズタズタで、怖さで手は震えるわ腰は抜けるわで俺の情緒はボロボロだった。


「せ、先輩!泣かないで」


先輩としての尊厳もクソもなく涙を流す俺を、コタはぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「夏弥先輩って怖いの苦手なんですか?」
「そうだよっ……なんかもんくあるか」


鼻をすすりながらギロっとコタを見ると、ニコニコして俺を見ていた。


「怖いの苦手とか、かわいいところもあるんだな。って思っただけですよ」
「ばかにっ、してんのか」
「してないです。あ、先輩、目擦っちゃダメ」


ぐしぐしと乱暴に目を擦る俺の手を優しくコタが握る。
反対の手で俺の頬に触れ、指で優しく涙を拭った。
なぜかすごく安心するその手に、俺は頬を擦り付けた。


「……先輩、あんまりかわいいことしないで。おれ我慢できなくなっちゃうから」
「……へんたい」
「先輩のせいですからね!?ほら、立って」


そう言ってコタは俺の腰に手を回し、立ち上がらせた。
そのまま優しく頭を撫でられる。
その行動が身長差も相まってまるで兄弟のようになっていた。


「俺の方が先輩なのに……」


俺がポツリと呟くと、コタは信じられない、という風に俺を見た。


「夏弥先輩が先輩ぶるのもう無理だと思いますよ」
「なんで」
「先輩は自覚してないかもですけど、結構甘える人だから」


思い当たる節がなさすぎて首を傾げていると、やっぱりね、とコタは笑った。

その後も、何かが出てきたりするたびに、俺は驚き腰を抜かし、出る頃にはボロボロだった。

やっとのことで出口から外に出た俺とコタを逢坂が出迎えた。


「お疲れ様です。大丈夫でしたか?夏弥先輩」


ニコニコして逢坂が俺を見つめる。こいつ、俺が怖がってることわかってたな。


「くそっ……生徒会は呪う」
「やめてくださいよ」


俺の言葉に逢坂は苦笑した。このままだと、来年もやりそうで怖い。


「ところで、いつまでその状態なんですか?」


逢坂が指さした先には、ガッチリと繋がれている俺とコタの手があった。
今更ながら気づいた俺はその手をパッと離す。


「あっ、言うなよ逢坂。せっかく繋いだままだったのに」


コタが口を尖らせる。
気づいてたなら言って欲しかったが、コタに散々助けられた手前、文句は言えなかった。


「あんまり先輩を困らせたらダメだよ。……っていうか、胡太郎もうすぐクラスの店番じゃない?」
「やべ、ほんとだ」


スマホで時間を確認したコタは焦ったように俺に言う。


「先輩、おれ当番なんで行ってきます」
「おー。いってらっしゃい。がんばれよ」


ヒラっと手を振って、走って行ったコタを見送った。


「逢坂は?これからどうすんの?」
「俺はまだ生徒会の仕事があるんで、ここに残ります」
「そか。逢坂も頑張って」
「ありがとうございます」


逢坂も仕事があるらしいので、俺は1人で校舎に戻った。



ーーーー



自分の当番の時間までどう時間を潰そうか、と考えながら校舎の中を歩いていると、急にガシッと腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、久しぶりに見る顔がそこにあった。


「ナツくんちょっといい?」
「えっ、ちょっと、なんですか」
「いーからいーから」


そのまま教室の中までズルズルと引きずられた。
訳がわからない、という顔で立っていると。


「はい。ここ座って」


その人は椅子を引いてトンと叩いた。
俺がそこに座ったのを確認すると、その人は俺の向かい側の席に座った。


「えっと……コタのお兄さん……蓮介先輩、でしたっけ」
「そー。急に拉致っちゃってごめんねー」


俺を強引に教室に引き摺り込んだコタ兄は顔の前で両手を合わせた。久しぶりに見るが、顔の整いようは健在だ。


「俺はなんでここに連れてこられたんですか?」


教室の内装を見ると、ぱっと見カフェのような雰囲気だった。コタ兄は執事のような服を身に纏っている。控えめに言ってすごく様になっている。


「ここ俺のクラスで、執事とメイド喫茶やってんだけど、接客が大変すぎてさ。ちょっと休憩」
「あー。なるほど」


コタ兄はあまりそういうのに興味のない俺でもわかるくらい、生粋のモテ男なのだ。
ずっと色んな人に囲まれていたら疲れるだろう。


「ナツくんなんか飲む?奢るよ」
「いや、気遣わなくて大丈夫ですよ」
「いーのいーの。俺が強引に来させたようなものだから。それにこたろーの特訓にも付き合ってくれてたんでしょ。奢らせてよ」


そこまで言われたら断れない。俺は大人しく頷いた。


「コーヒー飲める?」
「あー、えっと……他ってなんかありますか?」
「クリームソーダとかは?」
「じゃあそれで」
「おっけー。待っててー」


コタ兄は席を立つと、他の人に注文を伝えに行った。
しばらくすると、クリームソーダを持ったコタ兄が戻ってきた。


「はい。クリームソーダ」
「ありがとうございます」
「ナツくんってコーヒー飲めないんだね」
「ちょっとやめてくださいよ」


誤魔化せたと思っていたが、どうやらできていなかったらしい。
まだコーヒーの良さがわからない。いつかはわかる日が来るのだろうか。


「1人みたいだったけど、なんかしてた?」
「コタとお化け屋敷に行ってたんですけど、コタが店番あるみたいで、さっき別れました」
「へぇ〜。おもしろかった?」
「まぁ……」


苦虫を噛み潰したように言うと、コタ兄はニヤリと笑った。


「俺ともう一回行く?」
「勘弁してください」
「はは。即答じゃん」


どんどん俺の弱みが握られていく気がしてならない。
で、とコタ兄は話を変える。


「こたろーと付き合ったん?」
「付き合ってないですけど……先輩はそういうの気にしないタイプなんですか?」
「そういうのって?」
「一応俺たち男同士じゃないですか」


ズケズケと聞いてくるコタ兄にずっと感じていた疑問をぶつけた。俺もそういうのは気にしないが、あまりにも普通に聞いてくるから気になった。


「あー。俺何回か男に告白されたことあるし今更、って感じ」


平然と言うコタ兄はやっぱり格上の人だと思った。
確かに、カッコよさと可愛さの絶妙なバランスで成り立っているコタ兄の顔は、幅広い層に刺さりそうだ。


「先輩は付き合ってる人いないんですか?」
「どうだと思う?」


頬杖をついてニヤリと笑うその様子だけで雑誌の表紙が飾れそうだ。
俺はクリームソーダをストローで吸いながら言う。


「……さすがにいるんじゃないですかね。モテるし」
「へぇ〜。俺ナツくんにそう言うふうに思われてるんだ」
「で、実際はどうなんですか?」
「ここだけのヒミツだけど、実は……」


コタ兄が俺の耳元で小声で言おうとしたその時、バシンとコタ兄がしばかれた。


「いってー。なにすんだよ、フジ」
「こっちのセリフ。いつまで油売ってんの」


コタ兄が、フジ、と呼んだ人は、コタ兄と同様執事服に身を纏っていた。おそらくコタ兄と同じクラスなのだろう。ミルクティーみたいな色の猫っ毛を程よく遊ばせ、縁の薄い丸い眼鏡をかけている。多分、視力が悪いとかのやつじゃなくて、オシャレのやつだ。そしてなんと言っても顔が良い。コタ兄と引けを取らないルックスで、まわりの視線が一気に集まっているのを感じた。
フジ先輩は、チラリと俺に目をやると作ったような笑みで口を開いた。


「中学生?」
「高校2年生ですけど」


控えめに言ってこの人の第一印象は最悪だ。キッとフジ先輩を睨む俺の後ろでコタ兄が大爆笑している。俺のコタ兄に対しての印象も下がった。


「こいつは藤野千隼。もう俺ら3年は引退したけど、バスケ部の元副キャプテンが、フジ」
「……羽田夏弥です」


笑いながら紹介するコタ兄を一瞥しながら、頭を下げると、そこにポンと手が乗った。どうやらフジ先輩の手のようだ。


「ごめんね、なつみん」
「いえ、慣れてるんでいいですよ……てか、なつみんってなんですか」
「え?あだ名。可愛くない?いや?」
「別に良いですけど…」


イケメンはみんな距離の詰めかたが異常だと思う。
名前の後に「ん」をつけるだけであだ名になるのか。新しい発見だ。
俺につけたあだ名に満足したのか、フジ先輩は話を戻すように口を開いた。


「レン。お前ご指名大量なんだから、さっさと仕事しろ」
「えー、もういやなんだけど。てか、フジはいいの?俺が大量に指名されてんの」
「……無駄口叩かない。はい、ほら、あっちのテーブル」
「ちぇ。またね、ナツくん」


コタ兄は俺に手を振ると、フジ先輩に押されるがままに指名が入っているテーブルに歩いて行った。
ていうか指名ってなんだよ、ホストかなんかなのか?
クリームソーダの底にたまったアイスクリームをストローでどうにかして吸っていると、コタ兄を送り届けたフジ先輩が戻ってきた。


「なつみんそれ飲めた?下げようか」
「お、お願いします」


フジ先輩の掴めない雰囲気に怯えながら頭を下げた。  空になったグラスを下げてくれた後、フジ先輩は俺の席の対面に座った。


「聞きたいんだけどさ、なつみんはレンとどういう関係?」


そう言って俺を見つめるフジ先輩は笑顔は浮かべているはずなのに、目が笑っていなかった。謎の寒気を感じる。


「えっと……コタ、ってわかりますか?蓮介先輩の弟の」
「あー。こたろうね。知ってるよ、昔から」
「そのコタと仲がいい、って感じですかね。そこから蓮介先輩と知り合いました」


フジ先輩の顔色を伺いながら説明する。どこか張り付けたような笑みを浮かべるフジ先輩が、なにを考えているかわからない。


「そういうことかー。ごめんね、引き留めて」
「いえ……」


フジ先輩はぽん、と手を打った。どうやら納得してくれたらしい。


「レンに言い寄る男結構多くてさ。なつみんのこと、ちょっと警戒した」
「なるほど」


モテる男も大変だな、と思う。どうやらコタ兄は周りを巻き込むレベルらしい。


「フジー。そろそろナツくん解放してあげてー」


遠くから俺とフジ先輩をみていたコタ兄が言う。
確かにずっとここに居続けるのも迷惑だろう。


「じゃあ俺はこの辺で」
「うん。またね」


フジ先輩にぺこりと頭を下げ、教室を後にした。



ーーーー



「腹減った……」


昼時だからなのか、お腹が鳴り止まない。
文化祭なら大体どのクラスかはやっているだろう、とあたりをつけて探すと、目当ての教室を見つけた。
看板には「焼きそば」と書いてある。
教室に入ると、そこまで人は並んでいなかった。
列に並び、自分の番になる。


「焼きそばひと……」
「焼きそば2つで!」


後ろからヌッと手が伸びてきて驚く。
勢いよく順番を抜かされて、思わずそちらを振り向いた。


「え、コタ?」


なんと後ろにいたのはコタだった。
俺が戸惑っている間に支払いを済ませると、焼きそばが入った袋を持って、俺の手を取った。


「一緒に食べましょ」
「え、ちょっ……」


手を引かれるがままにコタについていく。
着いたのは屋上だった。


「なんでコタあんなとこいたんだ?」


俺がそう聞くと、コタはきょとんとした顔で答えた。


「だってあそこおれの教室ですもん。先輩おれに会いにきてくれたんじゃないんですか?」


悲しそうな顔を浮かべられては、「焼きそば」という文字に釣られただけ、とは言えなかった。なんとか話題を逸らす。


「……あ、てか店番は?」
「もう終わりました。ちょうど先輩が来た時ぐらい?」


良いタイミングで俺が来たらしい。コタは話しながら、俺に焼きそばと箸を手渡した。
陰になっているところに座り、プラスチックの蓋を開ける。その隣にコタも座った。


「おれが店番の間、先輩はなにしてたんですか?」
「あー……コタ兄に拉致られてた?」
「はぁ!?なにしてんだあのクソ兄貴!」


立ち上がって屋上を出ようとするコタを慌てて止める。


「そんなことより、腹減ったんだけど」
「はぁ……そうですね、食べましょ」


コタはため息をついて俺の隣に座った。
どうやら引き留められたらしい。ほっとして焼きそばを口に含む。


「なにかされませんでしたか?」
「特には。喋ってただけだよ」


コタのコタ兄への信頼はないのだろうか。と、苦笑する。


「あ、あとフジ先輩とも」
「フジ先輩かぁ……」


名前を出した途端、コタが頭を抱えた。なにか都合の悪いことでもあるのだろうか。


「……変に絡まれませんでした?」
「んー。コタ兄とどんな関係だ、って聞かれたぐらい?ちょっと怖かったけど」
「あー……」


想像がつく、という風にコタが頷いた。ということは、フジ先輩はあれが通常運転なのだろう。


「あの人、兄ちゃん絡みになるとめんどくさいんで、気をつけてくださいね」


諭すように言うコタに頷いた。身近な人からの忠告は素直に受け取った方が良いだろう。

焼きそばを食べ終えて、ゴミを袋に入れる。
そういえば俺、コタにお金渡してない。


「コタ、焼きそばのお金」


そう言って財布からお金を取り出そうとする俺を、コタが手で制した。


「いいですよ、このくらい。お化け屋敷付き合わせちゃったんで」
「いや、別にそれは……」
「先輩かわいかったんで、見物料的な?」


ニヤッと俺を見るコタに、顔が熱くなる。
後輩に弱みを握られるなんて、先輩としてどうなのだろうか。


「そういえば、先輩は店番あるんですか?」
「確か……15時から」
「あと2時間ぐらいありますね」


スマホで時間を確認しながらコタが言う。
首を傾げて、俺の顔を見る。


「どうします?どこか回りますか?」
「んー」


曖昧に返事をしながら、隣に座っているコタの肩に頭を預ける。


「先輩?」
「腹いっぱいだし、なんか疲れたから寝る」


満腹感と、コタ兄とフジ先輩と話したことと、お化け屋敷で疲れたのか、眠気が最高潮だ。


「あ…でも、コタがどっかいきたいんだったら、いっていいよ……」


かろうじてコタの肩から頭を起こし、コタに言う。さすがに俺のわがままでコタが行きたいところに行けない、というのは避けたい。


「おれが先輩置いていけるわけないでしょ。ほら、寝てて良いですよ。時間になったら起こすんで」


コタはそう言って、俺の頭を撫でて自分の肩に寄せた。
ありがたく使わせてもらおう、と俺は目を閉じた。



ーーーー



優しく揺さぶられて、意識が浮上する。
ゆっくりと目を開けると、ニコニコと笑う顔が目に映った。


「起きました?」
「んん……」


起きてすぐにこの眩しい笑顔はキツい。また目を閉じると、頭を優しく撫でられた。


「夏弥せんぱーい。そろそろ起きないと店番ですよー」


コタは俺を起こそうとぎゅうぎゅうと抱きしめてくるが、逆に温かくてまた寝そうになる。


「せんぱーい、みせばーん」


ゆらゆらと揺らされると、また眠気を助長する。
こいつ、起こすふりしてまた寝かせようとしてる?
と、的外れにも程があるような推理をしたところで、ゆっくりとコタの体を押した。


「おきた……」
「おはようございます」


目をこすりながらコタを見上げると、コタはニパッと笑った。


「思ってたんですけど、先輩ってよく寝ますよね」
「そうか?」
「だってほら、プール掃除の時も大会の時も寝てたじゃないですか」
「たしかに……」


言われるとたしかに、コタといると寝ていることが多い気がする。


「それに、最近は昼休みに一緒にご飯食べた後も寝てるでしょ」
「ぐっ……」


どうしてもお昼ご飯を食べた後は眠くなってしまう。今までは教室で机に突っ伏して寝ていたが、コタと過ごすようになってからはその机の役割をコタが担っていた。


「悪い……これからは気をつける」


さすがに後輩をそのように使うのは気が引ける。


「いいですよ、気にしなくて。先輩がおれに心開いてくれてんだなぁー、って実感するんで」


コタはそうあっけらかんに言い、ニコッと笑った。
ふと考える。たしかに最近はコタに肩を借りて寝ているが、コタと一緒に過ごすまでは今ほどではなかった気がする……


「コタが隣にいると、なんか安心するんだよなぁ」


多分これが答えだろう。自分より背が高くて、包容力がある人間が隣にいたら、誰でもこうなる気がする。
ぼそっと呟いて隣に目をやると、目を見開いて固まっていた。


「コタ?」


首を傾げて顔を覗き込むと、コタはパッと我に返ったと思った次の瞬間、抱きついてきた。


「うおっ」
「どうしよ……先輩がかわいすぎておれどうにかなっちゃいそう……もう結婚します?」
「なんでだよ」


軽口を叩くコタが俺から離れるのを待ち、立ち上がる。


「じゃあ店番行くわ。肩ありがと」
「はい。行ってらっしゃい」


満面の笑みで俺を見送るコタに苦笑しながら、屋上を出た。



ーーーー



「店番次俺だから変わるわ」
「羽田、サンキュー」


クラスメイトと交代し、教室の入り口に設置してある椅子に座る。男女2人1組で店番をするらしいので、隣にいる女子も交代していた。


「羽田が一緒なんだ!店番の時間短いけどよろしく〜」
「おー」


俺のペアは赤木という女子だった。確か女子バスケ部の部長だった気がする。悔しいことに、俺よりも背が高い。

店番、といっても俺のクラスは教室を迷路にしただけなのですることはそんなにない。
男子が来た人数をカウント、女子が入場券を渡す、という仕事内容だ。
パラパラと来る人数をカウンターで数えていると、赤木が口を開いた。


「そういえば羽田って、蓮介先輩の弟と仲良いんだっけ」
「あー、うん」
「いいなぁ。紹介してよ」
「なんでだよ」
「だってイケメンだし!まだ一年だからあどけない感じだけど、あれ成長したら化けるよ?」


鼻息を荒げていう赤木に苦笑する。それに、と赤木は付け加える。


「もし蓮介先輩の弟と付き合えたら、自動的に蓮介先輩とも知り合えるじゃん」
「…え?そんな理由で?」
「みんなそんなもんだって。だから狙ってる人意外と多いんだよ?蓮介先輩は雲の上の人すぎて無理、ってなるけど、弟くんだったらわんちゃんいけるかもって」


その言葉に絶句する。
恋とか好きとかよくわからないけど、そんなもん?
みんなはコタのことをコタ兄と知り合うための手段としか見ていない、ってこと?

色々疑問は湧いてくるけど、それと同時に怒りも湧いてきた。


「……悪いけど、コタのことそういう風にしか思ってない人に紹介はできない」


コタのこと、大して知りもしないで、語って欲しくなかった。きっぱりと言ってしまい、ハッと気づいて隣を見る。


「羽田って怒るんだねー。ごめん、たしかにこの言い方はなかった」
「いや、俺こそ……」
「人来たよ。羽田、仕事」
「…あぁ、うん」


そこからは特に会話もなく、1時間の仕事を終えた。



ーーーー



店番の時間が終わると、それを待ってたかのようにコタが俺の元へ来た。


「先輩ー!お疲れ様です」
「おー」


俺の様子を見たコタが、眉を顰めた。


「先輩、元気ないですか?」
「……そんなことねぇよ」


鋭いコタに、慌てて取り繕った。
コタの眉間の皺が一層深くなる。コタははぁーっと息をつくと、俺の手を取った。


「屋上行きましょ」
「え?」


俺の手を掴んで歩き出す。促されるまま着いていき、1時間ほど前までいた屋上に戻ってきた。


「コタ、急にどうし……」


最後まで言う前に、コタがぎゅっと俺を抱きしめた。


「なにして……」
「ハグしたら、ストレス軽減するらしいですよ」
「……ふーん」
「なんか嫌なことありました?」


優しい口調で言われると、どうしても言わないとダメな気になる。
でも、これを言ってしまったら、コタが傷つくかもしれない。だから。


「…………忘れた」
「まじ?ハグの効果やばいですね」


頭の上で笑うコタは、多分わざと明るく振る舞ってくれているのだろう。コタだって知りたいはずなのに、無理に聞き出さない。こういうところが、安心する一因なのかもしれない。


「……コタ、誰かと付き合うときは、ちゃんと俺に報告しろよ」
「?先輩としか付き合う気ないんで、大丈夫ですよ」


俺の気も知らないで、コタは素っ頓狂な声で言う。
コタが、なにかの目的のための手段として使われるのは俺が許せない。
コタと付き合うのは、ちゃんとコタと向き合って、コタだけを見ることができる人にしてほしい。

…でも、そんな人ができたら、こうやってコタと過ごすこともなくなるのだろうか。
それは少し寂しいから、まだ俺のことを好きでいてほしい。
2つの矛盾した気持ちがあることに気づいて、こんなわがままな先輩でごめん、と心の中で謝った。



ーーーー



日が暮れると、後夜祭が始まった。
中庭にはステージが設置され、有志の人たちがパフォーマンスをする。後は花火が上がったりと、割と盛り上がるのだ。

俺とコタは性懲りも無く、まだ屋上にいた。
中庭のステージに人が集まるからか、屋上には俺たち以外だれもいなかった。


「中庭行かないでいいの?」
「行きたいですか?」
「いや、別に……」


いつかコタに恋人ができるまでの限られた時間、少しでも一緒にいられたらいいなぁ、と思ったから。というのは言わないでおく。


「あ、花火上がるみたいですね」


コタのその言葉通り、数秒後に花火が上がりだした。
花火大会などの花火よりは小さいが、十分迫力があった。
キラキラと光る花火に照らされたコタの顔は、あまりよく見えない。こんなとき、もうちょっと背が高かったら良かった、と感じる。


「夏弥先輩」
「ん?」
「来年もここで一緒に見れたらいいですね」


そう言って俺を見据えて、ニコッと笑った。


「……そうだな」


コタが、来年も俺と過ごすことを疑いもなく考えていることが、なぜかすごく嬉しかった。


「あ、笑った」


コタは俺の顔を見て無邪気に笑う。
その笑顔に胸がドキンと高鳴った。


「先輩は笑った顔が1番かわいいですよ」
「……うるせぇ」
「あれ!?先輩照れてる!?」
「照れてない」


日が落ちてて良かったと心から思う。
さすがに真っ赤になった顔は後輩に見せられない。

花火も、うるさい心臓の鼓動を誤魔化してくれているようだった。

来年も、一緒に見たいなと、漠然とそう思った。