シュート決めたら付き合って!!



「せんぱぁい」
「体重かけてくんな、重い」


6限の体育が終わった後、いつものように体育館の片付けをしていると、コタが俺のところへやってきた。
コタはこの後部活らしく、部活着を着ている。


「先輩、バスケ教えてくださいよー」
「やだよ。なんで俺なんだよ」
「先輩バスケ上手じゃないですか」
「……知らねぇよ。やったことないし」


嘘をつくのはもう慣れた。あんな記憶を思い出すぐらいなら、大分マシだ。


「俺なんかより、部活の先輩とかに聞いたら?」
「夏弥先輩がいいんですぅ」


なかなか譲らないコタにため息をつく。
ふと、前にコタが言っていたことを思い出した。


「てか、前にもう部活やめようかな、って言ってただろ?なんで急にやる気になったんだよ」
「それは……」


急に言い渋ったコタにずいっと近づく。
じっと目を見つめていると、その目線に折れたのか、口を開いた。


「……兄ちゃんに煽られたんですよ」
「え?コタって兄ちゃんいんの?」


初情報だ。だから年上との会話に慣れているのか。と少し納得する。


「いますよ……2個上なんで高3で、バスケ部のキャプテンです。ちなみに大学3年の姉もいます」


苦虫を噛み潰したような顔で言うコタに笑ってしまう。その様子から、パワーバランスは見て取れた。


「その兄ちゃんに煽られたんだ」
「はい……『お前背が高いだけで何にもできねぇな。ゴリラの方がマシだわ』って。背が高いだけってひどくないですか?」


どちらかと言うと、背が高いのよりもゴリラと比べられた方が嫌な気がするんだけどな。と思ったが、それはゴリラに失礼だ。


「だから兄ちゃんをぎゃふんと言わせたいんですよ!先輩、特訓付き合ってください!」
「えぇ……」
「お願いします!」


コタはガバッと頭を下げる。
そこまでされると断り辛いじゃないか。
はぁっとため息をついて、口を開いた。


「わかったよ。コタ兄は3年だよな?次の夏の大会で引退?」
「そうですよ」
「じゃあそれまでな」
「ありがとうございます!」


コタは散歩に行く犬のようにぱあっと笑った。ぶんぶんと振っている尻尾が見えた。



ーーーー



「まずはゴール下からだ。背が高いやつはリバウンドとかゴール近くにパスされたボールをシュートすることが多い。だからそこを徹底的にやる」
「はい!」


それから2週間、俺とコタの特訓は始まった。
授業が終わったら、体育館に集まって、コタの部活が始まるまで練習する。そういう流れだった。

コタは運動神経がいい方で、教えたことはすぐに覚えた。とはいえ、付け焼き刃であるため、まだ粗さが残っている。


「手首のスナップを意識しろ。そんなんじゃいつまで経っても上手くならないぞ」
「はい!」


汗を流しながらシュートを打つコタに、懐かしさを感じた。俺も、こうやって練習してたな。そう思うと、胸がズキンと痛んだ。
俺はその痛みを見ないように、コタに目線を移した。


「いよいよ明日だな」
「そうですね。おれはベンチですけど、もしかしたら試合出されるかもしれないんで」
「全然その可能性はあるだろ。気抜くなよ」
「わかってますよ」


真剣な表情でコタは頷いた。これなら心配要らなそうだな。それよりも、とコタは続けた。


「先輩、明日来てくれるんですよね?」
「え?あ、いや……」
「こんだけ付き合ってくれたのに、見に来てくれないんですか?」
「えっと、俺は、その……」
「とにかく、明日の朝10時から隣町の市民体育館でやるんで、来てください」


コタはそれだけ言うと、いまから部活なんで!と去って行った。
隣町の市民体育館か……
あそこにはいい思い出がない。いや、いい思い出がない、というよりかは悪い思い出しかない、と言った方が正しいだろう。
グッと唇を噛み締めた。



ーーーー



次の日、土曜日ということで、隣町に向かうバスの中も少し人が多かった。昨日しつこくコタから電話やらメッセージをされたせいで、しぶしぶ行くことを了承したのだ。

バスに30分ほど乗り、体育館の前に着いた。
俺の時のほとんど変わらないその様子に、あの時の記憶が鮮明に思い出された。

“さすがにやりすぎだろ〜”

“いや、あれぐらいやらないとアイツ折れないじゃん笑”

“あー、マジおもれぇ。傑作だわぁ”

“清々するな笑”

あの時のチームの仲間の俺を嘲笑っている様子が脳裏に焼きついて離れない。

声が頭の中に反響して、思わず耳を塞いだ。

目を閉じ、大きく息を吐いて、なんとか自分の心を落ち着かせようとする。

だが、7月中旬の直射日光と足元のコンクリートに反射する暑さに、なかなか上手くいかなかった。


「くそっ……」


小さくそう呟く。
しばらくじっと立っていたが、それも限界が来て、その場に座り込んだ。

地面と近いからか、さっきよりも暑く感じる。

体から汗が吹き出して止まらない。

アイツらの張り付いた笑みと言葉が、思考だけでなく体も、少しずつ、でも確実に蝕んでいった。


誰か───


「大丈夫?」


誰かの影が俺を覆った。ゆっくりと顔を上げると、同い年くらいの男が立っていた。
この顔、どこかで見たことあるような……


「水飲む?」


その人はどこからかペットボトルを取り出すと、俺と同じ目線になるように座り、俺に寄越した。


「開けてないから安心して」
「あ、ありがと…ござ…ます……」


暑いのになぜか震える手で受け取り、開けようと手をかける。が、なかなか上手く開けられなかった。


「ん、貸してみ」


その人はそう言うと俺の手からペットボトルを取り、パキッと開けた。


「はい。ゆっくりでいいから、ちゃんと飲んで」


俺は大人しく頷くと、ペットボトルに口をつけた。
冷たい水が体中に巡って、体温が下がっていく感じがした。


「飲めた?んじゃ、ここ暑いから移動しよ」


その人はそう言うと、少し離れたベンチまで俺の手を引いた。ちょうど木陰になっていて、日光を遮ることができる場所にあった。
そこに腰掛けると、俺はその人に頭を下げた。


「ありがとうございました。水も貰っちゃって……あ、お金返します」
「いーよ、このくらい。まだ予備の水弟に持たせてるから」


そう笑った顔に、既視感があった。
さっきは余裕がなかったが、いざちゃんと見るとこの人が着てるのってうちの学校のユニフォームじゃ……
そう思った矢先。


「兄ちゃん、どこ行ってんだよ……って、先輩!?」


聞き覚えのある声が聞こえてハッと振り向いた。


「コタ?」
「あれ、2人知り合いだったん」


コタの兄らしい人は俺たちを交互に見た。
コタは慌てたように駆け寄ってくる。


「なんで兄ちゃんと先輩が一緒にいんの!?」
「うるせー。ちょっと声のトーン下げろよ」


大声で騒ぐコタにコタ兄がシッシッと手を振った。
性格は全然違うようだが、顔のパーツはよく似ていた。


「じゃあこたろーがよく言ってる夏弥先輩って、君のことか」
「あぁ、はい」
「俺はこいつの兄の京原蓮介。蓮介って呼んでくれたらいいよ。よろしく、ナツくん」
「は、はぁ」


差し出された手をおずおずと握ると、コタ兄はフッと笑った。
なんというか、この兄からはモテそうオーラが滲み出ている。


「ちょ、ちょっと!兄ちゃんは先輩と仲良くしないで!」
「だからさっきからうるさいって。ナツくんさっき体調悪そうだったから静かにしろよ」
「え、そうなの!?先輩大丈夫!?」


コタはそう言って慌てて俺の隣に腰掛ける。
ベンチの背もたれにもたれることでギリギリ座れている俺を、コタはおろおろと見つめていた。


「ナツくん、コタに寄りかかっときな。そのまま座ってるのキツそうだし」
「いやでも……」
「試合始まるまでまだ時間あるし、それまで」


コタ兄の言葉に隣のコタが大きく頷く。
両隣から圧をかけられると流石に断れないな、と思いおそるおそるコタの肩に頭を預けた。


「寝てていいですよ。会場入れる時間になったら起こすんで」
「それは流石に……」
「寝てください」
「……はい」


有無を言わさぬ圧に負けて、言われた通りに目を閉じる。木陰だからか、風が涼しくて心地よかった。
思っていたより疲れていて、眠りに落ちるまでそれほど時間はかからなかった。



ーーーー



「……ぱい。夏弥先輩」
「んん……」


優しく肩を揺らされて、ゆっくりと目を開ける。
ぼやっとしている目を擦って、隣を見上げた。
ニッコリと笑うコタが目に映った。いつのまにかコタ兄はいなくなっていた。


「起きました?」
「ん……おきた….」
「そろそろ試合始まるんで行きますね。もし体調悪かったら、無理せず帰ってください」


コタはそう言うと、少し寂しそうな顔で、俺の頭を撫でて立ち上がった。
そのまま歩いていこうとするコタを慌てて止めた。


「ま、まて……」
「?どうしたんですか?」
「が、がんばれよ」


人を応援することはあまり慣れていないので、少し気恥ずかしい。でも、このまま寂しそうなコタを見送るわけにはいかなかった。
コタは一瞬驚いた後、ふわっと笑った。


「はい。頑張ります」


その笑顔に、不覚にもドキッとした。
なぜか鼓動が高鳴る心臓を必死に抑えた。



ーーーー



宿命、というやつか。
コタのチームが試合をするコートは、あの時の俺と同じだった。
コートを上から見れる客席に入り、息を吐いた。
大丈夫だ。今はあの時と違う。
そう自分に言い聞かせるので精一杯だった。
コタを探すと、ベンチの端に座り、どこか緊張していた。
それもそうか。初めての試合だもんな。
コタの緊張がほぐれることを祈りながら、もうすぐ始まるであろうコートに目を向けた。
五人ずつ向かい合って立っている。これからジャンプボールのようだ。
1番背の高い選手が跳び、ボールを味方の方へ弾き、コタのチームの人がそれを受け取った。
よく見るとコタ兄のようだ。
さすがキャプテン、と言うべきか。ボールを持つや否やすごいスピードで走り出した。
1人、2人とドリブルで追い抜き、あっという間にゴールに叩き込んだ。
俺の前にいた観客の女子たちが黄色い悲鳴をあげる。


「やっば!蓮介カッコ良すぎでしょ」
「それなー!イケメンだし運動できるし最強でしょ」


俺の見立ては間違っていなかったようだ。
コタ兄は女子人気がすごい。

それからもコタ兄の勢いは止まらず、86-58、ほとんど30点差をつけて、最終クォーターまできた。

さすがに最後まで走り続けると体力の消耗が激しい。
疲れによる隙をつかれないようにここで少し交代したいところだ。
そう思っていると、案の定、交代が入った。


「うお、まじかよ……」


俺は頭を抱えた。その理由は簡単だ。
そこで交代として選ばれたのがコタだったからだ。
残り時間5分。耐えきればこちらの勝利だ。30点差もついていたら逆転負けもほとんどないだろう。
だが、そんなことを気にしていられる余裕はないように見えた。


「大丈夫か?あいつ……」


顔の表情も、体の動きも遠目で見ても分かるほど固い。
練習をしてきた分、緊張するのも無理はない。
それを察したのか、コタ兄もコタに駆け寄り、何か話しかけている。さすがキャプテンだな。
俺の時は……と過去の記憶を掘り起こそうとして慌てて頭を振った。

コタ兄の声かけも虚しく、緊張でガチガチのコタは清々しいほどにチームの穴になっていた。
さすがにまずいと思ったのか、監督がタイムアウトを取った。
コタは何かを言われてガバッと頭を下げていた。
あれだけ練習したのにな。と少し可哀想になる。


ここからだったら届くだろうか。


立ち上がって、息を大きく吸い込んだ。


「コタ!」
「先輩!?」
「緊張しすぎ。ちゃんと練習したんだから、大丈夫だよ。それとも俺が教えたこと信用できない?」
「そんなことないです!」


真っ直ぐな目で俺を見るコタに、自然と笑みが溢れた。


「コタならできるよ。頑張れ」
「……っ、はい!」


首を大きく縦に振るコタは、もう心配する必要はないように思えた。

タイムアウトが終わり、コートに戻ったコタに、緊張の色は見えなかった。
残り2分。90-72、少し点差を詰められている。
しっかり守りきればコタたちのチームの勝利だ。

落ち着くと、普段よりよく周りが見える。
相手やボールの位置はもちろん、ボールがどこに渡るのか、手に取るようにわかるのだ。
コタもそうなったのか、今までコタを穴にして攻めていた敵の裏をついた形でパスを止める。
そのまま自陣に走り込んだ味方にパスすると、そのままシュートを決めた。
コタは自分が決めたわけでもないのに、目を輝かせて喜んでいるようだった。
自分のアシストで点数が入ると嬉しい、という感情に懐かしさを感じた。

そこから相手は思うように攻められなくなり、試合終了の笛が鳴った。97-74。最終的に23点差で勝利だ。


「先輩ーー!!」
「うおっ。急に抱きつくなよ、暑いから」


体育館の外に出ると、前からコタが抱きついてきた。


「勝ちましたよ!」
「ん。おめでと」
「へへ」


嬉しそうな顔で笑うコタに思わず顔が綻んだ。
するとコタの後ろからコタ兄がひょこっと顔を出した。


「お前は一点も決めてねぇけどな」
「兄ちゃんうるさい」


コタは威嚇するようにコタ兄を見つめる。
コタ兄は鬱陶しそうに俺に目線を移した。


「ナツくんが特訓してくれたんだっけ」
「あぁ、まあ」
「バスケとかやってんの?よかったらうちの部活に…」
「やってないです」


コタ兄の話を遮ってそう言った。


「……ふーん。そうなんだ」


コタ兄は訝しげに俺を見たが、それ以上はなにも言ってこなかった。
気まずくなった雰囲気を変えるようにコタが口を開いた。


「ていうか先輩、体調大丈夫ですか?」
「あぁうん、大丈夫。緊張してたコタの方が顔色悪かったし」
「ちょっと、そんなとこ見ないでくださいよ……」
「コタが見に来いって言ったんだろ」
「それはそうですけどぉ……先輩にカッコ悪いとこ見せたくなかったのに」


口を尖らせるコタに思わず笑ってしまう。
眉間に皺を寄せて顔が渋くなったコタに、笑いながら言う。


「ちゃんとカッコよかったよ」
「ほんとですか!?じゃあ付き合ってくれます!?」
「なんでそこで付き合うことになるんだよ」
「ちぇっ〜」


コタは不機嫌になったと思ったら、切り替えるようにぱっとこっちを見た。


「先輩のおかげで今日勝てたんでお礼させてください」
「お礼ってなに?」


お礼されるほどの事はしてないんだけどなぁ。と思いながらもコタの言葉に耳を傾ける。


「一緒に出かけましょ」
「出かける?」


「デートです!」


そう言って笑うコタは昼間の太陽より眩しくて、俺は目を細めた。