シュート決めたら付き合って!!



冬の大会から、3日が過ぎた。
あの日以来、俺はまだコタと話していない。
伝えるべき言葉を、胸の中で何度も何度も温めて、完璧な覚悟にするために。

放課後。
夕暮れのチャイムが響く中、仲川が俺の横に立つ。


「夏弥、今日俺部活ないんだけど一緒に帰る?」
「あぁ……いや、コタに会ってくる」


仲川の目を見てそう言うと、仲川は一瞬驚いた表情を浮かべた後ニッと笑った。


「そっか。頑張れよ」
「うん。ありがと」


深くは聞いてこない仲川の気遣いが少しくすぐったい。
仲川にお礼を言って教室を後にした。

階段を上がり、1年の教室に向かう。
コタの教室──1年3組の教室を軽く息を吐いてから覗いた。


「あれ、夏弥先輩?」


ドアから顔を覗かせた俺を呼ぶ声がしたかと思うと、柔らかい笑みを浮かべた逢坂が駆け寄ってくる。


「珍しいですね、先輩が来るなんて。何か用ですか?」
「あ、えっと……コタっている?」


俺がそう聞くと、逢坂は「あぁ」と納得したように声を上げた。


「胡太郎ならさっき体育館行きましたよ。部活はないけど自主練するって。急ぎじゃないなら、俺が伝えておきますけど……」
「ううん、大丈夫。自分で伝えるから。体育館な、ありがと」


お礼を言って、体育館に向かおうと逢坂に背を向けると、「夏弥先輩」と呼び止められる。


「胡太郎のこと、よろしくお願いしますね」
「うん。わかった」


俺はしっかりと頷いて、体育館へ歩き出した。



ーーーー



重い体育館の扉を、ゆっくりと押し開ける。
ギィと軋む音の向こう、夕日が斜めに差し込む誰もいないコートの真ん中に、コタはいた。
1人で黙々とドリブルをつき、ゴールを見上げている。
バウンドするボールの音、バッシュが床を鳴らす乾いた音。
そのどれもが、今の俺には眩しかった。


「コタ」


声をかけると、ボールをキャッチしたコタが弾かれたように振り返った。


「夏弥……先輩」


どこかこわばった表情をしているコタに、俺は小さく息を吐く。


「前の冬の大会、見てたよ。スリーポイント決めてたの。上手くなったな」


夏の大会では、一点も決めてなかったのに。
そんなことを思い出しながら、俺は続ける。


「だから、約束──告白の返事、しに来た」


シュート決めたら付き合って、なんて今どきの少女漫画でも見ないような告白に、俺は決意を固めていた。


「俺、本当はバスケしてた。4歳の頃から中学2年までずっと」
「背が低い分、他で補わないとって必死で練習して、中学ではエースもやってた」


悪い記憶が掘り起こされていくようなのに、不思議と落ち着いていた。


「でも、そんな俺をよく思ってない奴らがいて。中学の時にチームメイトにいじめられてさ。そこで辞めた」
「それから、バスケを避けるようになって。だからコタにもバスケしたことないって嘘ついてた。もう、思い出したくなかったから」


思い出したくなかったのは、バスケじゃない。いじめられて、何もできないまま逃げた自分の惨めさだ。


「ごめんな、コタ。今まで嘘ついてて」


そんな俺の話を、コタは黙って聞いている。


「俺は、そんな人間なんだよ。嫌なことから逃げて、嘘ついて。大切なことからはいつも目逸らして」
「だから、こんな俺とコタは一緒にいるべきじゃない」


いつも真っ直ぐに突き進んで、受け止めてくれて。
そんなコタが、あまりにも眩しくて。
だからこそ、逃げ続けてばっかりの俺が隣にいていいわけないんだ。


「──そう、思ってたんだけど」


俺はコタの目を真っ直ぐ見つめた。


「でも、どうしても俺はコタの隣にいたい。誰かがコタの隣にいるなら、それは俺がいいし、俺じゃなきゃ嫌だ」


コタの隣にいたいなら、コタみたいに真っ直ぐ向き合わなきゃいけない。
過去の出来事にも、今の自分の気持ちにも。
俺は大きく息を吸ってコタを見据える。


「だからさ、コタ──」


「シュート決めたら付き合って!!」


「は?」


俺はコタに近づき、呆然としているコタの手元から、すっとボールを奪い取った。


「え……先輩?」


手の中にあるボールの感触は、驚くほどしっくりと馴染んだ。
コタはきょとんとした顔で、俺の動きを目で追っている。

俺はボールを両手で持ったまま、スリーポイントラインの真上へと移動した。
夕日に照らされたコートの上で、ゴールを見上げる。


「ちょ、ちょっと待って……!夏弥先輩!」


コタの制止も聞かず、俺はボールを手元でスルスルと回す。
コタだって、一番最初の時俺の話聞かなかったし。
お互い様だ。

大きく深呼吸をしたあと、俺は身体を沈め、流れるような動作で跳躍した。
体に染み付いた記憶のまま、指先からボールを放つ。
俺の手を離れたボールは、オレンジ色の夕光を浴びながら、美しい放物線を描いて冬の空気を切り裂いた。

バサッ。

ボールはリングに一切触れることなく、吸い込まれるようにネットを揺らす。


「よし」


着地と同時に拳を握りしめたその瞬間、視界が急激に反転した。


「おわっ……!?」


凄まじい衝撃と共に、大きな身体が俺に突っ込んでくる。気付けば俺は、コタの太い腕の中にすっぽりと閉じ込められ、床に倒れ込んでいた。


「先輩、先輩……っ!」


抱きしめる力が強すぎて、骨が軋みそうだ。
見上げると、コタの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ落ちていた。


「なんで泣いてんだよ」
「だって……なんかダメな流れだったじゃないですか!隣にいるべきじゃないとか言うから……おれ頭真っ白で!それなのに付き合ってとか、もう意味わかんないですよっ……!」
「はは、ごめんって」


ほっとして、子供のように泣きじゃくるコタの頬に手を当てて親指でその涙を拭う。


「で、付き合ってくれんの?」
「……っ!もちろんですよ!」
「よかった」


俺は笑いながらコタの広い背中にそっと手を回し、その温かい体温を噛み締めるようにギュッと抱き返した。


「大好きだよ、コタ。返事遅くなってごめんな」
「……許しませんけど、許します。先輩が大好きって言ってくれたんで」
「……それだけでいいの?」
「え?」


間抜けた声をあげたコタの首に、俺は自ら腕を回した。
驚いて目を見開くコタの顔が、一気に近づく。
その唇に、躊躇わずに自分の唇を重ね合わせた。


「……っ!?」


コタの身体が、ビクッと大きく跳ねる。
夕日の差し込む誰もいない体育館の中で、コタの唇の柔らかさと、驚きで止まった熱い吐息だけが、驚くほど鮮明に脳裏に焼き付いた。

ゆっくりと顔を離すと、コタは完全にフリーズしていた。
さっきまで子供みたいに泣きじゃくっていたのが嘘のように、大粒の涙を瞳に溜めたまま、顔をこれ以上ないほど真っ赤に染めて固まっている。
その、見たこともない表情に、胸の奥がくすぐったくなった。


「はは、顔真っ赤」
「揶揄わないでくださいっ……!先輩、どこでそんなの覚えたんですか!」
「どこでもねぇよ。コタの顔見たらしたくなっただけ」


そう答えると、コタの動きがピタッと止まった。
その目の奥のギラつきに、俺は気圧される。


「……そういうこと言うの、本当にずるいです」
「え、あ──」


言うが早いか、コタの大きな手が俺の髪に滑り込み、後頭部をぐっと固定された。
今度はコタの唇が、容赦なく俺の唇を塞ぐ。


「ん……っ、」


心臓が跳ね上がる暇もないくらい、何度も角度を変えて唇を食み、吸い上げられる。
一度離れたかと思えば、俺が息を整える間もなく、すぐにまた柔らかい熱が押し寄せてきた。


「ちょ、コタ……待っ、んぅ、」


何度も重ねられるリップ音が、静かな体育館にやけに大きく響いて耳が熱い。

さすがに多すぎる。
肺の空気が足りなくなって、コタの広い胸を両手で小突くが、びくともしない。
むしろ嬉そうにさらに深く喰らいついてくる。

ちゅ、と小さく湿った音がして、ようやく解放された時には、俺の息はすっかり乱れていた。
唇がじんじんと熱を持っていびつに痺れている。


「はぁ、おま……何回すんだよ……!」
「だって、先輩があんな可愛いこと言うのが悪いんじゃないですか。おれ、ずっと我慢してたんですからね? あ、もう一回していいですか?」
「調子乗んなっ!」


これ以上やられたら本当に腰が抜ける。
俺は真っ赤になった顔を隠すように、近づいてこようとするコタの額を手のひらでぐっと押し返した。


「うぇー、ケチ。付き合いたてなんだから、これくらい普通ですよ」
「普通じゃねぇよ! 部活のやつら来たらどうすんだ」
「今日自主練だけなんで誰も来ませーん」


にへら、と締まりのない顔で笑うコタは、俺の手に額を押し付けたまま、ずるそうに視線を上げて俺を見つめてくる。


「だから、ね?もう一回しよ?」


犬がキラキラした目でおねだりして来たら、勝てる人はいないだろう。
俺も、その一人だった。


「……一回だけな」


バウンドしたボールが、遠くで転がる音が聞こえる。
この静かな体育館で、確かに俺たちの想いは重なった。



ーーーー



それからしばらくして、ようやく落ち着いた俺たちは、2人で体育館の外へと出た。
すっかり日は落ちていて、冬の冷たい夜風が火照った顔に心地いい。


「あ、出てきた!」


正門へと続く道、街灯の下で寒そうに首をすくめて待っていた二つの人影が、俺たちに気づいて声を上げた。


「仲川、逢坂……? なんでここに」
「なんでって、京原に会いに行く、って聞いたらそりゃ気になるだろ」


仲川は呆れたように笑いながら、ポケットから手を出して俺の顔を覗き込んできた。


「……で? その顔を見る限り、うまくいったみたいだな」
「もちろんですよ!」


俺が答える前に、隣のコタが大声をあげて仲川の手を掴み、激しく上下に振った。
まだ目が赤いくせに、顔中をこれ以上ないほどの笑顔にしている。


「うわっ、お前暑苦しいな! 聞いてねぇよ、お前に!」
「仲川先輩ひどい!」


2人の言い合いに一種の懐かしさを感じると、俺の隣に逢坂が立つ。
逢坂はコタたちを見つめたまま口を開く。


「夏弥先輩、ありがとうございます」
「え?なにが?」
「胡太郎、大会終わってからずっとうわの空みたいだったんで」

逢坂はそう言うと、ホッとしたように目を細めて俺を見た。


「胡太郎のこと、これからもよろしくお願いしますね」
「あ、あぁ……うん。こちらこそ」


しっかりとした口調で言われ、少し照れくさくなりながらも頷く。
逢坂のコタを思いやる優しさが、じわじわと胸に染みた。


「おい京原、夏弥を泣かせたら俺が承知しねぇからな」
「泣かせません! 世界で一番幸せにします!」
「俺が知らない間になに言ってんだよ」


逢坂と話している間に、話がそこまで飛躍していた。
本当にこいつは油断も隙もない。
仲川は身震いをしてマフラーに顔を埋めると、早く歩けとばかりにコタの背中をぐいっと押した。


「ほら、寒いから早く帰ろうぜ。今日は京原の奢りでラーメンな」
「えっ、なんでおれの奢りなんですか!?」
「当たり前だろ、これだけ心配させたんだから」


また言い合いを始めたコタと仲川の後ろを、俺と逢坂が笑いながらついていく。
振り返ると、暗くなった体育館が静かに佇んでいた。

春に出会ったあの場所で、俺たちの、新しい季節が始まった。


おわり