シュート決めたら付き合って!!



昼休み、いつものように俺、コタ、仲川、逢坂の4人で屋上で昼ごはんを食べていると、俺の背もたれと化したコタが「あ、そうだ」と何かを思い出したように口を開く。


「先輩、今度の土曜日空いてますか?」
「空いてるけど…なに?」
「デート、約束したでしょ」
「あー。そんなんしてたな」


そんな会話をしていると、隣で弾んでいた仲川と逢坂の会話が止まった。その静けさが気になって2人の方を見ると、逢坂は口をポカンと開けていて、仲川に至っては箸で摘んでいた唐揚げがポロッと元の場所に落ちた。なんにせよ、2人とも呆然としているのには変わりない。


「え、なに。どした?」


俺がそう言うと、2人は止まっていた時が動き始めたかのように我に返った。


「いや、それこっちのセリフだからな!?」
「とうとう付き合いましたか?」
「付き合ってないけど……」
「「はぁ!?」」


俺の一言にすごい形相の2人が声を合わせる。
仲川ははぁーっと大きくため息をついて俺たち2人を指差す。


「なんだよその距離感!!文化祭あたりからなんか近くなってんなとは思ったけど、もうバグだろ!!夏弥は前まで『離れろ』とか言ってたのに、最近はなんなら自分から行ってるし!」


痛いところを突かれて押し黙る。確かに、最近コタに抱きしめられることに抵抗がない。そして、あの球技大会の一件以降、寝る時にどうしてもコタの安心感を求めてしまう。いつも昼ごはんを食べ終わったら仮眠をとっていたので、それならコタの近くにいようということで、俺からコタの近くに行くことが多くなった。コタも当然のように受け入れてくれるので、距離感はどんどん近くなっていた。


「しかも、デートってなんですか?もうそう言ってる時点で付き合ってますから。ていうか、夏弥先輩が着てるパーカーって胡太郎のですよね。あれですか、俗に言う彼シャツ的な?」


逢坂からも捲し立てられる。苦しい言い訳をする暇すら与えてくれないようだ。ちなみにパーカーは前の一件から何度か貸し借りしている。律儀に学校用と家用で分けて貸してくれているのだ。


「外野がなんか言ってますね」
「おいこら京原ぁ!無視すんな!」


コタが騒いでいる2人を一蹴すると、それに被せるように仲川が声を荒げる。


「まだ、付き合ってないだけなんで。ね、先輩」
「?おー」


とりあえず頷く癖は辞めた方がいいとはわかっているものの、どうしても反射的に頷いてしまう。


「夏弥、絶対わかってないだろ……」
「俺は夏弥先輩が心配ですよ……」


俺の様子を見て2人が肩を落とす。その通りすぎて何も言い返せず口を尖らせていると、「かわいー」と頭上のコタが俺の頬を触る。
冬になりかけ、という気候で少しずつ気温が下がってきているので、後ろから俺を抱きしめて座っているコタの体温が心地よい。


「先輩眠い?」
「んー」


俺の頬を触りながら言うコタに、曖昧に返事をしながら目を閉じる。
頭をコタの肩あたりに預ける。全体重を預けてもびくともしないので、優秀な背もたれだ。


「次の土曜日デートですからね。忘れないでくださいよ」
「はぁい」


大人しく頷いてそのまま眠りに落ちた。



ーーーー



次の土曜日。最寄りの駅に行くと、周りの人達の視線が一点に集まっているのが見えた。
その視線を辿ると、俺と待ち合わせをしていた相手はいとも簡単に見つかった。
柱に持たれるように立って、スマホをいじっている。それだけで様になるのに、その表情はどこかミステリアスで儚げだった。周りの人が目を奪われるのも無理はない。同じクラスの女子が、「確実に化ける」と言っていた理由がわかった。さすがあの兄貴の弟、とでも言うのだろうか、顔は幼さを残しながらも整っていた。
黙っていればモテるのになぁ。という感想を抱いていると、見過ぎたのか、俺の視線に気づかれた。


「先輩だ!」


俺を見つけるやいなや、パッと顔を明るくして駆け寄ってきた。お前は犬か、とツッコミたくなる。


「なんか今日イケメンだな」
「へへ。なんてったって先輩とデートですからね」


どうやら気合いを入れてきたらしい。身につけているものがいちいちおしゃれだ。本当に年下か疑いたくなる。
髪型も、ワックスでしっかりと整えている。隣に立つのが嫌になってきた。


「じゃあ、行きましょうか」


コタの言葉に頷いて歩き出す。目的地は近くの大型商業施設、いわゆるショッピングモールだ。俺の家からショッピングモールまでの中継地に最寄り駅があるので、ここで待ち合わせることになっていた。


「なにかしたいことでもあんの?」
「え、先輩とですか?キスとかしたいですね」
「そうじゃねぇよ。今から行くとこで何したいか、って聞いてんの」


口を開けばいつものコタで安心する。
コタはにひ、と笑って答える。


「それは行ってから決める」
「なんだそれ」
「いいでしょ、別に。先輩と行くならどんなことでも楽しいんです」


サラッと口説くのは辞めてほしい。そんなことを言われて上手く返せるほどのスキルはあいにく持ち合わせていない。


「あれ、照れてます?」
「…お前がそんなこと言うのが悪い」
「先輩を落とすためなんだから当然でしょ」
「だからっ、そういうこと言うのやめろって」


口説きスイッチが入ったコタには降参だ。肌寒い季節になっているというのに、顔は熱い。
そんなことを繰り返していると、ショッピングモールについた。


「先輩の家から割と近いですけど、よく来るんですか?」
「あー、あんま来ないかも。近くに住んでると逆に行かなくね?」
「たしかに」


たわいもない話をしていると、隣でコタのお腹が鳴った。恥ずかしそうにはにかんで俺の腕を引く。


「お腹空いたんで、どっかで食べません?」
「いいよ。俺も腹減った」
「じゃああそこの喫茶店みたいなとこ、入りましょ」


コタが指さしたのは、レストラン街から少し離れたところにある、レトロな喫茶店だった。


「ここ、あんまり人いないんですよ。大体みんなレストラン街かフードコートいっちゃうんで」


そう言って店のドアを開ける。ドアベルがカランカランと鳴って俺たちを出迎えているようだ。店内を見渡す限り、お昼時なのに5、6組ほどしかいなかった。


「いらっしゃいませ。ご案内します。どうぞこちらへ」


店員さんについて行き、席に着く。2人なのに、人がいないからなのかソファー席に案内された。腰を沈めると、ふかふかとした感触がそれを受け入れた。


「めっちゃふかふか」


対面に座っているコタに、ソファーの感触を示すように軽く跳ねて見せると、ふふ、と笑われた。まるで子供を見守る母親のようだ。俺の方が先輩なのに。


「先輩ここ来たことないんですか?」
「うん。いつもフードコートだから。こんな店あるの知らなかったわ」
「じゃあ先輩の“初めて”貰っちゃった、ってことか」


噛み締めるように言うコタに、恥ずかしくなる。
横に立てかけてあるメニュー表をとって、机に開けた。


「へ、変なこと言ってないで、早く注文するぞ」
「変なことじゃないですよ。他にも先輩の“初めて”くださいね」


なんか今日はやけに積極的だ。いつもだったら俺の言うことすぐに聞くのに。
そんなことを考えていると、コタが身を乗り出してきた。びっくりして顔を上げると、コタの人差し指が俺の唇に触れる。


「例えば、ここ、とか」


獲物を狙う肉食動物のような目に、どうすればいいかわからなくなる。
かろうじてその目から逃げて、顔を伏せた。


「は、“初めて”かどうかは、わかんないだろ」
「え、誰かとしたことあるんですか?ていうか、今まで恋人とかいました?その人とどこまで…まさか、もうセッ」
「あーもう!黙れっ」


さらに顔を近づけて、俺のことを問い詰めるコタの口を手で塞ぐ。ムスッとした表情のコタが俺を見つめる。


「な、ないからっ……今まで、キスもしたことないし、恋人もいたことない。わざわざこんなこと言わせんなっ…」


なんで俺は後輩にこんなこと言わされてるんだよ。
赤くなった顔を隠すように俯くが、いつもはうるさいコタが静かなのが気になっておそるおそる顔を上げた。


「じゃあ、俺が先輩の“初めて”奪い放題ですね」


頬杖をついてそう言いながらニッコリ笑う。
今日はいつもよりも顔が5割増しくらいイケメンに見えてしまうのだから、軽率にそういうことをするのはやめてほしい。


「コタ、お前なんか変。早くいつものに戻れ」


居心地が悪くなって、コタの頭をわしゃっと撫でる。髪の毛をセットしているとか関係ない。少しグチャグチャな方が落ち着くんだよ、俺が。


「いつもは先輩のペースに合わせてあげてるんですから、感謝してくださいね?」


コタは「もうまったく」と呟きながらソファーに座る。
なんだよ俺のペースって。いつも強引だろ。
そう心の中で愚痴を吐きながら口を尖らせていると、コタがフッと笑った。


「そんな可愛い顔してないで、早く注文してくださいよ」
「……くそのっぽが」
「急に悪口じゃん」


今日のコタからは余裕が溢れている気がする。ますますコタ兄に似てきた。これじゃあモテモテまっしぐらだな。

モヤッ


「ん?」


急に心の中にモヤモヤが現れて戸惑う。


「どうかしました?」
「い、いや。なにも」


一瞬感じた違和感を振り払うように頭を振った。


「決めました?」
「あ、うん。パスタにする」


とりあえず目についたパスタにした。反射で選んだが、よく見たら美味しそうだ。


「おれはー、オムライスにする」


コタは同じページに書いてあったオムライスを指さした。
デミグラスソースがかかったオムライスで、これも美味しそうだ。


「他になんか頼みます?デザートとか」


そう言って、コタはデザートのページを開く。
ショートケーキやワッフルから和菓子まで幅広いデザートが載っている。


「パフェ美味そう……」


俺が呟くと、コタはフッと笑う。


「じゃあパフェも頼みましょ」
「でも食べきれないかも」
「残った分はおれが食べますよ。好きなだけ頼んでください」
「じゃあパフェも……」
「わかりました」


そう言って笑い、コタは近くの店員さんに声をかけた。
コタが注文している間に、水を一気に飲んで顔を冷ます。コタの一挙手一投足にいちいち顔が熱くなってキリがない。
注文が終わると、コタはパタンとメニュー表を閉じた。


「食べた後はどうしますか?なんかしたいこととかあります?」
「いや特には…」
「じゃあ映画観ません?」
「映画?なにか観たいのあるん?」
「面白そうなの見つけたんですよねー、ほら」


コタから差し出されたスマホの画面を見ると、題名は聞いたことがあるコメディ映画だった。


「観ます?」
「うん。面白そう」
「じゃあ決まり」


コタは楽しそうに頷き、スマホをポケットにしまった。


「これがあと3時間後なんで、ご飯食べて、ちょっとお店みたらいい感じの時間かな」


俺からしたらこうやって決めてくれるのはありがたい。もしかしてこうやって頼ってばっかりだから、先輩としての威厳がないのか?と核心に至りそうになったが、気づかないふりをした。



ーーーー



「お待たせしましたー。デミグラスオムライスとナポリタンでございます」


コタと話しながら待っていると、料理が運ばれてきた。
トマトの香りが鼻を掠める。香ばしく焼かれたベーコンが美味しそうだ。


「そういえば、パフェは?」
「あー、食後に持ってきてもらうようにしました」


パフェが運ばれて来ないことに疑問を持ってコタに聞くと、抜かりなく頼んでいたようだ。完璧過ぎて怖くなってきた。


「ほら、冷めないうちに食べましょ」


コタの言葉に頷いて、手を合わせて食べ始める。
フォークにパスタを巻きつけて食べると、芳醇なトマトの香りが口いっぱいに広がった。


「うまぁ……」


思わず感嘆の声をこぼすと、コタがニコニコと俺を見つめた。


「かわいー。あ、先輩おれのオムライスも食べます?」
「え、いいの?」
「はい。どうぞ」


そう言って、コタは自分のスプーンで掬って俺に差し出した。口をパカっと開けると、その中に運んでくれる。


「ん、うま!」
「……なんか思ってたのと違った」


俺がオムライスの美味しさに感動してコタをパッと見ると、少し不機嫌なコタがそこにはいた。


「……なんだよ」
「本来だったら恥じらうところじゃないですか?先輩、『あーん』されてるんですよ?」
「…………」
「もしかして無意識でした?」
「……忘れろ」


なにも考えてなかった……目の前に差し出されたら、そりゃ口開けるだろ。「あーん」とか頭になかった。2秒前のことを思い出すと恥ずかしくなる。


「誰かにそうするように言われたんですか?」
「言われてねぇよ」
「じゃあおれ以外には『あーん』されないでくださいね」
「うるさい、早く食べろ」
「あっ、ごまかした!」


コタの声を無視してパスタを口に入れる。
ほとんど味がしなくなった、というのは内緒だ。


「でも、先輩がちゃんと食べれるようになってよかった」


コタは安心した表情で俺を見つめる。
球技大会の時に、寝不足でまともに食事も取れていなかったときのことを思い出しているのだろう。


「……あの時は迷惑かけた」
「腰がいつもよりも細くなってましたもん。普段でも細いのに」


このくらい、と言ってコタが手で俺の腰のサイズを再現する。そんなに細くはないと思うのだが。


「…お前、なんで俺の腰の太さ知ってんの」
「いつも抱いてるんで」
「その言い方は語弊があるだろ……」
「これから語弊じゃなくなりますよ」
「変態野郎が」


なんかいつもよりも言葉の密度が高い気がする。
慣れなくて調子が狂うのでやめてほしいものだ。

そんな会話をしながら食べ進めると、意外にも早く食べ終わった。腹6〜7分目くらいだ。パフェは十分入るだろう。


「パフェ持ってきてもらいます?」
「うん」


俺が頷くと、「すみませーん」とコタが手をあげる。店員さんに伝えると、ほんの数分で運ばれてきた。


「うわぁ…うまそ……」


俺の前に置かれたのは、イチゴとスポンジが交互に積み上がり、1番上にはバニラアイスが乗っているイチゴパフェだ。
夢中になって見つめていると、前からパシャパシャとシャッターを切る音が聞こえてきた。


「なに撮ってんだよ、コタ」
「先輩とデートした記念ってことで、写真に残したいじゃないですか」
「じゃあコタも映らないと意味ないだろ」


そう言うと、コタはポカンとした後嬉しそうにはにかんだ。スマホのカメラを内カメにして、「撮りまーす」と言って何度かシャッターを切った。


「へへ。ありがと、先輩」


嬉しそうに撮った写真を見返すコタに、少し恥ずかしくなってパフェを頬張る。生クリームの甘味とイチゴの酸味がちょうどいいバランスだ。

その後も順調に食べ進め、コタの助けはいらないまま、器は空になった。


「美味しかったですか?」
「おー」


満腹感と満足感で眠くなってきた。しばらくうとうとしていると、それを察したかのように、コタが立ち上がって俺の腕を引く。


「いつもなら寝かせてあげるんですけど、今日はダメです」
「んえ。なんで」
「デートだから、もっといろんなところ行きたいじゃん。ほら、行きますよ」
「……はぁい」


眠い目を擦って立ち上がると、「えらいえらい」と頭を撫でられた。本当に自分より年下なのか疑いたくなる。
そのまま腕を引かれて店の外に出た。


「あれ?お会計は?」
「先輩が寝そうになってるときに済ませておきました」
「まじか、何円返せばいい?」


なんでこんなに気が効くんだこいつは。俺じゃなかったらとっくに落ちてる。そんなことを考えながら、俺がカバンから財布を出そうとすると、手で止められた。


「返さなくていいんで、またおれとデートしてくれます?」


俺の顔を覗き込んで優しく笑う。
ドキッと心臓が鳴って、鼓動は強さを増しながら波打っている。


「わ、わかった」
「やった。ありがと、夏弥先輩」


こんなの頷くしかないだろう。どうしよう、コタの思う通りに動かされている気がする。そして1番の問題はそれが嫌じゃないってことだ。由々しき事態になっていることに気づき顔を顰める。


「先輩?どうかしました?」
「え、あ、いや。大丈夫。早く行こ」


コタが首を傾げて俺を見つめる。慌てて頭を振ってコタに先を進めた。


「じゃあ、服屋さんとか行きますか」
「おー」


服について関心はないので、コタの趣味に完全に合わせる感じになりそうだ。


「ここのブランドがカッコいいんですよ〜」


そう呟きながら、なにやらオシャレな店に入る。
どうやらメンズ向けのお店らしく、店員さんも男の人がほとんどだ。
コタの好きなものはあまり知らないのでこれはいい機会かもしれない。


「なにかいいのあるかなぁ」


そう店の奥に進んでいくコタを見ながらふと思いつく。
俺は店の中の別のエリアに足を運ぶ。コタはアウターエリアだが、俺が見にきたのはパーカーやスウェット、トレーナーが並んでいるエリアだ。
ただ俺には服のセンスはないので、どうしよう。と悩んでいると、店員さんに声をかけられた。人当たりのよさそうな、逢坂のような優しい雰囲気の店員さんだ。


「なにかお探しですか?」
「あ、えっと……パーカーって、どれがおすすめとかありますか?」
「当店には、プルオーバーのものとジップアップのものがありますよ」


店員さんは棚から2着取ってきて俺に見せた。チャックがないほうがプルオーバー、あるほうがジップアップらしい。


「どのような場面で使われますか?」
「学校とかで使えそうなやつって、どっちですかね?」
「それでしたらジップアップが良いかと。脱ぎ着しやすいですし制服にも合わせやすいですよ」
「じゃあ、それにします」


俺の言葉に合わせて、店員さんはジップアップのパーカーをいくつか持ってきてくれた。


「どの色がお好きですか?」


俺は直感で手に取る。黒とグレーの間、濃いグレーのような色のパーカーだ。


「これで、お願いします」
「かしこまりました。サイズはどうされますか?お客様の体格だと、Sサイズかぴったりかと……」
「あ、あの、俺のじゃないんです。あいつの」


俺はコタを指差す。店員さんの視線がそちらに向くと、「あぁ〜」と納得したように頷いた。


「あれくらいの身長の方だと、LかLLくらいですね。このパーカーはサイズに対して少し大きめに作ってあるので、Lサイズでも十分に着れると思いますよ」
「じゃあ、Lサイズで」


俺がそう言うと、店員さんはニッコリと笑って商品を取り、レジに持って行った。


「プレゼント用、ですか?」
「まあ……そんな感じです」


改めて言うと恥ずかしいな。
恥ずかしさを誤魔化すように財布からお金を出す。高校生にとって買えなくはない、というほどの値段だった。
普段あまり遊びに行くことはないので、お金は十分にある。


「よろこんでもらえるといいですね」


俺がお金を出している間に、店員さんがラッピングして丁寧に紙袋に入れてくれた。


「はい。いろいろ教えてくれてありがとうございました」
「またのご来店お待ちしてますね」


紙袋を受け取ると、店員さんはニコッと笑って軽く会釈した。
コタはどこだろう、と周りに視線を移そうとしたとき、背中に衝撃を感じた。


「先輩なんか買ってる!!」


俺に後ろから抱きつきながら紙袋を指差す。


「なに買ったんですか?」
「なんだと思う?」


コタに質問を返しながら、店を後にする。
コタは俺の隣に並んで、「うーん」と頭を悩ませていた。
顔を上げてポツリと呟く。


「……パーカー、とか?」
「おっ、せーかい。そんな君にはこれをあげよう」


流れのままコタに紙袋を手渡す。


「え、えっ、どういうこと」


状況を掴みきれていないコタが、今日1番の慌てぶりを見せて思わず笑ってしまう。


「1発正解した人には、景品があるのは当然だろ」
「まって、え、これほんとにもらっていいの?」
「うん。コタのために買ったから」


コタの顔を覗いて続ける。


「いつも服貸してくれてるから、そのお礼。いつもありがと」


そう言って笑うと、コタがガバッと抱きついてくる。
いつもより力が強い気がする。


「……やばい、泣きそう」
「なんでだよ」
「一生大事にする。ありがと、夏弥先輩」


少し涙声のコタが、もう一段階抱きしめる力を強めてから俺から離れた。


「またこのパーカー先輩に貸してあげますね」


嬉しそうに紙袋を見つめるコタに、口が綻んだ。


「よし、じゃあ他の店行こ」


切り替えるようにそう言うと、コタが頷いた。
並んで歩き出す。さっきよりも距離が近くなった気がするが気にしないでおく。

少し歩いたところで、コタが思い出したように口を開いた。


「あ、おれ、スポーツショップ行きたいです」
「いいよ。なに買うの?」
「バッシュ。今使ってるやつサイズキツいんですよね」


バッシュ、とは、バスケットボールシューズのことだ。
部活や大会の時に使うものだ。
コタに着いていき、スポーツショップに入る。
バッシュのコーナーに行くと、ずらりと靴が並んでいた。


「うわー、いっぱいある。どれにしたらいいんだろ」
「0.5〜1センチぐらいは余裕持たせといたほうがいい。あと、コタはセンター、ゴール下のポジションだから足首痛めないようにハイカットのやつがいいかな」


そこまで言ってハッとする。コタにはバスケやったことない、っていう程で話しているのに、ここまで言ってしまうと俺がバスケやってたことバレるかもしれない。


「なるほどー。ハイカットだと、これか。履き口がくるぶしよりも高いやつ」


どうやら選ぶのに夢中で気づいてなかったらしい。ホッと胸を撫で下ろす。
そこから十数分悩んで、黒のハイカットのバッシュに決めたようだ。偶然、俺が中学時代に使っていたメーカーと同じだった。
レジから帰ってきたコタは、嬉しそうに紙袋を掲げた。


「先輩が手伝ってくれたから、いい買い物ができました」
「よかったな」


嬉しそうなコタを見ていると、思わず笑みが溢れる。



でも、そんな気分が一瞬にして崩れた。


「あれ、羽田じゃーん。なにしてんの?」


後ろから、記憶から消したいと願うほど嫌いな声が聞こえる。
おそるおそる振り返ると、あの時と変わらないうすら笑いを浮かべた元チームメイトが2人立っていた。


「……久しぶり」


平静を装って言葉を紡ぐ。顔に出てないだろうか。
どうしようもなく湧き上がるさまざまな感情を、拳を握りしめて消す。


「知り合いですか?」


コタが俺の隣に来て、顔を覗く。
見られたくなくて俯く。余裕はとっくになくなっていた。


「オレらー、羽田と中学の時の部活のチームメイトなんだよ」
「そうですか」
「てか、デケェー!羽田の後輩?部活なんかやってんの?」
「バスケ部です」


コタがそう言った途端、コタに向いていた2人の視線が俺に向く。


「え、羽田の後輩がバスケ部ってことは、お前まだバスケやってんの?」
「あんなことあったのによく続けられるよなぁー」


嘲笑と怒気を含んだ2人の言葉に体がすくむ。
でも、それ以上に。


「夏弥先輩ってバスケやってたんですか?」


俺の嘘が、コタにバレた。
頭の中が真っ白になる。
その空白を「どうしよう」という気持ちが埋め尽くす。
心臓の音が嫌に激しく響いて、それしか聞こえなくなる。


「聞かせてやろうか?羽田の中学時代の話」


やめろ、と叫びたいところだが、うまく声が出ない。
体が硬直して、思うように動かせない。体温が失われていく感覚がする。
怒りとか、恐怖とか、悲しみとか、いろんな感情が渦巻いていて、どうすればいいかわからなかった。
そう俯いた俺の上から、声が聞こえた。


「あー、おれたち今から映画なんで。行きましょ、夏弥先輩」


俺の腕を掴んでズンズンと歩き出す。
微かに聞こえた元チームメイトの声も無視して、だ。

そのまま腕を引かれて、ショッピングモールの外を出て、近くの公園に入った。


「……コタ、どこまでいくの」


俺がそう言うと、コタがピタッと止まる。
こちらを振り向かないコタに、少しの恐怖を感じた。


「……映画は?」


沈黙が嫌で、言葉をしぼりだす。

コタは俺に幻滅したのかもしれない。
出会ってからずっと、俺が嘘をついていたから。
嘘つき、と罵られても文句は言えない。
そんなやつともう一緒にはいられない、と離れられても文句は言えない。

悲しい、と心の内で吐き出した。
仲良くなれて嬉しかったのに。
コタのおかげでいろんな人とも出会えて、楽しいことだって増えたのに。
そしてなにより、1番居心地の良い場所を見つけたのに。

自分の嘘で、全部が崩れた。
でも、自業自得だ。
グッと唇を噛み締めた。


「映画は、また今度にしましょ」
「…え」


ポツリと吐かれたコタの言葉に顔をあげる。
コタはくるりと振り返って、いつもの笑顔で俺を見た。


「今日は、帰りましょっか。先輩からパーカーも貰ったし、靴も買ったし、おれ荷物いっぱいなんで。今日は帰ったほうがいいかもです」


そう言って、コタは2つの紙袋を掲げた。
片手で持てるほどの量なのに。俺に気を遣っているのがバレバレだ。


「……うん」


でも、それに対して言及する余裕はなくて、頷くので精一杯だった。


「じゃあ駅まで行きましょ!あ、おれ駅までの道うろ覚えなんで先輩手伝ってくださいね!そういや服屋の店員さん逢坂に似てませんでした?先輩と話してた人」


ニコニコと話すコタに、泣きそうになる。
でも、コタが明るい雰囲気を作ってくれているから、それを壊すマネはしたくなかった。
ぎゅっと唇を噛み締めて、コタの隣に並んだ。