本棚の上に置かれているドール人。その灰色の瞳と眼を合わせる。心が沈んだ時によくする、癖のようなものだった。そうすると私の中で渦巻いていた不安が少しずつ和らいで、いつの間にか消えていくのだ。
私はあの灰色瞳が大好きだった。自己主張せず周囲の色を際立たせたような協調性を持つ中立的な脇役色だからこそ、奥ゆかしさや上品が洗練されたように感じる。
祖母が買ってくれたあの人形には私と同じマリアという名前を与えた。マリアは三分の一スケールの人形で、精巧な造形と細部までこだわった衣装が特徴の、まるで生きているかのような存在感を持つ海外ドールだ。
腰辺りまである艶やかな灰色の髪が冷房の風に当たりサラサラと靡いている。
この子が本当に話してくれて、動いてくれたらいいのにと何度願ったことか。
椅子から立ち上がり本棚まで移動すると、マリアを手に取り、胸元で軽く抱きかかえながらベッドに倒れ込む。
「………………マリア。恋って何かわかる?」
問うたところでマリアは何も答えない。ドールなのだから当たり前なのだけれど、それでも私は「そうだよね」と気にせずに言葉を続けた。
「私もわからない。おばあちゃんなら知ってたりするのかな」
音楽を聴くことは好きだけど、高額な楽器を購入してまで自らが演奏したいとは考えないし、雑誌で見かけた海外の海の写真は美しいと思うが、死ぬまでには実物を見てみたいとまでは思っていない。Fコードが難し過ぎて挫折するだろうし、海だって「綺麗だったな」の一言で完結するだろう。そんな"なんとなく”で始まって、曖昧な理由で終わる物語が恋なのだと。今までそう思っていた。
「おばあちゃん……………」
瞼を閉じれば蘇ってくる。たくさんの皺を作って笑う可愛い顔と落ち着くあの声が。祖母は色々な事を教えてくれた。文字の読み書きだったり、洗濯機の使い方やまな板の替え時なんかを。
人形に名前をつけて話しかけていれば、いつかその人形に心が宿って、何かあれば助けてくれることも祖母から教わった。
「いいかい?この子には名前をつけてあ」

