蓮児よりも先に児玉星は24時間営業のスーパーにいた
日比谷双馬の母親から買い出しを頼まれていた
割材として氷を10kg、冷凍された果物を2kg
片手に一つずつ持つとしても少し重い
双馬も連れてくるべきだった
スーパーを出ようとしたその時、蓮児が店に入るのが見えた。星はさっと商品棚の陰に隠れた
蓮児を心底嫌っているわけではないが、秘密を共有してからは距離が近く、自然と敬遠してしまう
なんだかんだ昼飯をご馳走になっている身で言うのはあれだが、未だに一対一で話すのはきつい
蓮児との関係が変わったのはほんの一月前
あれは休日に訪れたショッピングモールで、女性向けのフロアを通り抜けている時だ

「いやぁどれも可愛いい」

まるで川の中の大岩のように、フロアにいる女性が避けている
見慣れた後ろ姿。アクセサリーコーナーに置いてある鏡に映る顔は蓮児だ
店員の困惑した視線をものともせず、蓮児はアクセサリーを物色していた

「私女の子になりたかったな
こんなネックレスプレゼントして欲しい」

星は大きな独り言に気付かないフリをしながら小走りに抜ける

「あれ星じゃない」

気付かれたか
それでも足は止めず、階下に降りてとりあえずフードコートに紛れ込んだ
十数分後、星はたこ焼きを食べ、あたかも随分前からいるように装った
そこへ蓮児は現れ、目の前に座った

「やっぱり星じゃないか」
「なんだ蓮児か」
「お前も買い物か」
「ああそうだな」

よかったいつもの蓮児だ
さっき見たのはきっと兄だ
可哀そうに。家族に変な人がいるとは

「丁度よかった
アクセサリーを見ていたのだが」
「ゲホォ」

胃に辿り着いたたこ焼きが一気に逆流する
鮭のように

「大丈夫か水か」
「いいんじゃないか
とても似合うと思うよ」
「俺もそう思って買ってしまったのだが」

星はとうとう魂が口から飛び出す
今日も星が綺麗だ
蓮児は星の肩を揺する

「大丈夫か星・星・星」

星が正気に戻るまで蓮児はジュースを買いに行った
生の果物をミキサーにかけて作るジュースだ
それを自分と星の前に置いて、

「勝手に選んだけど苺でいいか」
「あ、ありがとう」

星はいちごジュースを飲む
甘酸っぱい味が喉に広がる
正直、紙パックのべっとり甘いいちごみるくが好きだが、これはこれで自然の味で美味しい
蓮児はテーブルに手を付いて謝った

「ほんっとにごめん!
あんなところ見たら気持ち悪いよな」
「いやいいよ
俺もなんつーか大袈裟過ぎた
・・・普通の人と違うところ見るとどうしても受け入れられなくて」
「だよなっ!本当にごめん」
「俺の方こそすまん
嫌ってるわけじゃないけど理解が追いつかない」
「あのさっ!この事皆には黙っといてくれない」
「もちろん言わないよ」
「ありがとう」

蓮児は席を立つ

「またいなくなっちゃうからさ
またな」

蓮児はどこか元気がないようだ
そのままどこかへと去っていた
星は両手で顔を覆った

「ちくしょーミスった
なんで気が利いた事言えないんだよ
馬鹿!」

星はいちごジュースの残りを全て飲んだ
なぜかさっきよりも甘く感じる



蓮児は買ったネックレスを田中美音(タナカミオ)にプレゼントした
別に記念日じゃなかったのでかなり戸惑っていたが

「あ、ありがとう
これ高かったでしょ」
「バイトの給料日でな
こないだインタビューで付けてただろう」
「覚えてくれたんだ」
「買い取りたかったけど手持ちがないって聞こえたからショップ探してた
欲しいもんはあった方がいい
迷ったら買うべきだ」
「そうなんだー
今度お昼御馳走するね」
「それはいらん
それよりネックレスの付け方分かるか」
「うん大丈夫だよ」
「心配だ
貸してみろ」

蓮児は星にネックレスを付ける

「俺っ!」
「わー可愛い」
「念の為に写真を撮って置こう
星いくぞ、1、2、3、ハイっ!」
「はい!?」

蓮児は正面から撮った
蓮児は撮った写真を確認して呟く

「我ながら可愛いな」

美音はアクセサリーを褒めているのだろうと勘違いした

「可愛いよとっても」

星の顔が火照る

「可愛いか俺が」

星は全力で顔を振る
(こいつ絶対に許さない)
美音は少し戸惑ったように顔を横に傾ける

「うん?」



星は見事スーパーを脱出し日比谷双馬(ヒビヤソウマ)の両親が営む店へ辿り着く

「いらっしゃいませ 
って遅いよ」

双馬はマドラーでグラスを掻き混ぜながらぶつくさ文句を言った

「蓮児と鉢合わせしそうになって
上手く抜け出すのに苦労した」
「男が可愛い物好きって気持ち悪いかよ
時代錯誤なんだよ星の頭は」
「俺そんな話したっけ」
「見れば分かるだろ
蓮児は隠しているつもりだろうけど」
「ならなんか言ってやれよ」
「言えるかよ
人間一つや二つ隠したい趣味はあるだろう」
「双馬はあるのか」
「男性3人組ロックバンドの夢小説書いてた」
「おいまじかよ」
「規約違反で即アカBANしたけど」
「なにやらかしたんだよ」
「熱い友情と恋愛の話なんだけどな」
「なにをとは聞かないがおおよそ内容は察した」
「何か隠すと針みたいに神経質になるから
星のそういう態度は改めた方がいいぞ」
「わかっているけど
蓮児が近くにいるとビクビクする」
「そうかいそうかい
けどこれ以上仲間の悪口言ったらバンドクビにするぞ」
「うん」

星はスーパーで買った物を冷蔵庫に仕舞う
氷は少し溶けて袋の底に水が溜まっている
カクテルドレスを着た双馬の母親がバーカウンターの中に入ってくる。星を見つけると手を叩き急かした

「そろそろ出演の時間よ」
「すいません買い出しに時間掛かって」

星はヤバいと思って慌てて更衣室に飛び込む
急いでスーツに着替え、ネクタイをきゅっと締める
管楽器用のケースを持ちステージを向かう
ステージでは午後10時にライブを開始している
通常、ライブハウスのライブは、2組以上の出演者で行われる。ジャズだろうがロックだろうが。ワンマンが成り立つのはバンドマンにとって一つの関門である
そのため目当てのバンドの出番が終わり、帰り道にふらっと立ち寄れるように、あえて遅くの開演時間となっている
ちなみにお店自体はレストランとして1日中営業している
ライブではサポートメンバーを立てる事は珍しくない
曜日ごとにサポートメンバーは決まっていて。それでも穴が空いてしまった時に元・ブルー・トレインのメンバーに出演依頼が来る
ちなみに18歳未満の未成年者は午後10時以降のライブを法律で禁止されているため、双馬の母親の真似はしないことをおすすめする

「今日は若い子か」
「ええそれでも腕は立ちますわ」
「ママが認めるなら期待大ですな」 
「まぁ褒めるのお上手ですの」
「酒のせいかな」
「まだ酔ってないじゃないですか」 
「ママの綺麗さにほろ酔い気分さ」
「青森のワインが入ってますの
よろしかったら」
「そうだな。赤ワイン、グラスで」
「ありがとうございます」

双馬の母親は手早くテーブルをまわり、料理のオーダーを聞いたり酒を注いでいる
一通りまわり終えると、照明が落ち、テーブルに置かれたランプが仄かに光る
ステージが徐々に明るくなる
星と日勤(ヒツトム)、金松遊学(カナマツユウガ)の3人は客席に頭を下げる
大きな拍手が沸き起こる
そして、主役のピアニストの女性とドラマーの男性が立つ
拍手だけでなく口笛までもが飛び交う
出演者は着席する
今日は主役二人のCD発売を記念してのライブだ
まずは収録曲の一曲目から始めた



客席からのアンコールに答えてさらに2曲
ラストは双馬の母親がボーカルを務め、盛況に終わった
ギャラを貰い、星と遊学、勤は帰宅する

「やっぱジャズドラマーって凄いよな
打楽器なのに言葉が聞こえる」

勤の一言に星と遊学は頷く

「めちゃくちゃトランペット吹きやすかった」
「俺もタイミングずれたの助けてもらった」
「でも一番は」
「「「ピアノのお姉さん綺麗だったな」」」

3人は店の近くの交差点でばらばらとそれぞれの家へ帰る

「じゃあな」
「お疲れ」
「お疲れ」