五十嵐リッサは母親の運転する車に乗ってレストランに向かった
リッサは運転席の斜め後ろに座り、母親と他愛もない会話をする
その時、視界の隅に天草俊(アマクサシュン)が映った
リッサは顔をそちらに向ける
車を止めて呼び止めても聞こえないだろう
呼び止めたところで何も話すことはない
母親は何かを察したように車の速度を少し弱めた
「なぁにお友達でもいたの」
「なんでもない。同じ学校の子」
「そう」
母親はアクセルを強く踏む
黄色信号に滑り込むように直進した
やがてお店がはっきりと見えてくる
前に俊と来たお店だ
高校生同士で来るには少し背伸びした感じで、あの時は緊張していたことを思い出す
車を店先の駐車場に止め、リッサと母親は入店する
夕食時でほとんど空席がないほどに埋まっている
店名には「ファミリーレストラン」と付いているが、客は私語を慎み、喫茶店のように静かに食事を楽しんでいる
店員は一テーブルだけ空いていたところに二人を案内する
母親は席に着くと言った
「今日はなんでも食べて」
「ありがとうママ」
母親は焼うどんを頼み、リッサはオムライスを頼んだ
◇
去年、球技大会が終わった後、楽市円(ラクイチマドカ)先生からブルー・トレインに黒紅梅が合流する話を聞かされた
俊と健後がサッカー部に入部するためであった
兼部するためバンドを抜けサッカーに専念すると
リッサは俊の退院を見計らいレストランに呼び出した
俊は松葉杖を不器用そうに使い、先に待っているリッサの前に座った
「ごめん足遅くて」
「怪我してんなら当然でしょ」
店員が水を持って来る
俊はメニューを広げずに注文する
「アイスコーヒーで」
「かしこまりました」
店員が去るとリッサから話を始める
「バンド辞めるの」
「そのつもり」
「奏にはなんて言ってるの」
「なにも言ってない
だから言わないでくれ
サッカーの練習始まったらちゃんと説明する」
リッサは呆れた顔をする
「丸く収める気あるの」
「あるよ
でも今は皆の手を借りるしかないかも」
「奏はきっと納得してくれない」
俊は視線を逸らす
「だから説教しに来たのか」
「違う」
リッサは俊の頬に手を当て、顔をグイっと正面に戻す
「協力するからツーバスの叩き方教えて」
「そうきたか」
俊は鞄からメモ帳を取るとなにやら書き込み、その部分を破り取り机に出す
リッサはメモを読む
「Satoshiってあの世界的なドラマーの」
「縁があって俺の師匠」
「弟子はいないって話よ」
「俺が唯一の弟子
リッサが二人目の弟子になるかもな」
リッサは紙をスマホケースに挟む
「ありがとう
お願いしてみる」
ここで店員がアイスコーヒーを持って来る
俊はガムシロップを大量に入れる
「ねぇ奏とキスしたって本当」
俊は少し焦った顔をする
「誰から聞いた」
「男子から」
俊は未成年ながら飲酒の常習犯だった
再びサッカーをやると決心してからは酒断ちしているが
「5月のお祭りで話してたって」
「飲酒はもう懲り懲りだ」
リッサはがっかりとした顔をする
「優等生に見えたのにな」
リッサは身を乗り出す
「ねぇあの時を思い出してキスしてよ」
「幼稚園の頃の話だよ」
「知ってる」
「じゃあなんで」
「思い出を上書きしたい」
「ごめんリッサは好みじゃない」
「私が好みだから」
俊はさっと周囲を確認してリッサにキスをする
「奏には言うなよ」
「女は勘づく者よ」
リッサは蛇のようにするすると身を引いた
俊は立ち上がり千円札を机の上に置く
「用件はそれだけ
俺は帰る」
「また今度ね」
俊は立ち上がりよろよろと退店した
リッサはまだ口の付けていないアイスコーヒーを飲んだ
それは過去一番苦い味だった
「男ってホント不器用」
◇
料理が運ばれるまでの間、母親は思い出話をする
「そういえばお母さんこの店でプロポーズされたの」
「えっ
こんななにもないところで」
「作業服のまま来たの
しかも軽トラックで」
「笑える」
「本当に可笑しくて
ついオッケーしちゃた」
「お母さんが得恋したお店なら
私にとっては失恋したお店だ」
「なにその話気になるわ」
リッサと母親は恋バナで盛り上がった
リッサは運転席の斜め後ろに座り、母親と他愛もない会話をする
その時、視界の隅に天草俊(アマクサシュン)が映った
リッサは顔をそちらに向ける
車を止めて呼び止めても聞こえないだろう
呼び止めたところで何も話すことはない
母親は何かを察したように車の速度を少し弱めた
「なぁにお友達でもいたの」
「なんでもない。同じ学校の子」
「そう」
母親はアクセルを強く踏む
黄色信号に滑り込むように直進した
やがてお店がはっきりと見えてくる
前に俊と来たお店だ
高校生同士で来るには少し背伸びした感じで、あの時は緊張していたことを思い出す
車を店先の駐車場に止め、リッサと母親は入店する
夕食時でほとんど空席がないほどに埋まっている
店名には「ファミリーレストラン」と付いているが、客は私語を慎み、喫茶店のように静かに食事を楽しんでいる
店員は一テーブルだけ空いていたところに二人を案内する
母親は席に着くと言った
「今日はなんでも食べて」
「ありがとうママ」
母親は焼うどんを頼み、リッサはオムライスを頼んだ
◇
去年、球技大会が終わった後、楽市円(ラクイチマドカ)先生からブルー・トレインに黒紅梅が合流する話を聞かされた
俊と健後がサッカー部に入部するためであった
兼部するためバンドを抜けサッカーに専念すると
リッサは俊の退院を見計らいレストランに呼び出した
俊は松葉杖を不器用そうに使い、先に待っているリッサの前に座った
「ごめん足遅くて」
「怪我してんなら当然でしょ」
店員が水を持って来る
俊はメニューを広げずに注文する
「アイスコーヒーで」
「かしこまりました」
店員が去るとリッサから話を始める
「バンド辞めるの」
「そのつもり」
「奏にはなんて言ってるの」
「なにも言ってない
だから言わないでくれ
サッカーの練習始まったらちゃんと説明する」
リッサは呆れた顔をする
「丸く収める気あるの」
「あるよ
でも今は皆の手を借りるしかないかも」
「奏はきっと納得してくれない」
俊は視線を逸らす
「だから説教しに来たのか」
「違う」
リッサは俊の頬に手を当て、顔をグイっと正面に戻す
「協力するからツーバスの叩き方教えて」
「そうきたか」
俊は鞄からメモ帳を取るとなにやら書き込み、その部分を破り取り机に出す
リッサはメモを読む
「Satoshiってあの世界的なドラマーの」
「縁があって俺の師匠」
「弟子はいないって話よ」
「俺が唯一の弟子
リッサが二人目の弟子になるかもな」
リッサは紙をスマホケースに挟む
「ありがとう
お願いしてみる」
ここで店員がアイスコーヒーを持って来る
俊はガムシロップを大量に入れる
「ねぇ奏とキスしたって本当」
俊は少し焦った顔をする
「誰から聞いた」
「男子から」
俊は未成年ながら飲酒の常習犯だった
再びサッカーをやると決心してからは酒断ちしているが
「5月のお祭りで話してたって」
「飲酒はもう懲り懲りだ」
リッサはがっかりとした顔をする
「優等生に見えたのにな」
リッサは身を乗り出す
「ねぇあの時を思い出してキスしてよ」
「幼稚園の頃の話だよ」
「知ってる」
「じゃあなんで」
「思い出を上書きしたい」
「ごめんリッサは好みじゃない」
「私が好みだから」
俊はさっと周囲を確認してリッサにキスをする
「奏には言うなよ」
「女は勘づく者よ」
リッサは蛇のようにするすると身を引いた
俊は立ち上がり千円札を机の上に置く
「用件はそれだけ
俺は帰る」
「また今度ね」
俊は立ち上がりよろよろと退店した
リッサはまだ口の付けていないアイスコーヒーを飲んだ
それは過去一番苦い味だった
「男ってホント不器用」
◇
料理が運ばれるまでの間、母親は思い出話をする
「そういえばお母さんこの店でプロポーズされたの」
「えっ
こんななにもないところで」
「作業服のまま来たの
しかも軽トラックで」
「笑える」
「本当に可笑しくて
ついオッケーしちゃた」
「お母さんが得恋したお店なら
私にとっては失恋したお店だ」
「なにその話気になるわ」
リッサと母親は恋バナで盛り上がった


