高森健後は俊と別れた後、コンビニの裏手にあるマンションへ帰った
「健後おつー」
エントランスでは五十嵐リッサ(イガラシリッサ)が椅子に座りスマホをいじっていた
「あれどうしたの」
「ママから食事行こうって言われて
今待ってる」
「そうなんだ」
「俊とは仲良くなったんだね」
「だいぶ昔に」
「じゃなきゃサッカーやらないもんね」
「そういえばさ
あいつ好きな人できた?」
「それはこっちが聞きたいよ」
「そうだな」
リッサはスマホを耳に当てる
「もしもしママ
うんすぐそこのコンビニね
了解」
リッサは立ち上がる
身長は180センチ以上あるだろうか
目線の高さは同じかやや高い
「また背伸びたな」
「女の子にそう言うとモテないよ」
「知っているか
女子にとって高身長はコンプレックスであるが
男子にとって高身長は魅力的であると」
「なにそれナンパ
ありがと」
リッサは健後の肩を叩く
「また学校で」
「おう」
◇
健後は自分の部屋に入るととりあえずベッドに倒れた
部屋はサッカーのグッズに溢れていて、日本の著名な選手のサインがある
サッカーを始めたきっかけは、父親が東京でアナウンサーをしていたからだ
スポーツ担当で、その実況はネットで切り抜かれるほど有名だ
幼稚園に通っていた頃、父親がワールドカップのリポートをしている中継映像を観た。2大会連続の日本代表の優勝が叶い、久方振りのサッカーブームに湧き立っていた時だ。しかし、3大会目は連敗続きでグループリーグ敗退。決勝トーナメントに進めなかった
父親は試合後に出場した選手にインタビューをする
画面越しだが惜敗した日本代表選手から曇天のような重苦しい空気が伝わって来る
「今回の試合を振り返って一番悔しいと思ったポイント、今後改善していきたいところはありますか」
マイクを向けられたキャプテンは答える
「改善していきたいところは山のようにあります
ですが悔しいと思うことはありません」
「といいますと」
「今は楽しいという感情しかありません」
この言葉に対して、ネットでの反応は様々であった
彼のミスを切り抜き叩く者もいれば、過去の色恋沙汰に言及してだらしなさを強調する者もいた
健後はというとただ純粋にカッコいいと思った
その日を境に健後はサッカーを遊びでやるのをやめた
しかし、健後の本気と自信は実ることもなく、陽に当たることもなくただ月日ばかりが過ぎていった
Jリーグのジュニアユースチームに入ることもなく、有名なサッカークラブにも入ることはなかった
本気でサッカーをする人とは肩を並べず、いつも横にいるのはサッカーが好きな人だった
それが不満だというわけでもないが、いつしか自分はプロになれないと足枷をはめたように自信をなくしていった
健後が俊と出会ったのは中学時代、サッカー部の練習でだ
サッカー部とは名ばかりで、目立った成績もなく、地域のサッカー好きが催す大会に出場する程度だ
練習初日から2・3年生のチームと1年生のチームで戦うことになった
試合開始から俊の素早さに部員全員が驚愕した
味方の放ったロングパスが俊の背後に落ちそうになった時。俊は踵で蹴り上げ前に運んだ
健後の目の前にボールが飛ぶ。まるで計算された軌道だ。飛び上がるとボールを胸で受け止めて足元に止めた
丁度目の前に一本の道ができた
ゴールキーパーの3年生は来い!と手でジェスチャーをし威圧的に構える。健後は徐々に塞がるシュートコースに向かってボールを思いっきり蹴り上げた
ボールは地面スレスレにキーパーの足元にするすると転がった
「えっ」
キーパーは足元を見る。ボールはすでに背後にあった
あれだけ勢い良く蹴り上げれば上に飛んでくると思うが、実際には勢いを消しゆっくりと足元を狙われた
ゴールが決まるとすぐにホイッスルが鳴る
「1年生チーム1点」
「あぶねー外れるかと思った
ナイスシュート」
「うっす」
健後と俊はハイタッチを交わす
前半戦は俊の大活躍で終わる
曲芸のようにボールを操る様は誰もが真似できないと思った
前半が終わると監督は俊を下げた
俊は手を挙げ、申し訳なさそうにベンチへ下がった
後半は押されるように、怒涛の勢いで点が入れられた
最終的には1年生チーム8点対2・3年生チーム5点で勝利したが
更衣室で健後は俊に声を掛ける
「お前さ実力あるのになんで強いとこ行かねぇの」
「親が勉強に集中できるように近い所行きなさいって」
「そっかレベル違いで面白くないよなこんなサッカー部」
「何言ってんだよ
お前が点入れてくれなきゃ俺は今日やる気失くしてた
本当に感謝しているぜ」
健後と俊はグータッチを交わす
◇
俊の入部後、サッカー部は少し強くなった
それは俊の技術力に影響されたからだ
しかし、活動は相も変わらずで、公式戦で結果を残すことなく俊達は3年生の夏休みに引退した
最後の大会を有終の美で終えた後。健後は街中の音楽教室から出て来る俊を見つけ声を掛ける
「あれ俊じゃねぇか」
「健後」
「おいおいサッカー辞めて次はピアノか
モテようとすんなよ」
「そんなつもりはねーよ
受験でだよ」
健後はその言葉に引っ掛かりを覚えた
もしやと思い、問う
「お前まさか上野ヶ丘に進学する気か」
しばらく間があった
笑ってくれたらよかった
そんな冗談と
しかし、期待は裏切り、俊は頷いた
「そうだよ」
「へっ」
すでに健後はサッカーを諦めていた
サッカーよりも音楽が楽しいと思ったからだ
俊が続けてくれればいい
「そっかサッカー部あるもんな
予想外だな
もっと強豪行くのかと思った」
「サッカーはやらない」
「なんでだよ」
「一人だけ上手くても駄目なんだ」
健後の感情が爆発する
「なんだよそれ
俺達が下手だから足引っ張ていたから諦めたのかよ」
「違う
お前達を強く出来なかった俺が悪い
すまない」
俊は潔く頭を下げた
健後は勝手に期待した自分が悪いと思いつつも、苛立ちが隠せなかった
才能のあるやつが逃避するのは許せない
ましてや、非凡な人間と同じ道を歩こうとするなんて以ての外だ
「お前なら諦めないと思っていたよ」
健後は俊が顔を上げるのを見ずに立ち去る
歩きながら涙を流していた
努力はしていた
強くなった実感はあった
しかし、それは自惚れであった
俊を本気にさせられなかった非力さを悔やんだ
「健後おつー」
エントランスでは五十嵐リッサ(イガラシリッサ)が椅子に座りスマホをいじっていた
「あれどうしたの」
「ママから食事行こうって言われて
今待ってる」
「そうなんだ」
「俊とは仲良くなったんだね」
「だいぶ昔に」
「じゃなきゃサッカーやらないもんね」
「そういえばさ
あいつ好きな人できた?」
「それはこっちが聞きたいよ」
「そうだな」
リッサはスマホを耳に当てる
「もしもしママ
うんすぐそこのコンビニね
了解」
リッサは立ち上がる
身長は180センチ以上あるだろうか
目線の高さは同じかやや高い
「また背伸びたな」
「女の子にそう言うとモテないよ」
「知っているか
女子にとって高身長はコンプレックスであるが
男子にとって高身長は魅力的であると」
「なにそれナンパ
ありがと」
リッサは健後の肩を叩く
「また学校で」
「おう」
◇
健後は自分の部屋に入るととりあえずベッドに倒れた
部屋はサッカーのグッズに溢れていて、日本の著名な選手のサインがある
サッカーを始めたきっかけは、父親が東京でアナウンサーをしていたからだ
スポーツ担当で、その実況はネットで切り抜かれるほど有名だ
幼稚園に通っていた頃、父親がワールドカップのリポートをしている中継映像を観た。2大会連続の日本代表の優勝が叶い、久方振りのサッカーブームに湧き立っていた時だ。しかし、3大会目は連敗続きでグループリーグ敗退。決勝トーナメントに進めなかった
父親は試合後に出場した選手にインタビューをする
画面越しだが惜敗した日本代表選手から曇天のような重苦しい空気が伝わって来る
「今回の試合を振り返って一番悔しいと思ったポイント、今後改善していきたいところはありますか」
マイクを向けられたキャプテンは答える
「改善していきたいところは山のようにあります
ですが悔しいと思うことはありません」
「といいますと」
「今は楽しいという感情しかありません」
この言葉に対して、ネットでの反応は様々であった
彼のミスを切り抜き叩く者もいれば、過去の色恋沙汰に言及してだらしなさを強調する者もいた
健後はというとただ純粋にカッコいいと思った
その日を境に健後はサッカーを遊びでやるのをやめた
しかし、健後の本気と自信は実ることもなく、陽に当たることもなくただ月日ばかりが過ぎていった
Jリーグのジュニアユースチームに入ることもなく、有名なサッカークラブにも入ることはなかった
本気でサッカーをする人とは肩を並べず、いつも横にいるのはサッカーが好きな人だった
それが不満だというわけでもないが、いつしか自分はプロになれないと足枷をはめたように自信をなくしていった
健後が俊と出会ったのは中学時代、サッカー部の練習でだ
サッカー部とは名ばかりで、目立った成績もなく、地域のサッカー好きが催す大会に出場する程度だ
練習初日から2・3年生のチームと1年生のチームで戦うことになった
試合開始から俊の素早さに部員全員が驚愕した
味方の放ったロングパスが俊の背後に落ちそうになった時。俊は踵で蹴り上げ前に運んだ
健後の目の前にボールが飛ぶ。まるで計算された軌道だ。飛び上がるとボールを胸で受け止めて足元に止めた
丁度目の前に一本の道ができた
ゴールキーパーの3年生は来い!と手でジェスチャーをし威圧的に構える。健後は徐々に塞がるシュートコースに向かってボールを思いっきり蹴り上げた
ボールは地面スレスレにキーパーの足元にするすると転がった
「えっ」
キーパーは足元を見る。ボールはすでに背後にあった
あれだけ勢い良く蹴り上げれば上に飛んでくると思うが、実際には勢いを消しゆっくりと足元を狙われた
ゴールが決まるとすぐにホイッスルが鳴る
「1年生チーム1点」
「あぶねー外れるかと思った
ナイスシュート」
「うっす」
健後と俊はハイタッチを交わす
前半戦は俊の大活躍で終わる
曲芸のようにボールを操る様は誰もが真似できないと思った
前半が終わると監督は俊を下げた
俊は手を挙げ、申し訳なさそうにベンチへ下がった
後半は押されるように、怒涛の勢いで点が入れられた
最終的には1年生チーム8点対2・3年生チーム5点で勝利したが
更衣室で健後は俊に声を掛ける
「お前さ実力あるのになんで強いとこ行かねぇの」
「親が勉強に集中できるように近い所行きなさいって」
「そっかレベル違いで面白くないよなこんなサッカー部」
「何言ってんだよ
お前が点入れてくれなきゃ俺は今日やる気失くしてた
本当に感謝しているぜ」
健後と俊はグータッチを交わす
◇
俊の入部後、サッカー部は少し強くなった
それは俊の技術力に影響されたからだ
しかし、活動は相も変わらずで、公式戦で結果を残すことなく俊達は3年生の夏休みに引退した
最後の大会を有終の美で終えた後。健後は街中の音楽教室から出て来る俊を見つけ声を掛ける
「あれ俊じゃねぇか」
「健後」
「おいおいサッカー辞めて次はピアノか
モテようとすんなよ」
「そんなつもりはねーよ
受験でだよ」
健後はその言葉に引っ掛かりを覚えた
もしやと思い、問う
「お前まさか上野ヶ丘に進学する気か」
しばらく間があった
笑ってくれたらよかった
そんな冗談と
しかし、期待は裏切り、俊は頷いた
「そうだよ」
「へっ」
すでに健後はサッカーを諦めていた
サッカーよりも音楽が楽しいと思ったからだ
俊が続けてくれればいい
「そっかサッカー部あるもんな
予想外だな
もっと強豪行くのかと思った」
「サッカーはやらない」
「なんでだよ」
「一人だけ上手くても駄目なんだ」
健後の感情が爆発する
「なんだよそれ
俺達が下手だから足引っ張ていたから諦めたのかよ」
「違う
お前達を強く出来なかった俺が悪い
すまない」
俊は潔く頭を下げた
健後は勝手に期待した自分が悪いと思いつつも、苛立ちが隠せなかった
才能のあるやつが逃避するのは許せない
ましてや、非凡な人間と同じ道を歩こうとするなんて以ての外だ
「お前なら諦めないと思っていたよ」
健後は俊が顔を上げるのを見ずに立ち去る
歩きながら涙を流していた
努力はしていた
強くなった実感はあった
しかし、それは自惚れであった
俊を本気にさせられなかった非力さを悔やんだ


