上野ヶ丘音楽高等学校男子サッカー部は20人で活動している
今日から1年生も加わり、部内で試合を行った
元から音楽をするための学校だ
集まる部員もそれなりの実力で、趣味でサッカーをやっているというには上手くて、プロを目指してサッカーをやっているというには下手なくらいだ
1年生が用具を片付けている中、2・3年生は先に帰宅する。学校から離れている場所にグラウンドがあるため、毎回大荷物を抱えて移動するのは大変だ
今年の新入部員は5人
一体、何人が退部せず残ってくれるだろうか
高森健後(タカモリケンゴ)と天草俊(アマクサシュン)は並んで歩く
「今日の紅白戦まあまあだったな」
「作戦の理解も早いし
ただまあボールばかり見ているのは気になるけど」
「お前の予備動作なしの動きに付いてこれるかよ」
単調な動きでは簡単にボールを奪われてしまう
そのため一つ、二つ動作を加え、相手に読まれにくい行動をする
ただスピードやパワー、瞬発力などが高ければ、予備動作なしの動きでも対応できる。相手に動きを読まれても付いてこれなければ問題はない
俊は足元でボールを翻弄するトリッキーなプレーと予備動作なしのストレートな動きが特徴的であり、これは県内でも群を抜いているレベルだ
「剣後の理詰めの考え方が合っているだけだよ」
俊が攻撃的ミッドフィルダーとして活躍する中、守備の要として活躍するのは健後だ
まるでコート全体を見渡しているかのようで、監督の伝達が行き届かないプレー中にジェスチャーやハンドサインで指示をくれる
なぜここに?と疑問になる指示も多いが、なぜかすんなりと事が進むのである
「1年生が全く理解してなくていつもの倍走らされたから疲れたぜ」
「これは鍛え直さないとな」
「だな」
俊と健後がグラウンドから土手を上がると、一人の女子生徒が声を掛けた
「天草君今話いいですか」
近くにいた部員達は声を出す
「「いいですよ」」
俊は動揺する
「ちょっと勝手に」
3年生部員は冷やかす
「行って来い」
俊は一歩前へ進み、女子生徒との距離を詰める
女子生徒は俯き口をモゴモゴと動かすと顔を上げ、
「あのっ!私
俊くんのことが好きです」
突然の告白に俊は困惑する。そもそも相手が誰なのか思い出せない
「えっと・・・どこの子」
「大分県立西浜高等学校理数科3年じゃなくて・・・
サッカー部のマネージャーの」
「あっ思い出した
先週の練習試合の」
川の向こう側にある高校で、サッカー部は隣接するスタジアムで練習をしている。練習試合もそこで行われた。いつもと違う芝の環境が心地よかった
そうだその時、相手選手のスパイクの先がすねに当たり軽い怪我をしたのだ
それで手当してくれたのが彼女であったような
「あの時はありがとう」
「覚えてくれてましたかっ!」
やはりそうか
女子生徒は肌が日に焼け、可愛いよりもかっこいいといった感じだ。健康的なのは大変良い。おまけに理数科となれば頭もいい。付き合えたら周りから羨望の眼差しだろう
だがしかし、今の俊にとっては恋愛はどうでもよかった
「ごめん、興味ないから」
女子生徒は悔しそうに地団駄を踏むと、ピシリと人差し指を俊に向けて言い放つ
「ムムム。今年の県大会は負かしてやるからな!
覚えておけよ」
女子生徒はふんと鼻を鳴らし、そのまま走り去った
俊は呆気にとられた顔で、小さく「元気でね」と呟く
俊の背後で人の倒れる音がする
3年生部員は恨めしそうに声を出す
「くそー向日葵のように可憐なお嬢さんを」
「可哀想に。選んだ相手が悪かった。俺なら振らない」
「この雪辱は必ず果たすからな」
「同じチームですよね先輩」
3年生部員はガハハと豪快に笑う
「いやーそうだったな」
「間違えてオウンゴール決めたら許さないっすから」
「そう怒るなって」
俊は再び健後と並んで歩く
俊の背中を健後は強く叩く
「また女の子泣かせて
彼女の一人ぐらい作ってもいいだろう
肝の小さな男だな」
「その話はどうでもいい」
「ジジィになって結婚相手がいなって嘆いても知らねえからな」
「お前こそ彼女に振られたくせに」
健後は傷付いた素振りを見せる
「夜の遊園地の観覧車でフラレるとは思わなかったぜ
2回目だぜ」
「俺はお前のそういうダサいところ好きだぜ」
健後は宗麟大橋(ソウリンオオハシ)を渡る
反対側には軽音楽部らしい女子生徒がなにやら言い合っている
「俺スイーツ食いたい」
「えっ」
確かに女子生徒は美味しそうなスイーツを挙げている
大方、誰が奢るかで揉めているのだろう
「よっしゃーコンビニに寄るか」
健後は俊の肩に腕を回す
練習終わりだけに酸っぱい汗のにおいがする
俊は腕を払う
「わかったよ」
◇
コンビニに入店すると健後は御手洗いを借りに行った
俊は化粧品のコーナーで立ち止まる
「恋は唇から始まる」と書かれたポップの下に広々とリップ・クリームが展開している
「恋か」
「なにお前恋しているの」
俊は驚き横に跳ねる
「わっ!!!」
丁度タイミングよく一青窈の「ホチKiss」が流れ始める
俊は足早にスイーツの棚に向かう
「おいおいおい教えろよ
親友だろ」
「俺は恋してない」
「奏に振られてもう他の女とは付き合わない
なんてムーブかましてたのに
次はどこの女だ」
「奏とはそんな関係じゃない」
「「私の好きに気が付いて」と儚げだったぜ俊」
「俺いい加減怒るぞ」
「可愛いな」
レジにいる若い女性店員はにやりと笑う
俊はレジに行き商品を置くと、健後の手から商品をむしり取り、2人分の会計を済ました
「やっさし」
「いつか中学の頃に俺が奢る話があっただろう」
「あれはアイスだ」
「これで精算だ」
健後は舌打ちをする
「ちっわかったよ」
◇
俊は健後とコンビニで別れ、バス停へと向かう
大分駅周辺はどこも道が広く車の往来は激しい
地方の過疎化なんて言葉が嘘みたいだ
五月蠅い車の走行音を聞き、狭い歩道を歩く
今日はなぜか寂しい
軽音楽部の部員を見たせいだろうか
誰か同級生が通ってくれないかと思う
別に今のサッカー部が孤独なわけではない
そもそも自分で選んだ道だ。悔いはない
しかし、軽音楽部ほど心で会話を出来る部活ではない
時には衝突を回避して会話をしなければまともな試合すらできなくなる
本音と本音をぶつけ合い、曲を作るあの空間は特別だ
兼部していることになっているからまた顔を出そうか
もうそこには居場所はないかもしれないが
15分ほど歩き、バス停に着く
バスを待つと高架の上を列車が走り、さきほどとは別の女子生徒が手を振っているのが見えた
俊は無理矢理笑顔を作り手を振り返す
女子生徒の嬉しそうな動きが、キャッキャという声が聞こえてきそうだ
それから5分後、バスが到着し乗り込むと後ろの席に座りスマホをいじった
無性に過去が恋しくなり写真フォルダを開く
ちょうど一年前のこの時期、確か3回目の練習だったが、防音室内で撮った写真を見る
ブラック・サバス、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル
三大ハードロック・バンドにちなみ黒紅梅(クロベニウメ)
梅は梅紫から取った
奏とバンドを組むのは予想外であったが、それはとても幸福であった
なぜならば、俊にとって奏は初恋の相手だからだ
今日から1年生も加わり、部内で試合を行った
元から音楽をするための学校だ
集まる部員もそれなりの実力で、趣味でサッカーをやっているというには上手くて、プロを目指してサッカーをやっているというには下手なくらいだ
1年生が用具を片付けている中、2・3年生は先に帰宅する。学校から離れている場所にグラウンドがあるため、毎回大荷物を抱えて移動するのは大変だ
今年の新入部員は5人
一体、何人が退部せず残ってくれるだろうか
高森健後(タカモリケンゴ)と天草俊(アマクサシュン)は並んで歩く
「今日の紅白戦まあまあだったな」
「作戦の理解も早いし
ただまあボールばかり見ているのは気になるけど」
「お前の予備動作なしの動きに付いてこれるかよ」
単調な動きでは簡単にボールを奪われてしまう
そのため一つ、二つ動作を加え、相手に読まれにくい行動をする
ただスピードやパワー、瞬発力などが高ければ、予備動作なしの動きでも対応できる。相手に動きを読まれても付いてこれなければ問題はない
俊は足元でボールを翻弄するトリッキーなプレーと予備動作なしのストレートな動きが特徴的であり、これは県内でも群を抜いているレベルだ
「剣後の理詰めの考え方が合っているだけだよ」
俊が攻撃的ミッドフィルダーとして活躍する中、守備の要として活躍するのは健後だ
まるでコート全体を見渡しているかのようで、監督の伝達が行き届かないプレー中にジェスチャーやハンドサインで指示をくれる
なぜここに?と疑問になる指示も多いが、なぜかすんなりと事が進むのである
「1年生が全く理解してなくていつもの倍走らされたから疲れたぜ」
「これは鍛え直さないとな」
「だな」
俊と健後がグラウンドから土手を上がると、一人の女子生徒が声を掛けた
「天草君今話いいですか」
近くにいた部員達は声を出す
「「いいですよ」」
俊は動揺する
「ちょっと勝手に」
3年生部員は冷やかす
「行って来い」
俊は一歩前へ進み、女子生徒との距離を詰める
女子生徒は俯き口をモゴモゴと動かすと顔を上げ、
「あのっ!私
俊くんのことが好きです」
突然の告白に俊は困惑する。そもそも相手が誰なのか思い出せない
「えっと・・・どこの子」
「大分県立西浜高等学校理数科3年じゃなくて・・・
サッカー部のマネージャーの」
「あっ思い出した
先週の練習試合の」
川の向こう側にある高校で、サッカー部は隣接するスタジアムで練習をしている。練習試合もそこで行われた。いつもと違う芝の環境が心地よかった
そうだその時、相手選手のスパイクの先がすねに当たり軽い怪我をしたのだ
それで手当してくれたのが彼女であったような
「あの時はありがとう」
「覚えてくれてましたかっ!」
やはりそうか
女子生徒は肌が日に焼け、可愛いよりもかっこいいといった感じだ。健康的なのは大変良い。おまけに理数科となれば頭もいい。付き合えたら周りから羨望の眼差しだろう
だがしかし、今の俊にとっては恋愛はどうでもよかった
「ごめん、興味ないから」
女子生徒は悔しそうに地団駄を踏むと、ピシリと人差し指を俊に向けて言い放つ
「ムムム。今年の県大会は負かしてやるからな!
覚えておけよ」
女子生徒はふんと鼻を鳴らし、そのまま走り去った
俊は呆気にとられた顔で、小さく「元気でね」と呟く
俊の背後で人の倒れる音がする
3年生部員は恨めしそうに声を出す
「くそー向日葵のように可憐なお嬢さんを」
「可哀想に。選んだ相手が悪かった。俺なら振らない」
「この雪辱は必ず果たすからな」
「同じチームですよね先輩」
3年生部員はガハハと豪快に笑う
「いやーそうだったな」
「間違えてオウンゴール決めたら許さないっすから」
「そう怒るなって」
俊は再び健後と並んで歩く
俊の背中を健後は強く叩く
「また女の子泣かせて
彼女の一人ぐらい作ってもいいだろう
肝の小さな男だな」
「その話はどうでもいい」
「ジジィになって結婚相手がいなって嘆いても知らねえからな」
「お前こそ彼女に振られたくせに」
健後は傷付いた素振りを見せる
「夜の遊園地の観覧車でフラレるとは思わなかったぜ
2回目だぜ」
「俺はお前のそういうダサいところ好きだぜ」
健後は宗麟大橋(ソウリンオオハシ)を渡る
反対側には軽音楽部らしい女子生徒がなにやら言い合っている
「俺スイーツ食いたい」
「えっ」
確かに女子生徒は美味しそうなスイーツを挙げている
大方、誰が奢るかで揉めているのだろう
「よっしゃーコンビニに寄るか」
健後は俊の肩に腕を回す
練習終わりだけに酸っぱい汗のにおいがする
俊は腕を払う
「わかったよ」
◇
コンビニに入店すると健後は御手洗いを借りに行った
俊は化粧品のコーナーで立ち止まる
「恋は唇から始まる」と書かれたポップの下に広々とリップ・クリームが展開している
「恋か」
「なにお前恋しているの」
俊は驚き横に跳ねる
「わっ!!!」
丁度タイミングよく一青窈の「ホチKiss」が流れ始める
俊は足早にスイーツの棚に向かう
「おいおいおい教えろよ
親友だろ」
「俺は恋してない」
「奏に振られてもう他の女とは付き合わない
なんてムーブかましてたのに
次はどこの女だ」
「奏とはそんな関係じゃない」
「「私の好きに気が付いて」と儚げだったぜ俊」
「俺いい加減怒るぞ」
「可愛いな」
レジにいる若い女性店員はにやりと笑う
俊はレジに行き商品を置くと、健後の手から商品をむしり取り、2人分の会計を済ました
「やっさし」
「いつか中学の頃に俺が奢る話があっただろう」
「あれはアイスだ」
「これで精算だ」
健後は舌打ちをする
「ちっわかったよ」
◇
俊は健後とコンビニで別れ、バス停へと向かう
大分駅周辺はどこも道が広く車の往来は激しい
地方の過疎化なんて言葉が嘘みたいだ
五月蠅い車の走行音を聞き、狭い歩道を歩く
今日はなぜか寂しい
軽音楽部の部員を見たせいだろうか
誰か同級生が通ってくれないかと思う
別に今のサッカー部が孤独なわけではない
そもそも自分で選んだ道だ。悔いはない
しかし、軽音楽部ほど心で会話を出来る部活ではない
時には衝突を回避して会話をしなければまともな試合すらできなくなる
本音と本音をぶつけ合い、曲を作るあの空間は特別だ
兼部していることになっているからまた顔を出そうか
もうそこには居場所はないかもしれないが
15分ほど歩き、バス停に着く
バスを待つと高架の上を列車が走り、さきほどとは別の女子生徒が手を振っているのが見えた
俊は無理矢理笑顔を作り手を振り返す
女子生徒の嬉しそうな動きが、キャッキャという声が聞こえてきそうだ
それから5分後、バスが到着し乗り込むと後ろの席に座りスマホをいじった
無性に過去が恋しくなり写真フォルダを開く
ちょうど一年前のこの時期、確か3回目の練習だったが、防音室内で撮った写真を見る
ブラック・サバス、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル
三大ハードロック・バンドにちなみ黒紅梅(クロベニウメ)
梅は梅紫から取った
奏とバンドを組むのは予想外であったが、それはとても幸福であった
なぜならば、俊にとって奏は初恋の相手だからだ


