早朝6時。俊は教室に荷物を置いて練習場所へ向かう
制服での登校は絶対であり、部活の練習があったとしても例外はない
今日も校門には教員が2名立って生徒を監視している
俊が川沿いのグランドに到着するとすでに健後がストレッチをしていた
1年生は朝の5時から練習を開始し、2・3年生は6時から練習を開始する
3年生の威勢の良い声に背中を押され、1年生は必死にシュート練習をしている

「おせーぞ俊」
「悪ぃ健後」

俊はスパイクに履き替え爪先を地面に立てる
固い土の感触が伝わって来る
近隣の高校でここまでお粗末な練習環境はなく、大体の部員は足に傷が付いている

「俊ク~ン」

俊は土手沿いを見る
他校の生徒が自転車を停めて集まっている
俊は手を振ると一人の女子生徒がタオルを投げた
俊はそれを手に取ると優しく微笑みかける

「サンキュー」

生徒達は黄色い歓声を上げ、決定的な瞬間をカメラに収めようとする
すぐにコーチが一喝を入れる

「フラッシュを止めろ
練習中だろ」

女子生徒達はしゅんとなり小声でぶつくさ文句を言う
俊は健後の隣に並び、ストレッチをする

「相変わらず凄い声援だな」
「そうだね
去年は県大会2回戦で敗退したのに」
「今年はベスト8目指すぞ」
「優勝だろ」
「そうだな」

健後は俊の背中を叩く

「健後入りまーす」

健後はゴール前の列に並んだ



俊が再びサッカーを始めようと決心したのは去年の球技大会からだ
週に一度だけあるロングホームルーム
黒板に書かれた球技大会の種目
学級委員の一人は言う

「次は男子サッカーです
2クラス1チームなのでこのクラスからは10名出します
希望する人はいますか」

サッカー部の5人が手を挙げる
様子を見て、サッカーが好きな生徒が4人手を挙げる

「あと一人いませんか」
「駿でいいんじゃねぇか」

一人の男子生徒の声をあげる。同調するようにクラスメイトは頷く

「ほなら駿で決まりでいいですか」
「まぁいいですよ」
「じゃあ次、女子フットサル決めます」

俊は少し不満そうに頬杖を付くと足を小さく前へ蹴った
意図的に避けていたのに
決まってしまったものは仕方ない
種目決めも順調に進み、そのままホームルームになる
担任教師は、

「来週から定期試験が始まるからな
球技大会は再来週の金曜日
勉強する時は勉強して。遊ぶ時は遊んで
それが高校生の本分だからな」

日直が号令を掛け、放課後になる
その日は午後から土砂降りの雨の予報であったが、鞄の中に折り畳み傘があると慢心してしまった
俊は机の上で鞄を広げ、傘がないと気づき顔が曇る
俊は奏に声を掛ける

「奏傘ある?」
「あるけど委員会」
「まじか」
「終わるの1時間後くらい」
「そっか」

俊は隣のクラスに顔を出し蓮児を呼び出す

「今日休みだって」

よりによってサボりか
大学のコンビニに行けば傘は買えるが、大学生だらけの空間にいるのは勇気が出ない
諦めて練習場所までダッシュをすることにした
校門前を過ぎた時、俊はsatoshiに声を掛けられる

「よおっ!」
 
俊は振り返る

「お久しぶりです」
 
satoshiは傘を持つ腕をぐっと伸ばす

「とりあえず入れや」

俊とsatoshiは相合い傘の格好で軽音楽部の練習場所へ向かう

「久し振りじゃないですか」
「そうか。よく会っている気ぃすんけどな」
「なんか急用でもあったんすか」
「ブラインドサッカー知っているか」
「目隠ししてやるやつの」
「知っとるんなら話は早い
実は嫁に頼まれてブラインドサッカーの教室を手伝っているんだけど」
「サッカーやるんですね」
「観るほうが楽しい
ほいでちぃっと手伝ってくれないかな」
「俺なんかに務まるわけないじゃやいですか」
「できるできる」
「適当言って。ちなみにいつですか」
「明日の午前9時、コダマ運送大洲アリーナ集合」
「分かりました」
「体育館やからスパイクはいらん
運動できる格好ならええ、体操服でも」

satoshiは練習場所へ着くと傘を置いて帰っていった
俊は名残惜しそうにsatoshiを見る

「練習顔出してくださいよ」
「そうだな10万くらいくれるんならいいよ」
「高すぎっ」
「ハハハッ
これから福岡でライブだから
ここで道草食ったら明日行けなくなる」
「また来てください」
「その気になったらな」



翌日、俊は指定された時刻に体育館に向かった
体育館のホワイトボードには、「8:00-12:00 ブラインドサッカー教室」と書かれている
俊は体育館に足を踏み入れると、satoshiに声を掛けられた

「おはよう」
「おはようございます」
「着替えは・・・着てきたのか
更衣室は好きに使ってもいい」

satoshiは体育館の一角を指差す

「荷物はあそこら辺に固めておいてくれ」
「わかりました」

言われた通りに俊は荷物を置く
その後、俊は監督やコーチ、スタッフと挨拶を交わした
監督は女性であった
監督は選手を集めた

「えー今日高校生の方が来てくれてます」
「天草俊です。よろしくお願いします」

俊は選手の顔を見る
年齢にはばらつきがある

「それでは皆さん自己紹介をしましょう」

8人の選手が紹介される
下は高校生、上は社会人といったところだ

「女子チームと中学生以下の子もいるんだけど
その子達は別の日に練習しています」
「そうなんですね」
「駿君はブラインドサッカーについて知ってますか」 
「おおまかに」
「そうですか。弱視の方がやるのがロービジョンフットサルと言われてます
反対に完全に目が見えない方がやるのがブラインドサッカーとなります」
「へぇそれは知らなかったです」
「よく混同されます
ただ、ブラインドサッカーでもゴールキーパーは目が見える方が担当します
うちのチームだと細田君と山川君ね」

名前を出された選手は頷く

「試合人数はフィールドプレイヤー4人とゴールキーパーの1人。スタッフは監督の私とあと1人付きます
ゴール裏で指示を出す方がね」
「はい」
「大体のルールはサッカーと同じですが、接近する時は「ボイ」と声に出します
声が出されない時は反則となります」
「気を付けます」
「今日は俊君には彼等の対戦相手になってもらいます
我々がいつも行っている練習なのですが、2対5で5分間試合をします
どちらが点を取ったとしても駿君からはじめてください」
「目隠しはいいんですか?」
「しなくて結構です
危険がないか見ることも仕事の一つなので」
「わかりました」
「では、早速始めましょうか」
  


俊はボールを受け取り、センターサークルに立つ
選手はセンターサークルに向けて大きくVの字に立つ

「それでは始めます」

ホイッスルの音が鳴り、タイマーが動く
俊はボールを蹴ると急加速した

「ボイ」

一瞬で選手は視界の後方へ消えていった
そのまま俊はゴールへシュートを放つ
ゴールキーパーは細田だ
細田は反応良く、指先数センチボールに届かなかったが、次は止めるという気合を感じる

「ゴール」

選手達は点を取られたにも関わらず、「ナイスゴール」と口々に言った
俊は焦った
流石に手加減するべきだったと
satoshiは声を掛けた

「そのまま続けろ」
「はい」

本当にいいのか
俊は戸惑いながらもホイッスルが鳴ると再開した

「ボイ「ボイ」」

俊が蹴り始めると視界に人が現れた
俊は思いっ切りぶつかるのはやめた方がいいと上半身だけを外側に倒した
しかし、相手はセンサーのように腕を伸ばし位置が分かると、肩をぶつけてきた
感触でわかる
これはサッカーをしてきた人の肩だ
相当分厚く、自分より遥かに筋力がある
追随するように他の選手がまとわりつく
正直言って気持ちが悪かった
監督はまくし立てるように指示を出す

「4番の前にボール
4番の隣に8番、10番そのまま、12番反時計回りに回って。ストップ!」

ここまでプレスされれば俊の足からボールが奪われる

「ボイ」「ボイ」「ボイ」「ボイ」
「4番左斜前に。そこ少し前進
12番もう少し後ろ。ボール来ます」

4番の取ったボールが12番に渡る
俊はすぐに追い付き12番の前に立ち塞がる

「ボイ」

12番は後ろに立つ8 番にボールを蹴り、8番から4番へ流れて、

「L、3、H」

4番は鋭く右斜め前に高くシュートを放つ
ボールはネットを揺らし、これで同点となる

「ゴール」

俊は監督に質問する

「今の指示なんですか」
「距離、角度、高さのことです」
「ありがとうございます」

ここまででやっと1分を切った
まだまだ長い。俊は額の汗を拭うと自分の肩を叩く
3度目も同じ4番の接近から始まった
俊はフェイントを交え抜こうとする
しかし、4番は微動だにせず、僅かな隙を見つけてボールを奪った
相手が目が見えないのなら視覚で惑わすのは意味がない
そう単純なことに気づかなかった
俊はすぐにボールを奪い返すと敵陣に突き進んだ
かなりスピードが速いが、選手達は迷いもなく走り続けた。3人の選手がプレスをし、1人がボールが飛んでくるのを待つ

「ボイ」

小技が通じないのなら力技だ
俊は強引に突き進んだ
進んでは押し戻されて。蟻の行進のごとく、じわじわとゴールに近付いた
俊はボールを放つ。細田はボールを蹴り戻す。俊はボールを放つ。細田はボールを蹴り戻す。俊は高くボールを蹴る
細田は一瞬、手を下に向けたが、そのまま高く上がるとボールにパンチをしてコート外へ飛ばす

「細田ナイス」

俊は思わず口に出す。細田は照れくさそうに笑う
その後、試合は俊がリードし、2対1で勝った