行き先は長崎の遊園地にした
おそらく全国的に有名なところだ
旅費の一切も出せる訳がなかった
母親はアナログな人間で、メモ帳に大事な暗証番号やパスワードを書く癖があった
内緒でATMからお金を引き出すのも容易かった
お金を封筒に入れるとなぜか罪悪感が込み上げていた
母親に部活の合宿を言い忘れていたと嘘をでっち上げ、旅行の日を迎えた
大分駅で奏と落ち合う
全身真っ黒なモード系ファッションだ
背は低いものの、バンドマンとして映える見た目をしている
俊が片思いする理由もなんとなく分かる気がした

「おはよう
今日どこへ行くの」

奏には肝心の行き先を告げていなかった

「長崎のツツジランド」
「結構遠いね」

健後は断られるかと一瞬身構える
奏は腰に手をおいて急かす

「なにしているの
電車?バス?飛行機?」
「バス」

健後は奏をバス乗り場に案内する
大分県から長崎県に行くには2つのルートがある
高速バスと鉄道を乗り継ぎ、東西に抜けるルート
海岸線をなぞり、鉄道で向かうルート
今回は急ごしらえの旅行であったため、行きは前者、帰りは後者と両方のルートを使うことにした
バスに乗り込む。席は八割方埋まっている
奏を窓際に、自分を通路側に座らせる
意外と距離が近い
香水の香りが漂ってくる
健後は目を泳がせどぎまぎする
奏はスマホを眺め、イヤフォンで音楽を聴いている
健後は意味もなくスマホの画面を見つめる
これまでサッカーしかしていなかったため、アプリも必要最小限である
暇を潰せるものはなかった
健後はため息を付くと、目を閉じて狸寝入りをした
午前10時発のバスは12時を過ぎに諫早インターに到着する。そこから路線バスに乗り継ぎ、諫早駅へ
諫早駅からツツジランド行きの電車に乗る

「諫早さんって長崎と関係あるの」
「いや私の家はずっと大分だけど」
「いいなぁなんか地名が苗字って」
「高森も熊本でしょ」
「まじそうなの」
「知らない?」
「東北に縁がある家だとは聞いてたけど」

そこからは他愛もない話をして時間を潰した
諫早という街にはそれなりに栄えてあり、観光名所もいくつかあるらしい
電車に乗る前に寄ればよかったなど
そういう話をした
午後2時を回り、やっとツツジランドに到着する
駅の周りは異国情緒溢れるわけでもなく、田舎の山村の景色が広がっている
健後と奏は橋を渡る
奏は前方に見えるホテルを指差す

「ねぇ今日泊まるホテルってあそこ」
「ごめんな。武雄温泉のビジネスホテル」
「温泉あるんだ。いいね」
「また電車乗るからあと3時間くらいしか遊べない」

健後と奏はゲート近くのコインロッカー荷物を預け、パークインする
園内は外と一転して、異国の街が広がっている
パスポートなしの海外旅行だ
奏は目を輝かせる

「ねぇここ外国みたい
ほらあそこ教会かな
サン=ピエール教会みたいな」

健後は奏に手を引かれ園内を見て回る
てっきり洋風建築を見て楽しむだけの施設かと思ったが、しっかりアトラクションはあるらしい
メリーゴーランドにコーヒーカップ、ジェットコースターとベターな乗り物を楽しみ、最後に最近できたアトラクションに向かった
三角柱形の建物はSF映画に出てくる秘密基地だ
とあるシリーズ物のゲームとコラボしたアトラクションで、入口にはキャラクターのパネルが置いている

「このゲーム知ってる?」
「いや知らない」

俊と健後は建物の中に入る
券売機でチケットを買わないといけないらしく、3,000円を支払うと磁気カードが発券される
駅の改札のように磁気カードをタッチし進む
蛇行するように柵が設けられ、健後と奏は最後尾に向けて進む。意外とかなりの行列であった
電光掲示板には40分待ちの表示が

「ホテル間に合う?」
「最悪6時までに出れば間に合うから」
「そう」

待機列の近くにはモニターが設置してある
架空の街の観光案内ビデオやおぞましい人体実験の映像

「これってもしかしてホラゲー」
「そうかもな」

健後はスマホで作品を調べる
サイトにはホラー・サイバル・アクションと書かれている
健後は引き返そうかと奏を見る

「ホラーって私好きなんだよな」

駄目だこれは
健後は帰れそうにないと列を進む
しばらくすると列は二手に分かれた
片方は一人で参加する用、片方はグループで参加するよう。早く体験したい場合はグループで参加するようアナウンスが流れた
ついに健後と奏の番になる
扉を開くと、スモークが焚かれた
赤いライトで照らされた部屋
特殊部隊の格好をしたキャストが二人、プレショーを始める

「君が新しい隊員か」
「今回の任務は簡単なものよ
フォックスシティで原因不明のバイオハザードが発生
市長の娘を捜索し救出して」
「どうやって探し出すんだ
みたいな顔をしているな
これを使うんだ」

キャストはVRゴーグルとコントローラを渡す
コントローラが先でゴーグルが後のようだ
手袋のような形状のコントローラをはめて、VRゴーグルを装着する
一瞬で場所がヘリポートに変わり、エンジン音が聴こえてくる
男性キャスト、というか、男性のキャラクターか
ゲーム内の男性隊員は親指を立てる

「いかしてるぜ」
「いいこのデバイスを使いこなせるかどうかが本ミッションの成功の鍵となる」

そこからはVRゴーグルの説明となる

「分からないことがあればすぐにヘルプボタンを押してくれ」
「さぁ出発よ
付いてきて」

画面に矢印が表示され、健後と奏は案内に従って歩く
ヘリコプターの座席に腰を下ろすと安全バーが下がる感触がする
シートからはかなりの振動を感じる
男性隊員の声が遠くから聴こえる

「ゆっくり街の景色を眺めようぜ」

ヘリコプターは離陸する
初めは綺麗な街並みであったが、バリケードを超えるとゾンビが現れ、あちらこちらで炎が上がり、逃げ惑う人々で溢れかえった光景が流れる
この間、ハリウッド映画のようにスタッフクレジットが流れ、最後にタイトルが流れる
どういう仕組なのか、熱風や煙を感じる
再び、男性隊員の声が

「そろそろ降下ポイントに到着するぞ」

ヘリコプターはホバリングをする

「おかしいわね
やけに人が少ないわ」
「みんな食われてしまったんじゃないのか」
「違うわ
彼等は元は人間
理性を失って攻撃しているの
捕食が目的じゃない」

突然、シートの背中部分が強く振動する
アラート音が五月蝿く鳴る
健後は慌てふためく

「えっ、なになになに」
「緊急事態発生、緊急事態発生!」
「なにが起こっているんだ」
「あれを見て」

窓の外には巨大なサソリが立っている
サソリは口から炎を吐き、ヘリコプターを攻撃する
まるで怪獣映画のようだ
シートは映像に合わせて高速回転する
健後と奏は大きな悲鳴を上げる
輸送機は燃え上がる川に不時着する
ちゃんと水の不快感が全身に伝わる
健後は咄嗟に口元に手を持っていく。自分の唇に触れ、少しずつ落ち着きを取り戻していく
手に装着したコントローラが振動する 
画面の案内に従って、水を掻く
徐々に浮上し画面一杯に光が満ち溢れる
どこかの書斎のような場所で老翁に声を掛けられる

「ここまで辿り着けるとは
まるで奇跡だ
そうだな、君に頼みたいことがあるんだ
ある少女を探し出してほしいんだ」

老翁は写真を机の上に置く

「その少女と出会えたら教えてくれ」

どうやら車椅子に拘束されていたようだ
看護師のような女が拘束具を解く
ゴーグルの外ではクルーが安全バーを上げてる

「気持ち悪さはない」
「大丈夫です」
「そう。少し顔色が悪そうだわ
ポーズ画面からゲームを終了することができるわ」

健後は起き上がる
奏のアバターが半透明に表示される
健後と奏は書斎を出る
健後は書斎のドアに触れるももう一度戻ることはできない。隣の部屋のドアにも触れるが鍵が掛かっている

「どうやら先に進むしかないみたいだね」

木漏れ日の差す廊下を進む

「こういうのって突然襲われるよな」
「明るいところで襲わないよ」

窓が途切れ、薄暗い廊下の突き当たりに辿り着く
健後と奏はエレベーターに触れる

『エレベーターは動かない
3個の丸い窪みがある』

フラグが立ったのだろう
扉が開く音がして健後と奏は振り返る
書斎の隣の部屋のドアが開いていた

「行こうか」
「いやぁ本当に怖い」

健後のひざは震えていた
奏はスキップをしながら部屋に入った
室内は薄暗く、右手のコントローラーを操作すると懐中電灯が出現し、周囲を照らしながら探索する

「分かれようか」
「おう」

正直、一人では捜索したくなかった
やがて遠くから鎖を引きずる音が聴こえてくる

『追跡者から逃げろ』

健後は机の下に隠れた
追跡者が近付けば近付くほど鼓動の音の効果音が大きくなった

「ねぇ私見つけちゃった」

奏はいつの間にか健後の隣にいた
健後は飛び上がる

「わっ!びっくりした」

追跡者は踵を返し健後の方へ迫りくる
慌てて健後は机の下に隠れた

『警戒中は索敵精度が上がります
移動してください』

健後と奏は屈みながらゆっくりとその場を離れる
鼓動の音の効果音が小さくなる
奏は前方を指差す
壁に赤い字で

『Look beneath(文字を消した後)!
-を見ろ!』

「なにかを見る」 
「あそこにテディベアがあるでしょ」

テディベアで一杯になった棚がある 
あからさまに不自然だ

「テディベアを見るってことじゃない」
「なるほど」

奏は意外と頭がキレる
健後はてっきりここで少女を探すのだと思っていた

「ほらここ」

奏は机上のテディベアを指さす
背中がぺたんと付いて足が見える
右足にはハートの刺繍、左足にはアルファベットが

「これを集めようか」

健後と奏はテディベア探しを始めた
集まったのは「E」, 「O」,「B」,「L」,「G」,「E」
文字を入れ替えるとglobe

「そっかサッカーのグローブ」
「馬鹿ね地球儀のことだよ
ほらグローバルってあるじゃん」

奏の推測通りであった
地球儀を触ると青い玉が出てきた

「よっしゃ!最初の一個」
「次の部屋も行こう」

健後と奏は3つの部屋を探索し玉を見つけた
謎解きに熱中すると恐怖心は薄らいでいた
健後は次の謎解きはなんだろうと意気揚々エレベーターに乗り込む
奏が乗り込むとエレベーターは閉まり浮上する
正確には浮上していると錯覚しているのだが
床が大きく揺れ始める

「今度はなに」

奏は落ち着かない様子で頭を動かす
天井から液体が降り注ぎ、壁に次から次へと手形がつく。おまけに床は波打ち気持ちが悪い
しばらくしてエレベーターは元通りになり2階へ到着する
四方は壁で真正面の壁にはハンドルが付けられている
健後はハンドルを回す
ハンドルは取れ、常に握っている状態になる
右の壁にドアが出現する

『研究室へ迎え向え』

このエリアは迷路
ハンドルを付けて回し、部屋を動かす
時に壁に空いた小さな穴を覗き込む
最奥のゴール地点を目指すのであった
空間把握なら健後は得意分野だ
目まぐるしく人の立ち位置が変わるサッカーを経験していれば、どこにどう部屋を移動するのか分かる
健後主導で進み、あっという間にゴールに辿り着いた

「ここは」

書斎を出た後の廊下だ
違うところもある。窓の外が嵐になっており、ドアが不自然に変形していることだ
背後から追跡者の音がする
さっきと比べものにならないスピードだ
健後と奏は全速力で駆け抜けた
画面の映像が時計回りに回転する
床の上を走っているのにドアの上を走ったり、窓の上を走ったり
健後と奏は閉まりかけるエレベーターに滑り込んだ
エレベーターは浮上する

「なんかめっちゃ怖いんですけど」
「あれ捕まってたらどうなってたんだろう」

エレベーターが開く
そこは病室であった
ベットか一つ、ライトに照らされている
少女はベットの前に立っている

「さっきの写真の子だ」
「やったねこれでクリアだ」
「よかったあなたはまだ善を忘れてない」

少女は語り始める

「人間には善と悪があるの
なにが善なのかなにが悪なのか
それは誰かが観測して決めること
人間はいつしか善と悪を見分けることができなくなってしまった」

少女の姿が一瞬、白衣を着た女性に変わる

「このパンデミックは一つの社会実験だ
人間の善を喪失し悪を解放する
いずれ悪が善となる時がくるのか
いずれ善を取り戻す時が来るのか」

少女は手を差し伸べる

「私の手を握って
あなたの善意が溶けてしまう前に」

健後と奏はお互いを見る
健後と奏は少女の手を握ろうとするも
追跡者の腕が壁を貫通し、少女の胴体を貫く
大袈裟に肉塊が飛び散る
健後は顔をしかめる

「うわっグロ」

奏は顔を背けている

追跡者は壁を破壊しこちらへ進む
そこへ男性の声がする

「なにをしてるんだっ!
早く逃げるんだ」

健後と奏は振り返る
そこはどこかの路地裏であった
もう一度振り返るとそこは病室ではなくなっていた
健後と奏は隊員の後に続きトラックの荷台に乗り込む
トラックは急発進する

「こちらアルファワン、こちらアルファワン応答願う」
「こちら作戦司令部どうぞ」 
「墜落したヘリコプターの周辺から生存者を発見
至急、応援を頼む」
「了解。救出ポイントBまで移動せよ」

トラックの荷台には武器が置かれていた
隊員は短機関銃を手に取る

「まずはあの化け物を倒すぞ」

健後と奏は同じ武器を手にし、追跡者を攻撃する
攻撃は効いたのだろう。追跡者の体の一部がニキビのように赤く腫れ、黄色の液体を噴出する

「あれが弱点ってことかな」
「そうだよな」

赤く腫れた部分を全て消すと追跡者は触手を伸ばす
触手は隊員を鷲掴みし、空中へ吹っ飛ばす
運転手は叫ぶ

「マイケル、マイケールッ!!」

ここで上空からヘリコプターが接近してくる

「苦戦しているそうだな
とっておきの武器を持ってきた」

ヘリコプターからロケットランチャーが飛んでくる
スローモーションの映像のように落下する
人数分ないらしく、ここは奏に華を持たせた

「俺達がオクトパス野郎を引き付けている間にぶっ殺せ!」

ヘリコプターから機関銃が掃射される
奏はロケットランチャーを構えて追跡者に向かって撃つ

「たこ焼きにしてやる!」

ロケットランチャーは追跡者に着弾し、体を木っ端微塵にする
画面が白い光が満たされる
ゲームは全て終わったようだ
後日談として、報道番組風の映像が流れる

「コクーンシティを襲ったバイオハザードはある研究者によるものであった
その研究者の消息は未だ掴めていない--」

目の前にヘリコプターが停まっている
健後と奏はトラックの荷台から降りる
屈強な兵士が少女を連れて立っている
彼女はイマジナリー的な存在ではないようだ
兵士は握手を求める
健後と奏は兵士と握手をする
ちゃんと触感が再現されている。肌の温かさもだ

「君達の勇敢な行動に感謝をする
さぁゴーグルを外すんだ」

言われた通りゴーグルを外すと、真っ白な空間が広がった
スピーカーから音声が流れる

「これはゲームだ
君達の日常ではない」

このゲームの筋書きはこうだ
主人公は少女の兄である
主人公は研究所で働く中、洗脳されテロリストとして育てられる
市長は事実を隠蔽
バイオハザード中、主人公は洗脳が解け、妹を救出する
洗脳が解けた後も時折、フラッシュバックに悩まされ、こうして過去を体験するセラピーを受け、トラウマを克服するのであった
ドアが開き係員が現れVRゴーグルを回収する

「磁気カードにはクリアデータが記録されています
このアトラクションはマルチエンディングを採用しています
ぜひ、新しい物語を体験してください」

健後と奏のクリア時間は65分30秒
想定クリア時間が45分である
想定クリア時間を過ぎてクリアするとノーマルエンド
想定クリア時間内でクリアするとトゥルーエンド
3つのエリアでそれぞれバッドエンドが一つずつ
最後、ロケットランチャーを使わずに撃破すると隠しエンドに到達する
ゲームを途中で中断した場合は、エンディングにカウントしないが、特殊なムービーが流れる
外に出ると気持ちの良い風が吹く

「これがお化け屋敷か…」

アトラクションの外には売店がある
原作ゲームのグッズを買い漁る客がいた
奏はなにやらスマホを見ている

「私原作ゲームプレイしようかな」

途中でリタイアしなくてよかった
健後は興奮冷めやらぬといった具合だ

「疲れたけどめっちゃ面白いやん」
「なんかね最後に出て来た兵士が4作目までの主人公らしい」
「へぇサプライズ登場みたいな」
「そうそう
ネタバレ言っていい?」
「ああいいけど」
「初代は横スクロールアクションゲームでマリオみたいにスタートからゴールまで走って、途中、ゾンビを倒したりするんだって
後にリメイクがされ、そっちは三人称視点のアクションゲームになっているんだ。物語も原作のあっさりとした内容から続編に合わせた内容に修正されて、黒幕が単なるマッドサイエンティストじゃなくなっている
2から4は三人称視点のアクションゲームで、主人公が1で起こった事件を調査し過去を精算していく話
主人公が所属組織の色々な支部を巡って怪しい組織や企業を倒していく。特に4はバイオテロの首謀者との直接対決が描かれ、主人公の生死が不明のままエンディングを迎える
そして5年越しに続編の発表
シリーズ10周年の節目に5を発売
世界同時多発バイオテロが発生。シリーズ主人公が堂々の帰還。世界戦争の火種を消すことは出来るかみたいな
ちなみに今作の主人公はテロ組織の幹部がなりすました姿で、プレイヤーのやっていることが戦争を起こすためであったというオチ
テロ組織の企てにより、アメリカやロシアは戦争を始める、プレイヤーすらも騙し最悪の鬱ゲーと評されていると」
「あぁ最悪の結末になっちゃうわけか」
「そう。世界中でテロが起き壊滅状態に
で、さっき助けた少女が大人になって登場するのが6から10」
「なるほどな」
「今度はどうぶつの森みたいなのになってる
物語はあるけど、基本的には街を開拓し住人と親交を深め、友人や恋人を作っていく
自然の生き物、テロで生まれた怪物、そして夜限定で幽霊まで
強敵を倒して自分だけの村や国を作っていこうだって」
「聞くと全部やりたいな」

健後と奏は話しながら歩いていると、飲食店が立ち並ぶエリアへと辿り着いた
夕食時だからかあちこちでいい匂いが漂ってくる
思えば、園内で一度も食事をしていない

「食事にしようか」
「賛成」

健後と奏は手近にあるレストランに入店した



レストランは九州地方で生産される褐毛和種の牛肉を使った料理をウリにしている
ドリンクだけでも最低800円、料理2,000円からで高校生の感覚ならかなり高い

「やば高くない」
「もう少し選んで入ればよかった」
「お水だけ飲んで逃げたらおもろいな」

健後はハンバーグセットを頼み、奏はオムハヤシを頼む
ほどなくして料理が運ばれてくる
奏はよほどお腹が空いていたのだろう。一瞬で半分を食べ切ってしまった

「バリうま
牛肉もなんか味濃いし
トマトの酸味もしつこくなくて食べやすい
一口食べな」

奏はスプーンを健後に差し出す
健後はスプーンに口をつける
オムライスの卵は表面がとろっとしているが中はしっかりとしている。僅かな塩味があり、卵だけでも食べてみたい。ライスがただのライスなのもいい。ケチャップライスやピラフなどもいいが。味の濃さが際立ってしまうのが気になる

「シンプルだけど上手い」
「でしょでしょ」

健後はハンバーグをナイフで切ると奏に差し出した

「これお礼に」
「ありがとう」

奏に続いて健後もハンバーグを口にする
確かにこれまでにないハンバーグの味だ
あえて食感を残したタマネギが癖になる

「これもシンプルだけど上手い」
「牛肉の味がしっかりしているから
それを邪魔しないよう味付けしているのがいい」 
「それな」

それから健後と奏は趣味の話、好きな芸能人の話、音楽の話をした

「鶴美部長とは昔からの知り合い」
「違うよ
音楽フェスでライブを観てそれからのファン」
「めっちゃ仲良さそうに見えたから」
「一方的なラブコール
でも私ねよく分からないんだよね」
「なにが」
「副部長に選ばれたの」
「バンドのリーダーだから」
「私が!そんなまさか
面倒ごとは嫌いだし大抵のことは任せっきりだよ」
「鶴美部長に信頼されている証だろ」
「かもね」

健後と奏はごちそうさまと席を立つ
会計は健後が払うことにした



だいぶ時間が押してしまった
健後はゲートに足を向けるが、奏は観覧車を指差し、

「ねぇ食後のデザートに観覧車乗らない」
「雲でも食うのか」
「そうだよ!」

ちょうどパレードの時間帯で観覧車は空いていた
健後と奏は白色のゴンドラに乗り込み向かい合うように座る
上空から見える景色は宝石のように輝いていた

「本当に外国と大差ないな
再現度やば」
「でも周り真っ暗だよ」 

奏の言う通り、テーマパークを囲む森は風情なく暗闇だ
健後は今日これだけは聞いておきたい質問をした

「奏はさ俊のことどう思う」
「えっ急になに
・・・まぁそれなりに頼りになる人
ほらドラムがいないとバンド成り立たないし」
「もしも告白されたら付き合う」
「あーそっち
男二人女一人でハーレムになるわけないじゃん
そっちはリッサとか美音とかどうなん」
「好きじゃないけど」
「そうでしょ。それに―」

奏はこめかみを指差す

「私の頭の中には王子様がいるから
ずっと探しても見つからない王子様」
「それって」
「幼稚園の頃に近くにいたの
凄い好きだった
でもアルバムを見返したらそんな子はいない
私の空想が生み出した理想の人」
「もしも会えたら付き合う?」
「たぶん終わらせるともう」
「どうして」
「大人にならないといけないから」

観覧車は頂上を過ぎ降下する
健後は奏の背後の壁を押す

「なら俺と付き合えよ」

奏は全てを見透かしたように健後を見る
奏は健後の胸に手を置き、ゆっくりと腹部までなぞる

「俊は私のこと好きなんでしょ
だから健後は私と付き合いたい
ずっと叶わなかった相手に初めて勝ち越したいのね」

奏は立ち上がり爪先立ちで健後を抱きしめる

「でも健後は心で私を愛してくれるの」

健後は言い淀む。額の汗が止まらなかった

「それは―」

奏は健後にキスをすると耳元で囁く

「今日はキスだけね
心から愛してくれるなら私も心から愛してあげる
女は誰かの所有物じゃない。男も同じ」

奏は離れて席に座る
健後は呆然と立ち尽くす
しばらくして観覧車の扉が開く
奏が先に健後が続けて降り、今日泊まるホテルのある街へ向かった
ホテルには21時30分頃に到着した 
奏は女性専用の階層に泊まる
健後は奏とエレベーターの中で分かれる

「おやすみ」
「おやすみなさい」

ホテルには大浴場がある
健後は部屋のシャワーを使い、そのまま眠った