正しき者の杖を振れ3

6月のライブは満員であった
毎年、3年生の卒業ライブを兼ねているからだ
特に3年のヨミチクライシコワイ、2年のアキノヨナガはメジャーデビューを果たしているため、客席に多くのファンが座っている
開演が近くなり、健後は物販の仕事を終え、ホール内へ入る
高校生の発表会という雰囲気を忘れるくらい、場内は熱気に満ちている
注意事項の説明、部長達のまったりとしたトークを経て、出演バンドの紹介映像が流れる

「オープニングアクト黒紅梅」

アーティスト写真とバンドロゴが次から次へと現れる

「ネクストアーティスト黒紅梅」

奏達はステージに上ると曲を始める
高速で叩かれるドラムに攻撃的なギターサウンド、そして厚みのあるベース音
いきなり1分半以上イントロの曲を始める
1年生の可愛い奮闘を目にしようとした観客に度肝を抜くパフォーマンスを続ける
曲の速度が速ければ曲自体短くなるのは定説だが、7分半もの長さを全く緩むことなく突き抜けた
そのまま2曲目へ突入する
奏の荒削りなシャウトボイスが会場に反響する
蓮児も呼応するように歌う
畳み掛けるように3人の楽器の音色が重なり曲が終わる

「ありがとうございました黒紅梅です」

ここでMCに突入するのか
だが、楽器の交換やチューニングだけで3曲目を始める
空間系エフェクターとアルペジオの心地よい組み合わせ
バラード調の曲かと思えば、段々と力強く激しくなっていき、途切れる
どこにサビがあったのだろうか
観客達は聴き足りない物足りなさを感じる
奏達はそのまま舞台袖へ消える
まだ僅かに時間が残っていた
奏達は再びステージに上がり、客席に一礼する
アンコールを求める拍手喝采を背中に受け、再びステージを後にする
健後は虚無感に襲われた
物凄く高い壁を突き付けられたようだ
他の1年生部員も同じように、口を開けたはだぼんやりとステージを見ていた



6月のライブはローカル局のニュース番組で流れたこともあって、黒紅梅の噂は校内に広がった
若干、学校で浮いていた3人が一転して、学校の人気者になるとは
健後は女子生徒に囲まれる俊を見て、落胆の息を吐いた
(本当は優等生でもなく、二日酔いで学校を休むやさぐれなのに)
部活では9月のライブの準備が始まった
もうコピーは許されない
オリジナルで勝負しないといけない
1年生にとって最大の山場となる
健後は気持ちを切り替えて曲作りに臨んだ
しかし、ブルートレインは1曲も曲が作れなかった
黒紅梅の圧倒的なパフォーマンスにもはや全てを削り取られたようだ
初めはたまたま曲が作れなかったと気にすることもなかった
1日、また1日と日付が重なるごとに健後の心に焦燥が募った
バンドを結成したばかりの頃はこういう音楽をやりたいと毎日議論を繰り返していたのに
急に記憶を失ったのように、バンドで集まっても誰一人口も手も足も動かさなくなった
延々と時間だけを浪費する空間に健後はいてもたってもいられず、ある日の練習でこう呟いた

「おもんな」

それから健後は練習を無断でサボり始めた



健後には双子の兄がいた
産後わずか10分で息を引き取った
両親は健一と名付けようとしたらしい
なにか悪いことをすれば口癖のように「健一ならそうしない」と言って叱った
「健一はもういない」と口答えすれば母親は半狂乱になり膝にすがりつき「お願い健一みたいになって」と言う
大事な試合や試験がある日の朝には、母親は玄関で「健一の分まで頑張って」と送り出す
歳を重ねるごとに自分の名前が呪いになっていく

「うるせぇよ」

そう言えたらいい
自分は自分だ。そう誇れるものを持っていない
負け犬の遠吠えみたいに吠えたくない
母親の絶叫に惨めったらしく俯くことしか健後は出来なかった
ある日の午後、健後は昼休みからサボってゲームセンターで格闘ゲームに没頭していた
古い筐体だ。向かい側に誰かが座らなければ対戦が成立しない 
健後はただ同じ動きをするNPCを相手に何度も勝ち続けた
健後の操作するキャラクターがバグに捕まる
操作不能になったキャラクターをNPCは何度も殴りゲームオーバーに

「ああクソッ」

健後は思わず台を強く叩く
ゲーム画面はスタート画面に戻り、誰かの戦績がスタッフクレジットのように流れる
健後は背中を反り顎に手を置くと呟く

「俺死んだらなにが残るんだろう」

脳内にこびりつく黒紅梅のライブ
そうだ。あんな風に会場を掌握し、拍手喝采を浴びれたらどんなに気持ちがいいか
再び、オープニングに戻る
武器を持った男達が勇猛に戦うアニメーションだ

「人を殺せば唯一無二の存在になれるかな」

頭の中が邪悪な考えで染まる
雑踏を歩き、すれちがう通行人の腹に包丁を刺す
後ろを歩く人々はスマホから顔を上げ、急に訪れた死から逃れようと必死に逃げる
男、女、老人、障がい者、外国人
お構いなしに切り付ける

「それでもいいか」

健後は立ち上がると店を後にしてホームセンターへ足を運んだ
キッチン用品にあった包丁をレジに持って行く
店員は紙を差し出した

「名前と電話番号をお願いします」

健後が制服を着ていたからか。店員は付け加える

「可能でしたら学校名も教えてもらっていいですか」

一瞬、自分が逮捕された時のことを思い浮かべる
周りの憐れむ声がパトカーのサイレンみたいに聞こえる

「ああもういいよ、健一でも健後でも」

店員は怪訝な顔をする

「えっ」
「キャンセルで」

健後は紙に書きかけた名前を二重線で消す



健後は思案に暮れて気付いてもいなかったが店の外は夜になっていた
大分駅に向かって歩き出すと奏が前から歩いてきた
素通りしようとしたその時、

「今日も練習サボり?」
「ああ」
「次の練習で自分がカッコいいと思う演奏をするんだって
それを繋ぎ合わせて曲にするって」
「なんでそれを言う」
「一応副部長なんで」

そういえばと、健後は俊が奏に好意を抱いているのを思い出した

「奏にとって俊は一番なのか」
「何その質問」

健後と俊は振り返りお互いの目を見る

「恋愛として」
「別に恋愛対象じゃない。好きだけど」
「じゃあ次の土曜日俺と泊りで旅行しよう」

奏は即答する

「いいけど」

再び、健後と奏は背を向けると歩き出した