去年の4月、高森健後はバイトの面接を受けに行っていた。別にお金が欲しかったわけじゃなかった。社会人としての経験が欲しかっただけだ
コンビニの店長は禿げた頭にボールペンを当て、難しげに履歴書を見る

「うーん、高校生となるとな
自由が効かないからな」
「そうですか」

1週間後に電話があれば採用と
健後は店長に見送られ店を出る
停めていた自転車に跨るとまた扉が開いた
店内は混雑している
客はタバコを買おうとしたのかレジへと一直線へ進むが、Uターンをし外に出て行った
扉の隙間から店長が店員を厳しく叱る声が流れてくる

「品出しは後でいいから
早くレジに入って」
「でもこれ販売ノルマがあるんじゃ」
「急げやそれでも社員か」
「はい」

コンビニに正社員がいるのか
どこをどう歩いたらコンビニに就職する道を選ぶのか
健後は全く理解ができなかった



コンビニは繁華街にある
大人のお店が集まり、子供が遊ぶ場所じゃない
健後は自転車を早く漕ぎ抜け出そうとした
しかし、足が止まる
目の前にゲイのカップルがキスをしていたからだ

「珍しいか」
「えっ」

健後は視線を横に向ける
タトゥーショップの前に全身入れ墨の男が立っていた
丸いサングラスを掛け、ハット帽を被りながらも、服装はパンク系だ。いかにもライブハウスにいそうな感じだ

「夜になるとな
隠れていたように出てくる
隠さなくてもいい時代と言っても
隠さなくてもいい場所は少ない
ここはそういう奴が夜の暗闇に紛れて暮らすところだ」

健後は信じられないと顔に出す

「お前は男が嫌いか」
「嫌じゃないと思います
尻の穴にちんこを刺されるのは嫌っスけど」

男は笑う

「だよな」

男は背を向けて店に入る

「ガキは早く帰りな
貞操を守りたかったらな」
「はい」

健後は再び自転車を漕ぎ、自宅へと帰る



サッカー部の件もあり、健後は俊となんとなく気まずく、顔を合わせても話さなかった
6月のライブの出演者が発表になったミーティングの後、俊が健後に声を掛けた

「健後って酒呑めるっけ」
「呑めるけど」
「今日練習終わったら俺の家集合な」
「いいけど」

健後は承諾した後に後悔した
まだ許せていないからだ
話している途中に心ない言葉を吐き傷つけてしまいそうだ



健後も俊も未成年だ
日本の法律に従えば20歳未満の飲酒は違法だ
だがお構いもなしに二人は酒を飲む
彼らの他にも酒を飲む生徒はいる
タバコも同様にだ
健後は練習を終わると、俊の家に向かった
サッカー部時代は何度も行ったはずなのに、なぜかとても懐かしく遠く感じる
健後は恐る恐るインターフォンを押す
すぐに俊が部屋から出てきた

「おう入りな」
「お邪魔しまーす」

俊の部屋に集まり、俊と健後はビールで乾杯する

「「乾杯」」

ゴクリと飲み干すと健後の方から話を切り出した

「どうして急に呼び出したんだよ
学級委員の彼女と飲めばいいじゃん」
「振られたから」
「なんでまた」
「カラオケで酒飲んでるところ見つかって
俺だけ逃げた」
「最低だろう」

俊は自分の股間を指差す

「処女のくせにすげぇフェラ上手かったんだぜ」
「汚ねー自慢話かよ」

俊は健後の手に触れる

「お前は男が好きか」

健後はビールを吹き出しむせる

「どうした急に」
「あるものがないと急に寂しくなっちまうもんだよ
サッカーみたいに」
「サッカーの話はすんなよ」
「怒るなよ」

俊は健後を抱き寄せた
健後はなるがままに受け入れた
誰かとハグするのは久し振りだ。どこか心地がいい
はじめから求めていたような感触だ

「今日は俺のわがままに付き合ってくれよな」
「センチメンタルな気持ちがハイになるまでな」
「ありがとう」

俊は健後の首を舐め、唇へと向かった
健後は好きにさせるかと俊を押し倒し、二人は激しくキスを交わした



部のライブも終わるとまた健後は俊の自宅へ行った
サッカー部での事はまだ腹を割って話せていないが、友達としての付き合いは続けていた
テーブルの上には缶ビールが3本とパックの梅酒が
俊はキッチンで器用に氷を割る
健後は危なげな手つきに思わず声を出す

「おいおい酔っているのに危ないって」
「平気いつものことだから」

丸い氷が2つのグラスに落ちる
梅酒が注がれると琥珀色に輝いた
俊と健後はグラスを片手に乾杯をする

「「乾杯」」


コチンと冷たい音がする
俊と健後はスルスルと梅酒を飲んだ
口いっぱい優しく甘い梅の味で満たされ、アルコールが喉に爪を立てる
健後は息を吐いて笑う

「こんなにうまい酒は久し振りだ」
「言い過ぎだろ」

健後が飲酒を始めたのは中学生の頃
ビールを箱で買う家だったため、こっそり一本抜き取って部屋で飲んでいたのだ
流石にしょっちゅう同じ事をすればバレると思い、適度に間隔をあけて飲むようにした
一度も両親に罪悪感は感じたことがなかった
母親に見つかった時は流石に怒られると思った
しかし両親は特に何も言わなかった
俊はグラスをテーブルの上に置く

「俺酒断ちしようと思っている」
「今更」
「本格的に音楽をやろうと思って」
「そうなんだ」
「だからお前と飲むのは成人してからだな」
「楽しみにしているよ」

その後、他愛のない会話を楽しんで別れた
最後に玄関でキスを交わして

「じゃあまた遊びに来いよ」
「おう」

その"また”は実現しないまま月日を過ぎて行った



健後は空腹で目が覚める
とりあえずキッチンへと向かった
冷蔵庫を開けとアルコール飲料は一つもなかった
健後は舌打ちをして扉を閉める
流し台に行き蛇口からコップに水を注ぎ飲んだ
スマホを見ると、もうすぐで午前3時になりそうだ
画面をスワイプして、写真フォルダーを開く
「思い出を整理しませんか」と、無作為に選ばれた写真が流れて来る
懐かしい。ライブの出演オーディションの写真だ
健後がステージに立ったのはこれが最後になる
次の写真は奏と遊園地で撮った写真だ
部活が面倒になってサボりがちになった頃だ