金松遊学は大分駅近くの駐輪場へ向かう
そろそろ夜行バスが発着する時間か
大きいキャリーケースを持つ人が遊学とすれ違っていく
遊学は初めて東京から大分に来た日を思い出す
あれは小学4年生の頃の冬休みだ
最後の家族旅行だと知らず、飛行機で訪れ、帰りは母親と二人で神戸行きの夜行バスに乗った
父親は仕事で残るからまた会おうと言っていた
休憩時間、巨大な橋が架かるパーキングエリアで、唐突に真実を告げられた

「実はね
お父さんと離婚したの
だからこれからはお母さんの実家で暮らすの」

神戸は良い所だと言って、母親は化粧室へと行った
あの橋を渡ったら父親とは会えなくなる
別に父親と暮らしたいわけでもないが、なにも言わずに別れられるわけもない
気が付くと遊学はガードレールを跨ぎ、急斜面を駆け下りた
目の前には踏切が、その奥には鳥居が
まるで異世界に来てしまったようだ
ともかく道を真っすぐに歩き続けた
吐く息の音が聞こえる度に心細くなって泣き出しそうであった
堪えて必死に、足の裏が痛くなっても必死に、大分駅を目指した
朝になり、駅に辿り着いた
景色は似ているが小倉駅であった
もうなにも感じなかった
よろよろと駅とは反対方向に向けて歩いた
公園でベンチを見つけると座り、疲労の波に押され眠った



母親は化粧室から戻ると息子がいないと気が付く
母親はすぐに乗務員へ伝えるも、警察に通報しただけでバスは定刻通り発車してしまった
残された母親はパニックで右往左往とする
明らかに困っている人間が目の前にいても、誰も声を掛けずに無視をする
30分後、二人組の警察官がやって来た
動悸で胸が苦しく話すのも精一杯だ
なんとか事情を話すと、警察官は警察署へ行きましょうとパトカーに乗せてくれた
パトカーは海岸を縫うように走る
車窓の景色は憎いほど綺麗だ。工場夜景が輝いている
暗い道を大型車が速度を出して走る
もしも、息子が撥ねられたら――
気が気ではなく、膝の震えが止まらなかった
警察署に到着すると会議室に通され、もう一度事の顛末を話す
本格的な捜索は朝になる
今は付近の警察官にできる範囲で捜索をすると



遊学は知らぬ誰かの声で目が覚めた。目の前に警察官がいた
言われるがままパトカーに乗り、警察署で両親と再会した。それから母親とホテルに泊まった
母親は誤解していた
自分が父親を選んだのだと
一緒にいるとうんざりするほど長く恨み節を吐かれた
後にも先にもあれほど憂鬱な時間はないだろう
一泊するとバス会社に謝りに行った
運転手のおじさんは良い人で「対応は適切ではなかった」と何度も頭を下げた
もしも運転手が警察官の到着を待ったらそれこそ多くの人の迷惑になっていただろうと、自分の行動の愚かさを猛省した
昼食で入ったレストランで父親と再会した
私はこれでと、母親はすぐに退店してしまった
これからは父と仲良く暮らしなさいと言い残して
父親に別れを言うつもりが母親に別れを言うことになるとは人生うまくいかないことばかりだ
あれから今日まで母親とは連絡もなく顔も合わせていない
どこに暮らしているのかもわからない
だが、それも学校生活の忙しさで気にならなくなった