東雲鶴美(シノノメツルミ)はオンライン会議を終えて、昇降口で待つ諫早奏(イサハヤカナデ)と合流する
奏はやけに上機嫌でにやけた顔で鶴美を見る
「どうかしたか」
「別に」
二人は夕食のため歩き出す
場所は学校から程近い住宅街にあるラーメン屋・鬼怒川亭
鬼怒川しほり(キヌガワシホリ)の両親が営むラーメン屋である
鶴美と奏は入店し食券を購入する。鶴美は自分の分の食券を買い終えるとさらに千円札を追加した
「好きなの頼め」
「いいですね人気バンドは」
別に皮肉で言ったわけではない
-1も売れていると言えば売れている範囲に入るが、まだまだ音楽で生活できるほどではない
対して、鶴美達アキノヨナガは1年間活動が停止しても問題ないほどの貯蓄がある
自由に動かせるお金があるのは羨ましいことだ
奏はそう思う
奏は食券を購入する
奏と鶴美はレンゲと水を取り席に座る
すぐに店員が食券を受け取り麺の硬さを聞いてから調理を始める
「ここで食べるの久し振りですよね」
「春休みは部活なかったもんな」
「入学式終わったら食べに行く予定だったのに
結局、急に決まったライブで行けなかったですね」
「あれはごめんな
出演依頼が同時に被ってて
神戸は流石に遠かっただろ」
「開演に間に合うかドキドキしました」
「近場の大分がよかったけど
知らないライブハウスの店長の誕生日会なんて気まずいだろう」
「確かに」
明確な時期は定かでないが、奏と鶴美が部活に参加する日は必ず練習時間を合わせここで食事をしている
鶴美はバンド活動が軌道に乗っているため、そもそも学校に来るのは珍しい
月の半分を東京のマンションで生活し、学業よりもアーティスト活動を優先している
奏は内心寂しいと思うが、卒業したら上京し鶴美に甘えるつもりで、今は我慢と耐えている
「来月が初給料だな」
「次に来た時は私が払います」
「貯めておけよ」
奏は水を飲む
「相変わらず忙しそうですね先輩」
「そうだな
1年生の案内が終わって練習が出来ると思ったが
追加の案件で会議が早くに始まった」
「こっちもタイアップは取れって
コンペに向けて曲作っています」
「アニメ?」
「小規模公開の実写映画です」
「楽しみだ」
店員は奏の前にどんぶりを置く
「豚骨ラーメン小・半豚・半熟卵おまち」
「ありがとうございます」
チャーシュー1本の半分をのせた豚骨ラーメンだ
国産牛肉を使用したチャーシューは脂の味がしっかりして美味しい。醬油ベースの甘口な味付けなので食べ続けても口の中が辛くならない。幾層にも重なった肉を捲り続けてやっと現れる麺。箸で切った肉とすすれば、この上ない絶品の味だ
店員は続けて奏の前にどんぶりを置く
「豚骨ラーメン特大・オールスターおまち」
豚骨ラーメンにチャーシュー一本、さらに半熟卵に揚げにんにくなど12種類の追加トッピングがのる
麺800gだけに器が大きいが、鶴美はなんなく平らげる
食欲の猛者ならば麺1.5キログラムに全トッピングの〈巨食漢〉がある。壁には完食者の写真が貼られている
鶴美も一度頼もうとしたが奏にしつこく止められやめた。内心、まだ諦めきれていない
「「いただきます」」
二人は箸を割り無言で食べる
しばらくして奏は箸を置く
「今年の一年生は大人しそうですね
このまま波風立たなければいいですけど」
「奏が荒れてただけだろ」
「それいいます」
実際、入学した頃の奏は悪目立ちをしていた
校則違反の派手な化粧に着崩した制服
厚底ブーツの靴音が鳴れば上級生でさえ道を開けるほどだ
だが、鶴美は他の生徒と違った
誰よりも音楽を愛し、自分の好きなことを曲げない真っ直ぐな生徒だと評価していた
実際奏と斎藤蓮児(サイトウレンジ)と天草俊(アマクサシュン)の3人で活動していた黒紅梅(クロベニウメ)は熱心な活動が評価され、6月のライブでは1年生の代表としてステージに立った
結成オーディションと違い、全曲オリジナル曲で挑み会場を沸かせ、すぐに学外へ名が知れ渡った
「でも音楽だけは本物だ」
「停学した時以外、普通科目も単位落としてないです」
「そうだな」
◇
奏達が入部する前年、ジャズ愛好会が廃止になった
3年生のみの活動に幕を閉じたのだ
時を悪くして、ジャズをやりたい生徒が入学し、楽市円(ラクイチマドカ)先生は彼等を軽音楽部に引き入れた
ニューヨークの地下鉄から取ったブルー・トレインというジャズバンドが結成された
黒紅梅の3人を除く、現・-1の5名と、ベースの高森健後(タカモリケンゴ)から成る
ここまでなら何ら問題のないことだ
7月に健後と俊はサッカー部との兼部を表明した
ドラムを失った黒紅梅とベースを失ったブルー・トレイン。鶴美は2つのバンドを合流させる方針を出した
この時から奏の心は揺らぎ始める
「どうして私達のバンドが解散しないといけないんですか
しかしもやりたくないジャズなんて」
円先生は諭すように説明をする
「これがいつもの年ならねそうはしなかったの
だけどジャズ愛好会の事もあったし
ここで見放したら面倒を見ると言ったこちらの分が悪いの」
「それは先生の勝手でしょ」
横に立つ鶴美は奏の肩を強く掴む
「奏!!!」
「ケガで部活離れるんですよね
なら回復を待ってくれてもいいじゃないですか」
「サポートに回せるメンバーがいないのよ」
奏は机を力強く叩く
マグカップの中身が浮き机を濡らす
「運に見放されたら掴み取るだけ
自分達で空いた穴ぐらい塞ぎます」
「やめておけ
無駄足になるだけだ」
「はぁっ先輩まで先生の肩を持つんですか」
「そりゃそうだ
意気消沈した彼等を誘ったのはなにも先生だけじゃないからな」
「納得いきません」
「辞めるか」
「私に退部しろって言うんですか」
「続けたいならな
だが自分が副部長であることを忘れるな
お前以外部を仕切れない」
「私みたいな嫌われ者じゃなくても代わりはいくらでもいます」
鶴美は奏の頬をぶつ
一瞬、天使が通ったようだ
職員達は腰を上げ、円先生は手で制する
奏は頬に触れるとなにかを確信したかのように踵を返し歩く
「失礼しました」
奏は大きな音を立てドアを閉める
俊や健後がなぜバンドを抜けようとしたのか
その事情は鶴美も円先生も知っていた
だが俊や健後が話さないでほしいと頭を下げたため、鶴美と円先生は自分達で堰き止めようとしていた
この時の鶴美は事を楽観視していた
怒りの感情は一時的なものだと
奏は了承もせず否定もせず、2つのバンドは合流し、夏休みを迎える
奏はやけに上機嫌でにやけた顔で鶴美を見る
「どうかしたか」
「別に」
二人は夕食のため歩き出す
場所は学校から程近い住宅街にあるラーメン屋・鬼怒川亭
鬼怒川しほり(キヌガワシホリ)の両親が営むラーメン屋である
鶴美と奏は入店し食券を購入する。鶴美は自分の分の食券を買い終えるとさらに千円札を追加した
「好きなの頼め」
「いいですね人気バンドは」
別に皮肉で言ったわけではない
-1も売れていると言えば売れている範囲に入るが、まだまだ音楽で生活できるほどではない
対して、鶴美達アキノヨナガは1年間活動が停止しても問題ないほどの貯蓄がある
自由に動かせるお金があるのは羨ましいことだ
奏はそう思う
奏は食券を購入する
奏と鶴美はレンゲと水を取り席に座る
すぐに店員が食券を受け取り麺の硬さを聞いてから調理を始める
「ここで食べるの久し振りですよね」
「春休みは部活なかったもんな」
「入学式終わったら食べに行く予定だったのに
結局、急に決まったライブで行けなかったですね」
「あれはごめんな
出演依頼が同時に被ってて
神戸は流石に遠かっただろ」
「開演に間に合うかドキドキしました」
「近場の大分がよかったけど
知らないライブハウスの店長の誕生日会なんて気まずいだろう」
「確かに」
明確な時期は定かでないが、奏と鶴美が部活に参加する日は必ず練習時間を合わせここで食事をしている
鶴美はバンド活動が軌道に乗っているため、そもそも学校に来るのは珍しい
月の半分を東京のマンションで生活し、学業よりもアーティスト活動を優先している
奏は内心寂しいと思うが、卒業したら上京し鶴美に甘えるつもりで、今は我慢と耐えている
「来月が初給料だな」
「次に来た時は私が払います」
「貯めておけよ」
奏は水を飲む
「相変わらず忙しそうですね先輩」
「そうだな
1年生の案内が終わって練習が出来ると思ったが
追加の案件で会議が早くに始まった」
「こっちもタイアップは取れって
コンペに向けて曲作っています」
「アニメ?」
「小規模公開の実写映画です」
「楽しみだ」
店員は奏の前にどんぶりを置く
「豚骨ラーメン小・半豚・半熟卵おまち」
「ありがとうございます」
チャーシュー1本の半分をのせた豚骨ラーメンだ
国産牛肉を使用したチャーシューは脂の味がしっかりして美味しい。醬油ベースの甘口な味付けなので食べ続けても口の中が辛くならない。幾層にも重なった肉を捲り続けてやっと現れる麺。箸で切った肉とすすれば、この上ない絶品の味だ
店員は続けて奏の前にどんぶりを置く
「豚骨ラーメン特大・オールスターおまち」
豚骨ラーメンにチャーシュー一本、さらに半熟卵に揚げにんにくなど12種類の追加トッピングがのる
麺800gだけに器が大きいが、鶴美はなんなく平らげる
食欲の猛者ならば麺1.5キログラムに全トッピングの〈巨食漢〉がある。壁には完食者の写真が貼られている
鶴美も一度頼もうとしたが奏にしつこく止められやめた。内心、まだ諦めきれていない
「「いただきます」」
二人は箸を割り無言で食べる
しばらくして奏は箸を置く
「今年の一年生は大人しそうですね
このまま波風立たなければいいですけど」
「奏が荒れてただけだろ」
「それいいます」
実際、入学した頃の奏は悪目立ちをしていた
校則違反の派手な化粧に着崩した制服
厚底ブーツの靴音が鳴れば上級生でさえ道を開けるほどだ
だが、鶴美は他の生徒と違った
誰よりも音楽を愛し、自分の好きなことを曲げない真っ直ぐな生徒だと評価していた
実際奏と斎藤蓮児(サイトウレンジ)と天草俊(アマクサシュン)の3人で活動していた黒紅梅(クロベニウメ)は熱心な活動が評価され、6月のライブでは1年生の代表としてステージに立った
結成オーディションと違い、全曲オリジナル曲で挑み会場を沸かせ、すぐに学外へ名が知れ渡った
「でも音楽だけは本物だ」
「停学した時以外、普通科目も単位落としてないです」
「そうだな」
◇
奏達が入部する前年、ジャズ愛好会が廃止になった
3年生のみの活動に幕を閉じたのだ
時を悪くして、ジャズをやりたい生徒が入学し、楽市円(ラクイチマドカ)先生は彼等を軽音楽部に引き入れた
ニューヨークの地下鉄から取ったブルー・トレインというジャズバンドが結成された
黒紅梅の3人を除く、現・-1の5名と、ベースの高森健後(タカモリケンゴ)から成る
ここまでなら何ら問題のないことだ
7月に健後と俊はサッカー部との兼部を表明した
ドラムを失った黒紅梅とベースを失ったブルー・トレイン。鶴美は2つのバンドを合流させる方針を出した
この時から奏の心は揺らぎ始める
「どうして私達のバンドが解散しないといけないんですか
しかしもやりたくないジャズなんて」
円先生は諭すように説明をする
「これがいつもの年ならねそうはしなかったの
だけどジャズ愛好会の事もあったし
ここで見放したら面倒を見ると言ったこちらの分が悪いの」
「それは先生の勝手でしょ」
横に立つ鶴美は奏の肩を強く掴む
「奏!!!」
「ケガで部活離れるんですよね
なら回復を待ってくれてもいいじゃないですか」
「サポートに回せるメンバーがいないのよ」
奏は机を力強く叩く
マグカップの中身が浮き机を濡らす
「運に見放されたら掴み取るだけ
自分達で空いた穴ぐらい塞ぎます」
「やめておけ
無駄足になるだけだ」
「はぁっ先輩まで先生の肩を持つんですか」
「そりゃそうだ
意気消沈した彼等を誘ったのはなにも先生だけじゃないからな」
「納得いきません」
「辞めるか」
「私に退部しろって言うんですか」
「続けたいならな
だが自分が副部長であることを忘れるな
お前以外部を仕切れない」
「私みたいな嫌われ者じゃなくても代わりはいくらでもいます」
鶴美は奏の頬をぶつ
一瞬、天使が通ったようだ
職員達は腰を上げ、円先生は手で制する
奏は頬に触れるとなにかを確信したかのように踵を返し歩く
「失礼しました」
奏は大きな音を立てドアを閉める
俊や健後がなぜバンドを抜けようとしたのか
その事情は鶴美も円先生も知っていた
だが俊や健後が話さないでほしいと頭を下げたため、鶴美と円先生は自分達で堰き止めようとしていた
この時の鶴美は事を楽観視していた
怒りの感情は一時的なものだと
奏は了承もせず否定もせず、2つのバンドは合流し、夏休みを迎える


