○教室・文化祭休み明け・HR前の早い時間・朝
日直のため、先生から日誌を受け取り、教室の鍵を受け取ろうとしたら「もう相沢がいる」と言われ、足早に教室を目指す香。靴を履き替え、がらりと扉を開ける。机に突っ伏している、見るからに覇気のない凪を見つける。
香「凪、おはよう」※真顔
凪「……おはよー、香」※元気のない笑顔
香「どうした、元気がないな。やっぱり頭が痛いか?」※心配そうに頭に触れる
凪「んーん、頭は全然大丈夫。たんこぶも治った。……ただ」※憂う顔
香「ただ?」※心配
凪「……妹と喧嘩した」※肩を落とす
香「妹?」※きょとんとした顔
凪「うん。俺の一つ下で風っていうんだけど、すっごい可愛いんだ! でも、『お兄ちゃんはなんにもわかってないのね』って」※前半は笑顔で、後半はしょんぼり
香「なんだと」※むっとした顔
そっと頭に触れてたんこぶの有無を確認するも、凪の言った通りなくなってるのを確認して、ほっとする香。頭から手を離す。
妹の紹介で饒舌になる凪に、妹のことが大切なんだとわかる。しかし、妹の言葉に肩を落とし涙目になる凪に眉をしかめる香。香の声が低くなったのを感じて、あわてて手を横に振る凪。
凪「風は悪くないんだ! ただ俺が性急過ぎただけで!」※あわてて
香「性急? 凪は何を言ったんだ?」※眉をひそめて
凪「香のこと」※当然のように
香「は?」※唖然
凪「だから香のことだって。風に相応しい、『理想の彼氏様』を見つけた! って香のことを紹介したんだ」※思案げな顔
香「……それで」※真顔
凪「そしたら……『いい加減にして』って」※泣きそうな顔
香「……そうか」※真顔でぎゅっと拳を握る
凪「え、香?」※不思議そう
ここで凪が自分ではなく妹に相応しい『理想の彼氏様』を探していたことがわかる。
それがわかった途端、香は目の前が真っ暗になる。いま凪を見たらひどいことを言ってしまいそうで、凪から離れて自分の席に付き、本を開く。逆さまでもかいけつソロリくんでもない、普通の文庫本。本を読んでいればよっぽどのことがない限り凪は話しかけてこないと知っているから。
そわそわしている凪の気配を感じ取りながら、香は無視を貫く。
凪は、なんで急に香が話を聞いてくれなくなったのかわからない。そのまま時間が過ぎていく。
○教室・HR中・朝
ざわざわとしていたが、担任教師が喋ると静かになった教室。担任教師が気だるそうに、今日の予定を話したあとに、紙を黒板に貼る。
担任教師「そろそろクラスにも慣れただろうし、席替えな。決めてきたからそれぞれ移動ー」※気だるげ
女子生徒「えー、先生おーぼー!」※声を張り上げ
女子生徒「うちらにも席くらい決めさせてよー」※声を張り上げ
担任教師「好きに決めさせたら時間かかるだろうが。早く机持って移動しろ」※気だるげ
凪「えー、俺ずっとこのままがいいのに」※不機嫌そう
香「……俺としてはありがたい」※目を伏せながら
凪「え」※固まる
香「別に」※顔をそらして
凪「こ、香」※つい名前を呼ぶ
香「……」
凪が話しかけようとするも無視して、机を持ち行ってしまった香に、凪の手が虚しく宙をさまよう。
いつも仲良しすぎるくらい仲のいい二人が微妙な雰囲気になっていることに気づいてクラスメイトが戸惑い出す。
だが、それすらも歯牙にかけず窓際の一番後ろの席に移動する香。それに対して、肩を落としながら凪も入り口の一番後ろという離れ離れの席に移動。
授業が始まるも、どこか落ち着きのない雰囲気の教室。凪は、ため息を付きながら香を見るも、香は凪に一瞥もくれない。
凪(何が悪かったんだろう……)
唇を噛み、手帳を取り出す。
その手帳には「好感度ポイント手帳」と書かれていて、香がポイントを獲得した日に何ポイント獲得したかも書かれていた。ところどころ、あと少し! とか五十ポイント達成! 百まで半分! とか凪のイラストで書かれている。
机にうつ伏せる凪。
凪(本当は、百ポイントで、風に紹介するつもりだったんだ。でも、なんかもやもやして。先延ばしにして、百五十ポイントになったら、二百ポイントになったらって)
凪・モノ(俺が十歳の時、両親が死んだ。その頃の風は身体が弱くて、両親は口癖のように『凪。凪はお兄ちゃんなんだから、一番は風に譲ってあげてね』といつも言っていた。結局、両親を亡くした俺たちは叔母のアリアに引き取られ、出張でよくいなくなるアリアの代わりに風を俺が世話してきた。中学生になると、普通に生活できるようになった風に、一番に出来た女友達を紹介したりした。それくらいしか、俺にはもう風に出来ることはなかったから)
○教室・数学の時間・昼
凪(だから、今回は一番良い男を見定めるために、『好感度ポイント』なんてものを決めて、どれだけ香が良い男で、素敵で、格好良いのかを話したのに……)
数学教師「どうした相沢、具合が悪いのか?」※心配
凪「大丈」※青白い顔
女子生徒「そういえば、相沢くん、文化祭の最後の日早退したよね?」※こそこそ
女子生徒「うん、もしかしてまだ具合悪いんじゃ」※こそこそ
数学教師「そうなのか? 相沢」※心配
凪「いえ」※顔上げる
数学教師「顔色がよくないな……。おい、佐倉。保健室に連れてってやってくれ」
香「……はい」※不本意そう
教室から二人とも出される。
○保健室に向かう途中の廊下・授業中・昼
凪が手帳を落としてしまう。
それを凪の代わりに無意識で拾った香は、表紙に『好感度ポイント手帳』と書いてあることに気づいて、無意識に眉をしかめる。
その表情を見て、傷つく凪。香が手帳を凪に差し出す。
香「ほら」
凪「あ、ありが、とう」※笑顔なのにぽたりと涙が溢れる
香「凪?」※不思議そうに
凪「あれ? なんでだろう、ちょっと待って、すぐ止めるから」
香「凪」※焦って
凪「大丈夫だって、我慢は慣れてるんだ。俺はお兄ちゃんだから、一番は風に譲らなくちゃ。父さんと母さんもそう言ってた、だから、だから、なのに」※笑いながら、涙が止まらない
香「凪!」※焦って
凪「なんで、香はいやだって思うんだろう」※ぼろぼろ涙をこぼしながら
香「凪、お前の話は全部聞く」※覚悟を決めた顔
凪の手を引いて、階段に隣同士に座る香と凪。
ぽつりぽつりと過去のことを話し出す凪に、目を細めながら、香は凪は両親がいないこと、妹を守っている理由、香を紹介した理由、本当は百ポイントで紹介するはずだったのにずるずると引き伸ばした凪自身の行動がわからないなどを知っていく。
香は、凪に比べてあまりにも恵まれすぎていたのだと思い知る。それでも「なんで、香はいやだって思うんだろう」という言葉に、凪に友達以上の、親友なんて言葉ではとても足りない、恋心を抱いていることを自覚する。
自覚してからは、なぜ香自身が朝あんな態度を取ったのか、などの説明がついて。
凪も、香の思い違いじゃなければ香のことを妹に渡したくないくらいには好きなはずなのに、それに気づかない凪が、途端に愛おしくなった。
香(凪と同じくらい、俺も鈍いのかもしれない)
香は思わず眉を下げた。
そのまま、凪にゆっくりと話しかける。
香「凪、凪の両親は、確かに『風に一番を譲って』と言ったのかもしれない。でもそれは、風の身体が弱かったからだ。お前と同じように、普通に過ごせるようになった風に、お前の両親は同じことを言うと思うか?」※思案げな顔
凪「言……うかもしれない」※目をそらして
香「凪、その時の最適が、現在も最適だとは限らないんだ。たぶん、凪の両親はもうそんな事望んでないと思う」※まっすぐ凪を見ながら
凪「……」※目をそらす
香「本当は、わかってたんじゃないか?」※真顔
凪「だって……そしたら、俺が風に出来ることなんて」※涙目になりつつ
香「凪、風はもう守られてるだけじゃないんだ。自分で出来るし、どこにでも行ける。凪が風に頼まれたわけでもないのにしてやるのは違うだろう」※困った顔
あやすように背中を軽く叩いている香は、凪に囁き続ける。
背中を丸くして、洟をすすりながら、凪は、子どものように香のズボンを握っている。声を殺しながら泣く様子に、今までずっとそうやって泣いてきたのかと思うと心が締め付けられる香。
泣き終わるのを待ちながら、また凪が落とした『好感度ポイント手帳』を開き、見ながら、香は尋ねる。
香「凪、風はドジが好きか?」※真顔
凪「わ、からない」※首を降る
香「じゃあギャップ萌え? は?」※真顔
凪「わ、からな、い」※首を降る
香「うっかりは? あざといのは? 黒目は? 素直なのは?」※真顔
凪「全部、わからない!」※首を強く降る
小さい頃はなんでも答えられた風のことを「今のお前は何も知らない」と言われているようで。それがなんだ、と言わんばかりに語尾を強くする凪。残った涙が散る。それを見て香は目を細めて優しく笑う。
その顔に、怒鳴ってしまったことに狼狽えつつも問いかける凪。
凪「それが、なに?」
香「お前が加算したことだ」※真顔
凪「え?」※驚き
香「手帳に書いてある。お前が、俺の好感度ポイントとして加算したポイントの一部だ」※真顔
凪「それが? だって」※不思議そうに
香「凪。これは、凪が俺を見て、お前の主観で、価値観でつけたポイントなんだ。ここに風の気持ちなんて一切加味されてない、これはお前の気持ちだ」※諭すように
凪「あ……お、俺」※困惑
戸惑う凪。文化祭の夜に気付きかけた気持ちに、香を、風に渡したくないと思った気持ちに色が付いていくのを感じながら、また溢れてくる涙を袖で乱暴にこする。
それを香が手首を柔らかく掴み止める。
香「そんなに擦ると目が赤くなる」※優しい顔
優しい声と手首に感じる香の体温に頬を真っ赤に染める凪。目をうろうろさせてから、視線をまっすぐ香に向けて。精一杯の勇気を振り絞って、香に尋ねる。その視線を見つめ返しながら。
凪「俺」※涙をこらえた目
香「あぁ」※うなずく
凪「俺、俺が……香のこと、欲しがってもいいの? 香を好きでいて、いいのか?」※唇を噛みつつ
香「俺も好きだ、凪。俺はお前が欲しい、嫌か?」※真顔
凪「いやじゃない……いやなわけない! う、うぅ……」※涙こらえきれず
ぼろぼろと勝手にこぼれてくる涙を必死に拭っている凪の両頬に両手を添えて、その目尻にキスをする香。
驚いて目を瞬かせる凪のおでこにもキスを落としながら、じわじわと赤くなっていく凪を抱きしめた香。
○教室・放課後・夕方(まだ明るい)
達筆な文字で日誌を書いている香の前で、椅子に座った凪が机にかじりつきながらじっと香のことを見ている。窓の外からは運動部の声がする。しばらくそれが続いたが、あまりにも見つめてくるから香が口を開く。
香「なんだ?」※真顔
凪「俺の理想の彼氏様はかっこいいな、と思って」※うっとり
香「……照れるからやめてくれ」※そっぽ向きながら
凪「へへっ、照れた顔も好きだ。好感度ポイント三点!」※笑顔
香「まだポイントを貯めるのか?」※不思議そうに
凪「えへへ、ポイント貯めたらいいことあるかもだぞ?」※嬉しげな笑顔
香「唇にキスできる権利とかか?」※にやっと笑う
凪「うっ!? ななな、なんでバレて!」※あわてて
香「凪が分かりやすいだけだ」※微笑んで
日誌を書き終わり、閉じる香。
香「あとは先生に提出するだけだから、そのまま帰るか」※日誌を振りながら
凪「俺も! 俺も一緒に行く!」※元気に、手を上げて
香「あぁ」※頷く
香がトイレに言っている間に、靴を履き替える凪。教室の施錠をして。
○職員室・放課後・夕方(暗くなりかけ)
担任教師に日誌と鍵を返した。
凪が顔色が悪かったことを数学教師から聞いたのか、担任教師から心配する言葉をかけられたが、「元気です」と何故か香が答えていた。
○昇降口に向かう廊下・夕方(暗くなりかけ)
凪「香のこと、風になんて言おうかな……。どうしよう、紹介しておきながら俺の恋人! って言って良いのかな!?」※頭を抱えて
香「そのことなら心配ないと思うぞ」※真顔
凪「え?」※驚いた顔
香「凪の価値観で、見つけた『理想の彼氏』だろう? だから風も『お兄ちゃんはなんにもわかってない』って言ったんじゃないか?」※思案した顔
凪「あ……」※気づいた顔
香「『いい加減にして』は惚気でも聞かされていると思ったんじゃないか?」※真顔
凪「あ、うぅ……恥ずかしい。俺、香のこと散々かっこよくて優しくてっていっぱい風に言ってた」※夕日の中顔をさらに赤くして
香「ん、…んんっ、じゃあ大丈夫だろう」※照れて言葉に詰まりつつ下を見る
香「あ」
凪「え、なんだ?」※立ち止まる
香「靴、履き替え忘れた」※立ち止まる
凪「んっふふ、履き替えに行こ!」※笑いをこらえながら
ショックを受ける香の手を引きながら、凪は。
凪(これが俺の『理想の彼氏様』)
ご機嫌に廊下を進んだ。
日直のため、先生から日誌を受け取り、教室の鍵を受け取ろうとしたら「もう相沢がいる」と言われ、足早に教室を目指す香。靴を履き替え、がらりと扉を開ける。机に突っ伏している、見るからに覇気のない凪を見つける。
香「凪、おはよう」※真顔
凪「……おはよー、香」※元気のない笑顔
香「どうした、元気がないな。やっぱり頭が痛いか?」※心配そうに頭に触れる
凪「んーん、頭は全然大丈夫。たんこぶも治った。……ただ」※憂う顔
香「ただ?」※心配
凪「……妹と喧嘩した」※肩を落とす
香「妹?」※きょとんとした顔
凪「うん。俺の一つ下で風っていうんだけど、すっごい可愛いんだ! でも、『お兄ちゃんはなんにもわかってないのね』って」※前半は笑顔で、後半はしょんぼり
香「なんだと」※むっとした顔
そっと頭に触れてたんこぶの有無を確認するも、凪の言った通りなくなってるのを確認して、ほっとする香。頭から手を離す。
妹の紹介で饒舌になる凪に、妹のことが大切なんだとわかる。しかし、妹の言葉に肩を落とし涙目になる凪に眉をしかめる香。香の声が低くなったのを感じて、あわてて手を横に振る凪。
凪「風は悪くないんだ! ただ俺が性急過ぎただけで!」※あわてて
香「性急? 凪は何を言ったんだ?」※眉をひそめて
凪「香のこと」※当然のように
香「は?」※唖然
凪「だから香のことだって。風に相応しい、『理想の彼氏様』を見つけた! って香のことを紹介したんだ」※思案げな顔
香「……それで」※真顔
凪「そしたら……『いい加減にして』って」※泣きそうな顔
香「……そうか」※真顔でぎゅっと拳を握る
凪「え、香?」※不思議そう
ここで凪が自分ではなく妹に相応しい『理想の彼氏様』を探していたことがわかる。
それがわかった途端、香は目の前が真っ暗になる。いま凪を見たらひどいことを言ってしまいそうで、凪から離れて自分の席に付き、本を開く。逆さまでもかいけつソロリくんでもない、普通の文庫本。本を読んでいればよっぽどのことがない限り凪は話しかけてこないと知っているから。
そわそわしている凪の気配を感じ取りながら、香は無視を貫く。
凪は、なんで急に香が話を聞いてくれなくなったのかわからない。そのまま時間が過ぎていく。
○教室・HR中・朝
ざわざわとしていたが、担任教師が喋ると静かになった教室。担任教師が気だるそうに、今日の予定を話したあとに、紙を黒板に貼る。
担任教師「そろそろクラスにも慣れただろうし、席替えな。決めてきたからそれぞれ移動ー」※気だるげ
女子生徒「えー、先生おーぼー!」※声を張り上げ
女子生徒「うちらにも席くらい決めさせてよー」※声を張り上げ
担任教師「好きに決めさせたら時間かかるだろうが。早く机持って移動しろ」※気だるげ
凪「えー、俺ずっとこのままがいいのに」※不機嫌そう
香「……俺としてはありがたい」※目を伏せながら
凪「え」※固まる
香「別に」※顔をそらして
凪「こ、香」※つい名前を呼ぶ
香「……」
凪が話しかけようとするも無視して、机を持ち行ってしまった香に、凪の手が虚しく宙をさまよう。
いつも仲良しすぎるくらい仲のいい二人が微妙な雰囲気になっていることに気づいてクラスメイトが戸惑い出す。
だが、それすらも歯牙にかけず窓際の一番後ろの席に移動する香。それに対して、肩を落としながら凪も入り口の一番後ろという離れ離れの席に移動。
授業が始まるも、どこか落ち着きのない雰囲気の教室。凪は、ため息を付きながら香を見るも、香は凪に一瞥もくれない。
凪(何が悪かったんだろう……)
唇を噛み、手帳を取り出す。
その手帳には「好感度ポイント手帳」と書かれていて、香がポイントを獲得した日に何ポイント獲得したかも書かれていた。ところどころ、あと少し! とか五十ポイント達成! 百まで半分! とか凪のイラストで書かれている。
机にうつ伏せる凪。
凪(本当は、百ポイントで、風に紹介するつもりだったんだ。でも、なんかもやもやして。先延ばしにして、百五十ポイントになったら、二百ポイントになったらって)
凪・モノ(俺が十歳の時、両親が死んだ。その頃の風は身体が弱くて、両親は口癖のように『凪。凪はお兄ちゃんなんだから、一番は風に譲ってあげてね』といつも言っていた。結局、両親を亡くした俺たちは叔母のアリアに引き取られ、出張でよくいなくなるアリアの代わりに風を俺が世話してきた。中学生になると、普通に生活できるようになった風に、一番に出来た女友達を紹介したりした。それくらいしか、俺にはもう風に出来ることはなかったから)
○教室・数学の時間・昼
凪(だから、今回は一番良い男を見定めるために、『好感度ポイント』なんてものを決めて、どれだけ香が良い男で、素敵で、格好良いのかを話したのに……)
数学教師「どうした相沢、具合が悪いのか?」※心配
凪「大丈」※青白い顔
女子生徒「そういえば、相沢くん、文化祭の最後の日早退したよね?」※こそこそ
女子生徒「うん、もしかしてまだ具合悪いんじゃ」※こそこそ
数学教師「そうなのか? 相沢」※心配
凪「いえ」※顔上げる
数学教師「顔色がよくないな……。おい、佐倉。保健室に連れてってやってくれ」
香「……はい」※不本意そう
教室から二人とも出される。
○保健室に向かう途中の廊下・授業中・昼
凪が手帳を落としてしまう。
それを凪の代わりに無意識で拾った香は、表紙に『好感度ポイント手帳』と書いてあることに気づいて、無意識に眉をしかめる。
その表情を見て、傷つく凪。香が手帳を凪に差し出す。
香「ほら」
凪「あ、ありが、とう」※笑顔なのにぽたりと涙が溢れる
香「凪?」※不思議そうに
凪「あれ? なんでだろう、ちょっと待って、すぐ止めるから」
香「凪」※焦って
凪「大丈夫だって、我慢は慣れてるんだ。俺はお兄ちゃんだから、一番は風に譲らなくちゃ。父さんと母さんもそう言ってた、だから、だから、なのに」※笑いながら、涙が止まらない
香「凪!」※焦って
凪「なんで、香はいやだって思うんだろう」※ぼろぼろ涙をこぼしながら
香「凪、お前の話は全部聞く」※覚悟を決めた顔
凪の手を引いて、階段に隣同士に座る香と凪。
ぽつりぽつりと過去のことを話し出す凪に、目を細めながら、香は凪は両親がいないこと、妹を守っている理由、香を紹介した理由、本当は百ポイントで紹介するはずだったのにずるずると引き伸ばした凪自身の行動がわからないなどを知っていく。
香は、凪に比べてあまりにも恵まれすぎていたのだと思い知る。それでも「なんで、香はいやだって思うんだろう」という言葉に、凪に友達以上の、親友なんて言葉ではとても足りない、恋心を抱いていることを自覚する。
自覚してからは、なぜ香自身が朝あんな態度を取ったのか、などの説明がついて。
凪も、香の思い違いじゃなければ香のことを妹に渡したくないくらいには好きなはずなのに、それに気づかない凪が、途端に愛おしくなった。
香(凪と同じくらい、俺も鈍いのかもしれない)
香は思わず眉を下げた。
そのまま、凪にゆっくりと話しかける。
香「凪、凪の両親は、確かに『風に一番を譲って』と言ったのかもしれない。でもそれは、風の身体が弱かったからだ。お前と同じように、普通に過ごせるようになった風に、お前の両親は同じことを言うと思うか?」※思案げな顔
凪「言……うかもしれない」※目をそらして
香「凪、その時の最適が、現在も最適だとは限らないんだ。たぶん、凪の両親はもうそんな事望んでないと思う」※まっすぐ凪を見ながら
凪「……」※目をそらす
香「本当は、わかってたんじゃないか?」※真顔
凪「だって……そしたら、俺が風に出来ることなんて」※涙目になりつつ
香「凪、風はもう守られてるだけじゃないんだ。自分で出来るし、どこにでも行ける。凪が風に頼まれたわけでもないのにしてやるのは違うだろう」※困った顔
あやすように背中を軽く叩いている香は、凪に囁き続ける。
背中を丸くして、洟をすすりながら、凪は、子どものように香のズボンを握っている。声を殺しながら泣く様子に、今までずっとそうやって泣いてきたのかと思うと心が締め付けられる香。
泣き終わるのを待ちながら、また凪が落とした『好感度ポイント手帳』を開き、見ながら、香は尋ねる。
香「凪、風はドジが好きか?」※真顔
凪「わ、からない」※首を降る
香「じゃあギャップ萌え? は?」※真顔
凪「わ、からな、い」※首を降る
香「うっかりは? あざといのは? 黒目は? 素直なのは?」※真顔
凪「全部、わからない!」※首を強く降る
小さい頃はなんでも答えられた風のことを「今のお前は何も知らない」と言われているようで。それがなんだ、と言わんばかりに語尾を強くする凪。残った涙が散る。それを見て香は目を細めて優しく笑う。
その顔に、怒鳴ってしまったことに狼狽えつつも問いかける凪。
凪「それが、なに?」
香「お前が加算したことだ」※真顔
凪「え?」※驚き
香「手帳に書いてある。お前が、俺の好感度ポイントとして加算したポイントの一部だ」※真顔
凪「それが? だって」※不思議そうに
香「凪。これは、凪が俺を見て、お前の主観で、価値観でつけたポイントなんだ。ここに風の気持ちなんて一切加味されてない、これはお前の気持ちだ」※諭すように
凪「あ……お、俺」※困惑
戸惑う凪。文化祭の夜に気付きかけた気持ちに、香を、風に渡したくないと思った気持ちに色が付いていくのを感じながら、また溢れてくる涙を袖で乱暴にこする。
それを香が手首を柔らかく掴み止める。
香「そんなに擦ると目が赤くなる」※優しい顔
優しい声と手首に感じる香の体温に頬を真っ赤に染める凪。目をうろうろさせてから、視線をまっすぐ香に向けて。精一杯の勇気を振り絞って、香に尋ねる。その視線を見つめ返しながら。
凪「俺」※涙をこらえた目
香「あぁ」※うなずく
凪「俺、俺が……香のこと、欲しがってもいいの? 香を好きでいて、いいのか?」※唇を噛みつつ
香「俺も好きだ、凪。俺はお前が欲しい、嫌か?」※真顔
凪「いやじゃない……いやなわけない! う、うぅ……」※涙こらえきれず
ぼろぼろと勝手にこぼれてくる涙を必死に拭っている凪の両頬に両手を添えて、その目尻にキスをする香。
驚いて目を瞬かせる凪のおでこにもキスを落としながら、じわじわと赤くなっていく凪を抱きしめた香。
○教室・放課後・夕方(まだ明るい)
達筆な文字で日誌を書いている香の前で、椅子に座った凪が机にかじりつきながらじっと香のことを見ている。窓の外からは運動部の声がする。しばらくそれが続いたが、あまりにも見つめてくるから香が口を開く。
香「なんだ?」※真顔
凪「俺の理想の彼氏様はかっこいいな、と思って」※うっとり
香「……照れるからやめてくれ」※そっぽ向きながら
凪「へへっ、照れた顔も好きだ。好感度ポイント三点!」※笑顔
香「まだポイントを貯めるのか?」※不思議そうに
凪「えへへ、ポイント貯めたらいいことあるかもだぞ?」※嬉しげな笑顔
香「唇にキスできる権利とかか?」※にやっと笑う
凪「うっ!? ななな、なんでバレて!」※あわてて
香「凪が分かりやすいだけだ」※微笑んで
日誌を書き終わり、閉じる香。
香「あとは先生に提出するだけだから、そのまま帰るか」※日誌を振りながら
凪「俺も! 俺も一緒に行く!」※元気に、手を上げて
香「あぁ」※頷く
香がトイレに言っている間に、靴を履き替える凪。教室の施錠をして。
○職員室・放課後・夕方(暗くなりかけ)
担任教師に日誌と鍵を返した。
凪が顔色が悪かったことを数学教師から聞いたのか、担任教師から心配する言葉をかけられたが、「元気です」と何故か香が答えていた。
○昇降口に向かう廊下・夕方(暗くなりかけ)
凪「香のこと、風になんて言おうかな……。どうしよう、紹介しておきながら俺の恋人! って言って良いのかな!?」※頭を抱えて
香「そのことなら心配ないと思うぞ」※真顔
凪「え?」※驚いた顔
香「凪の価値観で、見つけた『理想の彼氏』だろう? だから風も『お兄ちゃんはなんにもわかってない』って言ったんじゃないか?」※思案した顔
凪「あ……」※気づいた顔
香「『いい加減にして』は惚気でも聞かされていると思ったんじゃないか?」※真顔
凪「あ、うぅ……恥ずかしい。俺、香のこと散々かっこよくて優しくてっていっぱい風に言ってた」※夕日の中顔をさらに赤くして
香「ん、…んんっ、じゃあ大丈夫だろう」※照れて言葉に詰まりつつ下を見る
香「あ」
凪「え、なんだ?」※立ち止まる
香「靴、履き替え忘れた」※立ち止まる
凪「んっふふ、履き替えに行こ!」※笑いをこらえながら
ショックを受ける香の手を引きながら、凪は。
凪(これが俺の『理想の彼氏様』)
ご機嫌に廊下を進んだ。
