○教室・文化祭(一般)当日・朝
委員長「さて、諸君。準備は良いな!?」※気合いの入った顔
女子生徒「ミニカップケーキ、オッケー!」
女子生徒「インスタントコーヒーOKです!」
女子生徒「カイソーで買ってきた紙皿と紙コップも在庫充分!」
委員長「よし、それじゃあ一般が始まるのが十時、シフトどおりに」※笑顔
女子生徒「待って委員長、ヤバヤバのヤバ!!」※あわてて
委員長「なんかあったのか!?」※つられてあわてる
女子生徒「相沢くん入って!」※凪の腕を引いて
凪「えー、別に変わらないって」※面倒くさそうに入ってくる

クラスに襟足の長いウルフカットの美人が入ってくる。光を弾く長いまつげに白い肌、印象的なのはオレンジ色のグロスを塗ってふるふるになった唇。微笑まれれば一発で恋に落ちるだろう美少女。なのだが、髪に星やハート、ダイヤの形のピンをつけているためどこかギャル感も拭えない。指に張ってあるパステルカラーの絆創膏のせいもある。黄色のジャージメイド。ハーフパンツで、適度にほっそりした足。
男子は女子生徒にメイクされているため、女子しかいない教室中唖然。満足そうなメイクをした女子生徒。

女子生徒「委員長、相沢くんやばくない!? ただビューラーで巻いてまつげにラメのせてグロス塗っただけだよ!? しかも全部カイソー! ずるいよ! 何この美人!!」※地団駄
凪「え、俺かわいい?」※不思議そうに
女子生徒「可愛いじゃなくて美人!」※怒る
凪「ご、ごめん」※勢いに押されて
香「凪が謝る必要はないと思うが」※無愛想な顔
凪「香ー!! 美人だな!」※嬉しそう
香「複雑だ。だが凪はよく似合うな」※真顔
凪「えー、ありがとう!」※照れる

「凪が謝る必要はない」と言いながら現れたのはストレートのウイッグをつけられ、目元に僅かに青っぽいアイシャドウをして、凪とは正反対に薄いピンクのグロスを塗られた、ピンはつけておらず、ホワイトプリムが眩しい正統派美人と言われれば頷きそうな香。時々長い髪をうっとおしそうに手で後ろに払っているのが気が強そうに見える。青ジャージメイドである。ハーフパンツなためがっしりついた筋肉が見える。指先には普通の絆創膏。
クラス中絶叫。

女子生徒「はー!? あんなのに比べたらうちらチンパンジーじゃん!」※嘆き
女子生徒「人間になりたい!!」※嘆き
香「同じ人間だろう?」※真顔
女子生徒「違うんっすよお姉さま!」※嘆き
香「同学年だが」※真顔
凪「香、なんかわからないけどそういうことじゃないと思う」※苦笑い
委員長「まて、シフト、シフトを組み直さないか? あれが野に放たれたら大変だ!」※あわてて
女子生徒「「「そうだった!!」」」※ハッとして
凪「え!? 俺たちシフト変わるのか!?」※驚き
委員長「すまないが、できるだけ教室にいてくれ。もちろん無理にシフトを変えるんだから、仕事はしなくて良い。教室の端の方で座ってお喋りでもしててくれ!」※必死
香「何故?」※真顔
委員長「一般客の男どもに寄って集られたいなら話しは別だが」※真顔
香「今すぐ変えてくれ。俺はあり得ないが凪が」※真顔
凪「何言ってんの!? 香だよ! ……香と文化祭、周りたかったのに」

肩を落として、しょんぼりと涙目になる凪に心打たれるクラスメイト(女子生徒たち)。香は凪が、男に集られるのも嫌だが、文化祭を一緒に周りたいと聞いて優越感もある。そわそわしている香。

委員長「いやいや、今日一日拘束するんだ。明日の学内だけはシフトなしでいいよ。好きに回ってくれ」※当然のように
凪「え、いいのか!?」※驚き
委員長「むしろ今日一日拘束してすまない。でも客寄せになってくれ、それが君たちの仕事だ」※キリッとして
凪「なるほど、俺たちはパンダなわけだな?」※苦笑
委員長「ああ」※頷く
香「パンダ? 上野動物園か?」※真顔
凪「んふふっ……、客寄せパンダのほうな」※苦笑い
香「あぁ、なるほど」※真顔

頷くと、香は女子が男子にメイクをしている部屋に集められた机と椅子を取りに行く。ちょうど簡易カーテン(紐に布かけただけ)の向こうで着替えていた男子が「キャー!!」と野太い悲鳴を上げる。
気にせず、机と二つの椅子を両脇に抱えて教室に運び込む香。
ビューラーで間違えて肉をはさまれ「痛い!」と叫ぶ男子生徒。

香「持ってきた、これで好きに過ごしていれば良いのか?」※真顔
委員長「ああ、すまないね」※申し訳なさそう
凪「こっちこそ! 明日のシフトなくなったから丸々香と一緒に回れる!」※元気な笑顔
香「楽しみだ」※微笑み

二人の穏やかな雰囲気に入れない委員長。周りの女子生徒と化粧の終わった男子生徒たち(女子生徒に「哀しき化物」って言われた)は「尊い」とか「お姉さま」とか呟いている。




○教室・文化祭(一般)当日・昼
化物の中で、美しいメイドが戯れあっている。そんな噂が流れ、客足が押し寄せてきた教室。凪と香のことだが、二人に話しかけようとすると他のメイド(主に哀しき化物)がさり気なく邪魔してくる。
隅の方で二人向き合いながらおしゃべりしたりしている香と凪。

凪「あ、香! 折角だから写真撮ろ!」※スマホ持って笑顔
香「構わないが」※真顔
凪「待って、……よし、はい、チーズ!」※ピースで笑顔
香「眩しい」※真顔
凪「んはは、香、ピースしてんのに目ぇ瞑ってる! 保存保存」※笑顔
香「今まで目を開けられたことがないんだ」※真顔
凪「まじ? でも可愛いぞ! 好感度ポイント四点!」※満面の笑み
香「一回のポイントが多いな」※真顔
凪「最近ポイントが多くなっちゃうんだよなぁ。香のいいとこばっかり見えるから」※困ったように
香「……そうか。俺はトイレに行ってくる」※何かをごまかすように立ち上がる
凪「はーい、じゃ、俺待ってる」※手を振りながら

香が教室からいなくなった瞬間、表情が抜け落ちる凪。無表情で、スマホをいじってる様子が人形みがある。
香がトイレから戻ってくる。本当は、トイレではなく隣の荷物置き場に行っていた。その手にはプレゼントバックを持っている。

凪「あれ? トイレじゃなかったのか?」※不思議そうに
香「……ミックスナッツで菓子を作ると言っただろう」※真顔
凪「あ、え!? もう作ってくれたのか!?」※驚き
香「簡単なものだが……」※真顔
凪「香、仕事が早い! 大好き!」※満面の笑み
香「……っ、ほら、好きなだけ食べると良い」※照れて耳が赤くなる
凪「えー! 香も一緒に食べよう!」※不満げ
香「いいのか? お前のミックスナッツなんだろう?」※真顔
凪「俺のだから、香と一緒に食べたいんだよ」

柔らかな笑顔に、頬がほんのり赤くなる香。
プレゼントバックの中から小分けにされたクッキーを取り出す。上に、アーモンドや砕いたカシューナッツ、くるみなどが乗っている。
二人を「麗しい」と見ている客。ついでにメイドたちも微笑ましげ。

香「この青い袋が塩クッキー、黄色のが普通の、赤いのがキャラメルで、透明なのがチョコ、緑色がチーズだ」※真顔
凪「わぁ、いっぱい作ってくれたんだな! ……なぁ、香って俺みたいに絆創膏貼られたの?」※ちょっと不器用に貼られた普通の絆創膏に疑問の顔
香「……俺に製菓の才能はない」※真顔
凪「え! これ全部怪我!? 痛くないのか!? 無理なら無理って言ってくれれば」※あわてて
香「自分の限界に挑戦できた、悪いことじゃない」※真顔
凪「でも、俺のせいで……」※下を向いてしまう
香「凪」※クッキーをつまむ
凪「んむ」※クッキーを唇に当てられる
香「食べてくれないのか?」※悲しそうな顔
凪「……美味しい」※口を開けて食べる
香「そうか、よかった」

凪に食べさせながら微笑む香。涙目だったのが一転して嬉しそうに口を開けている凪が雛鳥みたいで微笑ましい。

(((う、麗しいー!!)))

さり気なく赤いジャージメイド(委員長)が「麗しメイドチップ」の箱を置くと次々に客が我先にとチケットを突っ込んでいく。
代わりに凪が、香に「あーん」と言いながらクッキーを口に押し付ける場面では黄色い声が上がったし、なんなら自分もやってもらいたそうに近くのジャージメイドを探すも、ジャージメイド(哀しき化物の姿)と目が合いそうになりあわてて目をそらした客もいた。
その日の売り上げの二倍以上を記録した「麗しメイドチップ」だった。







○教室・文化祭当日(学内)・朝
香が教室に、入ってきたのと同時に。昨日の夜、文化祭の周りたいところをチェックしておいたしおりを握りしめて香に抱きつく凪。体幹が良くこゆるぎもしない香。

凪「香、おはよー!!」※超笑顔
香「おはよう、凪。驚くからいきなり抱きつくのはやめてくれ」※真顔
凪「えー、香本当に驚いてる? 冗談じゃなくて?」※不思議そう
香「本気だ」※真顔
凪「まぁ香が言うなら。わかった!」※笑顔
香「それで? どうしたんだ?」※真顔
凪「これ! 俺が周りたいとこに丸つけたから、香もつけてくれ!」※丸のついたしおりを差し出しながら
香「……お化け屋敷」※悪戯げに
凪「いやだー!!」
香「冗談だ、文芸部に行ってみたい。俺の希望はそこだけだ」※ふっ、と口元を緩めながら

「お化け屋敷」と言った瞬間に香から離れる凪。邪魔にならないように教室の隅の方に移動しながら、文芸部に興味を示す香に、首を傾げて問う。

凪「香、文芸部に入りたいのか?」
香「いや、俺に書く才能はないし凪との時間が減るのも嫌だ。ただ、文芸部では部員が書いた小説を売るらしい。それが気になる」※真顔
凪「そ、そっか! 香、よく小説読んでるもんな」※ちょっと照れてからほっとした顔
香「他には何処を回るんだ?」※しおりを覗き込む
凪「スタンプラリーと、射的と、フルーツ飴と、和太鼓部!」※笑顔で
香「……和太鼓部?」※不思議そう
凪「なんか、体育館で演奏するらしいんだ! 見たことないから行ってみたい!」※目を輝かせて
香「なるほど、午後からは弁論大会だから急がなくちゃだな」※真顔
凪「あ! 弁論大会忘れてた!」※びっくりした顔
香「だろうな。まずはスタンプラリーの受付に行って、それから他を回ろう。スタンプラリーはついでになってしまうが」※真顔
凪「全然おっけー!」※笑顔

そんな会話の少しあとに、メイド喫茶が開かれる、ということで教室を追い出されるシフト外のクラスメイトたち。当然凪と香も追い出される。
それぞれ行きたいところに散っていくクラスメイトたちの背中を見ながら、まずはスタンプラリーの受付を、目指す。



○昇降口・文化祭当日(学内)・朝
頭に宇宙人のような目玉をつけた男子生徒が、チラシ配りのように何かを配っている。

男子生徒「スタンプラリーの台紙でーす、必要な方はどうぞー」※笑顔
香「一枚下さい」※真顔
男子生徒「おー、ありがとう。最初のスタンプは傘立てのとこにあるよ。全部揃えたら素敵なプレゼントもあるから」※笑顔

昇降口のところにある傘立ての前に置いてある机を指さして言う男子生徒。お礼を言って離れる香と凪。

凪「なんかあっさりもらえちゃったな!」※にこにこ
香「よかったな」※真顔
凪「あぁ!」

にこにこしながら、イルカのようなゆるキャラが描かれたスタンプを台紙に押す凪。それを腕を組みながら見ている香。そんな香に、スタンプを押し終わった凪は。

凪「次は文芸部だな!」※気合いのはいった顔
香「射的じゃないのか?」※不思議そうに
凪「あれは行けたらいいな、の丸だから。香が行きたいところが優先!」※にこっと笑う
香「……そうか」※ちょっと頬を染めて
凪「文芸部って何階?」※首を傾げて
香「二階の教室を使っているらしい。……ほら」※しおりに載った簡単な学校図を見せながら
凪「二階かぁ、二年生の階だな」※しおりを覗き込む
香「俺たち一年は三階だからな」※しおりを見ながら

普通一年生は一階じゃないか? と凪と話している。

○文芸部の教室・昼
二階の文芸部の開け放たれている扉から中を覗く。
すぐに、いかにも文学少女と言わんばかりの女子生徒が気づいてくれ、声をかけてきた。

女子生徒「こ、こんにちは。ここは文芸部の教室です」※ちょっと怯えた感じ
香「はい、部誌を一冊買ってもいいですか?」※真顔
女子生徒「え! 買ってくれるんですか!? その、文芸部に興味が?」※嬉しそうな顔
香「書くのは全くですが小説は好きなので」※真顔
女子生徒「なるほど。本当は部員勧誘もしてるんですけど、やめときますね」※優しい笑顔
香「そうしてくれると、嬉しいです」※真顔
女子生徒「それに……長く話してると向こうの彼に嫉妬されちゃいそうなので」※声を潜めて
香「は?」※不思議そうに
女子生徒「いいえ、じゃあ百円です」※手を出す
香「はい」※百円玉を乗せる
女子生徒「ありがとうございました!」※穏やかな笑顔

振り返ると、頬を膨らましている凪がじっと香と女子生徒を見ている。
部誌を受け取り、何故か入り口のところから動いていない凪に首を傾げる香。


○移動中の廊下・昼
香「凪は文芸部に興味ない……な」※頷きながら
凪「なんで納得しちゃうんだ!? もしかしたらあるかもしれないだろ?!」※頬をふくらませる
香「もしかしたら、と言っている時点でないと言ってるようなものだが」※真顔
凪「うー……、だって! 香がやっぱり入りたくなるかもしれないと思って」※悔しげ
香「そんな気は全くないが」※真顔
凪「だってだって! 対応してくれた人と仲良く話してたし!」※むっとした顔
香「いやあれは……あ、いや、本当になんでもない……」※女子生徒の「嫉妬される」の言葉を思い出す
凪「あー! なにかあったんだな!? 俺に言えないようなことか!」※悔しげ

香は凪からの軽いパンチを受けながら、射的の教室に向かっていると、ふいに凪が「うわっ」という声が聞こえた。隣を見ると凪がいなくなっていて、あわてて後ろを振り返ると、笑顔の凪が腕にバルーンの犬をくっつけながら走って寄ってきた。

香「凪! ……それは?」※驚いた顔
凪「なんか急に腕にはめられてびっくりしたんだけど、もらった! 可愛いだろう!? 写真撮ってもいいぞ!」※満面の笑顔
香「いいのか?」※真顔
凪「うん!」※笑顔

ポケットからスマホを取り出して、満面の笑みにウインクとピースまでする凪ごとパシャリと撮る香。ふむ、と頷いて。

香「可愛いな」※真顔
凪「だろー? あの先輩にもお礼言わなくちゃな、なんか紙でアドレスもらったから」※言いかける
香「今すぐにその紙を渡せ」※無表情
凪「え」※固まる
香「こういう場で渡されるアドレスは、大体が迷惑なやつと決まっている」※無表情
凪「そうなのか!? 知らなかった……」※愕然としながら

なんで香は知ってるんだ? と思いながらもアドレスの書かれた紙を香に渡すと片手で握りつぶす。一瞬林檎でも行けるんじゃないかと思った凪。少し身体をはねさせた凪だったが、射的の教室が見えた途端、背伸びをする。
元々凪と香は他の生徒よりは身長は高いが、頭で見えづらかったため。

凪「あ、射的の教室……凄い人だかりだな?」※困った顔
香「ここからでも見えるな……入るか?」※真顔
凪「こいつが可哀想だからやめとく」※慈愛の笑み

そう言って腕についている犬のバルーンを指で優しくなでる凪。その仕草に、というよりもされているバルーンの犬に若干イラッとしつつも、香は尋ねた。

香「じゃあ次は……フルーツ飴でもいいか?」※真顔
凪「賛成! 俺、苺のフルーツ飴がいいな!」※明るい笑顔
香「苺ならあるんじゃないか? このまま二つ隣の教室だ」※真顔
凪「甘いにおいがすると思ったら、フルーツ飴か!」※鼻を引くつかせながら
香「砂糖っぽい匂いだな」※思案した顔
凪「香、よくわかるな」※感心した顔
香「……一昨日クッキーを焼いている最中に散々焦がしたからな」※目をそらし
凪「あっ! ありがとな、クッキー全部美味しかった!」※あわてて


○フルーツ飴の教室・昼
三〜四人の列が出来ている。男子生徒が列整理をしていて、腕にバルーンの犬をつけた凪にぎょっとしつつも列に並ぶように言われる。どこか自慢げな凪。香が何にするか話し合っていると、あっという間に順番がくる。前に看板があって、そこに苺飴、パイン飴、りんご飴と書かれていた。

女子生徒「はーい、いらっしゃい。ご注文は?」※営業スマイル
凪「俺は苺飴」※笑顔
香「同じものを」※真顔
女子生徒「はーい! 苺二! 準備して! ……はいどうぞ、苺飴でーす。一本二百円になりますね」※営業スマイル
香「はい」※真顔
凪「え、香!?」※驚き
女子生徒「ありがとうございましたー!」※串を渡す

四百円をかいけつソロリくんの財布からすばやく出して、会計を済ませる。元気のいい声に見送られて、他の客の邪魔にならないように凪の手を引いて行く香。


○階段近くの水飲み場・昼
凪「香、二百円」※財布から小銭を取りだし
香「いい、俺の奢りだ」※串をわたしながら
凪「でも、俺。ミックスナッツでクッキーも作ってもらったし、前も飲み物奢ってもらって……」※串を受け取り、だんだん肩を落とす
香「父の店を手伝ってもらったし、髪型も決めてもらったな、俺は」※真顔
凪「うぅ……ずるい! 香かっこいい! やることがスマート! 好感度ポイント五点!」※悔しそう
香「ふ……初めての五点だな?」※楽しそう
凪「なんか悔しい!」※悔しげ

そう言いつつちろちろと苺飴を、舐めて食べている凪。そんな凪を見て。

香(舌が小さいし赤い……って何を考えているんだ俺は!)

つい良からぬことを考えてしまいそうになる自分に。香は、苺飴の棒を横にして、三つついている苺のうちの一つをばりっと噛み砕いて棒から抜いた。
驚愕の表情で香を見る凪。

凪「こ、香? それ団子じゃないからな?」
香「わかってる、うちでの食べ方はこうなんだ」※真顔
凪「そ、そっか」※若干引きつつ

ワイルドな食べ方なんだな、と頷きつつ、舐め続けて飴がなくなったジューシーな苺を頬張る凪。んー! と嬉しそうな声を上げて美味しそうに食べている凪をさっさと食べきった香は穏やかな気持ちで見ていた。食べきって、串もゴミ箱に捨てたあと。

凪「最後に時間もいいし、和太鼓見に行こ!」※笑顔
香「あぁ」※真顔

先ほどのフルーツ飴について、他にも色んなものがあったら楽しいのにと話しながら歩いていた。


○体育館・昼
体育館にたどり着き、ちょうど休憩だったのか、和太鼓だけが残されていると思ったら、凪と香が椅子に座った途端。舞台の裾から体育着に法被の生徒たちが和太鼓の前に立つ。
甲高い合図の声とともに、和太鼓が鳴り響く。
それは鳴るというより、心臓を震わせるような一音で、凪と香は魅入られたようにその演奏が終わるまで、体育館の椅子に座っていたのだった。
演奏が終わってもぼんやりしていると、今度は弁論大会の準備だからと体育館を追い出された凪と香。



○体育館と校舎をつなぐ外廊下・昼
凪「凄かったな! 凄い、こう! 心臓にどんって!」※興奮気味に
香「あぁ、あんなに振動が直接身体に伝わってくるものだとは」※頷く
男子生徒「そこの人の、避けてー!!」
凪「え?」
香「ん?」

上を向いた瞬間、凪が後ろから勢いよく飛んできたサッカーボールに頭を打たれて、前に倒れ込んだ。
香は、隣を歩いていた凪がいきなり倒れたことに驚いて、とりあえず凪を受け止める。凪は気絶している。

香「凪!? 凪っ!」※必死に呼びかけ
男子生徒「すみません! ボールが! 早く保健室に!」※焦って
香「保健室……反対側か!」



○保健室・昼
香が、凪を姫抱きにしてなるべく揺れないように頭を押さえながらも、保健室へと走った。校舎のど真ん中、それも生徒でごった返しているような中だったため、保健室についた時には香もよれよれになっていた。
結果は脳震盪。たんこぶが出来るくらいですんだ。
後に保健室に自首してきた「暇だったから」とサッカーボールで遊んでた犯人たちは。
ブリザードを背負った香に学年とクラスと名前を押さえられ教師に告げられることになった。

そして凪は大事をとって早退することに。香が荷物を取りに行き、心配そうに「家まで送るか?」と言っていたが、「大丈夫」と笑って帰っていった凪。



○凪の部屋・夜
二十二時ごろに、香にメッセージを送る。
凪:今思い出したけど、スタンプラリーわすれてたー!
香:あぁ、忘れてたな。頭のコブは大丈夫か?
【心配ですという文字を掲げる可愛い猫のスタンプ】
凪:全然大丈夫、元気元気!
【元気だぜ!と言っているゲームキャラのスタンプ】
香:そうか、とりあえず文化祭休みの三日間は大人しくしていろ
凪:そんな……暇すぎて死んじゃう!
香:大人しくしているだけでいい。ベッドで寝ていろと言っても凪には無理だろう
凪:さすが香! 俺のことよくわかってる!
香:お前のことはよく見ているからな、とりあえず今日はもう寝ろ。おやすみ
【おやすみと笑う猫のスタンプ】

凪「え……あ。ダメ、ダメだ。俺は『お兄ちゃん』なんだから」※なにかを堪えるように。

よく見ているから、その言葉がどうしようもなく嬉しくて、一瞬戻った意識で保健室に走る香の必死な表情が離れなくて。
目を瞑り高鳴る胸をぎゅっと服を握り耐えながら、凪は呪いのように何回も『お兄ちゃんなんだから』と言い続け、香に返信は出来なかった。