○通学路・朝
また通学中の生徒たちから視線を感じる。通り過ぎていった自転車に乗ったおじさんも二度見していった。耳元のイヤホンからはこぐまさんのパンケーキの朗読が流れている。
香(イヤホンは外れてないな?)※イヤホン確認
なんでこんなに視線を集めるのか、不思議に思い、立ち止まり首を傾げた香。
その後ろから、にゅっと腕が伸びてきて、衝撃(抱きつかれ)。体幹が良いためびくともしない香だったが、驚いて振り向く。案の定凪。凪は振り向いた香の顔を見て目を丸くしたあと、咳払いしてからにっこりと笑う。
凪「香おはよー!」※笑顔
香「あぁ、おはよう凪。今日も元気だな」※真顔
凪「俺は元気印の凪くんだからな! ……ところで、香はアイマスク使うのかぁ」※小さく笑いながら
香「なんで知っているんだ?」※不思議そう
凪「おでこのとこ触ってみ」※自分のおでこを指す
香「あ」
凪「もー、相変わらずだな? この天然! 好感度ポイント一点!」※軽く香の背中を叩きながら
おでこを触ったら僅かな膨らみのある布の感触。アイマスクがついていた。取っていると、凪が背中から離れ、目を輝かせて食いついてくる。
凪「やっぱりアイマスクあったほうが眠りやすい? 俺、興味あってさ!」
香「眠りやすい、とは思うぞ。ただ視界がきかない分音に敏感になったりもするな。俺は気にならないが。……百円ショップなどでも売っているから、気になるなら試してみたらどうだ?」※真顔
凪「百円なら良いかも……試してみようかな。ありがとうな、香」※にこっと笑う
香「俺は何もしていないが……」※不思議そうに
凪「アドバイスくれただろ」
にこにこしながらそう言って、アイマスクをバッグにしまった香と並んで教室へ向かう。
階段を登ってる途中に、香が凪に話しかける。
香「実は、今日は早く帰らなくてはいけないんだ。だから放課後の課題と復習予習は出来そうにない」※眉をハの字に下げて
凪「え、なんかあるのか?」※首かしげ
香「父さんがぎっくり腰をやらかして。今日は短縮授業だろう? 昼前に帰れるから午後から店を開けるんだ」※真顔
凪「大変じゃないか!? というか、店を開けられるのか!?」※焦りと驚きの顔
香「ケーキなどは全部作り終わってる。店を開かないと廃棄になってしまうし、いつも来てくれている常連さんたちにも悪いからな」※真顔
コーヒーは俺が淹れられるから問題ない、と告げる香に。どこか居心地悪そうに、ためらってから凪が口を開く。階段を登りきる。
凪「俺……その、今日暇なんだけど。邪魔じゃなければ、手伝ってもいいか?」※おずおず
香「いいのか? こちらとしてはとても助かるが」※驚いた顔
凪「ばか、良いに決まってる! 香が困ってるんだぞ、最優先だろ!」※怒ったように
香の頬を人差し指でつきながら、そう告げる凪。
「香が困っているから、最優先」その言葉に鼓動が早くなっていくものの、階段をのぼってきたせいか、と片付けてしまう天然の香。
○更衣室前・体育の時間前・昼
体育着の香。トイレに行くので凪より早く出てきたが、靴を履き替え忘れ更衣室の取っ手に手をかけたところ。中から聞こえてきた声に止まる。
男子生徒A「なー、凪。実際のところどう? 佐倉といて苛つかねぇ?」※にやにやして
男子生徒B「そうそう、あいつドジばっかしてるし外見モサいし俺なら絶対友達とか無理だね、恥ずかしくて一緒にいらんねーわ」※うんざりしたように
男子生徒C「お前も無理して一緒にいんなら俺らが言ってやろうか?」※気を使ってるように
凪「……」
男子生徒A「なー、聞い」※にやにやして
凪「うるさい。聞こえてる。聞きたくないのに聞いてやってるんだ、感謝してほしいな」※冷たい目
男子生徒ABC「「「あ?」」」※凄む
凪「確かに香はドジだし、天然だ。でもそのせいでお前らを困らせたことあるのか? そもそも人様をどうこう言えるほどの外見かお前ら。大体香は俺にとって友達でもあるけど『理想の彼氏様候補』だ、そのとぼけた頭によーく刻んどけよ」※さっさと背中を向ける
足音が近づいてきて、とっさに曲がり角に隠れる香。扉が開いて、中から見たこともないくらい不機嫌そうな凪が一人で出てきて、そのまま体育館に向かう。
○過去回想・小学校の校庭・昼
友人の男子生徒に突き飛ばされる香。座り込んだまま友人を見る。逆光で顔はわからないが、うんざりした声で。
友人「お前、ドジすぎなんだよ。一緒にいてはずかしいだろ!」
香「わざとじゃ」※言いよどむ
友人「うるさい! お前といると俺までわらわれるんだよ! お前なんか友達じゃない!」※怒って
香「……」※黙り込む
男子生徒「なにしてんのー? そんなやつほっといて遊ぼうぜ!」※笑いながら
友人「すぐ行く! わかったら二度と話しかけるなよ」※男子生徒のほうへ駆け出す
香「……わかった」
男子生徒の方へとかけていく元・友人。突き飛ばされた格好のまま、涙が溢れそうになって、ぎゅっと目をつぶる香。
香(わざとじゃないのに……どうすればいいんだ。ともだちなんて、もういらない)
○現在・曲がり角・昼
香(凪といて、友人も悪くないと思った。間違いじゃなかった、凪は、俺の……大切な友人だ)
泣きそうになる目元を、眼鏡を押しのけ手でぬぐう。
○更衣室前・体育の時間前・昼
予鈴が聞こえて、香が再び更衣室の取っ手に手をかけ、開けようとすると。中から文句と下品な笑い声、会話が聞こえる。
男子生徒C「なんだよ、凪のやつ。こっちが気ぃ使ってやってんのに」※口を尖らせ
男子生徒B「あいつ『理想の彼氏様候補』つってたじゃん。きっも」※せせら笑う
男子生徒A「あーいう根暗が好みなんだよ、あの男好き」※嘲るように
香が更衣室の扉を開けると、クラスの中でもガラの悪い三人組が椅子に座って喋っている。にやにやとしたいやらしい笑み。
香が靴を履き替えていると、男子生徒Aが寄ってきて。
男子生徒C「なー、さく」
香「黙れ。お前たちの話は聞くに値しない」※無表情
男子生徒A「あぁ!?」※声を大きくして
香「俺の友人を悪く言うやつの話なんて、耳が腐る」※無表情
男子生徒B「調子にのってんじゃ」※凄もうとする
香「……調子に乗っているのはどちらだ」※睨む
低い声で凄んで睨むと、ビビって途端にへらへらした笑みを浮かべる三人組。
本鈴が鳴ったため、「急がねーと」「な、なー!」とか適当なことを言って逃げ出す。
香はため息をついて、体育教師に怒られるかもしれないと肩を落として更衣室をあとにする。
先ほど、香が隠れた曲がり角で。香を探しにきた凪が口を両手で押さえ、顔を真っ赤にしていることなんて知らずに。
凪(こんなの、好感度ポイントつけられない!)
○喫茶店に行く道・昼
香が母に凪が助っ人に入ってくれることを電話すると「まかない作るからそのまま帰って来てー」と言われ、一緒に喫茶店に向かっている途中。
凪「香。俺、うまく出来るか心配……」※心配そう
香「凪には接客をお願いしたい。要はウエイター。コーヒーとレジは俺がやるから大丈夫だ」※安心させるように微笑む
凪「ウエイターって何するんだ?」※首かしげ
香「コーヒーやケーキを運んだり、テーブルを片付けたりする。いつもそんなに人は来ないから、カウンターでケーキ食べてていいぞ」※真顔
凪「ウエイターってそんな良い仕事なのか?!」※目を剥く
心配する凪を、香は慰める。元々常連客か偶々入ってきた客くらいしか来ないため、いつもの父の様子を思い浮かべそう言えば、あまりに簡単な仕事内容につい叫んだ凪に通りがかった猫が「にゃっ!」と鳴いてダッシュで逃げる。
その後ろ姿を見ながら。
香「少なくともうちはそうだな」※不思議そう
凪「なんだか香の家が心配になってきた。オレオレ詐欺に騙されたりしてないか? 大丈夫?」※心配そうな顔
香「今まで弟がバイクで人を轢いた、という電話が八回あったんだが」※真顔
凪「多いな!?」※驚いた顔
香「弟は中学生なんだ」※遠い目
凪「電話かけてきたやつ馬鹿なのか?」
思わず真剣な顔になって、オレオレ詐欺を仕掛けてきた相手の頭の具合が心配になった凪。
○喫茶店外・昼
住宅街の奥に猫が喋っているような看板以外喫茶店だとわかるようなものがない店外。立ち止まった香は鍵を取り出す。が、開かない。
香「?」※不思議そう
凪「どうした?」※不思議そう
香「鍵が入らないんだが……」※真顔
凪「家の鍵と間違えてたりしない?」※首を傾げ
香「いや、家の鍵は別にしているから」※真顔
凪「え、じゃあなんで?」※不思議そう
香「あ」
凪「え?」※きょとん
香「……自転車の鍵だった」※気まずそう
凪「ぶふっ」
思わず吹き出してしまった凪を軽く睨んでから、正しい鍵で扉を開ける。
○喫茶店内・昼
扉を開けた瞬間、鼻にコーヒーのこうばしい香り。店内に入った凪は、店内に染み付いたコーヒーの香りやケースの中のケーキやタルト、アンティーク調の店内に目を輝かせる。
凪「凄いな! 隠れ家喫茶みたいだ!」
香「特に隠してはいないんだが、近所の人がよくきてくれる」※椅子に座る
凪「そうなのか……こんなに雰囲気が良いところ全然知らなかった! 俺、一生の不覚!」※隣に座る
香「そうか? そこまで言ってくれると嬉しいが」※僅かに微笑む
そんな会話をしていると、黒髪ロングのエプロンをつけた少女がからんからんとドアベルの音をさせて入ってくる。両手に大皿と中皿を持っている。
香母「こんにちはー、まかない持ってきたよー」※明るい声で、にこりと笑う
凪「え、香、妹いたのか?」※驚き
香母「えー、やだ嬉しいー」※身をくねらせて
香「凪、母さんだ」※真顔
凪「嘘だろ!?」※愕然
香母「妹でーす!」※ピースしながら
香「やめてくれ。凪、本当に母さんだ」※真顔
香母「香ちゃんひどーい」※頬をふくらませ
凪「香ちゃん……!」※驚きショックを受けた顔
香「凪やめてくれ。それよりまかないだ」※不機嫌そうな顔
はいはい、と言ってカウンターの上に、ナポリタンをだしてくれる香母。
ふわりと香る甘い玉ねぎとバターのコクのある香り。ピーマンではなくパプリカを使っていて、彩りも良い。
大皿に山と盛られたナポリタンを香の前に、中皿に普通盛りのナポリタンを凪の前に置き、香母が言う。
香母「香ちゃんが、凪くんはあんまり食べない子って言ってたからー、控えめにしたけど足りそう?」※心配そう
凪「控えめ!? じゅ、充分です!」※慌てて
香「凪、多かったら俺の皿に移していいぞ」※真顔
凪「本当か! ごめんな、香頼む」※助かった! という顔
香「いや、これくらいなら軽いからな」※真顔
凪「嘘だろ……? どんな胃袋してるんだ」※呆然
香「お前こそ、そんなに少食で大丈夫なのか?」※心配そう
凪「俺は普通だ!」※拳を握り
いつも凪の弁当をみている香が、多いだろうと判断して引き受けると言うと、天からの助け! とばかりに三分の一を香の皿に移す凪。移された量を見ても軽いと宣言する香。
反対に少食だと心配してくる香に、凪は小さく叫んだ。
香母(香ちゃんがお友達連れてくるって聞いた時はびっくりしたけど、仲良しみたいで良かったわー!)
にこにこしながら二人が食べるのを見守っている、香母。
食べ終わった凪は、口元を真っ赤にしてる香に、目の前にあったペーパーナプキンを差し出す。不思議そうに受け取り、カウンターを拭こうとした香に。凪は自分の口元を示す。
と、腰を上げて、凪の口元を拭き出す香。
凪は片手で目を覆って、もう一枚ペーパーナプキンを取ると、香の口を拭いた。香の手が止まる。
凪「ふっふ、俺じゃないって」※思わず笑う
香「あ」
凪「もう、相変わらずだなー!」※楽しそう
楽しそうに拭いてる凪に、されるがままの香。そんな二人を見ながら、仲がいいわねーと見ていた香母だったが、時計が十三時をさそうとしているのを見て、お皿を回収して、また後でねー! と言ってお店からでていく。
扉にかかっている小さなかけ看板をOPENに返して、二人とも黒いエプロンをつける。香は天井の換気扇を回し、お湯を沸かし始める。ドリッパーとカップ、サーバーにお湯を通して温めると、ミルにコーヒー豆を入れてゆっくりとゴリゴリ削る。
その様子を見ていた凪が、目を輝かせて。
凪「凄いな、香! コーヒー豆の良い香りがする!」※鼻を引くつかせ
香「わかるか? 力任せじゃなくて丁寧に挽くのが大事なんだ」※口角を上げて
そう言いつつ、ペーパーフィルターをドリッパーにセットして、フィルターの中央に先ほど削ったコーヒー粉をいれ、表面を平らにならす。
沸騰したお湯が温度計で九十四℃になったのを確認すると、コーヒー粉の中心に少量だけお湯を静かに注ぎ二十秒ほど蒸らす。
細口のドリップポッドからお湯を数回に分けて円を描くように注いだ。
コーヒーを淹れる様子を輝く目で見ていた凪の前にに、香は淹れ終わったコーヒーカップを置く。きょとんとして香を見る凪に。
香「腕が落ちてないか、飲んでみてくれ。ミルクとシュガーは?」※真顔
凪「いらない!」
キラキラした目で両手で持ったコーヒーカップを見つめ、そっと口をつける。
凪「苦いけど、酸味よりもほんのり甘いのが勝ってる?」※首を傾げ
香「今日の豆の特徴を捉えてるな、よかった」※真顔
凪「はー、コーヒーは奥深いし、それを出来る香は凄いな」※穏やかに笑いながら
香「……俺なんて大したことはない、父はもっと」※真顔
凪「それはやってる年数が違うからだろ? 香は学生なのに美味しいコーヒーが淹れられる、凄いことだぞ!」※力説
力いっぱい肯定する凪に照れくさくなり、香は、ショーケースからナッツのタルトを出す。
それを凪の前に置いて。
香「前に言ってたミックスナッツを使ったやつだ」※思い出したように
凪「ケーキじゃなくてタルトじゃん!」※目を丸くして
香「試行錯誤の末にこうなったらしい、嫌いか?」※少し困った顔
凪「大好き!」※笑顔
さっそく一口食べてみると、顔全体で美味しい! と言っている凪に、香は小さく笑う。
ナッツの混じったタルト生地は重いのに、上はミックスナッツを飴がけにしてありさくさくとした食感。間に挟んであるカスタードクリームが重くなく牛乳を全面に出しているため軽やかに食べられる。
凪の食レポを聞いた香がそれをメモる。
からんからんと音がして、老紳士が入ってくる。
老紳士「やぁ、御機嫌よう。いつもの場所、良いかな?」※人好きのする笑顔
香「どうぞ」※真顔
老紳士「それじゃあコーヒーを頼むよ」※笑顔
店の窓際の一人席に座り、鞄から本を取り出し読み始める老紳士。
少しして、香が淹れたコーヒーをお盆に載せて老紳士のところへ持っていく。コーヒーをテーブルに置く凪。
凪「どうぞ、お待たせしました」※緊張気味
老紳士「とんでもない、ありがとう。新しい子かな?」※笑顔
凪「いえ、えっと、あの。失礼でしたら申し訳ないんですが、その本」※おずおず
老紳士「ん、これかい? 昨日本屋に寄ってね。表紙に惹かれてしまったんだ。もう一度読もうと思ってね」※穏やかに本の表紙を見る
凪「オーウェンって人の短編小説集ですよね? ナッツの飴がけがでてくる」※思い出す顔
老紳士「おや、今どきの若い子が知ってるなんて、人気なのかな。それがどうしたんだい?」※不思議そう
凪「実は、いまナッツの飴がけタルトがあって。タルトになっちゃうんですけど、めちゃくちゃ美味しいし、上の飴がけのところがジョージが食べてるのにそっくりなんです!」※拳を握って力説
老紳士「ほう、それはぜひ食べてみたい。頼んでもいいかい?」※興味を引かれて目をきらめかせる
凪「はい、すぐに!」
ぱあと笑顔になって、ゆっくりと歩いて戻りながら香にナッツの飴がけタルトを出して皿に載せてもらう。フォークの先の部分をペーパーナプキンでくるみ、香にメープルはあるか聞く。不思議に、思いながらもメープルの入った瓶を出すと、ミルクポッドに入れてもらい。
タルトとフォーク、メープルシロップの入ったミルクポッドをテーブルに置き。
凪「どうぞ。ナッツの飴がけタルトです。このミルクポッド、メープルシロップで。ジョージが失恋後にやけ食いした時の味を試したかったらかけてみてください」※おずおず
老紳士「……ははは、素敵な店員さんだ、ありがとう。さっそく食べてみるよ」※嬉しそうな笑顔
凪「それでは失礼します」※やり遂げた笑顔
その後も常連客の話を聞いたりケーキやタルトを勧めたり、楽しそうに働く凪。凪が休憩中に食べているケーキやタルトの様子を見て、追加注文する常連や新規のお客さんたち。その光景を見て。
香(ずっとこのまま、この時間が続けばいいのに)
ゆったりとした時間の中、穏やかな笑い声が広がる喫茶店に、香はそう思ってコーヒーを淹れていた。
○喫茶店・夜
お客さんは全員帰り、扉にかかる看板をCLOSEに裏返して、営業終了。
中には香と凪とまかないを持ってきてくれた香母。
まかないのドリアを食べながら、今日がどれだけ楽しかったのかを興奮気味に語る凪と、それを頷きながら聞く香。
香母は封筒を持って、凪を呼ぶ。会話をやめて香母を振り返る凪。
凪「はい?」※グラタンを飲み込み
香母「きょうはありがとうねー。これ、少ないけどバイト代」※笑顔で差し出す
凪「え!? いや、俺楽しくて、良い経験させてもらって、バイト代までもらえません!」※首を横に振る
香「凪、もらっておけ。お前はそれ以上の働きをしていた」※真顔
香母「そうそう。凪くんいい子で涙でそうだけど、それはそれ、これはこれ」※圧のある笑顔
凪「えっと……、じゃあバイト代の代わりにイチゴのタルト貰っていってもいいですか?」※おずおず
香母「イチゴのタルト?」※不思議そう
凪「いま妹がハマってて……」※微笑
香母「もー! 全種類のスイーツいれてやるー!」
絶対にバイト代を受け取ろうとしない凪に、香母が、怒ったようにショーケースに向かう。
それを見て怒らせたかな、としょんぼりする凪。
凪「怒らせちゃったかな」
香「違うぞ、あれは可愛くて仕方のない態度だ」※真顔
凪「そう、なんだ?」※不思議そう
香「ところで全部の種類、入れると言っていたが」※眉を下げて
凪「安心してくれ、俺スイーツに関しては二つ目の胃袋が発動するんだ」※真顔
香「人のことをどんな胃袋をしていると言えないな」※呆れたように
凪「言われてみれば!」
はっ! とした顔をしている凪に、香は言葉を続ける。
香「ありがとう、今日は助かった」※穏やかに
凪「なんなら明日も」※目を輝かせ
香「この喫茶店は父の娯楽で週に二回しか開けないんだ。今日が二回目だから大丈夫」※安心させるように
凪「なんだ、楽しかったのに……」※しょんぼり
香「楽しい経験になってよかった」※安心したように
凪「本当、ありがとな。香」
ふわりと美人に笑う凪に、ついっと目をそらしながらコーヒーを一気飲みして誤魔化した香だったが、香母のいる場所からは、香の耳が赤いのが見えていて。
香母(あらあらあらあらー!)
数少ないスイーツを箱にいれながら、愛の予感がするわー! と目を輝かせている香母。
凪を帰らせ、掃除をしている時に。
香母「凪くんいい子ねー」※にこにこ
香「あぁ……、良いやつだ、優しい」※嬉しそう
香母「お嫁さんに来ないかしらねー?」※にこにこ
香「ゼクシィがっ!! 痛っ!」※どよんとした顔
モップにつまずき、バケツの水をひっくり返した香に、香母はため息をついたのだった。
また通学中の生徒たちから視線を感じる。通り過ぎていった自転車に乗ったおじさんも二度見していった。耳元のイヤホンからはこぐまさんのパンケーキの朗読が流れている。
香(イヤホンは外れてないな?)※イヤホン確認
なんでこんなに視線を集めるのか、不思議に思い、立ち止まり首を傾げた香。
その後ろから、にゅっと腕が伸びてきて、衝撃(抱きつかれ)。体幹が良いためびくともしない香だったが、驚いて振り向く。案の定凪。凪は振り向いた香の顔を見て目を丸くしたあと、咳払いしてからにっこりと笑う。
凪「香おはよー!」※笑顔
香「あぁ、おはよう凪。今日も元気だな」※真顔
凪「俺は元気印の凪くんだからな! ……ところで、香はアイマスク使うのかぁ」※小さく笑いながら
香「なんで知っているんだ?」※不思議そう
凪「おでこのとこ触ってみ」※自分のおでこを指す
香「あ」
凪「もー、相変わらずだな? この天然! 好感度ポイント一点!」※軽く香の背中を叩きながら
おでこを触ったら僅かな膨らみのある布の感触。アイマスクがついていた。取っていると、凪が背中から離れ、目を輝かせて食いついてくる。
凪「やっぱりアイマスクあったほうが眠りやすい? 俺、興味あってさ!」
香「眠りやすい、とは思うぞ。ただ視界がきかない分音に敏感になったりもするな。俺は気にならないが。……百円ショップなどでも売っているから、気になるなら試してみたらどうだ?」※真顔
凪「百円なら良いかも……試してみようかな。ありがとうな、香」※にこっと笑う
香「俺は何もしていないが……」※不思議そうに
凪「アドバイスくれただろ」
にこにこしながらそう言って、アイマスクをバッグにしまった香と並んで教室へ向かう。
階段を登ってる途中に、香が凪に話しかける。
香「実は、今日は早く帰らなくてはいけないんだ。だから放課後の課題と復習予習は出来そうにない」※眉をハの字に下げて
凪「え、なんかあるのか?」※首かしげ
香「父さんがぎっくり腰をやらかして。今日は短縮授業だろう? 昼前に帰れるから午後から店を開けるんだ」※真顔
凪「大変じゃないか!? というか、店を開けられるのか!?」※焦りと驚きの顔
香「ケーキなどは全部作り終わってる。店を開かないと廃棄になってしまうし、いつも来てくれている常連さんたちにも悪いからな」※真顔
コーヒーは俺が淹れられるから問題ない、と告げる香に。どこか居心地悪そうに、ためらってから凪が口を開く。階段を登りきる。
凪「俺……その、今日暇なんだけど。邪魔じゃなければ、手伝ってもいいか?」※おずおず
香「いいのか? こちらとしてはとても助かるが」※驚いた顔
凪「ばか、良いに決まってる! 香が困ってるんだぞ、最優先だろ!」※怒ったように
香の頬を人差し指でつきながら、そう告げる凪。
「香が困っているから、最優先」その言葉に鼓動が早くなっていくものの、階段をのぼってきたせいか、と片付けてしまう天然の香。
○更衣室前・体育の時間前・昼
体育着の香。トイレに行くので凪より早く出てきたが、靴を履き替え忘れ更衣室の取っ手に手をかけたところ。中から聞こえてきた声に止まる。
男子生徒A「なー、凪。実際のところどう? 佐倉といて苛つかねぇ?」※にやにやして
男子生徒B「そうそう、あいつドジばっかしてるし外見モサいし俺なら絶対友達とか無理だね、恥ずかしくて一緒にいらんねーわ」※うんざりしたように
男子生徒C「お前も無理して一緒にいんなら俺らが言ってやろうか?」※気を使ってるように
凪「……」
男子生徒A「なー、聞い」※にやにやして
凪「うるさい。聞こえてる。聞きたくないのに聞いてやってるんだ、感謝してほしいな」※冷たい目
男子生徒ABC「「「あ?」」」※凄む
凪「確かに香はドジだし、天然だ。でもそのせいでお前らを困らせたことあるのか? そもそも人様をどうこう言えるほどの外見かお前ら。大体香は俺にとって友達でもあるけど『理想の彼氏様候補』だ、そのとぼけた頭によーく刻んどけよ」※さっさと背中を向ける
足音が近づいてきて、とっさに曲がり角に隠れる香。扉が開いて、中から見たこともないくらい不機嫌そうな凪が一人で出てきて、そのまま体育館に向かう。
○過去回想・小学校の校庭・昼
友人の男子生徒に突き飛ばされる香。座り込んだまま友人を見る。逆光で顔はわからないが、うんざりした声で。
友人「お前、ドジすぎなんだよ。一緒にいてはずかしいだろ!」
香「わざとじゃ」※言いよどむ
友人「うるさい! お前といると俺までわらわれるんだよ! お前なんか友達じゃない!」※怒って
香「……」※黙り込む
男子生徒「なにしてんのー? そんなやつほっといて遊ぼうぜ!」※笑いながら
友人「すぐ行く! わかったら二度と話しかけるなよ」※男子生徒のほうへ駆け出す
香「……わかった」
男子生徒の方へとかけていく元・友人。突き飛ばされた格好のまま、涙が溢れそうになって、ぎゅっと目をつぶる香。
香(わざとじゃないのに……どうすればいいんだ。ともだちなんて、もういらない)
○現在・曲がり角・昼
香(凪といて、友人も悪くないと思った。間違いじゃなかった、凪は、俺の……大切な友人だ)
泣きそうになる目元を、眼鏡を押しのけ手でぬぐう。
○更衣室前・体育の時間前・昼
予鈴が聞こえて、香が再び更衣室の取っ手に手をかけ、開けようとすると。中から文句と下品な笑い声、会話が聞こえる。
男子生徒C「なんだよ、凪のやつ。こっちが気ぃ使ってやってんのに」※口を尖らせ
男子生徒B「あいつ『理想の彼氏様候補』つってたじゃん。きっも」※せせら笑う
男子生徒A「あーいう根暗が好みなんだよ、あの男好き」※嘲るように
香が更衣室の扉を開けると、クラスの中でもガラの悪い三人組が椅子に座って喋っている。にやにやとしたいやらしい笑み。
香が靴を履き替えていると、男子生徒Aが寄ってきて。
男子生徒C「なー、さく」
香「黙れ。お前たちの話は聞くに値しない」※無表情
男子生徒A「あぁ!?」※声を大きくして
香「俺の友人を悪く言うやつの話なんて、耳が腐る」※無表情
男子生徒B「調子にのってんじゃ」※凄もうとする
香「……調子に乗っているのはどちらだ」※睨む
低い声で凄んで睨むと、ビビって途端にへらへらした笑みを浮かべる三人組。
本鈴が鳴ったため、「急がねーと」「な、なー!」とか適当なことを言って逃げ出す。
香はため息をついて、体育教師に怒られるかもしれないと肩を落として更衣室をあとにする。
先ほど、香が隠れた曲がり角で。香を探しにきた凪が口を両手で押さえ、顔を真っ赤にしていることなんて知らずに。
凪(こんなの、好感度ポイントつけられない!)
○喫茶店に行く道・昼
香が母に凪が助っ人に入ってくれることを電話すると「まかない作るからそのまま帰って来てー」と言われ、一緒に喫茶店に向かっている途中。
凪「香。俺、うまく出来るか心配……」※心配そう
香「凪には接客をお願いしたい。要はウエイター。コーヒーとレジは俺がやるから大丈夫だ」※安心させるように微笑む
凪「ウエイターって何するんだ?」※首かしげ
香「コーヒーやケーキを運んだり、テーブルを片付けたりする。いつもそんなに人は来ないから、カウンターでケーキ食べてていいぞ」※真顔
凪「ウエイターってそんな良い仕事なのか?!」※目を剥く
心配する凪を、香は慰める。元々常連客か偶々入ってきた客くらいしか来ないため、いつもの父の様子を思い浮かべそう言えば、あまりに簡単な仕事内容につい叫んだ凪に通りがかった猫が「にゃっ!」と鳴いてダッシュで逃げる。
その後ろ姿を見ながら。
香「少なくともうちはそうだな」※不思議そう
凪「なんだか香の家が心配になってきた。オレオレ詐欺に騙されたりしてないか? 大丈夫?」※心配そうな顔
香「今まで弟がバイクで人を轢いた、という電話が八回あったんだが」※真顔
凪「多いな!?」※驚いた顔
香「弟は中学生なんだ」※遠い目
凪「電話かけてきたやつ馬鹿なのか?」
思わず真剣な顔になって、オレオレ詐欺を仕掛けてきた相手の頭の具合が心配になった凪。
○喫茶店外・昼
住宅街の奥に猫が喋っているような看板以外喫茶店だとわかるようなものがない店外。立ち止まった香は鍵を取り出す。が、開かない。
香「?」※不思議そう
凪「どうした?」※不思議そう
香「鍵が入らないんだが……」※真顔
凪「家の鍵と間違えてたりしない?」※首を傾げ
香「いや、家の鍵は別にしているから」※真顔
凪「え、じゃあなんで?」※不思議そう
香「あ」
凪「え?」※きょとん
香「……自転車の鍵だった」※気まずそう
凪「ぶふっ」
思わず吹き出してしまった凪を軽く睨んでから、正しい鍵で扉を開ける。
○喫茶店内・昼
扉を開けた瞬間、鼻にコーヒーのこうばしい香り。店内に入った凪は、店内に染み付いたコーヒーの香りやケースの中のケーキやタルト、アンティーク調の店内に目を輝かせる。
凪「凄いな! 隠れ家喫茶みたいだ!」
香「特に隠してはいないんだが、近所の人がよくきてくれる」※椅子に座る
凪「そうなのか……こんなに雰囲気が良いところ全然知らなかった! 俺、一生の不覚!」※隣に座る
香「そうか? そこまで言ってくれると嬉しいが」※僅かに微笑む
そんな会話をしていると、黒髪ロングのエプロンをつけた少女がからんからんとドアベルの音をさせて入ってくる。両手に大皿と中皿を持っている。
香母「こんにちはー、まかない持ってきたよー」※明るい声で、にこりと笑う
凪「え、香、妹いたのか?」※驚き
香母「えー、やだ嬉しいー」※身をくねらせて
香「凪、母さんだ」※真顔
凪「嘘だろ!?」※愕然
香母「妹でーす!」※ピースしながら
香「やめてくれ。凪、本当に母さんだ」※真顔
香母「香ちゃんひどーい」※頬をふくらませ
凪「香ちゃん……!」※驚きショックを受けた顔
香「凪やめてくれ。それよりまかないだ」※不機嫌そうな顔
はいはい、と言ってカウンターの上に、ナポリタンをだしてくれる香母。
ふわりと香る甘い玉ねぎとバターのコクのある香り。ピーマンではなくパプリカを使っていて、彩りも良い。
大皿に山と盛られたナポリタンを香の前に、中皿に普通盛りのナポリタンを凪の前に置き、香母が言う。
香母「香ちゃんが、凪くんはあんまり食べない子って言ってたからー、控えめにしたけど足りそう?」※心配そう
凪「控えめ!? じゅ、充分です!」※慌てて
香「凪、多かったら俺の皿に移していいぞ」※真顔
凪「本当か! ごめんな、香頼む」※助かった! という顔
香「いや、これくらいなら軽いからな」※真顔
凪「嘘だろ……? どんな胃袋してるんだ」※呆然
香「お前こそ、そんなに少食で大丈夫なのか?」※心配そう
凪「俺は普通だ!」※拳を握り
いつも凪の弁当をみている香が、多いだろうと判断して引き受けると言うと、天からの助け! とばかりに三分の一を香の皿に移す凪。移された量を見ても軽いと宣言する香。
反対に少食だと心配してくる香に、凪は小さく叫んだ。
香母(香ちゃんがお友達連れてくるって聞いた時はびっくりしたけど、仲良しみたいで良かったわー!)
にこにこしながら二人が食べるのを見守っている、香母。
食べ終わった凪は、口元を真っ赤にしてる香に、目の前にあったペーパーナプキンを差し出す。不思議そうに受け取り、カウンターを拭こうとした香に。凪は自分の口元を示す。
と、腰を上げて、凪の口元を拭き出す香。
凪は片手で目を覆って、もう一枚ペーパーナプキンを取ると、香の口を拭いた。香の手が止まる。
凪「ふっふ、俺じゃないって」※思わず笑う
香「あ」
凪「もう、相変わらずだなー!」※楽しそう
楽しそうに拭いてる凪に、されるがままの香。そんな二人を見ながら、仲がいいわねーと見ていた香母だったが、時計が十三時をさそうとしているのを見て、お皿を回収して、また後でねー! と言ってお店からでていく。
扉にかかっている小さなかけ看板をOPENに返して、二人とも黒いエプロンをつける。香は天井の換気扇を回し、お湯を沸かし始める。ドリッパーとカップ、サーバーにお湯を通して温めると、ミルにコーヒー豆を入れてゆっくりとゴリゴリ削る。
その様子を見ていた凪が、目を輝かせて。
凪「凄いな、香! コーヒー豆の良い香りがする!」※鼻を引くつかせ
香「わかるか? 力任せじゃなくて丁寧に挽くのが大事なんだ」※口角を上げて
そう言いつつ、ペーパーフィルターをドリッパーにセットして、フィルターの中央に先ほど削ったコーヒー粉をいれ、表面を平らにならす。
沸騰したお湯が温度計で九十四℃になったのを確認すると、コーヒー粉の中心に少量だけお湯を静かに注ぎ二十秒ほど蒸らす。
細口のドリップポッドからお湯を数回に分けて円を描くように注いだ。
コーヒーを淹れる様子を輝く目で見ていた凪の前にに、香は淹れ終わったコーヒーカップを置く。きょとんとして香を見る凪に。
香「腕が落ちてないか、飲んでみてくれ。ミルクとシュガーは?」※真顔
凪「いらない!」
キラキラした目で両手で持ったコーヒーカップを見つめ、そっと口をつける。
凪「苦いけど、酸味よりもほんのり甘いのが勝ってる?」※首を傾げ
香「今日の豆の特徴を捉えてるな、よかった」※真顔
凪「はー、コーヒーは奥深いし、それを出来る香は凄いな」※穏やかに笑いながら
香「……俺なんて大したことはない、父はもっと」※真顔
凪「それはやってる年数が違うからだろ? 香は学生なのに美味しいコーヒーが淹れられる、凄いことだぞ!」※力説
力いっぱい肯定する凪に照れくさくなり、香は、ショーケースからナッツのタルトを出す。
それを凪の前に置いて。
香「前に言ってたミックスナッツを使ったやつだ」※思い出したように
凪「ケーキじゃなくてタルトじゃん!」※目を丸くして
香「試行錯誤の末にこうなったらしい、嫌いか?」※少し困った顔
凪「大好き!」※笑顔
さっそく一口食べてみると、顔全体で美味しい! と言っている凪に、香は小さく笑う。
ナッツの混じったタルト生地は重いのに、上はミックスナッツを飴がけにしてありさくさくとした食感。間に挟んであるカスタードクリームが重くなく牛乳を全面に出しているため軽やかに食べられる。
凪の食レポを聞いた香がそれをメモる。
からんからんと音がして、老紳士が入ってくる。
老紳士「やぁ、御機嫌よう。いつもの場所、良いかな?」※人好きのする笑顔
香「どうぞ」※真顔
老紳士「それじゃあコーヒーを頼むよ」※笑顔
店の窓際の一人席に座り、鞄から本を取り出し読み始める老紳士。
少しして、香が淹れたコーヒーをお盆に載せて老紳士のところへ持っていく。コーヒーをテーブルに置く凪。
凪「どうぞ、お待たせしました」※緊張気味
老紳士「とんでもない、ありがとう。新しい子かな?」※笑顔
凪「いえ、えっと、あの。失礼でしたら申し訳ないんですが、その本」※おずおず
老紳士「ん、これかい? 昨日本屋に寄ってね。表紙に惹かれてしまったんだ。もう一度読もうと思ってね」※穏やかに本の表紙を見る
凪「オーウェンって人の短編小説集ですよね? ナッツの飴がけがでてくる」※思い出す顔
老紳士「おや、今どきの若い子が知ってるなんて、人気なのかな。それがどうしたんだい?」※不思議そう
凪「実は、いまナッツの飴がけタルトがあって。タルトになっちゃうんですけど、めちゃくちゃ美味しいし、上の飴がけのところがジョージが食べてるのにそっくりなんです!」※拳を握って力説
老紳士「ほう、それはぜひ食べてみたい。頼んでもいいかい?」※興味を引かれて目をきらめかせる
凪「はい、すぐに!」
ぱあと笑顔になって、ゆっくりと歩いて戻りながら香にナッツの飴がけタルトを出して皿に載せてもらう。フォークの先の部分をペーパーナプキンでくるみ、香にメープルはあるか聞く。不思議に、思いながらもメープルの入った瓶を出すと、ミルクポッドに入れてもらい。
タルトとフォーク、メープルシロップの入ったミルクポッドをテーブルに置き。
凪「どうぞ。ナッツの飴がけタルトです。このミルクポッド、メープルシロップで。ジョージが失恋後にやけ食いした時の味を試したかったらかけてみてください」※おずおず
老紳士「……ははは、素敵な店員さんだ、ありがとう。さっそく食べてみるよ」※嬉しそうな笑顔
凪「それでは失礼します」※やり遂げた笑顔
その後も常連客の話を聞いたりケーキやタルトを勧めたり、楽しそうに働く凪。凪が休憩中に食べているケーキやタルトの様子を見て、追加注文する常連や新規のお客さんたち。その光景を見て。
香(ずっとこのまま、この時間が続けばいいのに)
ゆったりとした時間の中、穏やかな笑い声が広がる喫茶店に、香はそう思ってコーヒーを淹れていた。
○喫茶店・夜
お客さんは全員帰り、扉にかかる看板をCLOSEに裏返して、営業終了。
中には香と凪とまかないを持ってきてくれた香母。
まかないのドリアを食べながら、今日がどれだけ楽しかったのかを興奮気味に語る凪と、それを頷きながら聞く香。
香母は封筒を持って、凪を呼ぶ。会話をやめて香母を振り返る凪。
凪「はい?」※グラタンを飲み込み
香母「きょうはありがとうねー。これ、少ないけどバイト代」※笑顔で差し出す
凪「え!? いや、俺楽しくて、良い経験させてもらって、バイト代までもらえません!」※首を横に振る
香「凪、もらっておけ。お前はそれ以上の働きをしていた」※真顔
香母「そうそう。凪くんいい子で涙でそうだけど、それはそれ、これはこれ」※圧のある笑顔
凪「えっと……、じゃあバイト代の代わりにイチゴのタルト貰っていってもいいですか?」※おずおず
香母「イチゴのタルト?」※不思議そう
凪「いま妹がハマってて……」※微笑
香母「もー! 全種類のスイーツいれてやるー!」
絶対にバイト代を受け取ろうとしない凪に、香母が、怒ったようにショーケースに向かう。
それを見て怒らせたかな、としょんぼりする凪。
凪「怒らせちゃったかな」
香「違うぞ、あれは可愛くて仕方のない態度だ」※真顔
凪「そう、なんだ?」※不思議そう
香「ところで全部の種類、入れると言っていたが」※眉を下げて
凪「安心してくれ、俺スイーツに関しては二つ目の胃袋が発動するんだ」※真顔
香「人のことをどんな胃袋をしていると言えないな」※呆れたように
凪「言われてみれば!」
はっ! とした顔をしている凪に、香は言葉を続ける。
香「ありがとう、今日は助かった」※穏やかに
凪「なんなら明日も」※目を輝かせ
香「この喫茶店は父の娯楽で週に二回しか開けないんだ。今日が二回目だから大丈夫」※安心させるように
凪「なんだ、楽しかったのに……」※しょんぼり
香「楽しい経験になってよかった」※安心したように
凪「本当、ありがとな。香」
ふわりと美人に笑う凪に、ついっと目をそらしながらコーヒーを一気飲みして誤魔化した香だったが、香母のいる場所からは、香の耳が赤いのが見えていて。
香母(あらあらあらあらー!)
数少ないスイーツを箱にいれながら、愛の予感がするわー! と目を輝かせている香母。
凪を帰らせ、掃除をしている時に。
香母「凪くんいい子ねー」※にこにこ
香「あぁ……、良いやつだ、優しい」※嬉しそう
香母「お嫁さんに来ないかしらねー?」※にこにこ
香「ゼクシィがっ!! 痛っ!」※どよんとした顔
モップにつまずき、バケツの水をひっくり返した香に、香母はため息をついたのだった。
