○正門から少し離れた通学路・朝
妙に周りから視線を集めながら、イヤホンで貞子を聞きながら登校する香。引きつった笑顔の人や通り過ぎてもこちらを見てくる人もいる。

(このイヤホン音が遠いな)

立ち止まって音楽プレーヤーを操作し音量を上げる。そうしていると後ろから、凪が香の肩を軽く叩きながら挨拶。

凪「おはよう! 今日も相変わらずだな香!」※元気な笑顔
香「おはよう、にゃぎ。……すまない、噛んだ。おはよう凪、相変わらずというのは?」※真顔
凪「噛むのはあざとい! 好感度ポイント二点! じゃなくて。イヤホン、ささってないぞ」※イヤホンを指さしながら、笑って
香「あ」

イヤホンの線を辿っていくと根本が宙に浮いていた。そこから大音量で流れるおどろおどろしい音楽を纏った朗読。周りから集まる妙な視線はこのせいだったか、と納得。
香は凪と話すため暇つぶしのための、プレーヤーを消してイヤホンをとる。半歩離れたところにいた凪が身を引きながら。

凪「……なんの話を聴いてたんだ?」※ちょっと引きつった顔
香「貞子の朗読だ」※不思議そうな顔
凪「ひえっ」※怯えた顔
香「凪?」※不思議そう
凪「俺、怖いのはダメなんだ。幽霊は嫌いだ!」※首を横に振り、涙目
香「思ったより怖くなかったぞ?」※真顔
凪「やだやだ!」※涙目
香「わかった、今度はこぐまさんのパンケーキの朗読を入れておく」※思案顔
凪「香……うん! ありがとう!」

希望を見つけたように顔を明るくして、勢いのまま香に抱きついた凪。その背中を慰めるように軽く叩く香。だが周りからは微妙な視線が続く。果たして香のプレーヤーに入ったこぐまさんのパンケーキを凪が聴ける日はくるのか。少し気になったからである。離れた凪が香と並んで歩きながら、香の顔を覗き込む。そんな凪に、香が首を傾げる。

香「なんだ?」※見返しながら
凪「香の目って純粋な黒なんだな! 最近は茶色い目のやつが多いのに、吸い込まれそうな綺麗な黒だ、好感度ポイント三点!」※人差し指を立ててにこっと笑いながら
香「そうなのか? というより、ポイントを安売りしすぎじゃないか?」※眉をひそめる
凪「ふっ、ダメだぞ! そんなこと言っても、点数は減らさないからな!」※腰に手を当てて頬をふくらませる
香「いや、別に減らしたいわけじゃないんだが」※真顔

そんな他愛もない会話を続けながら、段々正門に近づくに連れて、教師が服装チェックをしていることに気づく凪。




○正門前・朝

凪(そういえば今日風紀の取り締まりだっけ。まぁ今まで俺も香も別に引っかかったことないし)

今日も特に引っかかることはないだろ、とたかをくくっていた凪だったが、香と一緒に教師の横を通り過ぎようとした時に。香が教師に腕を掴まれる。何事かと立ち止まる二人。

教師「学年とクラス、出席番号と名前」※眠そうに半目
香「一年三組七番の佐倉香です。……なにか違反しましたか?」※不思議そうな顔
教師「靴下だよ。片方ずつ色違いは違反だ」※靴下を指差し
香「あ」
凪「間違えたんだな……」※口元を手で隠す(忍び笑いが見えないように)
教師「明日の再検査、お昼休みからだから出てね」※眠そうにあくびしながら

ささっと解放された香だったが、下を向いて肩を落としてショックを受け呆然としている。教師は違う生徒のところに行った。
いつものドジが思わぬところで支障をきたしてしまったことに衝撃を受けているのかと思った凪。慰めようと口を開きかけたところで。

香「弁当はいつ食べればいいんだ……」※呆然
凪「ぶふっ」※吹き出す

弁当を食べる時間がないかもしれないことを案じていただけだった。思わず吹き出してしまった凪を、真剣な顔で、緩慢に顔を上げながら睨む香。

香「凪、俺にとっては死活問題なんだ」
凪「他の休み時間に食べればいいんじゃないか?」※あわてて
香「それだとお前と話せないだろう」※睨み
凪「そ、そっか。……それは一大事だぞ!」※一瞬照れてから目を見開き重大なことのように腕を組む
香「授業中に早弁とやらをするしかないのか……」※思案げな顔
凪「あのでかさの弁当を、授業中に……?」

香の弁当のでかさを思い出して、教科書に隠れるか? 呆然とする凪。思わず笑いそうになるが、香のことだからきっとなにか作戦があるのだろうと、震えながら拳を握る。

凪「よし! 俺が見張ってるからな、安心して授業中に早弁してくれ!」※決意に満ちた顔
香「ありがとう、凪。でも声がでかいぞ」

おー! と拳を突き上げる凪に、優しく微笑んだ香。なんとなく気恥ずかしくなって顔を僅かに赤くしてゆるゆると拳を下げる凪。その気持ちを抑えるように大きく首を横に振って、香ににこっと笑いかけて。

凪「じゃあさっそく、教室で作戦会議」
担任教師「しなくていい。安心して早弁ってなんなんだ」※気だるそうに
凪「げっ、先生」※悪戯が見つかったような顔
担任教師「げっ、てなんだ。失礼なやつだな」※睨む
香「先生、明日の風紀再検査に呼ばれたのでお昼休みに弁当食べる時間がありません。授業中に食べていいですか?」※真顔
凪「香素直! 好感度ポイント一点!」※自分の口を抑えながら、顔をそらす
担任教師「いいわけないだろ? 何考えてるんだ」※額に手を当てため息
香「睡眠学習というものがあって。なら早弁学習も」※真顔
担任教師「ないからな!? ……風紀の再検査は昼休みの終わり五分で行われるから、その前に食べなさい」※睨みながら諭す
香「はい、わかりました」※真顔

担任教師が去る。その後ろ姿を見ながら、凪が吹き出す。あはははと周りを気にせず笑う凪に一瞬注目があつまるが、すぐにばらけていく。足早に教室に向かう
どうかしたのかときょとんとしている香に、凪が笑い涙を拭いながら話しかける。

凪「先生に許可とっちゃうところ、最高」※笑顔でサムズアップ
香「駄目だったか?」※不思議そうな顔
凪「いや、怒られる可能性がなくなってよかった!」※にぱっとした笑顔
香「そうだな」※口元を緩める
凪「な!」

お互い笑い合いながら教室に向かう香と凪。



○階段をのぼってすぐの教室の前・下駄箱
靴を変えるときに、靴下が赤と白で別々の色で凪が笑ってしまう。明るく笑いながら、香に。

凪「紅白で縁起いいな!」
香「なるほど、そういう考え方もあるのか」※感慨深く頷く
凪「考え方は色々だからな!」※笑顔
香「お前は良い生き方をしているな」※目を細める
凪「え、どういう事?」※きょとん
香「小さな事に、幸福を見つけられる。素敵な生き方ということだ」
凪「……ときめかせてもダメ!! でもいっぱいありがとう!」

少し照れたように微笑む香に、凪は胸の辺りを軽く抑えながら顔を赤らめて叫んだ。ぎゅむっと抱きついてくる凪に不思議そうな顔をしている香。

(((早く終わらないかなー)))

何人かのクラスメイトが覗きながら待っている。



○更衣室・昼
次の授業が体育のため、ジャージに着替えている最中。更衣室と言っても何もない空き部屋なだけ、凪と香は並んで着替えてる。凪は黒いTシャツの上に半袖の体育着を着る。何気なく香に目をやると、ぴったりの黒いハイネックのインナーの上に長袖のジャージを着ようとしているところ。問題はそこではなく、その腹がシックスパックに割れているところ。(※腹のアップ)

凪「香、え!? お前お前お前」※驚いた顔。
香「どうかしたか?」※不思議そうな顔
凪「腹、割れてる! 細マッチョっていうのか!? 凄いな!」※興奮気味に
香「あぁ、母さんにトレーニングメニュー組まれてるからな」※困惑した顔
凪「バキバキの筋肉じゃなくて、必要な筋肉って感じで凄いかっこいい!!」※興奮気味
香「そう、か?」

臆面もなくかっこいい、と言い腹を見てくる凪に少し耳が赤くなる香。
もっさりした髪型に分厚い黒縁眼鏡とどう見ても肉体派ではなさそうな香の筋肉を知り、男子生徒数人がショックを受けて肩を落としたり、自分の腹の肉をつまんだりしている。
腹に目線を合わせて、目を輝かせながら上目に香を見る凪。

凪「ちょっと触ってみてもいいか!?」※手を合わせお願いのポーズ
香「構わないが、面白いものじゃないぞ?」※真顔
凪「面白くなくても凄いから! こんな機会滅多にないしな!」※興奮気味
香「まぁ、そうだな」※納得
凪「うわー! 固いかと思ったらそうでもないんだな。なんていうか、しっかりした筋肉って感じで」※手全体で触れながら真剣な顔
香「……終わりだ」※ジャージを腹の下まで下ろす
凪「あぁ! 俺のシックスパック!」※残念そうな顔
香「俺の腹だ」※真顔だが耳が僅かに赤い

しょぼくれながらのろのろと着替えを再開する凪。凪が触ってた手の感触が、なんとなく離れなくて、戸惑う香。(※触っている手のフラッシュバック)
背中を壁に預けて目を閉じ凪を待っていると、肩を叩かれる。何かと思い目を開ければ、凪が黒いTシャツごと半袖の体育着をめくっていて。

凪「ほらー、俺なんか運動しても全然割れないんだぜ? ぷよぷよはしてないけど柔らかいし」※しょんぼりした顔で香の手を取り腹を触らせる
香「……筋肉が、つき辛い体質なんじゃないか」※秒で手を離し凪の半袖の体育着を下ろす
凪「そうかな? ショックー」※きょとんとした後項垂れる

しょんぼりしながら、上履きから運動靴に履き替える凪に聞こえないように、小さくため息をつく香。その胸はまだ鼓動が早くなっていて、落ち着くのを目を閉じて待つ香。




○教室・放課後・明るい
凪「香ー! 見てくれよこれ!」
香「なんだ?」
凪「ゼッファミ! ゲーム雑誌なんだけど、今回の特集が来月発売のゲームなんだよ! だからかめちゃくちゃ売れちゃってどこにもなくて。まさかと思ってフリマアプリ見たら一冊五千円で転売してるやついてー!!」
香「その雑誌はそんなに高いのか?」
凪「そんなわけないじゃん、一冊千円くらい」
香「つまり品薄にかこつけて高く売っているわけか」
凪「そう! 酷いだろ!?」

今日の課題である問題集の数ページを早々に終わらせたかと思うと、スマホをいじっていた凪。嘆いた声で最後の一問を解き終わった香に、スマホの画面を見せてきた。そこには【新品・未読・入手困難】などの文字が並べられ、白いワンピースを着た女性のイラストが真ん中に配置された表紙が映っていた。驚くべきは五千円でもいいねが二桁もついているところである。
ぷりぷり怒りながら「読まないなら買うなよ」と文句を言っている凪に香は同意した。

香「確かに、読まないなら、というか読む気がないなら買うべきじゃないな」
凪「だろ!? 俺だって欲しかったのにー!」
香「買えなかったのか」
凪「だって売ってないんだもんー! 滅びろ転売ヤー!」
香「転売やー?」
凪「こういう読む気がなかったり、自分は使わないのに転売目的で買うやつのこと!」

むすっとした表情のままの凪に、香はとりあえず机の端に置かれたチョコレートを口に運び。口の中で転がす。
挙げ句にうつ伏せに唸りだした凪の頭を軽くなでながら。

香(帰りに本屋に寄るし、その時見てみるか)

と決意したのだった。
今日の課題を二人とも終え、凪は部活の助っ人に行くというため、教室でわかれた。



○隣町の大きな本屋・夕方
香(情報雑誌と言っていたな、白い服をきた女性が表紙。ゼから始まっていたはず……)

きょろきょろと本屋の雑誌コーナーを探してみても中々見つからないことに焦る香。ここにはないのかもしれないと思いつつ、本の整理をしている店員に覚えている範囲で内容を伝え、在庫はないか聞いてみると。

店員「あの、お客様。当店にある条件に合う本はこちらとなりますが、本当によろしいでしょうか?」
香「はい、ありがとうございます」
店員「ご購入になるんですね?」
香「はい、買います」

何度もこれであっているか確認してくる店員に怪訝そうな顔をしている香。店員は雑誌を購入するか聞いてくる。(え、本当に買うの? と顔に書いてある)

店員「それでは千六十円でございます」※困惑した顔
香「電子マネーで」※無表情
店員「はい、では赤く光っているところにかざしてください」※困惑した顔
香「はい。……あの、決済できないんですけど」※学生証を無表情でかざす
店員「んぐ……。お客様、大変申し訳ありません。お手持ちの学生証では決済できません」※肩を震わせながら笑いをこらえて
香「あ。すみません。……こっちでした」※(HATIWARE)と下に書かれたデフォルメ猫のイラストカードをあわてて取り出してかざす

にゃーん、と鳴いて、決済完了。店員がおしゃれなレジの袋に入れてくれる。
暗くなってきた家路を急ぐが、ずれた眼鏡を直した時に香は気づいて、足を止める。

香「あ」
香(かいけつソロリくんの二巻、買い忘れた……)

もう家は目と鼻の先。今から隣町まで歩いて行くのは無理だと諦め、肩を落とす。
(※脳内お母さんが「二駅くらい歩きなさい」と言っている図)
夕暮れに、その物悲しい影が伸びる。



○翌日の教室・ホームルーム前
香が自分の席で、かいけつソロリくんの一巻を読み直していると、凪が教室に入ってきた。隣の席で凪が荷物を置いたタイミングで話しかける香。

香「凪、おはよう」※真顔
凪「香おはよー!」※超笑顔
香「昨日言ってたやつ、隣町のKABAYAにあったぞ」※袋に入った雑誌らしきものを差し出す、心なしか自慢げ
凪「え!? 隣町まで行ってくれたのか!?」※驚いた顔
香「本当はかいけつソロリくんの二巻を目指していったんだ」※肩を落として声が小さい
凪「売り切れてたのか?」※心配そう
香「お前のことで頭がいっぱいで、忘れてた」※憂いのある顔
凪「……きゅんとさせてもダメだって! 好感度ポイント二点! じゃなくて、え、でもこれ、本当に!?」※あわててテープを外して雑誌を取り出す。同じタイミングで香の言葉
香「あぁ、ゼクシィだ」※真顔
凪「ゼクシィだな?」※取り出した雑誌を呆然と見ながら

固まるクラスメイトたち。静まり返る教室。
凪は肩を震わせて下を向く。それでもこらえきれず、あはははは! と声を上げて笑ってしまう。きょとんとした顔の香。

凪「香、やっぱり最高だ!! あ、千百円でいいか?」※笑顔で財布からお札と硬貨を出しつつ
香「それだと貰い過ぎなんだが」※困惑した顔、凪に無理やり握らされる
凪「隣町まで行ってくれたお礼とでも思ってくれ、もしくは手間賃。それと、ゼクシィじゃなくてゼッファミな?」※笑顔のあとにウインク
香「あ」
凪「あはは! 予約制の重版決まったから昨日予約してきたんだって言おうと思ってた」※笑いすぎて目尻の涙を拭いつつ
香「ゼクシィはいらないのか。俺が引き取る、金もいらん」※真顔
凪「やだ! 折角だから記念に取っとく! もう金も払ったしこれは俺のものだ!」※ゼクシィを抱き込んで離さないぞのポーズ。威嚇
香「それは、構わないが……」※困惑した顔
凪「よっしゃ!」※笑顔で袋に戻したゼクシィをリュックの中にいれる

クラスメイト(((んぐっ………!!)))

教室の皆が笑わないようにそれぞれ二人から目をそらす。拳を握ったり腹に力をいれるもの多数。

担任教師「ホームルー……ってなんだこの空気」※眠たげな目を半目にして。

担任教師が笑いをこらえるために静かになった教室全体と、その中で快活に笑っている凪、真顔で凪と話している香。と言ったカオスな教室を見て呟いた。


○香の部屋・夜
本棚に囲まれている。本が隙間なく入っているが、床には色違いのダンベルや握力バンドなど身体を鍛えるためのものが転がっている。勉強机の横にはリュック、壁に丁寧に制服がかけられている。

香(ゼクシィ……なんの情報雑誌だったんだ?)※少し汗をかきながら不思議顔

床に座りつつ、片手で三キログラムのダンベルを動かしながら。充電していたスマホを手繰り寄せて、「ゼクシィ」と不器用に画面を、タップしながら調べる。
大きく【結婚情報雑誌・ゼクシィ】と出てくる。
思わずダンベルを落としそうになる。

香「けっこ……!?」

目を大きく見開いて、固まる。
脳裏に浮かぶのは、嬉しそうな凪。

凪「香、やっぱり最高だ!」※笑顔
凪「やだ! 折角だから記念に取っとく!」※雑誌を抱きしめ威嚇

(凪「香……」※照れた笑顔)

現実にあったことから変わり、最後の照れた笑顔はブーケを持ち、ウエディングドレスを纏った凪。その隣には黒い人影。その存在に嬉しそうに笑いかける凪に胸の中がもやっとして、思わず香は叫んだ。

香「俺は許さないぞ!!」
母「香ちゃん、うるさいよー」
香「すまない……」

階下から母の声が聞こえて、蚊の鳴くような声で謝る香。顔を片手で覆ってどんよりしてる様子。