〜〜〜♪
「あぁ!わ、忘れてた!.....先輩、出てもいいですか?翔太に説明しないと。....それと、やっぱり翔太と会うの久しぶりなので、夕食は約束通り食べたいなって」
葵も蒼斗も、お互いまっすぐ向き合おうと決まったが、お互いの気持ちにお互いの納得のいく形で折り合いをつけていくのも、共に歩んでいく上で大切だと話し合った。
そして、嫉妬も不安も隠さず相手に伝えるが、相手の気持ちも聞いて、その時々でどうするか決めていくことにまとまったのだ。
早速、葵は蒼斗に自分の気持ちを伝えてみた。
「.....それは、まぁ、わかるんだけど。うーん....俺ってこんなに心が狭かったのか?」
頭を抱えて悩み始めたので、少し申し訳なくなったが、正直な気持ちだ。
蒼斗なら、きちんと一緒に考えてくれる。
そう思う。
「......あのさ。俺、きちんと挨拶するわ。葵のご両親と.....その幼馴染の翔太くん、に。だから、家まで送らせてくれない?」
ポッポッポ、ポーン!
そんな効果音が入りそうなほど、たっぷり間をあけて、葵が反応する。
「........えぇ!!?あ、挨拶、ですか?....それは、その....まだ早いんじゃ.....どうしていきなりそんな話に.....?」
「そうと決まれば、行こう!これ以上待たせちゃ、ダメだよな。うん」
「え、えぇーーー!?せ、先輩?ちょっ....聞いてます?」
「ん?」
「..............」
.....ものすごく爽やかな笑顔で、聞こえないフリをされて葵はそれ以上何も言えなかったのだった。
******
葵の実家では、ゆっくり夕食の準備をしているところだった。
あらかた食事の準備を終えて、葵の父がお皿や箸を食卓に並べていた時、インターホンのベルが鳴った。
ピンポーン!
「お、葵....帰ってきたかもな」
「そうね、きっと葵だわ。あの子ったら、夕食の席を自分で設けておきながら、遅いんだから....全く。ごめんね、翔太くん、ドアを開けてあげてくれる?」
父が最初に反応し、遅れて、鍋をかき混ぜていた母が眉を下げながら安堵の表情を浮かべ、口を開く。
「うっす!了解っす!」
約束の時間より早く到着していた翔太は、すでに葵の両親に家に招き入れられていた。
葵の父と母の間を行き来しながら、必要なところを手伝っていた翔太は、元気に一声あげて玄関に向かう。
ガチャッ!!
「うわぁっ!!」
勢いよくドアが開いて、目の前に立っていたのであろう葵の驚いた声が聞こえてきた。
「おっかえり〜、葵!......と、んん?......どちらさまで?」
帰宅したのは、葵一人だと思い込んでいた翔太は、素っ頓狂な声をあげた。
他にも来客があるということだったか。
いや、約束したのは葵と、葵の家族だけだった。
葵は、律儀で真面目な性格だ。
幼馴染といえど、夕食に招く際に気心の知れた者ならまだしも、知らぬ者を招待するならば必ず事前に翔太に教えてくれるはずだ。
......では、彼は誰なのか。
翔太と同じか、少し高いくらいの長身の男前が葵のすぐ横にぴったりと。
それはもう、隙間のないくらいぴったりと寄り添って堂々と立っている。
葵は、幼馴染に見られている状況で居た堪れないのか、少し距離をあけようとススッと足を横に滑らせているが、すぐに男の方がまた張り付くように寄っていくのだ。
これは.....何かある。
翔太も、鈍感ではない。むしろ、勘はいい方だろう。
この二人の雰囲気。きっと何かあったに違いない。
「あ.....えっと.....しょ、翔太、遅くなって...ご、ごめんね....」
ピクっと、翔太の耳が動いた。
否。実際には動いていないのだが、動いたと錯覚するほど、翔太には衝撃だった。
.....葵が、喋った?俺以外の.....家族や俺以外の前で....?
葵は、いつからか、外では喋らなくなった。
正確に言えば、家族や翔太以外の人間が居る場では声を出さなくなった。
何かあったのかと、理由を尋ねた日々もあったが、葵は頑として話そうとしなかった。
俺だけでなく、葵の両親にも、だ。
結局理由もわからず、何か痛みを抱えているのかもしれない葵を救うこともできず、翔太はずっと歯痒い思いを忘れられなかった。
どうにかしてやりたいのに、どうすることもできない。
人生ではっきりと挫折のような、心が折れる感覚に似た思いをしたのは、あれが初めてだった気がする。
年月を経て、葵が自ら傷と向き合う日が来ることを願って見守るということも必要なのだと、やっと自分の中の無力感と折り合いをつけることができてきた。
もちろん、葵を救う方法を模索しながら、だが。
そんな日々の中で、久しぶりに葵と、ゆっくり話せると。
すごく楽しみにしていた、この時間だったのに.....。
翔太は、自分の中に何だかわからない感情がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。
何だ?この、訳の分からないモヤモヤは....。
翔太が、反応しないのを不思議に思って葵が首を傾げた。
すると、隣の男がずいっと体を前屈みに、翔太に話しかけてきた。
「初めまして。小坂 蒼斗と申します。あなたが、“葵“と幼馴染だという翔太、さんですね。いつも“葵“がお世話になってます」
妙に、“葵“という名前の部分に力強さというか、圧を感じて、翔太はまじまじと蒼斗の顔を見つめた。
あぁ....なるほど。
すぐにわかった。
表情は、笑顔で感じ良く固めているが、内心は翔太を牽制しているのだ、と。
男同士にしか、わからないのかもしれない。
現に、葵は、この牽制には気づいていなさそうだ。
きちんと挨拶し合っているだけだと思っている。
この人は、葵が好き、なのか....。
“蒼斗“と名乗ったこの男は、葵が好きなのだ。
だから、わざわざ翔太が居る場に顔を出し、さらには
翔太が“葵“と呼び捨てにしたことに嫉妬して、自分も“葵“と呼ぶことを許された仲なのだと、翔太に牽制したかったのだ。
あながち、間違いではないだろう。
葵自身、呼び捨てにされることにそこまで違和感は感じていない様子だ。
......この男、葵の.....彼氏か?
だいたい状況が掴めてきた翔太は、冷静に分析し始めた。
だが、うまく表現できないモヤモヤは翔太の中でまだうごめいていて、消えてはくれない。
それでも、翔太もいい大人だ。
きちんと挨拶くらいはできる。
「.....初めまして。葵とは、ずっと家が隣同士で。今でも仲良くさせてもらっています」
スッと目を細めて、内心メラメラと何かが大きく燃え盛る感覚に耐えながら、笑顔で挨拶を返した。
「.....それは、心強いです。“葵“にこんなに、頼もしい“友人“がいたとは。.....僕は、葵と同じ会社に勤めていまして。.....先ほど、僕から告白して承諾をもらったところなんです。ということで、これから葵とは“結婚を前提に“真剣にお付き合いさせていただくことになりました。翔太さん、どうぞ今後は僕とも仲良くして下さいね」
あぁ.....やっぱりか。
翔太は、バチバチと牽制の火花が散る中で、蒼斗の放つ言葉に、現実を突きつけられている気持ちになった。
胸が痛い。ズキズキする。
そう、葵と翔太は、付き合いは長い幼馴染だが。
言うなれば、ただの“友人“だ。
この男は、翔太にわからせようとしている。
翔太の。自分の立場を。身のほどを。
......最後に、男と、葵の明確な関係を聞き、翔太はもう蒼斗の目をじっと見ていられなかった。
笑顔でも、居られなかった。
もう、無理だ。耐えられない。
ふっと視線を外す。
そこで、蒼斗は黙った。
じっと探るような視線が自分を射抜いていることは、感じる。
だが、翔太はそれ以上、蒼斗と視線を交わすことはなかった。
「そうですか。それは.....おめでとうございます。.....葵、良かったな。おめでとう」
蒼斗から視線を外し、翔太はしばらく下を向いていたが、ゆっくりと顔を上げた。
少し眉を下げて、葵を見る。
柔らかな笑顔で。
葵に、悟られないように。
翔太は今更ながら気づいた。
自分の中で、葵がどんな存在だったのか。
自分が葵をどう思っていたのか。
......俺、葵が好きだったのか。
それは、多分、初恋だった。
気付くの遅すぎだな.....俺。
翔太の初恋は、気づいたと同時に、失恋するという結果に終わった。
だが、翔太は胸の痛みに耐えて、笑った。
蒼斗の目を見て祝うことはできなくても.....葵のためなら。
大切な幼馴染で、大好きな女性。葵のためなら、耐えられる。
葵は、きっと今、すごく幸せだろう。
その証拠に、笑っている。何も怖がらず、喋っている。声を、自分を、出している。
好きな男の前で。
葵は、優しい。繊細な部分もあるが、真面目で、誠実で。葵と向き合う者には、真摯に向き合ってくれる。
幼馴染の自分が、葵の門出と呼ぶに相応しいこの瞬間に、暗い顔をしていたら、きっと優しい彼女は無視できない。
ずっと、一生、この瞬間の思い出が、翔太の悲しい顔で埋め尽くされてしまうかもしれない。
大袈裟のように思うが、本当に葵はそういうところがある。
だめだ。好きな女性に、そんなことをしたら。
一番近くにいた俺が。幼馴染で、これからは一番の“友人“として。葵が、自分の中の何かと向き合って、這い上がってきたこの瞬間を、笑顔で祝ってあげなければ。
大好きだ.....葵。おめでとう。
*****
葵は、ただ挨拶が一段落したと思ったのだろう。
無邪気に笑って、「ありがとう」と返事を返した。
ちょうどその時、なかなか中に入ってこない翔太と葵を気にして、奥から両親が出てきた。
「あらあら、二人とも、どうしたの?早く中に.......あら?.....そちらの方は?」
両親は、目に入ってきた蒼斗の姿に目を丸くしている。
葵は、照れくさそうに顔を赤らめながら、おどおどと両親に蒼斗を紹介する。
「.....小坂 蒼斗さん。私の会社の先輩なの。今日は、少し暗くなってしまったから、送って下さって....」
「小坂 蒼斗です。葵さんとは、同じ会社に勤めています。今日、私から交際を申し込みまして、色良いお返事をもらうことができました。これから、結婚を前提に真剣にお付き合いさせていただく所存です。今後、デートなどで大切な娘さんをお借りすることが多くなると思いますが、ご両親にご心配をおかけしないようしっかり送り迎え致します。なるべく遅くならないようにしますので。どうぞ宜しくお願いします」
しっかりと頭を下げて、ハキハキと挨拶する蒼斗は、とてもかっこよかった。
葵の母と、葵は、思わずポーッとしてしまう。
父だけが、プルプルと小さく震えていた。
自分の娘も、いつかはこんな瞬間が来るのだろうと思っていたが、まさか、こんなに突然やってくるとは。
だが、きちんと挨拶してくれる誠実そうな男で良かった。
そう思う.....はずだ....あぁ、父親心は複雑だ。
「......小坂くん.....夕食でも、一緒にどうかね」
静かに、低い声で、父が蒼斗に問いかける。
「.....っ!そうよ!せっかくだから、ぜひご一緒して下さいな!ねっ、葵?翔太くんも、いいかしら?」
パンっと手を叩いて、夫の提案にのった葵の母は、妙に楽しげだった。
翔太も、内心は違うとしても、笑顔で提案を受け入れる。
「....はい、もちろんです」
「えっ、でも....そんな急に....」
チラと蒼斗をうかがいみる葵だったが、蒼斗はものすごく笑顔だった....。
「よろしいんですか?ご迷惑でなければ、ぜひ」
「迷惑だなんて、そんな!いいわよね?葵」
「.....う、うん。先輩が良ければ.....」
本当はできたばかりの人生初の彼氏と、幼馴染、両親との食事など緊張しっぱなしになる予感しかなく気が進まなかったが。
グイグイと前のめり気味で聞いてくる母の勢いに押されて、葵は頷くしかなかった。
*****
「さぁさぁ、たーくさんっ、作ったのよ!!どんどん食べて下さいな!」
全員席に着いたところで、母がニコニコと上機嫌に皆を促す。
机の上には、豪華というよりは穏やかで優しい味付けの家庭料理が所狭しと並んでいる。
これなら蒼斗ひとりが増えても十分、足りる量だ。
もともと料理が大好きな母だが、今日は翔太が来るとわかって更に張り切ったのだろう。
嬉しそうに翔太や、蒼斗が好きな料理に箸をつけるのを見ている。
「んっ!すごく美味しいです!お義母さまは、お料理もとても上手なんですね!」
蒼斗が、まず肉じゃがを取り皿にとり、口に運んだ。
どうやら口に合ったようで、パクパクと怒涛の勢いで食べながら、母を褒める。
「まぁっ!そんな!ただ、料理が好きなだけなんですよ?ふふ、いい食べっぷりだわぁ!惚れ惚れしちゃう!どんどん食べてね?デザートに、葵と翔太くんの好きなアップルパイも焼いたのよ。蒼斗さんは、甘いものは平気かしら?」
「えぇ、葵さんが好きなものでしたら、ぜひ食べてみたいです」
「あら、そう?ふふふ」
なんだか急激に打ち解けている雰囲気で、蒼斗と母が会話していた。
父は、相変わらず複雑そうな顔だが、寡黙ながらも蒼斗の様子をちらちら観察して、少し安堵している様子だ。
「.....いい男じゃないか。.....安心したよ」
隣に座っていた父が、ぽそりと葵に声をかける。
静かに食べていた葵は、父の言葉に小さく目を見開き、ゆっくりと頷いた。
話し込んでいた蒼斗と母も、葵たちに視線をうつす。
「.....ありがとう。お父さん、お母さん。翔太も。.....今まで色々、心配かけちゃってごめんね。.....私、もう大丈夫だから」
両親は、瞳を潤ませて、だが、堪えるように目を閉じた。
翔太は、じっと葵の横顔を見つめていたが、静かに口を開く。
「......葵.....もう一度聞いてもいいか?.....どうして、外で話さなくなったのか」
その質問は、かつて何度も翔太に投げかけられたものだ。
しかし、頑なに話さない葵に翔太も諦め、いつしか聞かれなくなっていた。
「.......実は.....」
そして、葵は今まで家族にも翔太にも話したことのなかった過去のトラウマを、話し始めた。
過ぎた思い出を語るように。
澄んだ瞳で、まっすぐ前を向いて。
****
「いやぁ、驚いた。葵のトラウマになった一件、その場に翔太くんもいたなんて」
「本当ですよね。どうして私、翔太にあの出来事を話さなかったのかなって、今なら思います。そうしたら、誤解だって早く気づけていたかもしれないのに」
あの後、葵の話す過去の出来事で、新しい事実が判明した。
実は、その場に翔太も居たというのだ。
小学生男子たちの輪の中に翔太も混じっていて、話の内容もしっかりと覚えていた。
それが、葵の解釈とは随分違ったものだから、食事の席に居た全員が静まり返り、同時に首を傾げた。
そして、改めて、順を追って過去を整理していった。
あの日、教室の掃除係だった翔太を含めた男子グループが、掃除を終えて、帰る前のひと時を過ごしていた。
そこで話題に上がったのが、葵のことだった。
タイミング悪く、葵はその瞬間、教室にランドセルをとりに戻ってきてしまった。
そして、あの一言を聞いてしまったのだ。
自分に対する他人の評価。
葵は、その言葉選びから悪く言われたのだと思い込んだ。
あまりの衝撃に、ランドセルをとりにきたことも忘れて、それ以上聞かないよう踵を返し、家に走り帰ってしまった。
だから、話の全容など全く知らず、その一言だけで判断していたのだ。
だが、ことの真相は葵が思っていたものではなかった。
翔太が語る真実は、全くの正反対だった。
その男子は、葵の声を褒めていたというのだ。
「確かに、あいつの言葉選びは誤解を与えても仕方ないものだった。だけど、決して葵を貶めるものじゃなかったんだ。あいつは、お前の声が、声優みたいにかっこいいって意味で褒めてたんだよ。鳥肌が立つ、他にはない声だって」
翔太は、そう必死に説明してくれた。
それが真実なのだと、葵にわかってほしかったのだろう。
決して葵が傷つくことはなかったんだ、と。
ことの全容がわかった皆は、しばらく黙っていた。
そして、その沈黙を破ったのは他でもない、蒼斗だった。
「悔しいな.....葵の綺麗な声に、俺より先に気付いてたやつが居たなんて.....」
その一言に、皆は面食らってしまった。
両親、翔太、葵と共に、神妙な面持ちで黙っていた蒼斗が、突然発した一言が、あまりにも独特で。
反射的に、皆が心の中でツッコミを入れてしまったのは言うまでもない。
そこかよっ!!!!と。
葵本人も、翔太自身も、なぜもっと早く誤解を解くことができなかったのかと後悔の念ばかりが押し寄せて、心の中は、「あの時こうしていれば」「あの場でこう言っていれば」の応酬だった。
それなのに。
暗い方向にしか向かわない葵の思考を、蒼斗は、実に珍妙にだが、明るい方向に救い出してくれる。
照れるが、絶妙に葵のツボを押さえて。
笑いと、自信を、もたらしてくれる。
この人が居て良かったーーー。
葵は、吹き出してお腹を押さえて笑った。
声をあげながら、実に楽しそうに。
それにつられて、両親も、翔太までもが、声をあげて笑い始めた。
蒼斗にとっては本心を言っただけで、何気ない一言だったのだろう。
何故皆が笑っているのか不思議な様子で、ただ首を傾げていた。
その後、暗い雰囲気を全く残さず、新しい風を送ってくれた蒼斗を中心に、翔太、葵、両親それぞれが楽しく会話し、食事して、その日は解散となった。
*****
そして、次の休日の今日。
翔太がアメリカに戻るというので、葵と蒼斗で空港まで見送りに来たのだった。
「あの頃の葵にとって、それが最善策だったんだよ、きっと。でも今こうして葵の中の引っかかりが解けて、安心した。随分前だったのに、会話の内容を覚えていてくれた翔太くんに感謝だな」
「ふふ、そうですね。先輩....ありがとうございます。私、先輩が全部受け止めてくれたから、自分の中で整理がついて、家族にも翔太にもあのことを話せたんだと思います。何年経っても、抜けないトゲみたいに深く刺さっていたはずなのに。先輩は、不思議な人ですね。.....大好きです」
「......くっ。俺の彼女の可愛さがヤバい。限界を軽く超えてくる。限界突破の可愛さだ。これは新手の拷問か!?くぅっ、た、耐えろ俺。結婚まで我慢だ.....っ」
「........??」
無自覚の可愛さに、胸元を押さえながらぶつぶつ呟く蒼斗を見つめる葵の表情に影はなく、澄み渡っていた。
「あ!そういえば、さっき翔太は何て言ってたんですか?」
「ん?あぁ.....ははっ、何でもない。男同士の秘密だ」
「えぇー?何ですか?それ。気になるなぁ」
ぷぅと頬を膨らませてむくれる葵を、微笑ましく見つめる蒼斗は、もう幸せしか感じられない。
翔太を見送るとき、翔太に呼ばれて葵と少し離れたところで話しをすることになった。
翔太は、蒼斗に背を向けて静かな口調で喋り初めた。
「葵から聞きました。あの出来事、先に聞いてたんですね。俺が尋ねた時は頑なに話さなかったのに。......葵、あなたの前ではあんな表情で笑うんだなって.....」
下に向けていた視線を、蒼斗に戻し、ふっと口元を緩める。
痛みを堪えるような表情で、でもどこか晴れ晴れとしたものだった。
「あー!!くっやしいなぁー!!でも.....蒼斗さんなら、安心して葵のこと任せられるって思いました。.....葵のこと、よろしくお願いします。俺の、大切な“幼馴染“なので」
蒼斗はじっと翔太を見つめていたが、その言葉にしっかりと頷いた。
返事を受け取った翔太は、用は済んだとばかりに葵のところに戻っていった。
そして、搭乗時刻になり、翔太は飛行機へと向かう。
「結婚式には絶対呼べよーーー!!!」
ぶんぶん手を振り、満面の笑みでーーー。
葵と蒼斗は寄り添い合い、顔を見合わせて笑った。
ふたりで、手を振り返す。
近い将来、自分たちの結婚式でまた会える、と。
大切な友人を、しばしの別れだと見送った。
*****
手を繋ぎ、川沿いを散歩しながら、空港からの道を二人肩を並べて帰る。
大好きな葵の声に耳を傾けながら、休日を過ごす幸せに酔いしれて。
結婚する未来は、二人にとって自然のものとなっていたーーーー。
