それから毎日、放課後に蒼空との練習が続いた。基本の三つの次は発声の練習方法を教わる。
唇を軽く突き出して、ぶるぶる震わせるリップロール。巻き舌で「ラララ……」と声を出しながら息を吐き続けるタングトリル。一定の音を長く伸ばして発声するロングトーン。五十音を繰り返し練習する方法や、文章を母音だけで読んで滑舌をよくする練習など、どれも初めて知ることばかりだった。
「家でも練習できるから、ぜひやってみて!」
「す、すごいね……こんなに発声練習方法があるなんて」
「これ、プロでもやってるやつだから。絶対上達するよ」
「そうなんだ……頑張るね!」
ぼくが意欲的なことをいうと、蒼空はうれしそうに笑った。
「無理のないようにね」
「うん。ありがとう」
「あ、注意点だけど……」
「何? 難しいこと?」
「全然難しくないよ。五十音を発声するときは、一行を一息で最後まで読み切ること、それから腹式呼吸を使って、一音ずつはっきりと発音することを意識してね。それと、"が行"は鼻濁音といって、鼻から抜けるように『んが』『んぎ』と発音することも大切だよ」
「ちょっとメモしてもいい?」
ぼくはノートを取り出して、蒼空のいったことを書いた。
「あと、母音法は最初は短い文章から練習するといいよ。最初は慣れないと思うから、文章の上に母音のふりがなを書くといいかも。母音で歯切れよく発音できるようになったら、元の文章で読んでみると、今までよりはっきり話せるようになってると思う」
「へえ……そうなんだ」
プロの人も使っている練習法。それを惜しげもなく教えてくれた蒼空に心から感謝した。
「ぼく、頑張るね!」
すると、蒼空が目を細めて顔を綻ばせた。それがまるでぼくにとっての希望の光のように見えたのは気のせいだろうか。
それから毎日、ぼくは放課後に蒼空と練習をした。家に帰ってからも寝る前に部屋で練習をする。練習をやればやるほど、喉が開き、声が出やすくなってきた。
二週間ほど経ったある日、蒼空がいった。
「翔、ずいぶん声が出るようになってきたよね?」
「本当?」
「うん。今までは何か薄い壁みたいなのに阻まれていた感じだったけど、それが取り除かれた感じで、すっと声が届くようになった」
「やった!」
ぼくは思わずガッツポーズをした。
それを見た蒼空は「かわいい」とぼそっとつぶやいた。
「え? なんかいった?」
蒼空の声を聞き取れなかったぼくは、蒼空に聞き返した。
「ううん。なんでもない。それよりさ、うまく声が出せるようになったことだし、二人でラジオごっこやってみない?」
「え? どういうこと?」
すると蒼空はにっこり笑っていった。
「マイクの電源入れずに、二人でラジオ番組やってみようかなって。実際に構成なんかも考えてさ。そしたら面白いと思わない?」
「う……うん。そうだね。でも……」
「大丈夫。校内に流れるわけじゃないし。二人で楽しくおしゃべりする練習だと思って、気楽に取り組めばいいから」
「そっか。今まで発声練習だけだったのを、実際に話すことで声を出す練習をするってこと?」
すると、蒼空が大きく頷いた。
「その通り!」
「それだと、もっと楽しく練習できるね」
ぼくは新しい練習方法に胸を高鳴らせた。
「せっかくだし、明日から始めようか? 最初は俺がメインパーソナリティで翔がゲストって設定で質問に答えるっていうのはどう?」
「それだとぼくにもできそう……かな」
「慣れてきたら、本格的に番組の構成とか考えてみるといいよね。ゆくゆくは校内に放送できればいいし」
「そ、そこまで? できるかな……」
「できるよ! 翔、すごく上達してるし。朝の放送だけじゃなくて、昼とか放課後の放送増やせればいいと思わない?」
蒼空の前向きな考えにぼくは思わず目を見張った。本気でこの部をよくしたいと思ってくれているのだということがひしひしと伝わってくる。
「でも……蒼空に負担がかからない?」
「そんなことないよ。だって俺も放送部員だよ? やりたいと思ってるから提案してるんだし」
「そっか……」
今まで一人で朝の放送しかやってこなかったぼくにとって、仲間ができたといううれしさが込み上げてくる。
「じゃあ、一緒に頑張ろうね」
蒼空に向けて拳を突き出すと、そこにコツンと蒼空が拳を当ててくれた。その瞬間、心の中もじんわりと温かくなった。
次の日から、二人のラジオごっこが始まった。音声調整卓の前に二人で座る。電源は入れないが、やはり緊張して猫背になってしまった。
「ほら、翔。姿勢」
蒼空から指摘されて、あっ、と思い出す。いい声を出す基本は姿勢が大切なのだ。
「うん。ありがとう」
姿勢を正して、口を閉じたまま喉を何度か開け閉めする。うん、これなら声がしっかり出せそうだ。
「ところでさ、番組名、どうしようか?」
蒼空が真剣な眼差しで聞いてきたので驚いた。
「え? だって実際に放送するわけじゃないし……」
「でも、今後、放送するかもしれないじゃん。番組名決めようよ」
確かに。蒼空はそのことも想定して、このラジオごっこを提案してくれていたのだった。
「じゃ、じゃあ、『ふたり放送局』……とか?」
ぼくが適当に番組名をいうと、蒼空は顔を綻ばせた。
「いいね! あとさ、『空と音のレター』っていうのもアリじゃない? 俺の名前と翔の苗字の字を入れて」
「うん! それすごくいいと思う!」
「じゃ、決まり。番組名は『空と音のレター』ね」
蒼空は満足げに頷いた。
「準備はいい? じゃあ、いくよ」
蒼空が指を三、二、一と折りたたんでいく。
「みなさんこんにちは! 今日から始まりましたラジオ番組、『空と音のレター』。今日は二年三組の音羽翔さんをゲストにお迎えしています」
「こんにちは。音羽翔です。よろしくお願いします」
普段なら言葉が詰まるのに、今日はすらすらと口をついて出て、自分でも驚いた。二人でマイクに向かっているという安心感からかもしれない。
「今日は、音羽さんにインタビューをしていきたいと思います」
今回は脚本があるわけではないので、何を聞かれるのかわからない。ドキドキして、胸元をぎゅっと掴んだ。
「……はい」
ぼくは緊張した面持ちで、蒼空の言葉を待った。
「音羽さんは、普段、家ではどんなことをして過ごしているのですか?」
もっと突飛なことを聞かれるのかと思っていたので、少しほっとした。
「家では、いつも本を読んだりしています」
「好きなジャンルはなんですか?」
「そうですね……どんなものでも読むのですが、最近はミステリー小説を読むのが好きです」
「ミステリーですか」
「はい。自分で謎を解きながら読み進めるのが楽しくて……」
蒼空から質問されているだけなのに、するすると言葉が口から出てくるから不思議だ。蒼空は終始にこやかにぼくの話を聞いている。
その表情を見ているだけで、心が軽やかになる。
「それでは今日はこの辺で。パーソナリティは星野蒼空、ゲストは音羽翔さんでした。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
蒼空の締めの言葉で初回のラジオごっこは終了した。
「翔、よかったじゃん! 言葉もスムーズだったし、声もよく出てたよ」
「そ、そう? 蒼空が隣にいてくれたからだよ」
「そんなことないって! 練習の賜物だよ」
蒼空はまるで自分のことのように喜んだ。
「また明日からも、ラジオごっこ頑張ろうね」
蒼空の言葉にぼくは笑顔で頷いた。
それから数日、放課後に毎日ラジオごっこをした。
自分でも驚くほど、言葉が自然に出てくる。おかげで朝の放送も調子がいい。
「今日はさ、朗読をしてみようと思うんだけど、いい?」
「えっ? ぼくが朗読するの?」
「うん、そう」
蒼空はそういうと一冊の本を差し出した。
「これ……?」
蒼空の手元には宮沢賢治の「注文の多い料理店」が握られていた。
「全部じゃなくていいから、冒頭部分だけでも読んでみてよ」
「上手に読めるか、わからないよ?」
「大丈夫。これも練習だから」
そういうと、そっと背中をさすってくれた。
「わかった。やってみる」
すると、蒼空がほっとした表情を見せた。
「よかった! じゃあ、始めるね」
いつものように指を折って、三、二、一とカウントダウンする。
「皆さん、こんにちは! 『空と音のレター』のお時間です。今日は音羽翔さんに本の朗読をやっていただきます。音羽さん、今日読んでいただく本はなんですか?」
「今日は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』をお時間の許す限りお届けしたいと思います」
「それではよろしくお願いします」
蒼空はゆっくりとぼくの方を向き、頷いた。
「二人の若い紳士が……」
ぼくが冒頭を読み始めると、蒼空が目を見開いた。何か問題でもあったかと、心臓がばくばくする。しかし、蒼空から何も指示がないので、そのまま読み進めた。最初は喉が開き切っておらず、硬い声しか出なかったが、徐々に声の調子も上がっていった。
物語に引き込まれていくうちに、ぼくの声も自然と感情を込められるようになった。不思議なレストランからの指示が次々と現れ、その理由もわからず、不穏な空気が漂い始める――そんな雰囲気が、ぼくの声を通じて放送室いっぱいに広がっていく気がした。
「それではお時間となりましたので、今日はここまでにしたいと思います」
「音羽さん、素晴らしい朗読をありがとうございました。それではまた次回、お会いしましょう」
蒼空の言葉で番組を締めくくると、彼が急に抱きついてきた。
「ど、どうしたの? 急に」
「すごいよ、翔! 物語が生きてるみたいだった!」
「そ、そんなに?」
「うん!」
蒼空はぼくから体を離すと、興奮冷めやらぬ口調でいった。
「あんな朗読、初めて聞いた! すごく感動した!」
「そ、そう?」
目を潤ませながら感動している蒼空を見ると、ウソをいっているのではないということがわかる。
こんなに感動してくれているなんて――。
初めて自分の声に自信が持てた気がした。夕日が放送室の窓を染める中、ぼくの心にも温かい光が差し込んでいた。
唇を軽く突き出して、ぶるぶる震わせるリップロール。巻き舌で「ラララ……」と声を出しながら息を吐き続けるタングトリル。一定の音を長く伸ばして発声するロングトーン。五十音を繰り返し練習する方法や、文章を母音だけで読んで滑舌をよくする練習など、どれも初めて知ることばかりだった。
「家でも練習できるから、ぜひやってみて!」
「す、すごいね……こんなに発声練習方法があるなんて」
「これ、プロでもやってるやつだから。絶対上達するよ」
「そうなんだ……頑張るね!」
ぼくが意欲的なことをいうと、蒼空はうれしそうに笑った。
「無理のないようにね」
「うん。ありがとう」
「あ、注意点だけど……」
「何? 難しいこと?」
「全然難しくないよ。五十音を発声するときは、一行を一息で最後まで読み切ること、それから腹式呼吸を使って、一音ずつはっきりと発音することを意識してね。それと、"が行"は鼻濁音といって、鼻から抜けるように『んが』『んぎ』と発音することも大切だよ」
「ちょっとメモしてもいい?」
ぼくはノートを取り出して、蒼空のいったことを書いた。
「あと、母音法は最初は短い文章から練習するといいよ。最初は慣れないと思うから、文章の上に母音のふりがなを書くといいかも。母音で歯切れよく発音できるようになったら、元の文章で読んでみると、今までよりはっきり話せるようになってると思う」
「へえ……そうなんだ」
プロの人も使っている練習法。それを惜しげもなく教えてくれた蒼空に心から感謝した。
「ぼく、頑張るね!」
すると、蒼空が目を細めて顔を綻ばせた。それがまるでぼくにとっての希望の光のように見えたのは気のせいだろうか。
それから毎日、ぼくは放課後に蒼空と練習をした。家に帰ってからも寝る前に部屋で練習をする。練習をやればやるほど、喉が開き、声が出やすくなってきた。
二週間ほど経ったある日、蒼空がいった。
「翔、ずいぶん声が出るようになってきたよね?」
「本当?」
「うん。今までは何か薄い壁みたいなのに阻まれていた感じだったけど、それが取り除かれた感じで、すっと声が届くようになった」
「やった!」
ぼくは思わずガッツポーズをした。
それを見た蒼空は「かわいい」とぼそっとつぶやいた。
「え? なんかいった?」
蒼空の声を聞き取れなかったぼくは、蒼空に聞き返した。
「ううん。なんでもない。それよりさ、うまく声が出せるようになったことだし、二人でラジオごっこやってみない?」
「え? どういうこと?」
すると蒼空はにっこり笑っていった。
「マイクの電源入れずに、二人でラジオ番組やってみようかなって。実際に構成なんかも考えてさ。そしたら面白いと思わない?」
「う……うん。そうだね。でも……」
「大丈夫。校内に流れるわけじゃないし。二人で楽しくおしゃべりする練習だと思って、気楽に取り組めばいいから」
「そっか。今まで発声練習だけだったのを、実際に話すことで声を出す練習をするってこと?」
すると、蒼空が大きく頷いた。
「その通り!」
「それだと、もっと楽しく練習できるね」
ぼくは新しい練習方法に胸を高鳴らせた。
「せっかくだし、明日から始めようか? 最初は俺がメインパーソナリティで翔がゲストって設定で質問に答えるっていうのはどう?」
「それだとぼくにもできそう……かな」
「慣れてきたら、本格的に番組の構成とか考えてみるといいよね。ゆくゆくは校内に放送できればいいし」
「そ、そこまで? できるかな……」
「できるよ! 翔、すごく上達してるし。朝の放送だけじゃなくて、昼とか放課後の放送増やせればいいと思わない?」
蒼空の前向きな考えにぼくは思わず目を見張った。本気でこの部をよくしたいと思ってくれているのだということがひしひしと伝わってくる。
「でも……蒼空に負担がかからない?」
「そんなことないよ。だって俺も放送部員だよ? やりたいと思ってるから提案してるんだし」
「そっか……」
今まで一人で朝の放送しかやってこなかったぼくにとって、仲間ができたといううれしさが込み上げてくる。
「じゃあ、一緒に頑張ろうね」
蒼空に向けて拳を突き出すと、そこにコツンと蒼空が拳を当ててくれた。その瞬間、心の中もじんわりと温かくなった。
次の日から、二人のラジオごっこが始まった。音声調整卓の前に二人で座る。電源は入れないが、やはり緊張して猫背になってしまった。
「ほら、翔。姿勢」
蒼空から指摘されて、あっ、と思い出す。いい声を出す基本は姿勢が大切なのだ。
「うん。ありがとう」
姿勢を正して、口を閉じたまま喉を何度か開け閉めする。うん、これなら声がしっかり出せそうだ。
「ところでさ、番組名、どうしようか?」
蒼空が真剣な眼差しで聞いてきたので驚いた。
「え? だって実際に放送するわけじゃないし……」
「でも、今後、放送するかもしれないじゃん。番組名決めようよ」
確かに。蒼空はそのことも想定して、このラジオごっこを提案してくれていたのだった。
「じゃ、じゃあ、『ふたり放送局』……とか?」
ぼくが適当に番組名をいうと、蒼空は顔を綻ばせた。
「いいね! あとさ、『空と音のレター』っていうのもアリじゃない? 俺の名前と翔の苗字の字を入れて」
「うん! それすごくいいと思う!」
「じゃ、決まり。番組名は『空と音のレター』ね」
蒼空は満足げに頷いた。
「準備はいい? じゃあ、いくよ」
蒼空が指を三、二、一と折りたたんでいく。
「みなさんこんにちは! 今日から始まりましたラジオ番組、『空と音のレター』。今日は二年三組の音羽翔さんをゲストにお迎えしています」
「こんにちは。音羽翔です。よろしくお願いします」
普段なら言葉が詰まるのに、今日はすらすらと口をついて出て、自分でも驚いた。二人でマイクに向かっているという安心感からかもしれない。
「今日は、音羽さんにインタビューをしていきたいと思います」
今回は脚本があるわけではないので、何を聞かれるのかわからない。ドキドキして、胸元をぎゅっと掴んだ。
「……はい」
ぼくは緊張した面持ちで、蒼空の言葉を待った。
「音羽さんは、普段、家ではどんなことをして過ごしているのですか?」
もっと突飛なことを聞かれるのかと思っていたので、少しほっとした。
「家では、いつも本を読んだりしています」
「好きなジャンルはなんですか?」
「そうですね……どんなものでも読むのですが、最近はミステリー小説を読むのが好きです」
「ミステリーですか」
「はい。自分で謎を解きながら読み進めるのが楽しくて……」
蒼空から質問されているだけなのに、するすると言葉が口から出てくるから不思議だ。蒼空は終始にこやかにぼくの話を聞いている。
その表情を見ているだけで、心が軽やかになる。
「それでは今日はこの辺で。パーソナリティは星野蒼空、ゲストは音羽翔さんでした。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
蒼空の締めの言葉で初回のラジオごっこは終了した。
「翔、よかったじゃん! 言葉もスムーズだったし、声もよく出てたよ」
「そ、そう? 蒼空が隣にいてくれたからだよ」
「そんなことないって! 練習の賜物だよ」
蒼空はまるで自分のことのように喜んだ。
「また明日からも、ラジオごっこ頑張ろうね」
蒼空の言葉にぼくは笑顔で頷いた。
それから数日、放課後に毎日ラジオごっこをした。
自分でも驚くほど、言葉が自然に出てくる。おかげで朝の放送も調子がいい。
「今日はさ、朗読をしてみようと思うんだけど、いい?」
「えっ? ぼくが朗読するの?」
「うん、そう」
蒼空はそういうと一冊の本を差し出した。
「これ……?」
蒼空の手元には宮沢賢治の「注文の多い料理店」が握られていた。
「全部じゃなくていいから、冒頭部分だけでも読んでみてよ」
「上手に読めるか、わからないよ?」
「大丈夫。これも練習だから」
そういうと、そっと背中をさすってくれた。
「わかった。やってみる」
すると、蒼空がほっとした表情を見せた。
「よかった! じゃあ、始めるね」
いつものように指を折って、三、二、一とカウントダウンする。
「皆さん、こんにちは! 『空と音のレター』のお時間です。今日は音羽翔さんに本の朗読をやっていただきます。音羽さん、今日読んでいただく本はなんですか?」
「今日は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』をお時間の許す限りお届けしたいと思います」
「それではよろしくお願いします」
蒼空はゆっくりとぼくの方を向き、頷いた。
「二人の若い紳士が……」
ぼくが冒頭を読み始めると、蒼空が目を見開いた。何か問題でもあったかと、心臓がばくばくする。しかし、蒼空から何も指示がないので、そのまま読み進めた。最初は喉が開き切っておらず、硬い声しか出なかったが、徐々に声の調子も上がっていった。
物語に引き込まれていくうちに、ぼくの声も自然と感情を込められるようになった。不思議なレストランからの指示が次々と現れ、その理由もわからず、不穏な空気が漂い始める――そんな雰囲気が、ぼくの声を通じて放送室いっぱいに広がっていく気がした。
「それではお時間となりましたので、今日はここまでにしたいと思います」
「音羽さん、素晴らしい朗読をありがとうございました。それではまた次回、お会いしましょう」
蒼空の言葉で番組を締めくくると、彼が急に抱きついてきた。
「ど、どうしたの? 急に」
「すごいよ、翔! 物語が生きてるみたいだった!」
「そ、そんなに?」
「うん!」
蒼空はぼくから体を離すと、興奮冷めやらぬ口調でいった。
「あんな朗読、初めて聞いた! すごく感動した!」
「そ、そう?」
目を潤ませながら感動している蒼空を見ると、ウソをいっているのではないということがわかる。
こんなに感動してくれているなんて――。
初めて自分の声に自信が持てた気がした。夕日が放送室の窓を染める中、ぼくの心にも温かい光が差し込んでいた。



