放送部の存続が決まった。ぼくはしばらく放心状態になっていて、気づいたら放送室には蒼空しか残っていなかった。夕陽が機材に反射して、部屋全体がオレンジ色に染まっている。

「あれ? 他のみんなは?」

「帰ったよ。なんか用事あるとかいって」

「えーっ? さっきの、夢だったのかな……」

 頬をつねると鋭い痛みが走る。

「……痛い」

「ハハっ! 夢なんかじゃないよ。放送部は存続が決まったんだから」

 蒼空の屈託のない笑顔を見ていると、ようやく実感が湧いてきた。

「そっか……。よかった」

「藤原先生が、新しい部長と副部長を決めておくようにっていってたけど、満場一致で、部長は翔に決まったから」

「えっ? いつの間に?」

 ぼくの知らないところで、いつの間にか部長就任が決まっていた。

「ふ、副部長は……?」

 蒼空はニヤリと口角を上げた。

「俺」

 その言葉を聞いた瞬間、一気に安心感が広がった。胸の奥がぽっと温かくなる。

「蒼空が副部長なら、安心だね」

「岡田くんも部活を続けることになったし、三浦さんも週に何度か顔を出してくれるらしいよ」

「そっか……。ぼくたちだけじゃなくて、よかった」

 ほっと息を吐くと、蒼空が急に真剣な顔をしてぼくを見つめた。その表情の変化に、ぼくの心臓が高鳴る。

「ねえ、翔。話があるんだけど」

「何?」

 すると、蒼空はぼくの両手を彼の両手で優しく包み込んだ。その手のひらは少し温かくて、わずかに震えているのがわかった。

「どうしたの?」

「俺、文化祭のときに翔の声、大好きだよって伝えたよね?」

「うん。あれ、すごい勇気もらえた」

 蒼空は目を細めてふんわりと微笑んだ。でも、その笑顔の奥に何か違う感情が隠されているのを感じ取る。

「俺、本当に翔の声、大好きだよ。聞いてると安心する。だけど……」

 蒼空が言葉を区切る。その間に、ぼくの心臓が一際大きく跳ねた。

「ん?」

「けど、ずっと一緒にいて、声だけじゃなくて、翔のことが本当に好きになったんだ……」

 蒼空は顔を真っ赤にして俯いた。その横顔が夕陽に照らされて、いつもよりもずっと大人っぽく見えた。

「ごめん。男から、好きって……。気持ち悪いよね。でも、どうしても伝えたくて……」

 ぼくは大きく目を見開いた。心臓が今にも飛び出しそうなほど激しく鼓動している。

「……ぼくなんかの、どこが……」

 蒼空は顔を上げてぼくの目をまっすぐ見つめた。その瞳の奥は揺れていたが、そこには確かな想いが宿っている。

「俺がケンカしたとき、本気で怒ってくれたでしょ? 暴力で解決なんかできないって。それまでも翔のこと、いいなって思ってたんだけど、あれが本気で好きになったきっかけかな……。人のことを思いやることができる人なんだって。真剣に相手のことを考えられる人なんだって。そういう翔が、好きだなーって」

 そこまでいうと、恥ずかしくなったのか、蒼空は指先で頬をかいた。

「そう……だったんだ」

 ぼくの声は震えていた。まさか蒼空がそんな風に思ってくれていたなんて。

「ごめん。ただ、俺の気持ち知ってもらえるだけでよかったから。返事は――」

 そこまで聞くと、ぼくは思わず蒼空に抱きついた。彼の体温がじんわりと伝わってくる。心臓の音が二人分重なって聞こえた。

「ぼくも、蒼空のことが好きだよ。自分の声が嫌いじゃなくなったのは、蒼空のおかげだよ。本当に、すごくうれしかったんだ」

 蒼空もぼくに腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。その力強い腕に包まれて、ぼくは安心感に包まれる。

「じゃあ、俺たち、両思いってこと?」

 耳元で囁かれると、背筋に電流が走った。蒼空の声がこんなにも近くで聞こえるなんて。

「翔、俺と付き合ってくれる?」

 その言葉に、ぼくの心は温かい光で満たされた。

「もちろん」

 ゆっくりと蒼空の顔が近づいてくる。夕陽が二人の影を一つに長く伸ばしていた。放送室の静寂の中で、ただ二人の鼓動だけが響いている。

 これからも、この声で蒼空と一緒に素敵な放送を作っていこう。そう思うと、胸の奥で未来への希望が静かに灯るようだった。