一日目の文化祭が無事に終わり、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、放送部の今後については、まだ何も知らされていなかった。きっと明日には顧問の先生から結果を聞かされるだろう。
二日目は蒼空と一緒に、模擬店で軽食を買ったり、各クラスや部活の展示を楽しんだ。昨日とは打って変わって、文化祭を心から楽しめている自分がいた。
「翔、昨日の午前中は死にそうな顔をしてたのに、今日はずいぶん楽しそうだね」
蒼空がくすっと笑いながらぼくにいう。
「だって、仕方ないじゃん。緊張してたんだもん……」
頬を膨らませて抗議をする。すると蒼空が小さく「かわいい」と呟いた。
「今、何かいった?」
蒼空を振り返って聞くと、「なんでもない」とにっこり笑顔を返された。でも耳の先が少し赤くなっているのに気づいた。
歩き疲れて中庭のベンチで休憩していると、蒼空が急に真剣な顔をぼくに向けてきた。
「翔、話があるんだ」
何か大事な話なのだと感じて、ぼくも姿勢を正した。
「俺さ、実は元子役だったんだ」
ぼくは驚いて目を見開いた。
「蒼空が……役者さんだったの?」
「うん。小さいときの話だけどね」
「今は?」
「今は役者の仕事はしていない。というか……まったく仕事が来なくなったんだ」
そういうと蒼空は顔を曇らせた。ベンチに座ったまま、遠くを見つめている。
「どういうこと?」
「小さいときは、まあ自分でいうのも変だけど、結構テレビとかに出てた」
「そうだったんだ。知らなかった」
「中学生くらいまでは仕事があったんだけど、声変わりしてからは急に仕事が来なくなったんだ」
「えっ? なんで?」
蒼空は悲しそうな表情を浮かべた。
「それは俺にもよくわからない。制作側のイメージと声が合わなくなったとか、きっとそういう理由なんだろうね」
少し投げやりな言葉を吐いて、小さくため息をついた。
「でもさ、やっぱり何かを『演じる』っていうのが好きで、諦めきれなかったんだ。だったら声で演技をする声優を目指そうと思って、この高校に転校してきたんだよ」
「そうだったんだ……蒼空もこの高校の放送部の評判を聞いて転校してきたの?」
「うん。実際にこの高校出身の声優さんとも知り合えて、この学校からなら声優を目指せると勧められたのも理由のひとつだよ」
でも実際には、誰も活動していない、すっかり廃れてしまった部活だった。
「せっかく転校してきたのに、こんな部活でがっかりしたでしょ?」
すると蒼空は驚いたように目を見開いた。
「そんなことないよ! 翔と知り合うことができたし……」
蒼空はうっすらと頬を赤くして俯いた。その表情を見て、ぼくの胸が不思議にざわめいた。
「ぼく? 下手くそなやつが放送してるってびっくりしたんじゃない?」
「ううん、そうじゃない。俺も声変わりしたとき、自分の声が嫌で仕方なかった。だから翔の気持ちがすごくよくわかったんだ。それで、俺も力になりたいと思った……」
蒼空の声が少しかすれた。きっと辛い記憶を思い出しているのだろう。
「……ありがとう。蒼空のおかげで、ぼく、ずいぶん声を出すことが嫌じゃなくなった」
その言葉を聞くと蒼空は顔を輝かせた。
「そっか。それなら本当によかった」
ぼくはそのとき、昨日の舞台発表を終えたときの拍手を思い出していた。あんなに盛大な拍手をもらったのは初めてだった。客席には、みんな満足そうな顔が並んでいて、心の底からうれしくなった。
ぼくは蒼空の方に体を向けた。
「もう、自分の声が嫌いなんていわない。蒼空が教えてくれたから」
それを聞くと、蒼空は目を細めてうれしそうに微笑んだ。秋の風がふたりの間を吹き抜けて、髪を優しく揺らした。
「翔」
「うん?」
「俺も、翔に教えてもらったことがあるんだ」
「え? ぼくが?」
「声っていうのは、技術じゃないんだなって。心を込めて話せば、きっと相手に届くんだって」
蒼空がぼくを見つめていった。その視線の真っすぐさに、胸がどきどきした。
「ありがとう、翔。君と出会えてよかった」
夕日がふたりを包み、長い影を地面に落としていた。
二日目は蒼空と一緒に、模擬店で軽食を買ったり、各クラスや部活の展示を楽しんだ。昨日とは打って変わって、文化祭を心から楽しめている自分がいた。
「翔、昨日の午前中は死にそうな顔をしてたのに、今日はずいぶん楽しそうだね」
蒼空がくすっと笑いながらぼくにいう。
「だって、仕方ないじゃん。緊張してたんだもん……」
頬を膨らませて抗議をする。すると蒼空が小さく「かわいい」と呟いた。
「今、何かいった?」
蒼空を振り返って聞くと、「なんでもない」とにっこり笑顔を返された。でも耳の先が少し赤くなっているのに気づいた。
歩き疲れて中庭のベンチで休憩していると、蒼空が急に真剣な顔をぼくに向けてきた。
「翔、話があるんだ」
何か大事な話なのだと感じて、ぼくも姿勢を正した。
「俺さ、実は元子役だったんだ」
ぼくは驚いて目を見開いた。
「蒼空が……役者さんだったの?」
「うん。小さいときの話だけどね」
「今は?」
「今は役者の仕事はしていない。というか……まったく仕事が来なくなったんだ」
そういうと蒼空は顔を曇らせた。ベンチに座ったまま、遠くを見つめている。
「どういうこと?」
「小さいときは、まあ自分でいうのも変だけど、結構テレビとかに出てた」
「そうだったんだ。知らなかった」
「中学生くらいまでは仕事があったんだけど、声変わりしてからは急に仕事が来なくなったんだ」
「えっ? なんで?」
蒼空は悲しそうな表情を浮かべた。
「それは俺にもよくわからない。制作側のイメージと声が合わなくなったとか、きっとそういう理由なんだろうね」
少し投げやりな言葉を吐いて、小さくため息をついた。
「でもさ、やっぱり何かを『演じる』っていうのが好きで、諦めきれなかったんだ。だったら声で演技をする声優を目指そうと思って、この高校に転校してきたんだよ」
「そうだったんだ……蒼空もこの高校の放送部の評判を聞いて転校してきたの?」
「うん。実際にこの高校出身の声優さんとも知り合えて、この学校からなら声優を目指せると勧められたのも理由のひとつだよ」
でも実際には、誰も活動していない、すっかり廃れてしまった部活だった。
「せっかく転校してきたのに、こんな部活でがっかりしたでしょ?」
すると蒼空は驚いたように目を見開いた。
「そんなことないよ! 翔と知り合うことができたし……」
蒼空はうっすらと頬を赤くして俯いた。その表情を見て、ぼくの胸が不思議にざわめいた。
「ぼく? 下手くそなやつが放送してるってびっくりしたんじゃない?」
「ううん、そうじゃない。俺も声変わりしたとき、自分の声が嫌で仕方なかった。だから翔の気持ちがすごくよくわかったんだ。それで、俺も力になりたいと思った……」
蒼空の声が少しかすれた。きっと辛い記憶を思い出しているのだろう。
「……ありがとう。蒼空のおかげで、ぼく、ずいぶん声を出すことが嫌じゃなくなった」
その言葉を聞くと蒼空は顔を輝かせた。
「そっか。それなら本当によかった」
ぼくはそのとき、昨日の舞台発表を終えたときの拍手を思い出していた。あんなに盛大な拍手をもらったのは初めてだった。客席には、みんな満足そうな顔が並んでいて、心の底からうれしくなった。
ぼくは蒼空の方に体を向けた。
「もう、自分の声が嫌いなんていわない。蒼空が教えてくれたから」
それを聞くと、蒼空は目を細めてうれしそうに微笑んだ。秋の風がふたりの間を吹き抜けて、髪を優しく揺らした。
「翔」
「うん?」
「俺も、翔に教えてもらったことがあるんだ」
「え? ぼくが?」
「声っていうのは、技術じゃないんだなって。心を込めて話せば、きっと相手に届くんだって」
蒼空がぼくを見つめていった。その視線の真っすぐさに、胸がどきどきした。
「ありがとう、翔。君と出会えてよかった」
夕日がふたりを包み、長い影を地面に落としていた。



